招かれる幼女
突然の飛来物に、周囲の時が止まる。
巻き上げられた土煙が晴れ、男達がようやく事態を理解し始めた、そのとき。
「だりゃあぁっ!」
雄叫びと共に。何者かの影が舞い降りた。
影は男達の一人を踏みつけ、スキーのように地面を滑ってから静止する。
それは、黒い髪の幼い幼女。
前髪を切り揃えた清楚な外見に反して、明らかにそれと分かる異様な雰囲気を纏っている。
ぎらついた眼光と剥き出しの歯は、飢えた獣の如く。
「マツリさん、考えも無しに突っ込んでは……」
と、幼女の飛んできた方向から、鎌を持った女性が慌てた様子で現れた。
青肌に銀髪を煌めかせた冥族の女は、男を踏みつけたままの少女へ駆け寄る。
「帝国兵だと思ったが……何か違うような」
「お、お前、何なんだ、お前は!」
踏みつけた男の格好に戸惑う幼女に、男達の一人が大声で叫ぶ。
動揺からか、完全に呂律が回っていなかった。
「生憎、小物に名乗る名前は無いんでな」
倍以上の背丈がある相手に対しても、まるで恐れは抱いていないようで。
白い歯を見せて、幼女は不敵に笑ってみせた。
「んなっ」
小馬鹿にされた物言いを受け、男達の頭へ瞬時に血が上る。
標的を変えたならず者達は次々と武器を構え、幼女をぐるりと取り囲んだ。
「やろうってのか。いいぜ、相手してやるよ」
だが、幼女の口から笑みは消えず。むしろ纏わり付く殺気を心地よさそうに受け止めている。
小さな体から溢れ出す闘気をまともに喰らい、男達の顔に冷や汗が流れる。
たった一人の幼女が、大の男達を完全に翻弄していた。
「お、おおっと動くなよ、こっちにには人質が……いないっ!?」
幼女の気迫に圧倒されつつも、板金鎧の男は抜け目なく人質を利用せんと振り返る。
だが振り返ったそこには、人質どころか誰の姿も無かった。
「既に彼は避難させました、問題ありません」
表情を止めた男の背後から、銀髪女性の冷徹な声が響く。
男達の注意が幼女へ向いている内に、少年は女性に救い出されていた。
少年を抱えていた男は、鎌の一撃で既に無残な骸と化していた。
「人質が何だって?」
「ひ、ひぃぃっ!」
最早、戦意を保つことすら不可能であった。
幼女の一睨みを受けて、男達は振り向きもせず逃げていく。
「追わなくていいのか?」
「使い魔に尾行させています、暫くすれば奴らの本拠地が解るでしょう」
「……流石だな」
そつなく手を打っていた女性に、幼女は目を細める。
と、再び平穏が戻った村の中から、先程板金鎧の男から恫喝を受けていた村長らしき老人がおずおずと進み出た。
「あのぅ」
「おう、もう大丈夫だぜ」
恐る恐る話し掛けた老人へ、幼女は笑顔で応えた。
裏表の感じられないまっさらな笑顔は、見るもの全てを虜にする愛らしさがある。
それを発しているのが、先程まで血生臭いやり取りの真っただ中にいなければ、だが。
「あなた方は、いったい」
「気にすんな、ただの通りすがりだよ」
「貴方は村の救世主だ、是非お礼を」
「いや、別にそれ目当てでやった訳じゃ」
村長に続いて、村人達もおっかなびっくり幼女へ話し掛ける。
次々と浴びせられる称賛の言葉に、幼女はむず痒そうに頬を掻いていた。
あいつ、間違いない。
見ようによっては微笑ましい光景を前にしながら、シェイリスの心は大きく乱れていた。
あの幼女は、何度も戦場で戦い、二度も痛ましい敗北を期した相手だ。
気付かれる前に逃げるべきか……?
