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オオカミ姫の守護騎士  作者: オガタカ
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第二話

 静岡県の西部に位置する海と山に囲まれた地方都市、夜坂市。

この小都市に学校は数えるほどしかない。

 その数少ない学校の中でも、地域の人々が最初に名前を上げる学校が私立桜木学園だ。

 静岡県西部でも五本の指に数えられる進学校でもあり、学校の掲げる文武両道の言葉通り、体育系の部活も全国に名を轟かす強豪ばかりである。

 名実共に名門校の一つであり、地域の人々からの信頼も厚い学校ではあるのだが……


(久しぶりにコレを見たな……)


 エレナと別れた駆は、学校の前で人だかりができているのを見てため息をつく。

 そこでは肩に風紀委員の赤い腕章をつけた生徒たちと、三人の制服を着崩した男子生徒が睨み合っていた。

 恐らく、受験の重圧から解放された新入生が、調子に乗り制服を着崩していたのだろう。俗にいう高校デビューというやつだろうか。

 そして制服を着崩している学生を見つけた風紀委員が指導して、それに新入生たちが従わなかったことが事の発端のようだ。

 まあ受験が終わり、重苦しいプレッシャーから解放されたのだ。彼らが多少調子に乗るのは仕方のないことなのかもしれない。

 などと思っていたら、急に周りの生徒が騒めきだす。見ると、校門に集まっていた八人ほどの風紀委員たちが左右に割れ、その間から一人の女子生徒が出てくるところだった。

 清楚さを感じさせる整った顔に、墨のような光沢のある艶のある長髪が美しい。綺麗に着こなされた白い道着が彼女の持つ清廉な雰囲気に合っていたが、何より目を引くのは手に持っていた竹刀だった。


「校則違反者がいると聞いてきたのですが……どなたですか?」


 女子生徒は隣にいた風紀委員の男子生徒に話しかける。その顔は微笑みを浮かべていたが、手に持っている竹刀がその微笑みを恐ろしいものに変えているようにも思えた。


「はい、委員長! この三人です」


「な、なんだよ」


 事情を聞かれた風紀委員が、制服を着崩している生徒たちを指さす。女子生徒の意味ありげな微笑みを受けた、赤いシャツを制服の下に着た男子生徒はバツが悪そうに視線を逸らした。

 誰から見ても、その姿は竹刀を持つ女子生徒の雰囲気に飲み込まれている。

 そんな中、真ん中に立つリーダー格らしき耳にピアス、腕にブレスレットをつけ、ズボンを腰まで下ろした生徒が彼女を睨みつけた。


「おい! 俺たちの一体何が校則違反だっていうんだ!」


「お前ら……っ!」


「確かに何が校則違反なのかについては、各人常識的に理解していると思っていたので、わざわざ新入生には言っていませんでしたね」


 男子生徒の言葉に、女子生徒の隣にいる風紀委員が反応する。女子生徒はその風紀委員の生徒を制すると、目の前に立つ三人の生徒を見回した。


「まず貴方たち三人に言えることですが、制服の下のシャツは体操服か学校指定の物しか認められていません。そして過度の装飾品の禁止。これらは校則で定められていることです」


