幼女 対 大怪獣
月明かりの照らす中、マツリ達は枯草の目立つ荒野を歩いていく。
二人の他に動く気配は無く、周囲は無気味なほど静かだった。
「で、どうして着いてきたんだ」
「マツリさんのことが心配だから、では不満ですか?」
「軍を抜けるなんて、それだけで決めらんねぇだろ」
仰け反るようにグレイスを見返して、マツリはぶっきぼうに吐き捨てる。
が、リルカなら十分にあり得るよな…… と内心冷や汗をかいていた。
「私は、どうしても帝国を信じられません」
十年前、帝国は狡猾な手段で亜人達を支配下に置いた。
外見上は民主的で、文句の付けようがない程狡猾な手段を用いて。
「このまま無し崩しに停戦が続けば、十年前より更に悪い状況へ陥る。そんな気がしてならないのです」
一度失敗した帝国は、今度こそ完璧な支配を実現させるだろう。
ひとたびそうなってしまえば、最早誰にも止めることが出来ない。
「そうなる前に、どうにかして帝国をぶっ潰さねぇとな」
血気盛んな笑みを浮かべ、マツリは威勢よく答える。
実際の所、帝国が野望を抱いていようがいまいが、マツリにとっては関係無い。
相手が何を考えていても、報いを受けさせることに変わりはないのだから。
「具体的には、どうするつもりなのですか」
「さぁね……取り敢えず帝都とやらで大暴れしようかと思ってたんだが」
現在マツリ達が目指している先は、帝国領土内にある交易都市、ミぜルカ。
解放軍支配地域との境目にあるこの街は、交通の要所として発展していた。
マツリはここで適当な足を確保し、一気に帝都へ向かうつもりだった。
「普通なら頭を疑いますが、マツリさんなら可能だと思えるのが恐ろしいですね……」
マツリの出鱈目な戦闘力なら、単騎で帝国中枢に大損害を与えることも不可能ではない。
鉄球を適当に振り回しているだけで、帝都を丸ごと更地にだって出来るかもしれない。
「ですがそれは、あまりに無鉄砲すぎます」
「……だよな。そっちに何か考えはあるのか?」
流石のマツリも、そこまで無配慮では無かったようだ。
素直に忠告を聞き、グレイスに率直な意見を求める。
「そうですね――」
難しい問いを受け、グレイスが考え込むように首を傾げたとき。
「今のは……!?」
夜の闇を引き裂いて、周囲一帯に耳を劈く轟音が響き渡った。
雷が落ちたような、あるいは土砂崩れが起きたような。
音の方向へ駆け付けた二人は、眼前の光景に大きく目を見開いた。
「これは、いったい……」
そこは、マツリ達が目指していたミぜルカの街。
いや、かつてミぜルカだった場所だろうか。
それなりの更盛を誇っていたと思われる小さな街は、一面が火の海に包まれていた。
「あいつは、何だ?」
煉獄のような光景を眺めていたマツリの視線が、あるものを見つけて静止する。
燃え盛る街の中に立つ、巨大な影。
天を突くように聳える紅い巨体が、闇夜に鈍く輝いていた。
「あれも、外種なのでしょうか?」
その体は岩肌のようなごうつごつとした鱗に包まれ、頭頂部には雄々しい角が生えている。
体色は虹色では無く、漆黒の体表に紅玉のような赤い結晶が幾つも生えていた。
地面を踏みしめる太い足は大樹の幹を思わせ、歩く度に揺れる長い尻尾や突き出した顎を持つ頭部など、体つきはどことなく爬虫類を思わせた。
体長はゆうに7、80mを越え、既に廃墟と化した街を悠然と行進していく。
「ここってあんなのが普通に生息してんのか?」
眼前の存在は、今まで見た外種とは明らかに違っている。
巨体を見遣って、マツリは多少呆れながら問い掛ける。
亜人が存在しているとはいえ、あんな化け物が自生しているとは思いたくない。
「……あれ程巨大な種類も存在しているとは」
グレイスとて、あんな化け物が自分達の世界に存在しているとは知らなかった。
