第3章 7
小さな丸テーブルが並んだバーには、大勢の人たちがグラスを片手に談笑していた。
見る限りもう満員に近く、注文口にも列が出来ている。
「俺たちはこっちだよ」
これは入れないのではと思っていると、アゲイト様が奥を示した。
そこには予約席と書かれた札が置かれたテーブルがある。
「ロイヤルボックスは、全てのサービスに専用があるんだ」
「……そうなんですか」
テーブルへ向かうとすぐにメニュー表を手にした給仕がやってきた。
アゲイト様の言っていたように私たちは並ばないで注文でき、グラスもすぐに運ばれてきた。
(何だか……大人になったみたい)
卒業したらもう大人だけれど。
社交界にもほとんど出たことがなかったのに、こうやって劇場で。
沢山の観客に混ざってバーで飲むなんて。
数ヶ月前の自分に言っても信じないだろう。
「――やっぱり席で飲んだ方が良かったか」
アゲイト様が呟いた。
「え?」
「男どもが君をじろじろ見ている。この場には不釣り合いなくらい綺麗だからだろうな」
「……そう、なんですか」
それを言ったら、アゲイト様の方がずっと、周囲と浮くくらいカッコいいのに。
(こういう場所には私は合わないってことなのかな……)
お芝居は楽しいのに。
私は劇場に来ない方がいいんだろうか。
「ああ、ベリル嬢が浮いてるとかそういう話じゃないよ」
しゅんとしているとアゲイト様の声が聞こえた。
「単に俺が、君を無遠慮な目で見られて不快なだけ。綺麗な君を独り占めした方が良かったなと思って」
にっとアゲイト様は笑った。
「……え……えと」
飲んでいるのはジュースなのに。
お酒を飲んだように顔が熱くなる。
(色男の発言!!)
さすが、口説き慣れている人は言うことが違う。
――お世辞だと分かっているのに……少し、嬉しくなってしまう。
(本当に……ずるいなあ)
「アゲイトさまあ」
面と向かって褒められたことへの恥ずかしさと、どう答えればいいのか分からなくて、グラスの脚をいじっていると女性の声が聞こえた。
「アゲイト様も来ていたんですね」
見ると真っ白なドレスを着た女性が駆け寄ってきた。
「会えてうれしいですわ」
そう言うと、女性は私を見て顔に浮かべていた満面の笑みをスッと消した。
視線が私の頭からつま先まで素早く動く。
「まあ。ロイヤルボックスなのにそんな地味なドレスなんて。今度のお相手は随分と変わってますのね」
周囲の人たちが思わずこちらを見るくらい、よく通る声で女性は言った。
(この人……見覚えがある……)
この顔も、嫌味を感じる言い方も、知っている気がする。
でも貴族には見えないし、貴族以外に知り合いなんていないはずだけど。
「ジェデイータ・ウィリデ嬢」
心なしか冷たい、アゲイトさんの声が聞こえた。
「君も商家の人間なら、目の前にいる人物がどういう人間なのかすぐに見抜く目を養った方がいい」
(商家……ウィリデ……あっ)
そうだ。
「攻略対象」の妹だ。
ゲームの攻略対象の一人『ヒスイ・ウィリデ』は、貴族ではなく商人だ。
街で偶然出会う彼は、他のキャラのルートでも登場してお助けアイテムや情報を売ってくれる。
その彼を攻略する時に障害となるのがこの妹だ。
ウィリデ家は上昇志向が強く、貴族と繋がりを持ちたがったり、金のために際どい商売にも手を出したりする。
ヒスイもそんな青年だったが、ヒロインと出会うことで生き方を変えようとする。
そうして兄の変化が気に入らない妹ジェデイータが、色々と妨害してくるのだ。
(まさかこんな所でゲームの登場人物に会うなんて……)
しかも、アゲイト様と知り合いだったなんて。
「あら」
ジェデイータさんはアゲイト様の言葉に一瞬眉をひそめると、再び私を見た。
値踏みするような緑色の瞳は、ゲーム画面で見たままだ。
「見たことのない顔ですわ。田舎から出てきたばかりで劇場のマナーを知らないのかしら」
「――君がそう思いたいならそれでもいいが」
アゲイト様はため息をつくと、私を見た。
「彼女のドレスを見て舞台監督は喜んでいたよ。『小説を分かっている方が観に来てくれて、身が引き締まる』とね。この劇場ではドレスは目立てばいいという考えが多いが、そうではない者もいるということだ」
「舞台監督? ふうん」
ジェデイータさんがまたじろりと私を上から下まで見る。
「つまり、おじさんを相手にしてる人ってことかしら」
(相手……?)
意味が分からず首を傾げる。
「ジェデイータ・ウィリデ」
聞いたことのないほど低くて冷たい声に、ジェデイータさんがビクリと震えた。
「君は本当に、俺を不快にさせるのが得意だな」
(アゲイト様……すごく、怒っている?)
「それは……」
「ジェデイータ!」
ジェデイータさんが何か言おうとしていると、男の人の声が聞こえた。
(あれ、この人……)
駆け寄ってきたのは……ゲーム画面で何度も見た、攻略対象の『ヒスイ・ウィリデ』?
本物だ!
「お前は! アゲイト様には関わるなと言っただろう」
ヒスイさんはジェデイータさんを怒鳴りつけた。
「だって。アゲイト様が変な女に騙されていないか心配だったんだもの」
「失礼なことを言うな!」
ヒスイさんは私たちに向いて頭を下げた。
「申し訳ございません。この愚妹は物知らずでして……レディには大変失礼いたしました」
「物知らずって何よ。おじさん受けする地味なドレスを着るような女だって、見て分かることを言ってるだけじゃない」
おじさん受け……相手……あ、もしかして。
「……私、夜のお仕事をする人だと間違えられている?」
思わず呟くと、ヒスイさんの顔が青ざめ、アゲイト様の顔からは表情が消えた。




