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「これって無理ですよねえ」
事務所に戻った私は、おばあさんの件を先輩の三井さんに報告した。どうにかしてくれという意味ではなく、どうにもならないことを確認するためだ。
「だめだね。クライアントがきっちり特許登録してるんだから、ひっくり返らないよ」
それは私が出した結論と同じだ。三井さんと同じ結論に達したということは、私の判断は間違っていないということだ。
「外部の人なんでしょ。三十五条だってだめじゃん」
三十五条というのは、会社の従業員が仕事の上でなにかを発明して特許を取得した場合、その会社は特許の使用にあたって実施料を払わなくていいという特許法の条項だ。
三井さんがいっているのは、もし例の息子さんが会社の従業員だったとしても三十五条があるから実施料は受け取れないから残念でしたということではなく、そうであったとしてもクライアントは守られるから大丈夫ということだ。
もちろん、クライアントが正当な対価を支払っていることが前提になるけど、そもそも今回のケースでは従業員が相手ではないのだからどこにも引っかからない。
私もまったく同意見。
「そうですよね、終了ですね」
「その人の持ち込み企画で、クライアントがなにか他に契約結んであるなら別だけど」
それはまあ、クライアントに問い合わせてみてもいいけど。でもそんな契約結んでるなら、最初からこちらに回されてきたりはしないだろう。クライアントの法務部の方で、「これこれこういう契約で」って説明してあげれば済む話だ。
じゃあもう一度だけ、おばあさんとクライアントに確認して終わりだ。
翌日、私はまずおばあさんに電話を掛けた。
「息子さんは、会社にその書類を持ち込んでいましたか?」
「さあ、どうでしょうかね。私はあんまり仕事のことは知らないものですから」
「なにか覚えてらっしゃることはありませんか?会社となにか契約したとか、そういうお話はありませんでした?」
なければ、これで終わりだ。
息子さんと悦子さんの名前以外にも、孫の名前でも、おばあさんの名前でも、おじいさんの名前でも、登録されている特許あるいは実用新案はなかった。
もちろんこの電話で、残念でしたなんていう話はしない。クライアントに確認して、少しだけ日を置いてから改めて告げる。なんならもう一度、私が自ら出向いてもいい。
「息子は会社にお話をしたわけじゃなくて、友達に話すんだっていってましたから」
「どういうことですか?」
そんな話、私は聞いてない。
「その会社に勤めてらっしゃるお友達がいてね、その人に話すんだっていってましたけど。その人を通じて会社に話をしてもらったんじゃないかと思うんですけどね」
そういう情報は最初にいって欲しい。これだから年寄りは。
「その人のお名前、覚えてらっしゃいます?」
「聞いたかも知れないですけど、覚えてないですねえ。なにせもう歳ですから」
歳なのはわかってる。
私は受話器を頸に挟んで、特許電子図書館で検索したプリントアウトをめくった。そこに発明者として載っている名前を読み上げれば、おばあさんが思い出すのではないかと思ったのだ。
しかし、年寄りの記憶というのはあてにならない。いくら名前を読み上げても、おばあさんはわからないという。
「そうですか。じゃあ、会社の方に確認してみますね。息子さんのこと、もう少し詳しく教えてください」
大企業相手に、「誰々さんのお友達の方はいらっしゃいますか?」などと聞いても埒が明かない。私は息子さんの年齢、出身大学等を聞き出してメモした。
たいした情報ではなかったけど、その情報と四ッ折りスマホの開発にたずさわった人物とを付き合わせれば、ひょっとしたらその友達が判明するかも知れない。
そのひょっとしたらは、すぐに現実になった。




