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正義の味方  作者: わだだわ


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5/12

 町工場といってもそのスケールは様々だ。町内の一区画を占領するような大きなものから、家のガレージ程度の慎ましいものまで。

 おばあさんに教えられた住所にあったのは、その中でも最小の部類に入るものだった。看板には色褪せたペンキで、『有限会社 小宮山撥条』と書いてある。閉ざされたままのシャッターからは、物音ひとつ聞こえて来なかった。

「すみません、どなたかいらっしゃいますか」と何度か声を張り上げると、開いたのは工場のシャッターではなく隣の民家のドアだった。

「わざわざすみませんねえ」

 顔を出したのは、先日事務所に来たあのおばあさんだった。

「工場の方はもう動いていないんですか」

「ええ、息子が亡くなりましてから、閉めてしまっているんです」

 私は工場ではなく、おばあさんとあの男の子が住んでいるという家の方に案内された。

 通された部屋は畳敷きで、懐かしいちゃぶ台のある部屋だった。襖の向こうに見える仏壇からは、線香の煙が立ち上っている。これが私の訪問に合わせて仕組まれた演出だとしたら、たいしたものだ。

「どうぞ、召し上がってください」と、おばあさんは赤い急須からお茶を入れてくれた。

「おかまいなく」

 気持ちはありがたいけど、私はここに世間話をしに来たのではない。とっとと工場を調べて帰りたいのだ。

「お茶うけ持って来ましょうね」

 おばあさんはまた膝をさすりながら立ち上がる。そうまでされて席を立つわけにもいかず、私は黙ってお茶をすすった。

 戻って来たおばあさんの持つお盆に載せられていたのは、私が久しく目にも口にもしたことのない醤油せんべいだった。

「旦那さんですか?」

 私は襖の間にかろうじて見える遺影の方へ目を遣った。

「ええ、主人が亡くなったのはずいぶん前ですけど」

「息子さんはいつ?」

「三年前になります。交通事故で亡くなってしまって。そのあと一年もしないうちに、悦子さんも亡くなってしまって」

 年寄りの話には、突然新しい登場人物が現れる。悦子さんというのは、どうやらなくなった息子さんの奥さんらしい。

 そうか、奥さんも亡くなっていたのか。私はおばあさんが孫を連れて事務所に来たのは、奥さんが仕事かなにかで子供をおばあさんに預けているからだとばかり思っていた。

 じゃあ、このおばあさん一人であの男の子を育てているんだ。

「主人と息子夫婦で隣の工場をやっていましてね。このご時世ですから、バネなんか作っててもちっともお金にならないんですけどね。

 息子も若い頃は工場をたたもうっていってたんですけど、主人が自分にしか作れないバネがある、だから俺が生きてるうちは工場を続ける、息子のおまえが跡を継ぎたくないなら好きにすればいいって、そういって続けてたんですよ。

 そのうち、いつの間にか息子も工場を手伝うようになってくれて、大学を出てからは一緒に働くようになってくれたんです」

「そうなんですか」

 一子相伝、受け継がれる匠の技。日本の技術の底力だ。

「主人が亡くなって、息子が跡を継いでくれて、悦子さんがお嫁に来てくれて、二人でどうにか工場を切り盛りしてくれてました」

 目の前の茶碗をじっと見つめて話すおばあさんは、終始懐かしそうな顔をしている。

「五年前に孫が生まれて、私にもよくしてくれて、いいお嫁さんでした。私ね、悦子さんがお嫁さんに来るときに、バネ工場なんて食うや食わずの生活だけどいいのって訊いたんですよ。そうしたら、私は小食だから大丈夫ですなんてね。

 それが、息子が死んですぐになんとか肝炎っていう病気になってしまって、亡くなってしまったんです」

 症状が出てすぐに死亡するというのなら、おそらく劇症肝炎だろう。

 年齢的に旦那さんを亡くすというのは、仕方ないとはいわないけれど、道理ではある。だけど息子とその奥さんまでとは、不幸というのはどうにも偏る。

「息子が死んでからね、悦子さんはまだ若いんだから誰か探して再婚したらっていったんですよ。慶ちゃんのためにもその方がいいって」

 慶ちゃんというのは、あの男の子のことに違いない。

「でもね、悦子さんはそんなこと出来ませんって。バネを作るのは無理でも、パートでもなんでもしてこの子は自分で育てますって。私のことも面倒見てくれたんですよ。実家には弟がいるから大丈夫ですっていって」

 おばあさんは顔を伏せてしまった。

「悦子さん死ぬ前にね、何度もすみません、すみませんって。私に謝ることなんてなんにもないのに、ずっとそういってたんですよ。

 慶ちゃんにもなんにもしてあげられなかった。でもパパはね、とってもすごい人で、みんなの役に立つものを発明したのよっていってました」

 で、それがあの四ッ折りスマホだっていうんでしょう。

 おばあさんの不幸な境遇には同情を禁じ得ない。だけどそんなお涙頂戴話は、法律の前では意味がない。そんなに子供が可愛いなら、悦子さんも息子さんも、死ぬ前にきちんと特許を申請しておくべきだったのだ。それがだめなら、実用新案申請でもいい。

 法改正にともなって申請が減ってきているとはいえ、特許に比べて取得が簡単な実用新案は、町の発明家にとってはまだまだ利用価値がある。

「工場の方を見せていただいてよろしいですか」

 私はまだ半分以上お茶が残る茶碗を置いて立ち上がった。

 経済を動かすのは、涙ではない。


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