 女子生徒はそう言うと、三人の中心に立つ男子生徒に目を向けた。


「そして言うまでもなくピアスは校則違反です」


 女子生徒の言葉に、男子生徒は舌打ちをして足もとに落ちていた小石を蹴とばす。

 男子生徒の改める気のない態度に風紀委員たちが怒りに肩を震わす。しかし彼女は気にする様子もなく、再び制服を着崩した男子学生たちを見回すと、フッと微笑んだ。


「貴方たちは格好がいいと思って、ズボンを下ろしているのかもしれませんが……周囲の人たちはそうは思っていませんよ?」


 女子生徒の言葉に、事の成り行きを見守っていた野次馬から失笑が漏れる。ポカンと彼女のことを見ていた男子生徒たちだったが、意味を理解して顔を羞恥で染めた。


「テメェ……風紀委員の委員長だが、なんだか知らねぇが、調子に乗るなよ?」


 馬鹿にされたと思ったのかリーダー格の生徒が女子生徒の肩に手をのせる。その顔は怒りで真っ赤だが、女子生徒は臆する素振りも見せずに男子生徒の顔を見上げた。


「その言葉そのままお返しします。それと手を放してください……後悔しますよ?」


「なにぃ?」


 肩を掴む男子生徒と、肩を掴まれる女子生徒の間にピリピリとした空気が流れる。他の風紀委員たちも、咄嗟のことで反応ができていない。


「まずいな……」


 その光景を見て駆は呟く。男子生徒にもプライドがあるのか、引く気はなさそうだ。このままでは間違いなく怪我人が出てしまう。


「悪い、ちょっと通してくれないか」


 駆は前に立っていた生徒たちに声をかけて、野次馬たちの間を抜ける。一瞬、肩を掴まれている女子生徒が近寄ってくる駆に気づいて驚いた顔をしたが、駆は何も言わずに背後から女子生徒の肩に掛けている男子生徒の腕をつかんだ。


「なんだ、おま……っ!」


 いきなり背後から腕を掴まれ、駆に怒鳴ろうとした男子生徒だったが、腕に与えられる痛みに顔を歪ませる。

 そのまま駆は男子生徒の腕にだんだんと力を加えながら、男子生徒の耳に顔を近づけると、本人にしか聞こえないような低く小さい声で話しかけた。


「まぁ、落ち着こうぜ。その腕につけているものとピアスを外して、ズボンを上げればいいだけの話だろ? シャツは……明日から気をつければいいしな」


「わ、分かった! 分かったから、その手を……っ」


 できる限りのフレンドリーな笑顔で語りかけると、生徒は腕に与えられる痛みに驚き、そして目に恐怖を浮かべて顔を縦に振る。男子生徒が風紀委員の女子生徒の肩から手を放したのを見て、駆も腕を掴んでいた手を放した。

 怯えた顔で身だしなみを整え始めたリーダーに、成り行きを見ていた仲間の生徒が慌てて身だしなみを整える。彼らは身だしなみを整え終えると、逃げるように校舎に消えた。

 男子生徒たちが校舎に入っていったことで、一触即発だった空気が失せ、野次馬たちも校内へと入ってゆく。毎朝の光景に戻った校門を見て、駆は息をつくと、先程まで肩を掴まれていた女子生徒……宇野部未来(うのべみらい)に顔を向けた。


「大丈夫だとは思いますけど……大丈夫ですか?」


「助かったよ、駆君。ありがとうね」


「……むしろ、助かったのはあいつの方だと思うんですけど」


 駆の言葉に未来は苦笑いを浮かべる。

 未来の肩に手をかけていた生徒は気付いていなかったようだが、未来はあの時、竹刀を生徒の鳩尾(みぞおち)に叩きつける準備をしていた。もしあのまま事態が進行していたら、あの男子生徒は激しい痛みに悶絶し地面を転がることになっていただろう。


「そうでもないよ。私も自分を護るためとはいえ、人を痛めつけるのは嫌いだから」


「でも、まさか姉さ……宇野部先輩にああいう態度をする生徒がいるとは……」


「んー……まぁ新入生みたいだったし――って、どういう意味かな駆君?」


「少なくとも先輩のことを知っていて、喧嘩を売る人はいません」


 それを聞いて、集まっていた風紀委員たちは同調するように頷き、未来は頬を膨らませる。

 宇野部未来……彼女のことを知らない生徒は在校生の中にはいない。

 校内の秩序と規律を守る風紀委員の委員長であり、女子剣道部の部長、そして駆にとっては隣の家に住む一つ年上の幼なじみで、幼い頃にはお互い駆の祖父に剣を教えてもらい、腕を競っていたライバルだった。

 なぜ未来が在校生皆に知られているのか。その理由は彼女の部活動の成績と、去年起きたある事件が原因だ。

 部活では昨年の高校生剣道選手権では女子の部で優勝、社会人も出る日本選手権では現役の警察官や自衛隊員、警備会社社員などを倒して、準優勝、日本二位に輝いた実力を持っている。

 平時は物腰が柔らかく、清らかな雰囲気を纏う大和撫子。それが一度竹刀を構えると、闘争心溢れる気迫で敵に向かっていく女侍に変わる。

 その雰囲気の変わりようは、竹刀を構える彼女を見た人々の心に例外なく刻み込まれるのだ。


「まだ、去年のことを言うの?」


「二、三年生の間では、先輩は伝説ですよ」


 そして去年にも数人の男子生徒が問題行動を起こした。元々は他愛もない遊びのつもりの悪ふざけだったようだが、それが次第にエスカレートしていき、教師の耳に入るころには怪我人は出る、窓ガラスは割れると大惨事になっていた。

