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オオカミ姫の守護騎士  作者: オガタカ
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第三話

「……そうか。そんなことがあったのか」


「……面目ない。またも御馳走になるとは……」


 テーブルの向かい側に座るエレナの話を聞いた駆は、焼き魚を解していた箸を止めた。目の前ではエレナが夕飯を前に箸をとることもなく肩を落としている。

 エレナと再会したあの後、エレナが得も言われぬ表情をしていたことが気になり、駆は真人と凛音に断ってエレナを自宅へ連れ帰ってきた。

 駆とエレナとの関係について興味津々といった様子だったが、二人も気まずそうな顔をしているエレナを見て気を回してくれたのか快く了承した。

 自宅に戻った駆は夕食を取りながら、何があったのかをエレナに聞いたのだ。

 結果、状況は深刻だった。


「まさか……お金を持っていなかったとはな」


「うぅ……」


 そう。今朝、駆と別れたエレナだったが、彼女は現金を持っていなかった。

 現金を持っていなかったら、バスや電車、フェリーなどの乗り物に乗ることはできない。それは海と山に囲まれた夜坂市では死活問題。徒歩で隣の地域に向かう事もできるが、山を越えなければいけないことを考えると、エレナのような少女では現実的ではない。

 つまりエレナは現金がなく乗り物に乗ることもできなかったため、夜坂市から出る事ができない状態になっていた。

 しかしエレナも何もしなかったわけではない。ヒッチハイクを試したり、なんとか歩いて隣の地域に行ける道路を探したりと、様々なことを試したがどれもうまくいかなかったという。

 そしてエレナと再会したあの店は貴金属を買い取る店だった。

 最後の手段として、エレナはそこで持っていた装飾品を売り払って、旅を続ける資金を作ろうと考えていたようだが、買い取りをするには身分の証明が必要だ。

 身分を証明できないエレナの物を、店が買い取るはずもなかった。

 そして最後の希望も消え去って、失意のまま店から出たところを駆と再会した……というのが事の全貌らしい。


「どうしようか……まとまったお金を貸すから、それで旅を続けるか?」


「そ、そんなことまでお主にしてもらうわけにはいかぬ! ……それに」


 箸を置いて、駆は考えたことを口に出す。それを聞いたエレナは顔を青くして首を横に振ると、俯いた。

 エレナの次の言葉を理解した駆はため息と共に呟く。


「そうだよな。これじゃ、根本的には解決しないな」


 いくらお金を渡しても、旅を続ける限りお金は減っていく一方だ。いつかは無くなってしまい、今と同じような状況になる。

 ならどうしたらいいのか。考えるが名案は浮かばない。


「実家とかから資金を送ってもらうことはできないのか?」


「……儂には親族というものがいないのじゃ」


 つまりエレナには頼れるものが何もない。


「難しいな」


「すまぬ。お主にここまで迷惑をかけるつもりはなかったのじゃ」


「乗り掛かった舟だ。それに迷惑とは思ってない」


 そう言ってエレナは頭を下げる。そこからはすぐに出ていく、これ以上迷惑はかけないという思いが滲み出ている。

 その時、駆は今朝エレナと別れた時に、彼女が見せた顔を思い出した。

 別れ際に見せた彼女の微笑は、疲れが顔に表れていた。エレナは認めないかもしれないが、駆には彼女も心の奥底では見つからないと理解し、義務感だけで旅を続けているように思えてならなかった。

 探している人物とエレナがどんな関係だったかは分からない。

だがエレナは旅を続けるだろう。心の奥底で諦め、絶望しながら、旅を自らの責務として。

 誰かが止めない限り――


「あのさ……」


 口を開いた駆だが、疲れているにも関わらず気丈に振る舞うこれまでのエレナを思い出して口を噤む。

 エレナにここに住むように勧めることは簡単だろう。しかしエレナがその申し出を受けるかと言えば、そうは思えない。

 だが、このまま何も言わずに旅を続けさせるわけにもいかなかった。


「エレナが良ければなんだが――」


 そう前置きして、駆はエレナの顔を正面から見据える。


「ここで住まないか?」


「…………え?」


 長い沈黙の後にエレナの口からは気の抜けた声が出る。

 その反応に、駆は自分の言葉が誤解されかねないことに気づき慌てて言い直す。


「あ……いや、そんな変な意味で言っているわけじゃないんだ。ただこのまま旅を続けたら疲労で倒れてしまうかもしれないだろ? せめて疲れが取れるまでは旅を止めて、家でゆっくり休んでいったらどうだ?」


