アカシャ
「過去に行くことは出来ない?」と僕はユキに尋ねた。「幽体は時空も超えられるんでしょ?」
「私は行けるけど……」とユキ。「ヤマトは無理よ。過去の振動数にチューニング出来ないと。さすがに今はまだ連れていけないわね」
「そうか……」
「見たい過去でもあるの?」
「特別何かあるってわけじゃないんだ。ただ、面白いだろうなって」
「まぁ、面白いけどね」
過去に行くっていうのはどんな気分だろう。
歴史のターニングポイントや偉人達の素顔。そして、語られなかった人達。その思い。
恐竜達はどんな姿をしていたんだろう?
僕たちの祖先は?本当に猿だったのだろうか?
神話の世界はどこまで真実なのだろう?
過去はロマンの詰まった宝箱のようだ。いつか行ってみたい。
「過去に行くことは出来ないけど」とユキが言った。「見ることは出来るわよ」
「え!?何それ」
「宇宙の図書館があるの」
宇宙の図書館……。
「なんて魅惑的な響きなんだ」
「行ってみたい?」
「もちろんだよ!」
「じゃあ行きましょう」
ユキは人差し指を立てて、「目を閉じて」と言った。
「瞬間移動で行くの?」
「いいえ、もっと簡単に行ける」
僕は目を閉じた。
しばらくすると、眉間の辺りにほんやりと温かさが広がってきた。
ユキが指先で触れているんだろうと思う。
「いいわ、目を開けて」
「え?もういいの?」
拍子抜けしたように視界を開くと、そこは薄暗い、大きな鍾乳洞のような場所だった。
「いつのまに移動したんだろう……?」
目の前には、樫の木でできたような重厚なドアがあり、振り返ると石の階段がはるか上に延びていた。
「移動というよりは、アクセスしたのよ」
「アクセス?」
「そう、ここはこの世界の全ての情報が保管されているデータバンクなの。誰でもアクセス出来るけど、離脱していると簡単に来られるの」
「誰でもここの情報を見ることが出来るの?」
「そうよ」
「なるほど。だから宇宙図書館なんだ」
こんなものがあるなんて知らなかった。
「みんなは……アカシックレコードと呼んでいるわ」
アカシックレコードか。そう言えば、幽体離脱について調べていた時に、そんなワードがあったようななかったような。
「入りましょう」
ユキもワクワクしているように見える。ここはそういう場所なんだ。
扉を開けると、さっと室内から明かりが差した。
一歩部屋に入ると、なんだか場の雰囲気が変わる。濃いエネルギーが充満しているように感じた。
ユキがドアを閉めた。
宇宙の図書館というわりにはこじんまりとした部屋だった。
中央に机が一つあり、四方の壁全てがドア以外本で埋め尽くされていた。窓もない。
誰かが地下に作った個人的な書斎みたいだった。
「どんな風に見える?」とユキが訊いてきたので今感じたように伝えると、
「ヤマトにはそう見えるのね」と微笑んだ。「ここでは自由にイメージしていいのよ。気に入らなければ変えることも出来る」
僕はもう一度部屋全体を見渡した。
「全く悪くないよ。いい雰囲気。……なんだか部屋全体が意思を持った一つの生き物みたいな気がする」
「そうなの。この部屋そのものが"アカシャ"と呼ばれているエネルギーなのよ」
「なるほど。……で、どうやって過去を見たらいいんだろう?」
「まず、誰の過去を見たいの?」
「誰の?あーそうだな、どうしよう。何も決めてなかった」
「なら自分の過去を見たら?」
「僕の?」
僕は苦笑した。「僕の過去なんか見たって何もないよ。ほんの数行で足りる退屈な人生だもん」
「それは今の人生でしょ?」
「ん?どういうこと?」
「前世を見てみたくない?」
前世ときた。
「それも見られるの?いいね!見たい。なんかちょっと怖いけど」
それなら、とユキが中央の机を指差した。
「その机の上にある本を手にとって」
ユキの言うように、机には一冊の本があり、近付いて見てみると僕の名前が書いてあった。
「わ、すごい。僕の本だ」
本を開いてみる。が、そこには何やら記号のような文字がびっしりと書かれてあった。
「これじょ読めないな」とがっかりすると、
「映像を出してもらって」とユキが言った。
「誰に?」
「アカシャに。部屋全体に向かって話しかけるのよ」
「分かった」
僕は顔を上げ、アカシャのエネルギーに声をかけた。「映像を出して下さい」
すると僕の本が消え、代わりにスクリーンが現れた。
「さぁ、見たい映像を言うのよ」
「よし。僕の前世を見せてください」
何も起こらない。
スクリーンは沈黙している。
「ダメダメ。前世っていったいいくつあると思ってんのよ。もっと絞りこんで注文しないと。例えば、今の自分に一番深いところ影響を与えている前世だとか」
「ふんふん」
「その中でもどんな場面を見たいのか」
「よし、分かった」
しばらくオーダーを考えた後、僕が発したのは、
「これまでで一番イケ面だった人生。で、どんな恋愛をしたのか見せてください」
おおっ、とユキも面白がる顔になった。
「いいわね、斬新なオーダーだわ」
ザッとスクリーンに砂嵐が映ると、少しずつクリアな映像が現れてきた。




