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アストラル・レコード  作者: 藍沢義也
18/21

帰郷

季節が巡り、また夏が来た。


僕が初めてユキに会ってから一年が過ぎていた。


どれだけ時間が経っても、僕は彼女がいない生活に馴染めなかったし、受け入れられなかった。


街行く女性にユキの姿をいつも探していたし、テレビに映る芸能人たちにも彼女の面影を見ていた。ああ、この目はユキに似ているなといった風に。


八月に入り、母親から電話があった。


「あんたいい加減、たまには家に帰った帰ってきなさいよ」と母親が言った。


いつも何かしら理由を付けて、実家にはほとんど帰っていなかった。


別に両親と不和があるわけではないのだが、なぜか否かに帰りたいとは思えなかったのだ。


それでも母親がしつこく言うので、コトワルノモ面倒になり、

「お盆休みに帰る」と僕は言った。








何年かぶりに地元に帰った。


駅からタクシーに乗る。


すっかり都心での生活に慣れていたので、そこは秘境の地みたいに見える。


うっとおしいくらい緑に溢れていて、道は細く、セミやら蛙やらがやかましく騒いでいる。


街の中心地から離れた山間の集落。そこに僕の実家がある。

掛け値なしのど田舎。


懐かしくはあるけれど、これといった感慨もない。


どこにでもある古びた一軒家の前でタクシーを降りた。

古民家というほどの趣もない。


軒先には玉ねぎが数珠つなぎにぶら下がり、庭では夏野菜がふんだんに実をつけていた。


久しぶりに僕の顔を見た母親は、

「あんた、ちゃんとご飯食べてるの?」と、心配するというよりは怒ったように言った。


「夏バテかな」と僕は答えた。


一人息子の僕が村を出ていったので、両親は二人で住んでいる。

僕が使っていた自室も、そのまま残されていた。


夕食には、僕があまり食欲がないんだと言っておいたにも関わらず、ごっそりと皿が並んだ。


そのほとんどが夏野菜だったけれど、父親が釣ってきた川魚もあった。


あまり量は食べられなかったけれど、久しぶりの魚の塩焼きは美味しかった。


「あんたも明日は釣りでもしてきたら?」と母親が言った。


「釣りか……」


近くの渓流を思い起こすが、気が乗らなかった。


「やっぱりまだ川が苦手かい」と母親。


「やっぱり?やっぱりって何?」


「ほら、昔溺れかけたことあったじゃない」


「そうだっけ?」


憶えていない。


父親が、冷蔵庫から瓶ビールを出してきた。


「飲むか?」


「ああ、うん」


そう言えば、自ビール以外を飲むのはずいぶん久しぶりだった。


きりっとした苦味がうまかった。








実家で夏休みとはいえ、娯楽があるわけではなく、要するに手持ち無沙汰だった。


ずっと家にいても仕方ないので、散歩に出ることにした。


思えば、仕事以外ではずっとマンションに引き込もっていたから、たまには体を動かさないと。


ちょっと坂を登っただけで腿がだるくなった。末期的な運動不足だ。


右手には田んぼがずらっと広がり、左手は山。まったく、驚くほど変わっていない。

まるで、時が止まっているようだ。


大して歩いていないのに、息があがる。


僕はガードレールに寄りかかって、しばし休憩をとった。


下には小さな川が、気持ち良さそうにさらさらと流れている。水が冷たそうだ。


昨日母親に言われたことが、なんだか頭に引っ掛かっていた。


そう言えば、小さい頃は近所の子供達とよく渓流で遊んでいた。

夏と言えば、毎日のようにそこに飛び込んで涼をとったものだ。


それが、いつしかまったく訪れなくなっていた。もしかして、溺れかけたというのがその原因かもしれない。


昨日は行きたいとも思わなかったが、ふと見てみようかという気になった。


さらに道を登って、今度は山岸を少し降りる。


いつも遊んでいた沢に着いた。


よくあの辺の岩からダイブしたっけ、と思い返すと懐かしい。


それにしても、と思う。溺れるような水量でもないけどな。


水の流れは穏やかで、一番最初に深いところでもせいぜい子供の腰くらいのものだ。


現場に来てみても、やっぱり何も思い出せなかった。


でも何かが引っ掛かっていた。


何だろう?分からない。


記憶の裏側で、何かがガリガリと引っ掻いているような、そんな感じだった。


そして、その夜に不思議なゆめを見た。

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