であれば、やはりあれは外種なのだろう。
そうでも思わなければ、心中の混乱を抑えられそうに無い。
「図体がデカかろうが、やるこたぁ一緒だろ!」
立ち尽くすグレイスを置いて、マツリは外種の方へと踏み出す。
「マツリさん、まさか」
「グレイス、ネローヌからあれは教わってるよな?」
「は、はい!」
ララミィ戦の後、ネローヌとグレイスは親しい交流を持つようになった。
その中には、それぞれが習得している魔術についても含まれている。
グレイスは召霊術を、ネローヌは精霊術を互いに教え合い、それぞれの技量を高めていたのだ。
マツリが脱走するまでの短い期間ではあったが、双方共に有益な知識を得られていた。
「だったら、問題ねぇ!」
グレイスが頷くのを見届けると、マツリは勇ましい雄叫びを挙げて外種へと向かっていった。
「おらぁぁっ!」
振われた鎖が空中でしなり、唸りを挙げて鉄球が外種の体に炸裂する。
「……やっぱり効かねぇか」
しかし、まるで手ごたえが無い。
以前戦ったときと同じく、外種に物理的な攻撃は通用しない。
だが、注意を引くくらいは出来たようだ。
外種は不意に動きを止めてから、マツリをじろり、と睨み付けた。
「……来る!」
大きく開け放たれた口から、外種は灼熱の火炎を吐き出した。
炎は空中で放射状に広がり、マツリの小さな体を呑み込まんと迫る。
「こんにゃろぉっ!」
鉄球を風車の如く振り回し、マツリは迫り来る業火を吹き払う。
周囲に火の粉が飛び散り、マツリの頬や髪を焦がしていった。
「こいつの動きは止めてやるから、さっさとあれを!」
「り、了解しました!」
天に向け鎌を翳し、グレイスは目を閉じて念じ始める。
「お前の相手はこっちだ!」
炎攻撃では効果が無いと悟ったのか、外種は爪の生えた前肢を振り回す。
まだ原型を留めていた建物が巻き込まれて崩れ、周囲に大きな土煙が上がる。
立ち昇る灰煙の中を、マツリはひょいひょいと飛び回っていく。
大ぶりな敵の攻撃に対し、目標とするマツリの体は小さすぎた。
いつまで経っても目標を捉えられない外種の苛立ちは、次第に高まっていった。
激高したように咆哮を挙げ、胸部に付いた紅い結晶が怪しく輝き始める。
それはまるで、破裂寸前の風船が更に膨らんでいくようであった。
「こいつは、ちょっと不味いか……?」
外種について何も知らずとも、マツリは本能的な恐怖を感じていた。
しかし、今の外種には――
「虚ろに漂う者どもよ、現世にその姿を表出させん!」
グレイスの詠唱が虚空に放たれ、空中に巨大な魔方陣が出現する。
続けて魔方陣から出現した無数の光球が、外種の体を包んでいく。
術者の違いか、全体を包み込む程の効果は無い。
それでも、外種の体からは次第に色が失われていった。
「マツリさん、今です!」
「間に合えぇっ!」
攻撃が効くと分かるが早いか、マツリは足元へ全力の蹴撃を放つ。
矢のような一撃は丸太のような太い足を根元から薙ぎ倒し、外種の体が安定を失って後方へ傾いた、そのとき。
外種の胸部から、凄まじい閃光が放たれていた。
耳を劈く鳴動を伴って発射された光の線は、空に浮かぶ薄雲を突き破って進んでいく。
それはまるで、天を貫く巨大な矢の如く。
「つ、月が」
光線の飛んで行った方向を見ていたグレイスが、大きく瞳を見開いて呆然と呟く。
夜空に浮かぶ月に、一目でそれと分かる大穴が開いていたのだ。
「中々やるじゃねぇか……」
この世界の月があちらと同じ場所にあるかは分からない。
しかし、相当な距離があるのは間違いないだろう。
あの光線をまともに喰らった光景を想像し、マツリの頬に冷や汗が流れる。
倒れかけた外種は、大きく伸びた尻尾を地面に叩き付けて体制を建て直していた。
再びマツリを視界に捉え、外種は攻撃を再開する。
「もう一度あれを使われる前に!」