いや、彼女には少年を助けてもらった借りがある。
本人はどう思っているか分からないが、窮地を救われたのは事実だ。
であるなら、挨拶もせずに別れるのは失礼だろう。
「よしっ」
意を決したシェイリスは、小さな気合いと共に足を踏み出した。
「まさか、こんな所で出会うなんてね」
村人達の間を掻き分け、シェイリスは幼女達の前に進み出る。
「お前は……!?」
予想だにしなかった顔を見て、幼女の顔付きが一瞬で変わる。
これまでなら、釣られて自分も殺気を溢れさせていた所だが。
「安心しなさい、もう戦う気なんて無いわよ」
ここで戦ったところで、最早意味は無い。
シェイリスのすっかり毒気の抜けた顔を見て、幼女の方からも戦意が掻き消える。
「マツリさん、この方は……」
不穏なやり取りに、幼女の隣に立つ女性が首を傾げた。
そういえば、こっちの女とは会ったことが無いわね。
シェイリスの脳裏には、薄桃色の能天気そうな獣人が過る。
「ああ、確か、何ちゃら部隊の――」
「名前なんて無いわ、今はただの旅人よ」
説明しかけた幼女の言葉を途中で遮り、不敵に笑ってみせる。
その名前は、既に捨てたのだ。
「……だってよ」
「は、はぁ」
訳が分からないのか、女性はますます不思議そうな顔をしていた。
「まさか、旅人さんのお知り合いだったとは。積もる話もあるでしょう、ぜひ家に来て下さい」
と、シェイリス達の前に現れた母親が、幼女達をも夕食に誘った。
「いや、これでも俺達結構急いでて」
顔の前で手を振って、幼女は申し出を断りかけた、が。
「今なら、美味しいご飯も付いてくるよ!」
元気な少年の言葉で、その表情が見る間に変わる。
幼女はおほん、と一つ咳払いをしてから、急に真面目な顔を作り。
「どうしても言うなら仕方ない、ここで断るのも失礼だからな」
もっともらしい理屈を述べて、いそいそと少年の後に続く。
「分かり易っ」
「ある意味、それが取り柄ですから」
あまりに分かり易い態度に顔をしかめるシェイリスと、朗らかに笑う女性。
対照的な二人も、連れ立って少年の家へと入っていった。
※
普段は平穏極まりない長閑な村が、今夜は珍しく湧いていた。
前々から村人達を苦しめていた帝国軍が、あれ程無様に逃げていくなんて。
痛快な光景は村人達の意気を上げ、自然と宴が開かれていた。
明るい雰囲気に包まれた村の中を、三人の女性と一人の少年が歩いている。
正確に言えば、少女と幼女と女性と少年の四人組。
一番前を歩くに少年に先導されるように、四人はつらつらと夜道を歩いていく。
「ふぅ、食った食った」
すっかり膨らんだ腹を撫でて、マツリは満足そうに一息付く。
少年の家で夕飯をご馳走になり、そのまま今夜の宿まで提供してもらっていた。
行く当ての無かった二人からすれば、渡りに船だ。
「あんたって、ほんとに遠慮が無いのね」
隣に立つシェイリスが、咎めるような視線を向ける。
まるで面識のない他人の家にもかかわらず、マツリは何倍もお代わりを頼んでいた。
「別にいいだろ、あっちが食っていいっつったんだからよ」
「そういう問題じゃないわよ、大体あんたは――」
「ふふっ」
と、二人の様子を興味深そうに眺めていた少年が、不意に笑い声を漏らした。
「何だよ急に、オレが怒られてそんなに楽しいか?」
「ううん、二人って本当に仲がいいんだなぁって」
不機嫌さを露わにするマツリへ、少年はあっけらかんと告げる。
「はぁ!?」
二人は、ほぼ同時に声を挙げていた。
「こいつとあたしが!? 冗談じゃないわよ」
「こっちだって願い下げだぁっての!」
道を挟んで、二人は口々に激論を交わす。
まるで漫才のように息の合った様子は、少年の言葉を肯定するようにも見えていて。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さい」
二人の後方を歩いていたグレイスも、苦笑しながら間に入っていた。
険悪な空気のまま、四人はあぜ道を暫く歩き。
「あっ、着いたよ」
木立を抜けて辿り着いたのは、遮るものの無い崖の前だった。
「へぇ、これが」
「凄い……」
そこから見える風景を前に、マツリもシェイリスもそれまでの怒りを忘れていた。
ここは、少年が村の中で一番気に入っている場所。
切り立った断崖絶壁の向うには、一面の荒野が広がっている。
山脈の只中に位置するこの村からは、眼下の景色が一望出来るのだ。
「ねぇ、マツリ」
「んだよ?」
殆ど身長の変わらない少年から、マツリはやはり同年代に見られていた。
別に訂正するのも面倒なので放っておいたが、実際呼び捨てにされると少しむかつく。
「村を助けてくれて、ありがとう」
「……だから、気にすんなって」
戦いには慣れても、真っ直ぐな感謝の気持ちをぶつけられるのはやはり慣れない。
ぶっきらぼうにそっぽを向いたマツリの頬は、僅かに赤らんでいた。
「それと、旅人さんもね」
「あたしは、何も出来なかったのに」
「そんなことないよ、とっても嬉しかったんだから」
「ふふっ、どういたしまして」
少年の言葉を素直に受け取って、シェイリスは麗らかな笑顔を浮かべる。
穏やかに佇む四人を、雲の隙間から伸びる月明かりが照らしていた。




