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止められた幼女

「このままでは……」


 目前で繰り広げられる戦闘を眺めつつ、ネローヌは顔をしかめる。

 ネローヌ達の陽動に応じた帝国兵の数は、こちらの予想を明らかに超えていた。

 解放軍は接敵当初から苦戦を強いられ、開始十数分で既に濃厚な配色が漂っている。

 しかし、ここで撤退すれば要塞に向かっているリルカ達が――


 「ネローヌちゃーん!」


 悩むネローヌの耳に、聞き慣れた明るい声が響く。


 「リルカ……さん!?」


 それは、戦場を突っ切って駆け抜けてくるリルカの姿。


 「こ、今度は本物ですよね」


 先程のことがあったからか、グレイスは近付いてくるリルカへ怪訝そうな視線を向ける。


 「本物って、何が?」


 一気にネローヌ達の眼前へ到着したリルカは、きょとんとした顔を晒していた。 


 「どうしてここに、マツリさんは?」


 「実は――」


 問い掛けられ、リルカは要塞での出来事を語る。

 話の内容は時勢が前後したり要点がずれたりで大分難解なものだったが、付き合いの長いネローヌは大まかに理解出来ていた。


 「そうですか、私達の作戦が読まれていたとは」


 「まさか……あり得ない、情報の漏洩には細心の注意を払っていたはずです」


 どこから情報が漏れたのか、グレイスにはまるで見当が付かない。

 グレイスは元より、口の軽いリルカやマツリにも口外厳禁を命じていたのに。


 「今はそれについて議論している場合ではありません、一刻も早く撤退を」


 作戦が失敗したのなら、最早ここに留まっている意味も無い。

 ネローヌは素早く通信魔法を起動させ、前線で戦う兵士達へ支持を飛ばし始める。


 「リルカさん、助かりました。あのままでは多大な損害を受けていたでしょう」


 「そんな、私は別に」


 リルカが戦闘中であろうと躊躇せずに駆け付けてくれたお蔭で、壊滅的な損害を受ける前に撤退できそうだ。

 グレイスにぺこりと頭を下げられ、リルカは照れ臭そうに頬を掻く。


 「ネローヌ様、前線から報告です!」


 と、不意に足音が響き、慌てた様子の伝令兵がネローヌ達の前へ現れた。


 「帝国兵が撤退を? 何故……」


 兵士が伝えた内容は、帝国兵が急速に撤退を始めたと言うもの。

 圧倒的優勢の帝国側が、どうして自分達より先に。

 ネローヌが疑問を抱く間もなく、次の伝令兵が現れた。


 「た、大変です。や、奴らが、外種が現れました!」


 その言葉で、先程の疑問が氷解する。


 「こんな時に――」


 帝国が撤退したのは幸いだが、新たな脅威が現れてしまった。

 予想外の事態に、ネローヌは舌を噛む。


 「隊長、早く撤退を!」


 「いえ、私はここで指揮を取らなければ」


 戦場にはまだ相当数の解放軍が残っている。

 彼らを置いて、自分だけが逃げる訳にはいかない。

 毅然と首を振ったネローヌが、新たな指示を出そうとした、そのとき。


 竜巻の如き轟音を鳴り響かせて、天に不気味な物体が現れた。

 体長は30m程、長く伸びた細長い胴体には、百足の如く幾つもの節が付いている。

 その体から生えているのは、だらりと垂れさがった無数の触手。

 端には顔や首らしき意匠が見えるが、その顔には目も口も無い。

 前回遭遇した個体と同じく、体色は常に変化する鈍い虹色に輝いていた。

 腕とも脚とも取れぬおびただしい数の触手をはためかせ、外種は悠々と空を飛んでいる。


 「飛行型!?」


 天を飛翔する姿に、ネローヌは目を瞬く。

 記録から空を飛ぶ外種の存在は知っていたが、こうして実際に戦うのはもちろん始めてだ。


 「に、逃げろぉ!」

 

 外種から伸ばされた無数の触手が、逃げ惑う兵士達を次々と吸収していく。

 掃除機に吸い取られた埃の如く、兵士達は根こそぎ刈り取られていた。


 「……あんなの、どうやって戦えば」

 

