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アストラル・レコード  作者: 藍沢義也
13/21

前世

どこだろう……?


それは大きな屋敷みたいだった。


広い庭に、長い渡り廊下。これは日本で間違いないと思う。

大河ドラマのセットに出てきそうだ。


やがて、わらわらと何人かが廊下を歩いてきた。その服装を見ると……


「平安時代かな」と僕が言った。


「多分もっと前ね。平安はもっときらびやかだから。服もずいぶん軽そう。奈良時代あたりじゃないかな」


「なるほど」


少しして、恰幅のいい、位の高そうな老年の男が歩いてくる。


その三歩ほど後を、若い男がついて歩いてきた。


その顔を見たとたん、あっと僕は思った。なぜか、すぐにそれが前世の自分だと分かった。


動きやすそうな麻のズボン。ジンベエのような上着を細い帯で留めている。


細身だが、かっちりとした筋肉。

しなやかで敏捷な動き。


すぐにでも抜けるように剣を手にしている。

麻紐で髪を後ろに結んでおり、端正で美しい顔。自分で言うのもなんな変だけど。


「すごいイケ面じゃない……」


ユキがため息をつくように言った。それから気遣うように僕をそっと見ると、「あー、まぁ今だってそんなに悪くはないわよ?」


「それはどうも」


前世の僕は、油断なく辺りに気を配っている。

穏やかな顔をしていながらも、ぴんと張りつめた緊張感が伝わってくる。


「警備の人みたいね」とユキが言った。


「うん。あの藤原のなんとかっぽい人を護ってるんだ」


前世の僕は、そのなんとかさんの後ろを影のようにずっと付いて廻っている。その間、不穏な気配がないか視線を走らせている。


「きっと敵の多い人なのね」


「うん。疲れそう」


二人の行く先々で、女性達は熱い視線を僕に送ってきた。


「ちょっとちょっと」とユキがからかう。「みんなうっとりしてるじゃないの。この女泣かせ」


「えへへ」と僕は言ってみた。


これは相当もてもてだぞと思うのだけど、当の僕は気付いているのかいないのか、まるで興味なさそうでちらりとも女性を見ない。


やがて日が傾き、主の食事の時間。


上座は一段落高くなっていて、僕はその一段下がったすぐ傍らに控えている。


女中たちも何人か座敷に座っていた。ここでも、女中たちはちらちらと僕を見ていた。


少しして、座敷に着飾った女性が共の者を連れて入ってきた。

若く、美しい娘。


彼女が現れた瞬間、少しだけ僕の顔色が変わった。はっと息を飲んだように……。


けれどそれは風に吹かれた砂絵のようにスッと消え、いつもの無表情に戻った。


主は破顔して立ち上がり、「おお、よく来た」みたいな事を言って娘の手をとった。

それから、娘を隣に座らせて酌をさせる。


「奥さんじゃないわね」とユキがワイドショーを分析する主婦みたいに言った。「側室か、その候補ってところかしら」


主は上機嫌で、すっかり娘に入れあげているのが分かる。


前世の僕は、ほんの数回だけ娘を盗み見た。その瞬間だけは顔の険がとれ、きゅっと結んだ口がほんのわずかだけ緩んだ。


「あの子が好きなのね……」

ユキが切なそうに言った。「でも主人の側室じゃ、どうしようもないわよね」


「イケ面の持ち腐れだよね」


僕も切なくなって、はぁとため息をついた。


場面は変わる。


すっかり夜は更けていた。


前世の僕は、部屋に一人でいた。


警備は交代の時間になったのだろう。


必要最低限の物しかない質素な部屋だ。


僕は木箱からすずりを取り出して、墨をすった。


それから、部屋の柱に体を預けるようにして、短冊のような紙にさらさらと筆を走らせていた。


「何してるんだろう?」


僕が首を捻ると、


(うた)を書いてるのよ」とユキが言った。


和歌か。


「風流だね」


書き終えた大昔の僕は、その詩を見つめ、満足そうにふっと顔をほころばせた。人前では見せない顔だ。


「いいのが書けたみたいね」とユキ。


それから前世の僕は、書き付けた短冊を懐にしまうと、ぞうりを履いて外に出た。


こんな夜更けに何をするのだろう?


