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割り込む幼女

 「あ、アタシは……」


 確か、要塞であいつと戦って――

 胸の奥にじんわりと痛みを抱えながら、シェイリスはゆっくりと目を開ける。

 意識が覚醒してまず見えたのは、透き通った黒い塊。

 

 「……っ!?」


 纏まりの無い考えが暫く頭を駆け巡り、数秒置いてその正体に思い至る。

 自分の目を、小さな瞳が至近距離で覗き込んでいたのだ。


 「うわっ!?」


 「きゃあっ!?」


 急に目を覚ますとは思っていなかったのだろう、視線を向けていた誰かがまず驚き、釣られるようにシェイリスも大きく仰け反る。

 距離を取ったお蔭で、覗き込んでいた誰かの正体がはっきりと認識出来た。

 それは、5、6歳程度の小さな男の子。

 薄手のみすぼらしい服を纏い、布の帽子をちょこんと頭に乗せている。。


 「お母さん、お母さん!」


 シェイリスが呼び止める間もなく、大きな叫び声を挙げて少年は扉の奥へと消えていった。


 「な、何なの……」


 状況についていけないシェイリスは、呆然と周囲を見渡す。

 ここは寝室だろうか、それ程広くない室内に、薄い布団がいくつも並べられている。

 染みの目立つ壁や彼方此方が擦り切れた布団など、裕福な暮らし向きには見えなかった。

 

 と、そこでシェイリスは、自分が見慣れない服装を纏っていることに気が付いた。

 帝国の軍服とも、かつて纏っていたものとも違う服。

 薄手の慎ましい服装は、帝都ではとんと見たことの無い貧相なものだった。


 「目が覚めましたか、旅人さん」


 扉が再び開き、シェイリスが纏ったそれと似通った装束の女性が現れる。

 穏やかな雰囲気を纏った女性は、シェイリスを見て柔らかく微笑んでいた。


                        ※


 「もう目を覚まされたとは。とにかく、無事でよかった」


 目を覚ましてから十数分後、シェイリスは見知らぬ家族と共に食卓を囲んでいた。

 状況を把握出来ていないシェイリスへ、中央の席に座った恰幅の良い家主が話し掛ける。

 ここは帝国と解放軍の境界に程近い小さな村であり、彼らが廃墟の中で倒れていた自分を運んでくれたと。

 

 「ボクが見つけたんだよぉ!」


 半分瓦礫の中に埋まっていたシェイリスを見つけたのは、辺りをなんとはなしに歩き回っていた少年だという。


 「ありがとね」


 「うん!」


 称賛の言葉を受け、少年は誇らしげに胸を張る。


 「あんた運が良かったなぁ、外種に襲われて生き残ってるなんて」


 「ちょっと待って、外種が現れたの?」


 「覚えてないのかい? ここからでも見えるくらい大きな奴だったのに」


 彼らがあの街を訪れたのは、離れて暮らす親戚を案じてだった。

 しかし、街は一面の廃墟に変わっていて、探し人の姿は既に無かった。

 本来の目的は達せなかったが、代わりに見つけたのがシェイリスという訳だ。

 