吐き出された火炎を飛び上がって避け、マツリは外種の体を数度の跳躍で駆け昇る。
蟲を払うように振われる外種の両手など意にも介さず、マツリは外種の頭上を蹴って更に駆け上がった。
そのマツリを追うように、鎖に繋がれた鉄球も宙へ舞い上がる。
鉄球の反動を利用して更に飛翔したマツリは、空中で鉄球を追い越し。
「こ、れ、でぇぇっ!}
外種の頭上目掛け、鉄球を思い切り蹴り飛ばした。
マツリの全力を受けた鉄球は、唸りを挙げて宙を落下していく。
次の瞬間、空中に凄まじい轟音が響き。
烈々たる衝撃が、外種の頭で炸裂していた。
「倒し、た?」
呆けたように息を吐き出して、マツリが地面へと落下する。
その眼前で、外種の頭から滝のように鮮血が噴き出してた。
悲しげな叫びを挙げながら、外種の巨体がゆっくりと倒れ込む。
周囲に鳴り渡った地響きは、どこかもの悲しかった。
※
「ったく、苦労させやがって」
難なく着地したマツリは、遠くに吹き飛んだ鉄球を背負い直して溜息を付く。
「大丈夫ですか? お怪我は」
「これくらい大したことねぇって」
あれだけの戦いを繰り広げた後だというのに、マツリは平然としていた。
本人の言葉通り、服が多少焼け焦げている以外は目立った損傷も無い。
「それにしても、恐るべき敵でしたね」
「こんな奴見たこと無いってのは、本当か?」
「ええ、基地で拝見した資料にも全く……」
最初に外種と戦ってから、グレイスはネローヌと共に外種について調べを進めていた。
新たな敵への対策を練り、あわよくば出現の原因を探れればと。
砦に保管されていた資料には、外見についての記述もあった。
記録された外種には多種多少なものがあったが、その中にもこれ程大きな種類は報告されていなかった。
「じゃあ、新種って訳か」
そう呟きつつ、マツリは倒れ込んだまま動かない外種に近づいていく。
「マツリさん、危ないですよ」
「心配ねぇって、もう一度やっても勝てるし」
まるで恐れも見せず、マツリは平気で外種の皮膚に触れている。
色を失った外種の巨体は、刺々しく固い鱗にびっしりと覆われていた。
「そう言う問題では……」
「ん?」
「どうかされましたか」
「いや、何か変な感じが――」
ごつごつとした堅い皮膚を撫でていたマツリは、指先にぴりりとした痺れを感じた。
まるで、静電気の溜まったドアノブに触れたときのような。
自分でも良く分からない体験にマツリが言い淀んだ、そのとき。
「離れて下さい!」
グレイスの叫びで、マツリは瞬時に外種から離れる。
外種の体全体が、赤く点滅を始めていた。
鈍く赤く、脈動する心臓のように規則的な光を放つ外種。
驚くマツリ達の前で、点滅の感覚は次第に狭まっていき。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
不意に眩い閃光が放出され、マツリ達は思わず目を瞑る。
「何が……」
ちかちかした光の残照を覚えながら、マツリ達はゆっくりと目を開ける。
「外種は!?」
そこに広がっていたのは、信じ難い光景。
あれだけの巨躯を誇っていた外種の姿が、丸ごと消失していた。
外種が先程まで倒れ込んでいた地面には、ぽっかりと大きな穴が開いている。
「急に成仏した……って訳じゃねぇよな」
冗談を一つ呟いて、マツリは辺りを見回す。
しかし、そこには無残な廃墟が広がるのみで。
「ここに居ても仕方ありません、気にはなりますが……」
「そうだな、俺達に分かることはねぇか」
専門家であれば話は別だろうが、マツリ達にはこの状況を解明する手段が無い。
釈然としない思いを抱えつつ、二人は歩き出す。
ミぜルカが廃墟に変わってしまった今、明確な目的地などは無く。
当ても無く彷徨う幼女達の行く先は、果たして――