 誰も止めようとしない……というか止める事が出来ないその状況に、終止符を打ったのが二年生で風紀委員になった未来だったのだ。

生徒から問題行動の話を聞いて、慌てて現場に現れた教師が見たのは、廊下にうずくまる当事者の生徒たちと、竹箒を持って彼らを冷ややかに見下ろす未来だったとか。

事情を聞いた結果、一般の生徒が問題に巻き込まれるのを防ぐために未来は行動せざるをえなかったと判断され、問題を起こした生徒を取り締ったとして風紀委員の委員長に推薦されて今に至っている。


「……で、先輩は部活中だったんじゃないですか?」


「え? うん。部活中に校門で問題が起きたって聞いて、飛び出して来たんだけど……あ!」


 そこまで口にして、未来は自分が道着を着ていたことを思い出したようだ。


「いけない! あと二〇分で授業が始まっちゃうじゃない!」


 未来は袴を持ち上げると、体育館裏の剣道場に向かって走り出す。しかしすぐに足を止めると、駆の顔を見て頬を緩めた。


「駆君! さっきはありがとうね」


「お礼はいいですから、早く着替えてきてください」


 駆が手を振ると、未来は再び背を向けて剣道場に向かう。その姿は段々と小さくなり、体育館の影へと消えた。

 ちなみに駆は本来学校以外では年上とはいえ、幼なじみの未来に敬語は使わない。では、何故学校では未来に対して敬語を使うのか、というと……


「おい、お前……未来さまの役に立ったからって調子に乗るなよ?」


「ケッ! 余計な事しやがって」


「全くだ! ……死ねばいいのに」


 未来が見えなくなった瞬間、駆と未来の会話を聞いていた風紀委員……またの名を宇野部未来親衛隊の面々に毒づかれる。どうも風紀委員というのは規律を守ろうとする心ではなくて、未来に対する歪んだ忠誠心で任命されるようだ。

 過去に未来と敬語無しで話している所を彼らに見られてしまい、剥き出しの敵意を向けられたことは記憶に新しい。

 別に陰口や悪口を言われる程度のことなので、学校生活には何ら問題はないのだが、親衛……風紀委員と出会う度に小言を言われるのも面倒になり、学校内では未来に対して敬語を使うようにしたのだった。

 ……てか最後に呟いた奴、風紀委員として失格だろ。





 昇降口で上履きに履き替え、駆は二階の二年Aクラスのプレートが掲げられている教室の扉を開ける。それと同時に、空いている右手を頭の上に向け、頭上から落ちてきた黒板消しを掴みとった。