 「強く頭を打って、頭が混乱してるのかもしれないねぇ」


 墨の席に座る人の良さそうな老婆は、シェイリスへ優しげな視線を向ける。


 「そう……なのかしら」


 話を聞いても、シェイリスにはまるで心当たりがない。

 彼女の記憶は、洞窟に閉じ込められた所で途切れていた。

 それから先のことは、思い出そうとしてもはっきりとしない。

 あの洞窟が偶々外種の進路上にあり、閉じ込められていた自分が運よく外に出られた。

 そんな都合の良い偶然があるのだろうか。


 「ねぇ、貴方の名前は何ていうの?」


 「アタシの名は――」


 答えが喉元まで出かかって、シェイリスの口が止まる。


 「アタシに、名前なんて無いわ」


 「ええっ、無いの!?」


 選ばれし優性部隊に敗北は許されない。

 一度でも死に値する失態を、自分は再び繰り返したのだ。

 このままおめおめと皆の前に顔を出した所で、処刑されるのが落ちだろう。 


 「だったら、何て読べばいいの? 名無しさんじゃ呼びにくいし」


 確かに、名前が無いままは不便だ。

 暫し考え込んで、シェイリスは一つの名前を口にする。


 「じゃあ、旅人でいいわ」


 「旅人、さん?」


 今の自分に、母から賜った名を掲げる資格は無い。

 何もかもを失った今の自分には、ただの旅人が相応しい。


 「ご飯が出来たわよー」


 「わぁっ! ご飯だご飯だ!」


 と、奥に引っ込んでいた母親が奥から皿を持ってきた。

 家族による息の合った連係で、手際よく皿を並べていく。

 湯気が立ち上る葉野菜の汁物に、色とりどりの具材が入った雑穀の雑煮。

 決して豪華では無いものの、どこか温かみのある料理。


 「これが、食事……」


 机一杯に並んだ夕食を、シェリスは物珍しそうに見つめる。


 「あんたも食べなよ、腹減ってるんだろ?」


 「いや、あたしは別に……」


 そう断りかけたとき、丁度シェイリスの腹が大きな音を立てた。


 「なっ……!?」


 「腹具合は正直だなぁ」


 「よっぽどお腹空いてたんだね」


 家主がにこやかに笑い、少年は同情に満ちた生暖かい視線を向ける。

 最早言い返すことも出来ずに、シェイリスは顔を真っ赤にさせ俯いていた。


 「い、いたたくわ」


 消え入りそうな声で挨拶を告げ、シェイリスはおずおずと雑煮を掻き込む。


 「どう、どう?」


 暫く無言で咀嚼していたシェイリスへ、少年は興味深そうに問い掛ける。


 「美味し……い」


 「ほんとぉ、良かった」


 今までシェイリスは、効率的な補給のみを目的として食事を行っていた。

 食材は栄養価と吸収効率のみが考慮され、まともに調理されたものなど殆ど食べたことは無い。

 そんな彼女にとって、この料理は初体験の連続だった。

 様々な具が混ざり合って生まれる心地よい食感や、噛めば噛むほどに染み出す旨味。

 

 「そんなにがっつかなくても、食事は逃げないって」


 内から突き上げる衝動のまま、シェイリスは夢中で手を動かしていく。


 「ごちそうさま」


 ほんの数秒も経たない内に、シェイリスは料理を完食していた。


 「そんなに喜んでもらえると、こっちも作り甲斐があるわ」 


 「食事がこんなにおいしいかったなんて……」


 朗らかに微笑む母親の前で、シェイリスはとろんとした顔を晒す。

 シェイリスは、そのまま心地い食後の余韻を暫く楽しんでいた。


 食事の後片付けを手伝い、行商に出掛けると言う父親を見送って。

 居間には、シェイリスと少年だけが残されていた。


 「ねぇねぇ。旅人さんは、どこかに行く予定あるの?」


 「……特に考えてはいないわね」


 失態を繰り返した身で、今更のこのこと帝国軍には戻れない。

 さりとて、反乱軍に見つかれば面倒だ。

 紅蓮の戦乙女として知れ渡った功名は、消そうとしても消えないものだから。


 「だったら、ボクがこの村を案内してあげるよ!」


 沈みかけたシェイリスを励ますように、少年が声を掛ける。

 