灯りを手に歩いていた僕が向かったのは、街を流れる小さな川だった。


僕は川岸の笹の葉を折ると、葉舟を作り、胸から取り出した和歌を乗せて川に流した。


「どういうこと?」とユキに疑問を呈するも、彼女も首を降った。


「アカシャに訊いてみて」


「そうか」


そこで、今のはどういう意味なのか分かる映像を出して欲しいと頼んだ。


すると、場面は川をぐーっと下って、ほとりにある一軒の屋敷を映し出した。

それは、あの側室の娘の家だった。


そういうことか。


前世の僕は、口に出せない想いを詩にして、彼女が住んでいる川下に流していたのだ。


画像はそこで切れた。


これが前世の僕の恋。


はぁとユキが息をついた。


「なんてロマンチックなの」


見れば、ほんのり顔が赤いような気がする。


それから、まるで侮蔑するかのような視線を僕に投げて、


「本当にあれヤマトなの?」


苦笑するしかない。


僕もそう思う。


これが、僕のアカシックレコード体験だった。






まだ暑い日が続いているが、舞台裏では少しずつ次の季節への準備が進んでいる。


道行くときに目に入る植物達の顔ぶれも段々と変わってきた。


先日は世にも奇妙な、そして面白い魔法のような図書館に行き過去を見てきたけれど、アカシックレコードには未来の事も書かれているのだろうか?


その疑問をユキに尋ねてみると、ある、との事だった。


「じゃあ、未来はすでに決まっているってこと?」


少しがっかりして僕は言った。


そうではない、とユキは答えた。


「今の現状から起こりうる、一番可能性の高い未来が書かれてるの」


「なら、それは常に変わっていくということ?」


「そう。今何を選択するかでその内容は随時更新されていくの。もっともその人の思考、行動パターンから予測されて創られている未来記録だから、そう大幅な変更はなさそうだけど。……未来を見てみたいの?」


「どうなんだろ」


ユキが現れて、僕の人生は大きく変わった。


これはさすがにアカシックレコードの予測未来を大きく超えているのではないかと思う。


だから、どう変わったのか。そしてどう変わっていくのか。僕の人生、そして僕たちの関係が。

それを見てみたいと思う。


でも怖い。


もし望むような未来でなかった時、それを変えようとしたところで一体どの選択をすればいいのか分からないではないか。


よかれと思ったことが、結局事態の悪化を招くかもしれない。

そう考えると、いっそ何も知らないほうがいいのではないかとも思う。


「やめておくよ」と僕は言った。


変えられない過去はあきらめがつくけれど、未来に後悔はしたくない。


それに、今が最高に楽しいし。


でも、100%不満がないかといったらそれはイエスとは言えない。


僕達はずっと幽体フレンドのままなのだろうかと思うと不安になる時もある。


このまま、ずっと彼女はにやっと謎の存在なのだろうか。


いつしか出来上がった暗黙のルール。ユキのプライベートには干渉しないこと。


だから彼女の事はほとんど何も知らない。


年齢も、どこに住んでいるのかも。

家族の事、そして比留間は何をしているのかとか、これまでどんな人生を歩んできたのかとか。

本当は色々知りたい。


そして、これは本当に虫のいい話かもしれないけど幽体以外でも彼女に会いたい。


いや、これは贅沢な願いなんだと思う。


毎日のように好きな女の子に会えて、しかもその人は夢みたいにキレイで、世界一のデート(と言いたい)をしている。


これ以上望んだらさすがに神様だって怒るだろう。

死んであの世にいったら、その埋め合わせに想像もつかないような拷問を受けさせられるかもしれない。


だからこの件はもう考えるのはやめよう。


彼女が何も自分の事を話さないのは、僕の事を信頼していないからじゃないと思うから。


きっと、ユキなりの事情があるのだ。

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