第五話
「はあぁぁ……やっと、終わった」
その日の授業の終わりを告げるチャイムと同時に、駆はぐったりと机に崩れ落ちた。
そんな駆を真人と凛音が物珍しげに眺める。
「大丈夫か? 今日は朝から調子が悪そうだな」
「確かに、昼食もそんなに食べてなかったよね。胃もたれだっけ?」
凛音の言葉に、真人は気の抜けた声を出す。
「は? 胃もたれって……何食べたらそこまで体調が悪くなるんだ?」
「……朝食に酢豚とから揚げ……あと、コーンスープ風みそ汁」
「うわ……それを朝からはきついな。てか、コーンスープ風みそ汁ってなに?」
駆は億劫そうに席から立ち上がると、バックを持って教室を出る。その後ろを真人と凛音が心配そうについてきた。
いや、凛音はきっとこの状況を楽しんでいた。本人は隠しているつもりだろうが、口元が若干、綻んでいる……
「で――、そんな状態で佑ちゃんと試合する気なの?」
「まあ……試合になったらそんなこと気にならなくなるし」
「さすが剣道部のエースね」
凛音が隣ではやし立てるが、駆は気にしない。実際、中丸のような実力者と試合になれば、体調など気にしている余裕はない。
校舎から剣道場に行くには、校門の体育館の横を通らなければならない。その為に昇降口で靴を履き替えて、外に出た駆たちだったが、
「なんだあれ?」
真人の呟きに駆は足を止める。見ると校門付近で生徒たちが集まっていた。
どうやら一人の人物を、赤い腕章をつけた親衛……風紀委員が囲んでいるようだ。
「なんで――! お主、ケチじゃ――」
「駄目なものは駄目だ! 本校の生徒じゃない者を構内に入れるわけにはいかん!」
剣道場に向かうため、校門に近づく駆たち。その時、集まっている生徒たちの間から、一瞬だけ風紀委員に囲まれている人物が見えた。
「あれ? あの娘って……昨日の娘だよね?」
「あー……なんで、学校まで来ているんだ?」
凛音がそう言いながら、駆を見る。駆は息をつくと頭を押さえた。
風紀委員に囲まれていたのは、日本人離れした金髪を棚引かせ、ダークグレーのドレスを着た少女……エレナだった。
「はぁ……悪い、ちょっと退いてくれ」
「な、お前っ!」
さすがに見過ごすこともできず、駆はエレナを囲む周囲の風紀委員を押しのける。エレナは風紀委員の間から現れた駆の姿を見ると、顔を綻ばせた。
「駆! やっぱりこの学校に居ったのか!」
「エレナ……なんで学校に?」
駆の言葉にエレナは照れたように頬を掻く。
「そ、その――掃除が一通り終わったから……迎えに来たのじゃ」
駆を見上げながらそう説明するエレナは可愛らしい。しかし――
「あんな可愛い子が迎えに来る……だと?」
「リア充は……死ねばいい」
「未来さまだけでなく、あんな美少女まで毒牙にかけるつもりか。――許さん!」
駆はその様子を眺めていた親衛隊を含む男子生徒たちから、殺気混じりの敵意を感じ始めていた。
「あ! やっぱり昨日の娘だったね」
「駆とその娘は、どんな関係なんだ?」
「あ……貴方たちは昨日、駆と一緒にいた……」
その時、生徒たちの間を縫って凛音と真人が現れる。その二人の姿を見て、エレナが目を見開いた。
「うーん……」
駆はエレナたちを眺めながら、一体どうエレナのことを説明すればいいのかを考える。馬鹿正直にエレナが倒れていたから、たまたま通りがかった自分が助けて知り合った……などと説明しても、この二人は信じないだろう。いや、信じるかもしれないが、質問攻めに会うのは目に見えていた。中丸との約束もあり、今は無駄な時間を使いたくない。
「エレナは――爺さんの友人の孫なんだ」
「え? か、駆?」
駆はエレナの肩に手を置くと、凛音と真人にそう説明する。駆の言葉を聞いて、驚いたように駆を見上げるエレナだったが、駆は口裏を合わせるようにエレナに笑顔を向けた。
「そうだよな?」
「う、うむ! その通りだ」
考えが通じたのかエレナが駆の言葉を肯定する。駆は内心でほっと一息つくと、目の前で呆然としている二人に目を向けた。
「エレナのお爺さんと、俺の爺さんはどうやら親友だったみたいでな、エレナが日本に留学をしたいって言うことで、連絡してきて……うちで預かることにしたんだ」
駆の言葉に合わせて、エレナがぶんぶんと首を縦に振る。
若干わざとらしい気がするが、空気を読んでくれただけでも十分だろう。
「私は司馬凛音! よろしくね」
「俺は福永真人。駆とはクラスメイトだ、よろしく! えーと……」
「わ、儂はエレナじゃ。こちらこそ、よ……よろしく」
