合体
「両手を出して」とユキが言った。
マンションの屋上。僕らは向かい合って立っている。
これから、幽体合体という聞いたこともない怪しげな試みが行われるのだ。
言われた通りに僕が差し出した両手に、ユキが自分の両手を重ねる。
「感じて」
瞬間移動の時の要領で、僕は自分の両手に意識を集中した。
ユキのエネルギーを感じて、その熱を感じて、ぬくもりを感じる。
僕らの手が溶け合って繋がった。
「いいわ」と言って、ユキがその繋がったままの両手を下におろす。
それから一歩進んだ。
僕らは、ぴったりと体を合わせるような格好になった。
こんなに接近したのは初めてだったので、緊張して呼吸が乱れた。
「静かに」とユキが言った。
僕の心が落ち着くまでしばらく時間がかかった。
「ねぇ」
ユキが顔をあげた。
僕のすぐ目の前にユキの顔がある。
まるで、恋人達が今にもキスしそうな体勢である。
「なに?」
「ヤマト、私の事忘れないでね」
いつものように冗談を言うような口調でも表情でもなかったので、僕は慌てた。
「なんだよ、それ。最後みたいな事言って」
「…………」
「明日も来るよね?」
「来るわ」
「絶対?」
「絶対」
ほっとした。
こんな時に脅かさないでほしい。
それから、ユキがさらにゆっくりと歩を進めた。
ユキの体が、僕の体と重なっていく。
少しずつ、少しずつ。
お互いの体を侵食していく。
例えるなら、冬の寒い夜、温めておいた布団が全身を眠りに誘うような。
そんなぬくもりが僕らの境界線から広がっていく。
ユキの体が完全に見えなくなった。
まるで、僕が彼女を吸収してしまったみたいに。
「私を感じて」
ユキの声が響いてきた。
僕は目を閉じて、自分の体の中にいるユキを感じる。
不思議な感覚だった。
確かに僕の中にユキがいて、ユキの中に僕がいるのも感じられた。
そのうちに、それはユキなのか僕なのか分からなくなった。ただ混ざり合って一つになった光だけがあった。
この時の幸福感を、僕は説明することが出来ない。
それは、言葉にしようのない感覚だから。
ただただ、絶対的な幸福感としか言えない。
そして、それはどこか懐かしい感覚でもあった。
遠い遠い、はるか昔に味わったような。
もしセックスの定義が、男女が体を合わせて一つになることなのだとしたら、これはセックスと言ってもいいのかもしれない。
ただ、そこにあるのは快楽ではなく、混じりけのない喜びだった。
やがて、おへその下辺りがぼんやりと温かくなってきて、熱の塊のようなものが形成された。
その熱は、まず足に広がる。
足がそのエネルギーに満たされると、まるで地球の中心に鎖で繋がったみたいなずっしりとした安心感があった。
熱が今度は上半身を上がってきて、それが胸に到達すると、先程感じていた喜びが拡大し、倍増し、そこから溢れだした。
そのあまりの強烈さは、この体が耐えられないのではないかと心配になるほどだった。
臍下から発生した熱は、やがて頭までやって来て、全身を包み込んだ。
それから今度は熱の発生源であった玉状の塊が体の中心を貫いて、頭頂から飛び出した。
その玉は空中で弾けると、シャワーのように僕らに降り注ぎ、僕らの周りを満たした。それが何回もあった。
丹田に発生した玉は、背骨を通って頭頂を抜け、また新しい玉が生まれる。
それが繰り返される。
そしてひときわ大きなエネルギーの塊が体を突き抜けると、頭の中が真っ白になり、僕は意識を失った。
それからどれくらいの時間が経ったのか分からないけれど、僕は気が付くと肉体の中に戻っていて、リビングの床に横になっていた。
肉体に戻っても、先ほどの幸福感は全体を包んでいて、ユキのもとに戻ろうと思うのだけれど、暴力的なほど強固な睡魔が僕をまた無意識に引きずり込んだ。