 「えっ、でも」


 「いいからいいから」


 戸惑うシェイリスを、少年は半ば無理やり家の外へ連れ出していった。


 「長閑ね……」


 気の抜けた感想を洩らしながら、シェイリスはあぜ道を歩いていく。

 言葉通り、村には人通りも少なく、目を惹きつけられるような特色も無い。

 常に変転する戦場に身を置いていたシェイリスからすれば、退屈極まりない場所だ。


 歩けど変わらない風景に飽きたシェイリスは、ふと少年に問い掛けた。


 「貴方達は、ずっとここで暮らしてるの?」


 「昔は帝都で暮らしてたんだけど……色々あったんだって」


 僅かに言いよどんだ少年の言葉で、シェイリスに僅かな違和感が生まれる。

 大陸中で最も幸福な場所である筈の帝都を捨てて、何故こんな辺鄙な場所に移ったのだろう。

 

 「旅人さんは、何処に住んでたの?」


 「あたしは――」


 ゆっくりと口を開きかけた所で、シェイリスの思考が止まる。

 常に一所に収まらず、各地の戦線を転々とする日々を送っていた身だ。

 家族と呼べる存在はいても、故郷と呼べる場所が自分にあっただろうか。


 「秘密よ」


 答えに窮したことを誤魔化すように、シェイリスは人差し指を唇に当てがった。


 「えー、ずるいよそれ」


 不満そうに口を尖らせる少年へ、シェイリスが柔らかな笑みを浮かべた、そのとき。


 「帝国だ、帝国軍が来たぞ!」


 中年の村人が、大声を上げながら村の入り口へ向かっていった。

 その声は切迫感に溢れていて、明らかに只事ではないと知らせている。

 

 「どういうこと……?」


 何故帝国軍が何の取り柄も無いこの村へ訪れたのだろうか。

 そして、何故村人はあれ程慌てているのか。

 不意に胸騒ぎを覚えたシェイリスは、村人の背中を追って入り口へと向かった。

 

 取ってつけたような木の門が置かれた入り口は、既に村人でいっぱいだった。

 村人達は皆、何かに怯えるように顔を項垂れさせている。

 と、門を挟んで村人達と相対している集団がシェイリスの目に入った。

 

 人数は二十人程、それ程数は多くなく、全員がもれなく重武装に身を包んでいた。

 

 「なに、あれ……」


 シェイリスの目を大きく見開かせたのは、戦場に赴くような物々しい装いではない。

 彼女が面喰ったのは、彼らの纏う無秩序極まりない雰囲気だった。

 髪や服装は乱れ、髭を伸ばし放題にしているものや、見える位置に目立つ刺青を入れているものまでいる。

 

 「あれが帝国兵?」 


 どう見ても、規律正しい帝国軍には見えない。

 掲げた帝国の旗が無ければ、どこかの山賊と言っても通じる容貌に、シェイリスは眉を顰める。


 と、彼らの一人が進み出て、村人達の先頭に立つ老人へ話しかけた。


 「今月の上納金はどうした、まるで足りないではないか」


 でっぷりと太った体を銀の板金鎧プレートアーマーで覆った総髪の男は、厭味ったらしく老人へ告げる。


 「申し訳ありません、私達も限界なのです」


 村長らしき老人は、縋りつくような動作で男の前へ歩み寄って必死に抗弁する。


 「我らが貴様らの盾となって戦っているというのに、感謝の気持ちを表す気が無いというのか。何と薄情な」


 「そんな、ご無体な」


 「であれば、代わりのものを差し出して貰わねばならんなぁ……」


 これ以上搾り取れないと判断したのか、男はじっとりとした視線を村の女達へ向けた。

 視線に込められた意思は、明らか過ぎるほど明白だろう。


 「こんな、こんなのって」


 シェイリスにとって、帝国軍とは誇り高き正義の集団であった。

 少なくとも、無辜の民から日々の糧を奪うような外道ではない。

 

