第3章 6
「お嬢様。こちらでいかがでしょう」
全ての着替えが終わると店員が姿見を持ってきた。
「ありがとうございます……とても、素敵です」
胸元を飾るネックレスとイヤリングは、ダイヤとムーンクォーツだ。
ドレスに合わせて、月明かりをイメージして選んでもらった。
靴はレースに合わせた銀色のハイヒール。
濃い目の化粧も、編み込んでアップした髪型も。いつもの私と全然違う。
鏡に映る私は、とても大人っぽくて……そう、ゲームに出ていた「悪役令嬢ベリル」のようだった。
(私、本当に『ベリル』だったんだ)
改めて実感した。
着替え終えて隣の部屋へ行くと、いつの間にかアゲイト様も着替えていた。
黒のディナージャケットに、白い立ち襟シャツには濃紺の蝶ネクタイを締めている。
(……格好いいなあ)
さすがゲームの攻略対象で公爵子息。
とても様になっている。
私を見たアゲイト様が目を見開いた。
「これはこれは。お美しい」
ハンスさんが声をかける。
「全体のバランスも完璧ですね。なあアゲイト」
「――ああ」
「お前、見惚れていただろ。この色男にこんな顔をさせる女性は滅多にいませんよ」
「……そう、なんですか」
どう答えればいいのか、悩む。
「皆様が着飾ってくれたおかげです」
自分でも綺麗になったなあと思う。
私は何もしていないから、ドレスやメイクのおかげだ。
「謙虚な方ですね。アゲイトにはもったいないくらいだ」
「――そうだな」
アゲイト様は小さく息を吐くと、私へ歩み寄ってきた。
「確かに、とても綺麗だ」
「……ありがとうございます」
「それじゃあ行くか」
「子鹿亭に連絡したら既に劇場から予約が入っていると返事があったよ」
「ちゃっかりしているな」
「子鹿亭?」
ハンスさんの言葉に首をかしげる。
「劇場内にあるレストランだ。観劇前に食事を取っておこう」
「店名通り鹿肉が名物です。芝居とセットでお楽しみ下さい」
アゲイト様の説明にハンスさんが補足した。
「ではレディ、良い夜をお過ごし下さい」
「はい。ありがとうございました」
ハンスさんや店員にお礼を言うと、差し出されたアゲイト様の腕に手を添えて私たちは外へ出た。
*****
劇場はとても豪華だった。
庶民向けと聞いたけれど、貴族が集まる王立劇場と比べても遜色がない。
客席は四階まであり、私たちが通されたのは二階の正面席。
柱と壁、背後のカーテンで囲まれ個室風になっている。
今日の舞台に合わせたのだろう、赤い薔薇が観劇の邪魔にならない程度に飾られた、素敵な席だ。
「そのドレスで正解だったね」
席に着くとアゲイト様が私を見て行った。
「はい……。喜んでもらえて、良かったです」
ここに来る前に子鹿亭で食事をしていると、劇場の支配人と舞台監督が挨拶に来た。
その時舞台監督が、私を見て「夜の海のようなドレスですね」と言ったので、アゲイト様が小説のシーンをイメージしたのだと説明すると、「もしかしたらと思いましたが、やはりそうでしたか!」と笑顔になったのだ。
「あのシーンはもちろん舞台にもあります」とも言っていた。
舞台上であの海をどう表現するのだろう。
期待と緊張で胸がドキドキしているのを感じていると、開演のベルが鳴り、舞台の幕が上がった。
舞台は戦時下にある、とある国。
主人公は港町の新聞社で働く記者で、酒場で働く歌姫の恋人ローズがいる。
主人公はある政治家の汚職事件を追っていたが、彼が敵国と通じている証拠を手に入れてしまう。
政治家の息がかかった警察に、主人公は逆にスパイとされ追われ、あわやという所でローズが彼を匿い、何とか逃れた所で幕間となった。
(面白かった……)
話はもう知っているけれど。
緊迫感のある役者たちの演技にドキドキしてしまう。
「バーに行く?」
アゲイト様が尋ねた。
「バーですか?」
「ここにドリンクを持ってきてもらうことも出来るけど、座りっぱなしも疲れるでしょ」
(バー……)
恐らく多くの観客で賑わっているだろう。
人が多いところに行くのは怖いが、確かに少し立って歩きたい。
「……はい。行きたいです」
そう答えて、立ち上がると私たちは廊下へ出た。
「舞台はどうだった?」
廊下を歩きながらアゲイト様が尋ねた。
「はい、とても面白いです」
映画もないこの世界で、見たことがあるのはオペラだけだったから。
久しぶりに見られたお芝居はとても良かった。
「マリアさんも、小説で読んだイメージそのもので。とても素敵でした」
ローズ役のマリアさんは、演技はもちろん、歌もとても良かった。
名前の通り真っ赤なドレスが似合う華やかさ。
恋人を守るために危険に飛び込む強さを持つローズは、まるで小説の中から出てきたようだった。
「そうか。それを本人に伝えると喜ぶよ。あいつ、役作りに苦労していた時期があったから」
「……そうなんですか」
「マリアは大女優になりたくて必死でね。俺と交際の真似事をしたのも、少しでも知名度を上げるためだった。そんなことをしなくても大丈夫だって言ったんだけど、少しでも早く売れたいからって」
アゲイト様とマリアさんは、偽の交際をする前から親しかったのかな。
よく知っているようなアゲイト様の言葉に、少し胸が痛くなる。
(……胸が痛い?)
どうしてそう思ったのか、内心首を捻っていると賑やかな声が聞こえてきた。