 すると教室の後ろにいた男子生徒と女子生徒が、前者は落胆したような声を、後者はどこか自慢げな声を発する。


「クソ……俺の負けかぁ。駆が扉を開けた時に、勝ったと思ったんだけどな」


「甘いね、真人(まさと)。駆に不意打ちは通用しないよ」


「なにそれ、チートじゃねぇか! 卑怯だぞ、駆!」


 知らねぇよ、と心の中でツッコミながら、駆は教室に足を踏み入れる。

 会話の内容から分かる通り、扉を開けたら黒板消しが落ちてくる仕掛けを作ったのはこの二人だ。


「…………お前らなぁ」


 駆は掴んだ黒板消しを教室の前にある黒板に戻すと、何やら言い争っている二人が集まっている席にバックを置き、席に座る。


「肩、ついてるよ」


 黒板消しを仕掛けた一人である赤髪でショートヘアの女子生徒が指さした肩を見ると、黒板消しを受け止めた時に飛び散ったチョークの粉が付着していた。

 駆はため息をつくと、肩を払う。

 肩から黒板消しの粉が落ちたのを確認すると、駆は目の前に集まる元凶である二人を睨みつけた。


「……何かいう事は?」


「あそこは空気を読んで、黒板消しトラップに引っかかるべきだったと思……うっ!」


「ありがと、駆! アンタのおかげで昼ごはん代が浮い……痛っ!」


 反省の意志が微塵も感じられない二人の頭にゲンコツを落とす。


「悪いな……俺は今、お前らの冗談に付き合う気分じゃないんだ」


 指をボキボキッと鳴らして、二人に微笑む。そんな駆に、女子生徒が「アレ?」と呟いた。


「なんか機嫌悪くない? 何かあった?」


 むしろお前たちが原因で機嫌が悪いんだよ。


「……で真人。お前は何故あんなことをしたんだ?」


「そ、それはぁ……」


 駆の口調から不穏な気配を感じ取ったのか、真人と呼ばれた男子学生の顔が引きつる。

 福永真人(ふくながまさと)は駆の幼なじみの一人だ。家は決して近いわけではなかったが、幼稚園に通っていた頃からの知り合いで、お互いに気心の知れた友人だ。

 空気が読めないところと、賭け事と勝負事が好きなことを除けば、良い友人なのだが……


「んじゃ、そういうことで――」


「待て、凛音(りんね)」


「ぎく……」


 更に駆は、その場からコソコソと離れようとする赤毛の少女を呼び止める。

 呼び止められた赤毛の少女……司馬凛音(しばりんね)は油が切れた機械のようにギシギシと音を立てて振り向いた。


「お前にも聞きたい事があるんだよ」


「はーい……」


 凛音の腕を掴んで前の席に座らせる。

というか、前の席が凛音の席なのに、コイツは一体どこに行こうとしていたんだ?

 彼女は中学生の頃に初めてクラスメイトになり、そのままずっと交友を続けていた友人だ。活動的で、誰とも打ち解けられる性格の彼女はクラスメイトから人気者だったりする。

 焔を連想させる鮮やかな頭髪と勝気な顔は男子受けが良く、凛音が一部の男子生徒に好意を寄せられているという噂はよく聞いていた。

 まあ、困った時は相談に乗ってくれるし、性根はいい奴なのは認めるが、それは悪戯好きという事を除けばだ。凛音の悪戯はほとんどがくだらないモノだが、その対象のほぼ全てが自分なのは笑えない。

 駆は前の席の椅子に凛音を、床に真人を座らせる。周囲のクラスメイトがチラリと視線を向けてくるが、この二人が悪戯をして叱られるのはいつもの事なのですぐに目を戻した。


「さて……なんで黒板消しを扉に仕込んでいたのか聞こうか」


「なんて言うか……凛音と話していたら昼飯をかけて勝負することになったんだけどさ。勝負の内容が思いつかなくて……」


「そんな時に黒板消しが目に入って、扉に仕掛けることを思いついたんだ」


「そうか。俺を賭け事の対象にして……面白かったか?」


 図らずも出た駆の低い声に、目の前に座る真人と凛音の肩がピクリと震える。

 しばらく二人のことを睥睨していた駆だったが、大きく息を吐くと、立ち上がるように二人に手で指示する。


「全く……扉を開けたのが俺だったから良かったが、他のクラスメイトが入ってきたらどうするつもりだったんだ?」


「えーと…………謝る?」


「……お前ら考えてなかったな」


 凛音は誤魔化すかのように薄笑いを浮かべ、駆は頭を押さえる。

 その時、教室に朝礼開始のチャイムが響いた。

 クラスメイト達はそれを聞いて、一人、また一人と自らの席に腰を下ろしていく。


「一時間目ってなんだっけ?」


「現国だな」


「うう……私、座学は嫌いだな」


「体育以外、ほとんど座学じゃないか? ほら山岡先生が入ってきたぞ」


 真人は自らの席である駆の隣に座ると、話しかけてくる。その会話に前の席に座る凛音も混じった。他愛もない会話をしていた駆たちだったが、担任の先生が入ってため口を閉ざす。


「……ふぅ」


 担任の話を聞き流しながら、駆は窓の外に目を向ける。

 そこに広がるのは教室に面する山の一面に広がる緑。いつも通りの学校の風景だった。





「なぁ、駆! ゲームセンターに行こうぜ」


「は?」


 六時限目の授業終了と同時に、駆に真人が話しかける。怪訝な顔になった駆に、真人はやれやれとジェスチャーをした後、拳を天に突き上げた。


「今日はスニウォーの新作が設置される日なんだよぉ!」


「ああ……なるほどな」


 駆は納得して頷く。

 スニウォーと言うのは、『スニーキング・ウォーズ』と呼ばれる、軍事施設に潜入して敵の司令官を暗殺するという趣旨の、ゲームセンターには珍しい潜入アクションゲームだ。

 元々、真人がゲームセンターでプレイしていたところを、たまたま通りがかった凛音が見つけて一緒にプレイ。凛音は初めてのプレイで、ランキングに名を刻んでしまったらしい。

