地球
ユキとは色んな所を見て回ったし、冒険もしたけど、その最高峰と言えばやはりアレだろう。
その話をしよう。
その日、僕らは夜空にぷかぷかと寝そべるように浮かびながら星を見ていた。
こういうのもいい。
ずーっと見ていたら流れ星を二回も見た。綺麗だ。
何も喋らない。
ユキとはこういうことも出来る。沈黙は苦痛ではなく、穏やかな幸せの時間。
星を見るのに少し飽きると、横を向いて彼女の横顔を見る。
そうすると目が離せなくなる。
「なんか文句でもあるわけ?」
じろり、とユキが睨んできた。
あーあ、と思う。
こんな時さらっと言えたらいいのに。ただ見惚れていただけだって。
僕は星の光に目を戻し、
「他の星に行ったことはあるの?」と訊いてみた。
「あるわ」
「やっぱり」
一体どれだけ離脱経験があるのだろう。
「太陽系の中だけだけどね。それより外には行けないの」
「どうして?」
「幽体の振動数だとそれが限界。行きたいなら幽体も脱ぎ捨てないと」
「脱ぎ捨てるとどうなるの?」
「エネルギーだけになるのよ」
「やってみたことは?」
「ないわね。もう少し生きていたいから」
「それはぜひとも止めておいてね」
ユキが笑った。
「太陽系内の星なら僕も行けるかな」
「残念だけど」
「ああ、また振動数の問題か」
「そう。それぞれ星ごとに振動数が違うの。だから、それに合わせられないと入れない」
「まだお預けか」
がっかりだ。「じゃあ話だけでも聞かせてよ」
「やめておいた方がいいわ」
ユキが小悪魔みたいな顔になる。「ヤマトにはまだ刺激が強すぎるから」
どういう意味だ、それは?
「余計に気になるなぁ」
「いつかね。一緒に行きましょ」
「うん」
しばらくしてから、
「宇宙空間になら行けるわよ?」とユキが言った。
「んん?」
「大気圏外に出て、地球を眺めるくらいなら」
「ええ!?地球が見られるの?」
「うん」
「それ早く言ってよ。見たい見たい、すごく見たい」
「落ち着いて、坊や。じゃあ行きましょう」
のんびりタイムは終了だ。
僕は、よっと体勢を縦に戻した。
「飛んでいけるの?」
「ロケットですら行けるのよ?」
ユキがにやりと笑う。「私達なら余裕よ」
これは心踊る。ドキドキした。
「行くわよ」
「オーケイ」
頭上に狙いを定め、僕らは正にロケットのごとく一気に上空に飛び出した。
「飛ばすわよ。まずは上空百キロよ」
「了解」
すぐに雲を突き抜けた。
重力も空気抵抗もない。摩擦で燃えることもない。
完全に飛行のプロフェッショナルと化している僕らは、10分とかからずに大気圏外に突入。
地球の縁が見えた。
「まだまだ行くよ」
ユキもノリノリだ。
空気の層を抜けると、気のせいかよりスムーズに飛べる気がする。
それから20分ほど飛んだ所で、ユキがストップをかけた。
「もういいでしょう」
いよいよご対面だ。
心臓はこれまでに物理的にないはずなのにドキドキが止まらない。
僕は恐る恐る、ゆっくりと振り向いた。すぐに見てしまうのがもったいないような気がして。
初めて見る宇宙空間から見る地球。
その衝撃は、まさに文字通り何かにドーンと衝突したみたいな感動だった。
声も出ない。
これが地球なんだ……。なんて……。
まずはその大きさに圧倒される。
あまり前の事だけど、これまでにこんな大きなものを見たことがない。
自分の存在がかき消えてしまうような絶対的なスケール。
あれほど広大に見えたサハラ砂漠が砂場のように思えたし、行き着けなかったマリアナ海溝の底はちょっとした落とし穴に思えた。それぐらい大きい。
その大きさに少し体が慣れてくると、次に思うのはその美しさ。
宇宙に浮かぶ宝石、なんて言葉があるけれど、それ以上の美しさだ。
こんなに美しくする意味があるのかと問いたくなるほどだった。
何のために地球はこれほど美しいのだろう。
衝撃が落ち着いてくると、こんどは地球のエネルギーがじわじわと体に染み込んできた。
それは絶対的な安心感とも言えるような力で、気が付くと僕はいつの間にか涙を流していた。
なぜ僕は泣いているんだろう。
分からない。
地球はエネルギーに満ち溢れていた。
空気も水も土も。石や植物や生き物たち。
みんながその地球というエネルギーの海に包まれている。誰一人、何一つはじかれることもなく。
「僕らは……」
ようやく声が出た。「生かされているんだ……」
地球を"愛の星"なんて言う人がいる。
それはロマンチックなコピーでもなんでもない。ただの……事実だ。
涙が止まらなかった。
体はないはずなのに、僕の事を魂が歓喜に溢れているんだろう。
もう、何でもかんでも愛おしかった。
横を見ると、ユキの頬も光っていた。
どうしようもなく彼女をハグしたかった。
それは叶わないと知りながらも。




