病院
昼食後、僕は父親の運転する軽トラックの助手席にいた。
隣町の総合病院に向かっている。
一人で行こうと思ったのだが、家族以外の人間がいきなり行っても会わせてもらえないだろうと父親が言った。
そのてん、父親は定期的に訪ねているのでかおぱすなんだそうだ。
それから、
「ペーパードライバーのお前に車を貸すのは恐ろしい」との事だった。
それはそうだ。
父親は、手慣れたハンドルさばきで山道を走っていく。
地元ラジオ局のパーソナリティーがローカルイベントの宣伝をしていた。
父親がラジオを切った。
「なぁ、どうしてしおりちゃんに会いたいんだ?」
「どうしてかな。よく分からないんだけど、会わなくちゃいけない気がするんだ。……多分、謝りたいんだと思う」
「何を」
「助けてあげられなかったこと。それから……夢中で一人で行こうと逃げてしまったこと」
「そうか」
しおりちゃんは運ばれた病院に留まっていたが、家族は遠くに引っ越したそうだ。
おそらく、ここにはいたくなかったんだろう。
それはよく分かる。
僕だって、逃げるようにこの村を出ていったのだから。
多分、あの場所から離れたかったんだ。
父親が手回しで窓を開け、煙草を吸った。
その煙は、小さな雲みたいに後方へ流れていった。
病院に着くと、僕達はエレベーターで4階に上がった。
父親はナースステーションに顔を出すと、これ息子、と僕を紹介した。
父親は半年に一回はここに来るらしく、婦長らしき人とはすっかり顔馴染みのようだった。
しおりちゃんの病室は、一番隅っこの小さな個室だった。
まるで、世界から切り離され、忘れられてしまったかのように思えた。
こんな所にずっといたのか……。
そして、病室のネームプレートを見た瞬間、氷の息を吹きかけられたみたいに僕は固まった。
雪村詩織、そう書いてあった。
"ユキムラ"
呼吸が乱れ、心臓がばくばくいった。
「まさか……」
僕は父親をはね飛ばすようにして病室に入った。
電灯もついていない薄暗い部屋。
質素なパイプベットに、コードに繋がれたまま眠る女性。
その陶器のようなつるりとした顔を見たとたん、力が抜けて、僕は父親をへなへなと床に膝をついた。
そのまましゃがみこむ。
「やっぱり君だったのか……」と僕は言った。
ゆっくりと息を吐く。
ずるいな、と思う。
そこにいるだけで、会えなかった時間の全てがチャラになる。
関を切ったように涙が溢れてきた。
だらだら流れて顎を伝った。
そんな僕を見て、父親がぎょっとしている。
"ばれたか"
まるで、彼女のそんな声が聞こえてきそうだ。
「やっと逢えた……」
あんまりにも涙が出るもんで、視界が歪み、せっかくの再会が台無しだった。
ようやく"ユキ"の顔が見られたのに。