簡単な説明だったが納得したのか、真人と凛音はエレナに自己紹介をする。エレナは戸惑いながらも、挨拶を返した。
想像していたよりもあっさりとした真人と凛音の態度に安心しながら、駆はエレナの方を向いた。
「迎えに来てもらったのに悪いんだけど……実はまだやらないといけないことが残ってるんだ」
「そ、そうだったのか。その……やらないといけないこととは?」
エレナは残念そうに呟いて、コクンと首をかしげる。
「今から駆が、剣道部の部長と試合をするんだよ」
すると、真人がバンバンと駆の背中を叩きながらエレナに話す。エレナは剣道と聞いて、目を輝かせた。
「剣道! 剣道というのは侍が行う武術の鍛錬なのだろ? やはり、駆は侍なのか!」
「いや、剣道はスポーツだと思うぞ。あと、俺は侍じゃない」
すごい食いつきを見せたエレナの頭に、駆は落ち着かせるように手を置く。エレナは気持ち良さげに目を細めて笑った。
そんな駆とエレナの姿を近くで見ていた真人の顔が固まる。引きつった笑顔のまま真人はプルプルと肩を震わすと、不意に天を向くと息を吸い……
「なんで、駆ばかり可愛い子が寄ってくるんだぁぁぁあああっ!」
そう叫ぶと、きらりと光る涙を流しながら走り去っていく。校内に戻っていったという事は、駆の試合は見るつもりなのだろう。
「えーと……今のは何じゃ?」
「さあな。ああ、真人……アイツのことは気にしなくてもいいぞ」
真人の行動にエレナは顔に戸惑いを浮かべるが、駆は気にする必要はないと手をひらひらさせる。真人が理解不能な行動をするのは昔からだ。幼なじみの駆からしたらいちいち気にするほどのことでもない。
そしてそれは凛音にとっても同じだったようで、呆れた顔で真人が走っていった方を見ていたが、肩をすくめるとエレナを見た。
「どう? エレナも駆の試合を見に行かない?」
「よ、良いのか!」
よほど剣道を見たかったのか、エレナは凛音の言葉に食いつく。
「ま、待て!」
「不審者を校内に入れるのを見過ごすわけにはいかん!」
しかしエレナを誘った凛音の前に、四人の風紀委員が立ちはだかる。
凛音は彼らを冷めた目で見まわすと、気だるげに口を開いた。
「アンタたち……さっきの話聞いてた? エレナは留学生、つまりこの学校に転校してくるの。 これは転校前の学校見学よ」
「……え? 儂……学校に通うのか?」
「あー……うん。する――ことになるかも……ね?」
(しまった! 留学生って説明してしまったら、学校に転入させる必要があるのか!)
エレナが期待や不安が入り交ざった表情で、駆を見上げる。駆はエレナの紹介をした時の自らの失言に気がつくも、衆人の手前言い直すこともできず、曖昧に頷いた。
正直な所、エレナを転校させることが可能か不可能かで言えば……可能だ。
だが、それをしてしまった場合、ある人に迷惑をかけることになる。その人に幼い頃から助けられてきたことを考えれば、あまり迷惑を掛けたくないのが本音だった。
「ぐ……そうかもしれないが……」
「はい! どいた、どいた!」
気がつくと、凛音が前に立つ風紀委員を押しのけている。風紀委員は何か言いたそうな顔をするも、渋々といった様子で道を空けた。
「ほら行こうか、エレナ」
「う、うむ……」
それを見て、駆はエレナの手を掴み校内に入れる。エレナは珍しいモノを見たかのように、先を歩く凛音に目をやった。
「凛音といったか……ずいぶん強引なのじゃな」
「コイツはこういう奴だ」
エレナの言葉に駆はため息交じりにそう答える。
すると、駆の評価が不満だったのか、凛音は眉を寄せて振り向いた。
「ふん! アイツら、前に私の持ち物を荷物検査とか言って漁ろうとしてたのよ」
「別に……如何わしいモノを持ってきてなければ、見せてもよくないか?」
駆がそう言うと、凛音は小さく鼻で笑う。
「駆は女の子を分かってないわね」
「そりゃ、悪かったな」
駆はふと、昨日持った凛音のバックを思い出して、凛音の持っているバックを見る。想像していたよりも遥かに重かったそのバックには、一体何が入っていたのか。
「凛音、そのバック……何が――」
「さ、さあ! 佑ちゃんも待っていることだし、剣道場に向かおう。うん、急ごう!」
駆の質問は、凛音の言葉に掻き消される。
そのまま凛音は慌てるように小走りで、剣道場に走っていく。
「駆は行かぬのか?」
「あ、ああ……」
誤魔化したな、と内心で凛音に悪態をつく。駆はいつかバックの中身を暴いてやる、と心の中で誓いながら、エレナの小さな手を引いて剣道場へと向かった。