 それを見た真人のショックは大きかったようで……暇さえあればショッピングモール内にあるゲームセンターでプレイしているのだ。


「ってことで駆も行くよね!」


「え……お前も来るのか?」


「当たり前でしょ? 私はスニウォーのランカーよ」


 いつの間に現れたのか、凛音が笑って駆の肩を叩く。


「くそぉ! 今回は俺がスニウォーのランクに名を刻むんだぁ!」


「ふふっ……そしてその名前を私が片っ端から書き変えていくんだけどね!」


「あーはいはい。今日はバイトも部活もないから、お前らに付き合うよ」


 叫ぶ真人に凛音が意地悪い笑いを浮かべる。

 駆はそんな二人を横目にバックを担ぐと、扉に向かう。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


「そうこなくちゃ!」


 その姿に真人は慌てて荷物をバックに詰め込み、凛音は鼻歌を歌いながら駆の後を追う。


「あ! 桜木君、いいところに」


「中丸(なかまる)部長?」


 真人の足音を背中で聞きながら昇降口まで来た駆だったが、そこで髪を頭の後ろで結んだ背の高い男子生徒と鉢合わせした。制服の上からでも分かるバランスの取れた体つき、顔つきもスラリとした美形だ。

 まだ幼さの残る顔だと自他ともに認める駆からしたら、若干羨ましくもある。

 この人当たりの良い顔でニコニコと笑うイケメンは、中丸佑治(なかまるゆうじ)先輩という。校内の女子生徒からの絶大な人気を集め、さらには剣道部の部長を務める三年生だ。

 この桜木学園は女子だけでなく、男子の剣道部も全国に名を轟かす実力を持っている。そして中丸先輩はその剣道部を束ねる部長。無論、部長は外見だけでなく実力も考慮される。

 全国レベルの剣道部を率いるイケメン部長。この学校だけでなく、他校にもファンクラブがあるとか、ないとか?


「あれ? 佑ちゃん、駆のことを探していたの?」


「ああ、司馬さんと……福永君だったかな。もしかして先約があったかい?」


 駆の後を追うようについてきていた凛音が、そこまで面識のないはずの中丸を馴れ馴れしく呼ぶ。

 全く……コイツに常識は無いのだろうか。いや、人付き合いのうまい凛音のことだ。もしかしたら駆の知らないところで交友があるのかもしれない。

 中丸は駆が一人だと思っていたらしい。駆の後ろから現れた凛音と真人を見て、中丸は目を大きく開いたが、すぐに申し訳なさげに顔を曇らせた。

 ちなみに駆も一応、男子剣道部の部員ではある。一応……と言うのは、駆はいつもアルバイトなどで部活動に参加しない幽霊部員だからだ。


「あー……確かに先約がありますけど、どうかしましたか?」


 後ろにいる凛音と真人を僅かに見て、駆は目線を中丸に戻す。中丸は小さく笑うと、困ったように頭を掻いた。


「ちょっと駆君にね……稽古に付き合ってもらえないかなって考えていたんだけどね」


「俺に……ですか? 他の部員は?」


 全国レベルの剣道部なだけあって、レギュラーの部員たちの実力は相当なもの。気まぐれにしか部活に参加しない幽霊部員と稽古を行うより、彼らと稽古をした方が為になる……そう思って提案したのだが、中丸は首を横に振る。