 駆の言うことにエレナは少し困ったように眉をひそめて笑った。


「その言葉が善意から出ているのは理解しておるが……儂も探さねばならぬ人がおるのじゃ。その心遣いだけでもありがたく受け取っておく」


「でも……お金はどうするんだ? 旅を続けるにもお金は必要不可欠だろ?」


「……それは」


 その指摘にエレナは顔を曇らせる。彼女だってお金がないのに旅を続けることは無理だということぐらい理解しているのだろう。

 仕事を探すにも、何をするにも、日本では身元を保証するものが必要だが、この様子を見るにエレナはそれらの保証証も持っていないようだ。

 そんなエレナにとって、駆の申し出は渡りに船に違いない。

 しかしエレナはその申し出を断った。それはやはり人探しが理由なのだろうか。


「エレナは……何時までその人を探し続けるつもりなんだ?」


 堪らず駆はエレナに聞くと、エレナは悲しげな顔をした。


「分からぬ。おそらく……見つかるまで」


「……見つかると思っているのか?」


「…………無理じゃろうな。正直……自分でも見つかるとは思っておらぬ」


 平八は床に座り、出された食事に手をつけることなく、二人の様子を眺めている。

 しばらくの静寂の後、エレナは深い息と共に言葉を吐き出した。駆はエレナが口にした本心に眉をひそめる。


「そう思うなら、なんで旅を続けるんだ?」


 エレナはその言葉に自嘲的な笑みを浮かべて肩の力を抜いた。


「自分でもよく分からぬ。ただ……」


「…………エレナ?」


 そしてエレナは顔を落とす。しばらく話すこともせずにエレナの様子を窺っていた駆だったが、エレナの素振りがおかしいことに気がつく。

 肩は細かく震え、息を忙しなく吸い込んでいる、顔を落としているために表情は見えなかったが、頬を伝って流れ落ちる液体の存在に駆は目を見開いた。

 エレナは泣いていた。

 その涙が何を思って流れたモノなのかは分からない。ただその涙が生半可な思い出や感情などによって流されたものではないことは、女性の扱いに長けていない駆の目にも明らかだった。


「あ、あれ? あれ……なんで?」


「……ほら」


 エレナは自らの目から溢れる涙に驚いたのか、手の甲でゴシゴシと擦る。

 駆はテーブルの上に置いてあるティッシュの箱を手に取ると、エレナに差し出す。エレナはティッシュを受け取ると、目に浮かんだ涙を拭った。


「エレナは十分頑張ったと俺は思うよ。このまま旅を続けたらいつか壊れる……俺はそんな気がするんだ。路地裏で寝ていたあの時、エレナは本当に寝ていただけだった? 本当は空腹で動く事ができなくなっていたんじゃないのか」