 「あんた達、恥ずかしくないの!」


 気が付けば、シェイリスは男と村長の間に割り込んでいた。

 胸の内にふつふつと沸き上がった熱いものを、どうしても抑えきれなかったのだ。


 「何だ貴様は!?」


 「帝国兵の名を騙って村々から金品を巻き上げるなんて、そんな見え透いた手!」


 何度考えても、帝国兵がこんな蛮行を働くとは信じ難い。

 であるなら、こいつらは偽物、帝国の名を騙る賊に決まっている。

 これ以上ない確信と共に、シェイリスは男達へ指を突き付けた。


 だが、シェイリスの堂々たる叫びを受け、男達は畏まるどころか一斉に笑い出していた。


 「何がおかしいのよ」


 「残念ながら、俺達は正真正銘の帝国兵だ」


 困惑するシェイリスに、男の一人が腹を押さえながら告げる。

 どうやら、今の言葉が笑いのツボに入ったようだ。


 「そんな、冗談でしょ」


 「いえ、彼らの言っていることは真実です」


 呆然とするシェイリスの前で、村人の一人が悔しげに歯を食いしばる。


 「都会の方でどうなっているかは知りませんが、帝国兵と言えば昔からあんなもんじゃ」


 ゆっくりと首を振った村長は、憎々しげに男達を見つめていた。


 「今の帝国は、上から下まで腐りきってるからな」


 「だからこそ、俺達が好き勝手出来るんだけどよ」


 半ば放心状態のシェイリスへ、男達は口々に好き勝手な言葉を投げ掛ける。

 その間、シェイリスはただ顔を俯かせていた。


 「分かったかお嬢ちゃん。帝国に逆らいたくなかったら、さっさと引っ込んでるんだな」


 呆れた様に肩をすくめた男の一人が、居丈高な態度でシェイリスの肩を掴んだ。

 その瞬間。


 「……めない」


 「あん?」


 「認めないわ、そんなの!」


 不意に顔を上げたシェイリスの表情は、溢れんばかりの怒りに包まれていた。

 雄叫びと同時に少女の体から炎が吹き出し、男の体を一瞬で火柱に変える。


 「な、何をしやがった」


 目の前で仲間が焼死体に変わり、男達は顔色を変える。


 「認めない、認めるもんですか!」

 

 真紅に染まる体から溢れた炎が、近付こうとする男達を次々と葬っていく。

 首謀者たる板金鎧の男を仕留めんと、少女の右手がゆらりとかざされた、そのとき。


 「中々やるじゃねぇか、だが、これならどうだ!」


 「た、旅人さん」


 後方から聞こえた声に振り向けば、そこには男達の一人に拘束された少年の姿が。

 少年は片刃剣を首筋に当てられ、苦しそうに呻いている。


 「人質なんて、卑怯よ!」


 口ではそう叫びながらも、シェイリスは激しく動揺していた。

 今の今まで、威力の調整などやったことがない。

 周りに気を使って戦うなど、一回も考えたことも無い。

 自分が赴く戦場に邪魔な兵士はいなかったし、いたとしても気にする必要が無かったから。

 このまま力を使えば、間違いなく少年も巻き込んでしまう。


 「勝ちゃいいんだよ勝ちゃぁ」


 きっと見つめる強い視線を意にも介さず、片刃剣を持った男は下卑た笑みを浮かべる。


 「こんな、こんな奴らに……」


 打つ手を失い、シェイリスの身を包んでいた炎が消えていく。

 そこに残されたのは、無力な一人の少女。


 「さぁて、精々楽しませて――」


 抵抗を止めたシェイリスを見て、男の一人がいやらしい手つきでその体に触れようとする。

 その指が柔らかな体に触れんとした、瞬間。


 轟々と音を立てて、黒い何かがシェイリスと男達の間に落下した。

 衝撃が地面を伝わり、男達の動きが止まる。


 「な、何だ!?」 


 「鉄……球?」


 地面に大穴を開けていたのは、巨大な鉄の玉。

 体に触れようとしていた男を無残に押し潰して、玉は数m大地にめり込んでいる。

 棘の付いた無骨な鉄塊は、シェイリスの記憶を鮮やかに呼び起こしていた。

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