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正義の味方  作者: わだだわ


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3/12

 続く一件は、誰にとっても楽勝のはずだった。なぜならまったくの素人が、個人の特許の帰属を争うといってきたからだ。素人だから、当然そんないい方はしていなかったけど。

 それどころか、この人は裁判所に行くのでも、行政書士のところに行くのでもなく、直接クライアントのもとに乗り込んで来たのだ。

 こういう手合いは、だいたいが自分の頭の中にあった発明を誰かが盗んだとかなんとか、そういうトンデモなことをいい出すに決まってる。人の頭の中を覗ける装置があるのなら、企業はあなたの発明なんか盗まずにその装置を商品化しようとするはずだ。彼らはそういうことすら理解出来ない。この人たちが行くべきは裁判所ではなく、病院だ。

 クライアントも適当にあしらって、うちの事務所に行くようにいったんだろう。顧問契約を結んでいると、こういうおかしなのも気軽にほいほいよこされる。もちろんこちらは契約に則って仕事をするし、規定以上の手間を取られたらそれも契約に則って追加料金を請求するから一向に構わない。

 それに私はまだ事務所の主力というわけじゃない。だからこういう人たちをうまく処理することのひとつひとつが大事なキャリアになっていく。

 私のキャリアとなるべく事務所にやって来たのは、訴訟とはまったく縁のなさそうなおばあさんと小さな男の子だった。

「会社の方に直接いらしたそうですね」

「小宮山です」と深々とお辞儀をするおばあさんに、私はソファに座るようにうながした。「ええ、あの、どなたに相談していいかわからなかったものですから」

 私は、「どうぞ」とおばあさんにお茶を勧めた。半ズボンの男の子にはオレンジジュースだ。ちなみにどちらも私が自ら運んで来た。

「ご迷惑だったでしょうか」

「いえいえ、大丈夫ですよ。ただ会社にはそういったお話を聞く部署がありませんので、私が伺わせていただきます」

 お話を聞いて、説明をして、納得をして帰ってもらう。そのために、私は誠心誠意出来る限りのことをする。お茶だって自分で運ぶし、相手が年配の方ならクライアントといわず会社という言葉を選ぶ。

 それくらい相手のことを配慮して、しっかりとわかっていただく。あなたの訴えには意味がないということを。

「それで、どういった内容でしたかしら」

 だいたいのところはクライアントから聞いているけど、こうやって話をさせることで相手がどの程度かを推し量ることが出来る。

 目の前に座っているのがごく普通に見える年配の方であっても、私が油断することはない。

「あの、こちらの会社で今度発売された携帯電話なんですけども、それがうちの息子のものなんじゃないかと思いまして」

 説明はまずまずまともかな。しかし息子というのは、まさか隣でストローの端を噛んでいる半ズボンのことではないだろう。

「これなんですけどね」

 おばあさんはデパートの紙袋から、クリップで留められた薄い書類を取り出した。様々な図面、数式、私には意味不明ないくつもの書き込み。

「これは、設計図ですか?」

「さあ、私にはよくわかりませんので」

 自分でもよくわからないものの特許を侵害されたといって訴えて来るのはご遠慮いただきたい、と私は思った。もちろん、そんなことはおくびにも出さない私の顔にはずっと笑顔が貼り付けてある。

「この子が携帯電話のコマーシャルを見たときに、『パパの電話だ』っていいましてね。それで、いろいろ探しましたらこの子の机の中からこの書類が出て来たんです」

「どの携帯ですか?」

 おばあさんは、今度は紙袋からパンフレットを取り出した。

「これです」

 お年寄りにとっては、スマホもフィーチャーホンもどちらも携帯電話だ。そのパンフレットは、うちの事務所のクライアントがつい先月発売したばかりのスマホのものだった。四枚の紙のように薄いディスプレイを、それこそ四ッ折りにした紙を開く要領で広げられることが売りの新機種。たたんだままでも、画面にタッチして通話もメールも可能。さらには同じ機種を最大四台連結して、一枚の大きなディスプレイとして使うことも出来る。マイクとスピーカーとカメラは四枚のディスプレイのうち一枚の隅にL字型に配置され、フレームは広げているときも気にならないほどに細い。

「他に資料はございませんか?」

 私は訊いた。

「この書類じゃ、わかりませんか?」

「これだけですと、すぐにはお返事いたしかねます」

 あたりまえだ。

 おばあさんが持ち込んだのは特許登録謄本でもなく、特許申請書でもない。手描きの小汚い書類なのだ。中にはマグカップを置いた痕や、折り目の付いてしまっているものまである。

「これを書いたご本人にいらしていただいて、直接お話を伺えれば早いんですけど」

 書類の内容がわからないおばあさんに来られても、こちらとしては話の進めようがない。当の息子さんはいったいなにをしているのやら。

「息子は少し前に他界しまして」

 おばあさんは普通の調子でそういったから、息子さんが亡くなったショックから立ち直るだけの時間は経っているということなのだろう。

「そうでしたか、失礼しました。ご愁傷さまです」

 それなら、どうしようもない。

「では、こちらで詳しく調べさせていただいてもよろしいですか?」

 私は書類を両手でまとめた。

「ええ、どうぞ、お願いします」

「これは、オリジナルですか?」

「え?ええと」

 現代の言葉が通じないからといって、私は苛ついたりしない。貼り付けた笑顔のまま、私は訊き直した。

「写しですか、それとも本物ですか?」

「ああ、ええ、本物です」

「でしたら、コピーを取っておいた方がいいですね。少々お待ちください」

 私はいったん席を立った。

 オリジナルを預かったって私はなくしたりしないし、ましてやわざと紛失するような真似はしない。しかしこの辺をきっちりやっておかないと、あとで揉めることもある。

 ほんの数枚しかない書類のコピーはすぐに済んだ。

 オリジナルをおばあさんの目の前で封筒に入れて返却し、「出来るだけ早くご連絡しますから」といって二人を送り出した。

 立ち上がるときに「いたたたた」と膝をさすっていたおばあさんに、私は駆け寄って手を貸してあげた。そして部屋を出るとき、おばあさんはただでさえ曲がっている腰をさらに曲げて、「ありがとうございます、ありがとうございます」と繰り返していた。

 本当をいうと、おばあさんが他になにか決定的な証拠を持ってでもいない限り、すぐに返事をすることは可能だった。クライアントはこのスマホに関する特許をひとつ残らず取得しているでしょう、登録謄本もないあなたに勝ち目はありません、と。でも納得がいくように、しっかりと法的根拠を固めてあげよう。

 私は終始笑顔を心がけていたし、息子さんが亡くなったと聞いたときには哀悼の意も表した。だからおばあさんの主張が無効だとわかっても、恨まれることはないだろう。私は親身になって話を聞いてくれた、心優しい親切な弁護士先生だ。

 ただコピーから戻ったとき、あの半ズボンがおばあさんに「あのお姉ちゃん、どうしたの?」とささやいているのを私は聞き逃さなかった。私がドアを開けた途端に男の子は口を閉じてしまったから、なんの話をしているのかまではわからなかったけど。

 私のことをおばちゃんではなくお姉ちゃんと呼んでいたから気にしないでおいてあげるけど、おかしなガキだ。


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