「部員たちの中で、僕と互角以上に戦えるのは駆君だけなんだよ。幽霊部員であっても、駆君はうちのエースだからね」


「そんなことは……」


「謙遜することはない、僕には分かるんだよ。君が……部で一番強いのはね」


 駆は頭を掻く。部活に積極的に参加していないことを咎められると思っていたら、まさかこんな風に評価されるとは……

 とにかく話の流れから分かったことだが、中丸はどうも自分と練習試合をしたいらしい。


「すいません、部長。見てのとおりこれから用事があるので、今から稽古は付き合えません」


「そうか……」


 駆の言葉に、中丸は残念そうに俯く。


「でも、明日ならアルバイトが始まるまでの一時間ほどですが相手をできます」


「本当かい!」


「ええ、それでよければ」


「十分だよ。ありがとう駆君」


 だが、今日じゃなければ何とかなる。部長には気まぐれの部活動参加を認めてもらっているだけに、何かしらの形で恩を返したい気持ちがあるのだ。

 部長はお礼を言うと靴を履き替えて昇降口から出ていく。


「良かったのか、駆?」


「なにも問題はないさ」


 部長が見えなくなってから真人が話しかけてくる。駆が下駄箱から靴を取り出してそう答えると、凛音が笑みを浮かべた。


「でも佑ちゃんにあそこまで言わせるって……駆ってそんなに強いの?」


「いや、剣道は部長よりも弱いぞ。去年部長と全国の準決勝で戦ったけど……俺は部長に負けて全国三位。部長は全国優勝だしな」


「いや……全国三位って十分強いだろ」


「剣道は……ねぇ」


 去年の高校の全国で、駆は部長に対して警告を二回受けて反則負けをしている。その事を伝えると、真人は呆れたように呟き、凛音はクスクスと笑いバックを駆に手渡した。


「は? おい、凛音!」


「よろしくね!」


「頑張れよ、荷物持ち」


 いきなり持たされた凛音のバックに呆気にとられる駆。

 その横を真人は駆の肩を叩き、凛音と共に昇降口を出ていく。駆は急いで靴を履くと、二つのカバンを両肩にかけて二人の後を追いかけた。





 夜坂ショッピングモール。それは夜坂市の中心を走る国道沿いに建てられた二階建ての大型ショッピングモールだ。綺麗なアーチを描いたガラス天井のその通路にはスーパーをはじめ、高級ジュエリーショップや家電製品を扱う店など多種多様な店舗が軒を連ねている。真人と凛音がスニウォーをしているゲームセンターもこのショッピングモールの中にある。


「あー……やっぱり人が多いね。夕方だからかな?」


「だろうな」


 凛音の呟きを聞きながら、ショッピングモールに足を踏み入れた駆は疲れたように首を掻く。

なにせここまで凛音の分のバックも持って移動していたのだ。しかも何故か凛音のバックの重さが、自分のバックよりもはるかに重い。一体コイツは学校に何を持ってきているのだろう。

 そんなことを考えながら凛音を睨む駆だったが、当の本人はその視線に気づかず、ショッピングモールを見回している。

 ショッピングモールの中は凛音の言う通り、多くの人で溢れていた。放課後の夕食時だからか、食料品を扱う店の周りには主婦らしき人々が集まっている。


「よっしゃー! 早く行こうぜ!」


「おい、急がなくてもゲームは逃げねぇよ」


 その人ごみの中を真人がものすごい勢いですり抜けてゆく。どんどん小さくなっていく真人の背を追いかけようとした駆だったが、凛音がついて来ていないことに気づいて足を止めて振り返った。


「わぁー、可愛い! 飼い主を待ってるの?」


「わん!」


 見ると、凛音が店の前に座っていた黄土色の毛並みの子犬を撫でていた。犬も凛音の言葉に応じるように鳴き、尻尾をパタパタと振っている。

 首輪もついていない黄土色の子犬。駆はどこかで見たような気がして、じっとその子犬を見つめる。


「あれ? お前は……」


「ん? 駆、この子犬と知り合い?」


「いや、知り合いっちゃ知り合いなんだが……」


 子犬に触れながら凛音が駆を見上げて尋ねる。駆は凛音の傍、子犬の前にしゃがみ込んだ。

 犬の顔が分かるわけではないが、間違いない。この犬は今朝の……


「……待たせたな、平八。悪いが今日は…………え?」


「……やっぱりか」


 そんなことを思っていると、店の中から疲れ切った顔で出てきた少女と鉢合わせる。

 ある程度予測していた駆だったが、彼女にとっては予測外だったようだ。駆を視界に収めた少女の真っ赤な瞳孔が開く。

 その少女はこの平八の飼い主……今朝別れたばかりのエレナだった。


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