 きっとエレナは、長い旅の間に寒さや飢えに襲われたはずだ。

 倒れていたエレナを自宅に運ぶとき、駆はエレナの身体の軽さに驚いた。もしかしたら、エレナはここ数日、まともに食事もとっていなかったのかもしれない。

 エレナも気付いていたのだろう。このまま旅を続けても何の結果も得られず、それどころか自分の体調が持たないことに。


「もしも人探しを続けるなら……エレナにも事情があるんだろうし俺は止めない。ただ、出発するのは家で十分に休んでからだ。いいな?」


 エレナの意向を考慮せず、駆は強い口調でエレナに告げる。ここまでしないと、エレナは駆に遠慮して旅を続けてしまう。

 エレナはしゃくり上げると、赤く腫れあがった瞳を駆に向けた。


「だ、駄目じゃ。それでは……駆に迷惑をかけてしまう」


「――っ! ……そんなことはない。逆にここでエレナを行かせたら、心配で俺の生活に支障が出る」


「じゃ、じゃが……!」


「……まだなにかあるのか?」


 「この、分からず屋!」、と叫びそうになるのを押さえて、駆はエレナに説明する。

 しかし説明に納得していないのか、エレナは目線を落として口を開いた。

 そんなエレナを駆が険しい目で見ると、エレナは小さくビクつく。

 泣いている少女と、その少女を睨む男……何も知らない人が見たら、ほぼ間違いなくいじめと捉える光景である。

 駆は無言でエレナの言葉の続きを待つ。エレナはドレスの裾を両手でキュッと掴むと、絞り出すように言葉を紡いだ。


「儂は……この家に、いや駆にとってお荷物ではないか?」


「あー…………」


 エレナの言葉に、駆は目を閉じて頭を掻く。

 駆は別に、エレナをお荷物だと思っているわけではない。

 エレナの性格を忘れていた自分に呆れているのだ。

 少し会話をすれば分かるのだが、エレナは義理堅い人間だ。

 彼女からすれば、駆に倒れていたのを助けてもらい、食事も頂き、更には寝床を用意してもらったのに、自分がなんの役にも立たないのは我慢ができないのだろう。

 考えたくはないが、自分(エレナ)が駆の役に立たないと知ったのなら、エレナは罪悪感で家から出て行きかねない。

 どうエレナに、エレナが家に必要である存在であることを伝えようか……と考えていると、視界の端で平八が身体を地面にこすりつけていのを見た。摩擦で起きた静電気によって、平八の毛には多くの埃がついている。

 そういえば、最近掃除をしてなかったな……と考えた時、駆の頭に電流が走る。

 この家は道場もある為、一般家庭と比べるとはるかに広い。その為、敷地内には道場や庭、普段使っていない部屋など駆の掃除の行き届かない場所が存在していた。

 身体を休める場所が必要なエレナと、手の届かない掃除場所の手伝いが欲しい駆。二人の利害は一致している。これこそWin‐Winの関係ではないだろうか。


「エレナ……掃除はできるか?」


「へ? うむ、使用人たちがしておったのを近くで見ていたから……おそらく」


「なら、家の掃除を手伝ってくれないか? 見てわかると思うけどこの家は広い。俺一人じゃ、全部を掃除することは出来なかったから、手伝ってくれたら助かる」


「わ、分かったから、頭を上げてくれ! むしろ頭を下げるのは儂の方じゃ!」


 エレナの口から出た「使用人」、という単語に内心驚きながらも、表情には出さずに会話を続ける。駆が頭を下げると、エレナは両手を顔の前で振って慌てだした。

 思えばエレナの纏う雰囲気は一般人とは少し異なる気がする。もしかしてエレナは元々どこかのお嬢様だったりしたのだろうか?

 そんなことを思いながら、駆は置いていた箸をとると、解していた魚の身を口に入れて、苦笑いを浮かべた。


「……冷めちゃったか」


 焼き魚は話し込んでいた間に冷めきっていた。エレナがすまなさそうに顔を暗くする。


「すまぬ。儂のせいだな」


「大丈夫。温め直せばいいんだよ……少し硬くなるけど。ほらエレナの分も」


「あ……すまぬ」


 駆はそう言うと席から立ち上がり、エレナから冷めてしまった焼き魚の皿を受け取る。

 そのまま電子レンジに入れて、ボタンを押す。焼き魚は電子レンジの中でクルクルと回転を始めた。


「あ、言い忘れてたな」


「……駆?」


 ふと、駆は何かを思い出したように声を上げてエレナのことを見る。

 そして茶碗と箸を持ったままキョトンとするエレナに――


「人探し……お疲れさま。しばらくはここがお前の家だから、ゆっくり休むといい。それと……これからよろしくな」


 駆は思っていたことをそのまま口にした。


「……ふ、不束者ですが……よろしくお願いします」


 少しの間駆の顔を見たまま固まっていたエレナだったが、そう口にすると目線を下げた。


「けふっ」


 そしていつの間にか食事を終えていた平八は、そんな二人を見ながら小さくゲップをすると幸せそうに床に横になったのだった。


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