 外種は予想以上の速度で接近し、逃げる間もなくネローヌ達の眼前へ迫っていた。

 新たな得物を求めた触手が、ネローヌ達へ迫ろうとした、瞬間。

 大気を切り裂いて飛来した大木が、外種の体を突き飛ばしていた。 


 「何、が……?」


 横っ腹に直撃を喰らった外種は轟音と共に大きく吹き飛ばされ、上下がひっくり返った形で大地に落着していた。

 倒すまでには至らなかったようだが、これなら暫く時間が稼げるだろう。


 「あれは……」


 樹木の飛んできた方向を見て、ネローヌが目を大きく見開く。


 「ま、マツリちゃん!」


 跳ねるように駆けてきたのは、見慣れた幼女の姿。


 「すまねぇ、遅くなった!」


 どういう訳か、現れたマツリは擦り切れた帝国の軍服を纏っていた。

 寸法が合っていないのか、袖や裾には無理やり千切られた跡がある。


 「いえ、助かります」


 「それより、何で帝国の服を?」


 いくら急いでいるとはいえ、流石に裸で駆け付ける訳にもいかず。

 燃え尽きてしまった元の服の代わりを探していたのだが、生憎要塞は半壊状態で。

 マツリは仕方なく、サイズや状態は無視し、その場に転がっていた男物の軍服を引っ掴んでいた。


 「色々あったんだけど、その話は後だ。今は――」


 マツリが険しい顔を向けた先では、ひっくり返った外種が今まさに起き上がろうとしている。


 「ネローヌ、あのときのアレは使えるか?」


 「ええ、問題ありません」


 「リルカ、逃げ遅れた奴がいないか見てくれるか」


 「うん、わかった!」


 「グレイスは、オレとあいつの動きを止めるぞ!」


 「了解しました!」


 全員に手早く指示を出し、マツリは外種へと駆け出した。


 「こんなときこそ、相棒を使いたいところだけど」


 全速力で駆けながら、マツリは寂しげに軽くなった背中を見る。

 探している暇が無く、鉄球はあの要塞に置いたままだ。


 「いつの間にか相棒になってたんですね……」


 「無いなら無いでやるしかねぇよな!」


 呆れ顔を向けたグレイスを敢えて無視し、マツリは大地を蹴って跳躍する。

 その先では、外種が丁度体を浮き上がらせようとしていた。


 「させるかよぉ!」


 大きく咆哮しながら、マツリは細長い頭部へ踵落としを繰り出した。

 凄まじい衝撃が空気を揺らし、巨体は再び地面へ叩き付けられる。


 「亡者を縛る冥界の蔦よ、我が前にその役儀を示せ!」


 その隙を逃さず、グレイスは地面から無数の蔦を呼び出した。

 灰褐色に染まる細い蔦は、その儚げな外見とは裏腹の強度で外種の体を縛る。


 と、外種の体が細かく揺れ、無数の触手が餌食を求め脈動した。 


 「マツリさん!」


 最も近場にいたマツリへむけ、触手は一直線に向かっていく。

 が、マツリはそれらを避けようともしない。


 「そんなもん、効くかよ!」


 むしろ、マツリの方から触手へと進んでいった。

 多少の拘束をびくともしない剛力の前には、外種とて分が悪かったようで。

 伸ばされた触手は、その小さな体を縛る前に次々と引き千切られていた。


 「――我が願いに応え、ここに顕現せん!」


 と、遠方で詠唱が鳴り渡り、飛来した虹色の光がマツリ達の視界を覆った。

 次の瞬間、外種の体は色を無くし、苦しそうに痙攣を始めた。


 「グレイス、止めを!」


 マツリの言葉を受け、グレイスは矢庭に走り出す。


 「この世非ざる者よ、盟約の元に、我は今慈悲の刃を振るわん!」


 走りながら構えられた鎌が暗く瞬き、弧を描いた刀身が暗色に輝いていく。


 「冥府断魂斬!」


 それは、咎人の首を刎ねる処刑人の如く。

 叫びながら振るわれた大鎌は、外種の体を粉微塵に切り裂いていた。


 「終わった、か」


 周囲の静寂に混じって聞こえた穏やかな風の音色は、戦いの終わりを告げていた。


 「ええ、これで――」


 と、安堵するグレイスの眼中に、逃げ遅れた兵士の捜索を行っていたリルカが見えた。

 あちらの気が付いたのか、リルカはマツリ達へ向け大きく手を振る。


 が、リルカの背後に立っていた人影を見て、グレイスは我が目を疑った。  


 「帝国兵!?」


 それは、帝国の軍服に身を包んだ男達で。


 「あいつら、まだやる気か!」


 一旦は撤退したが、外種の殲滅を目にし戻って来たのか。

 俄に戦意が高まり、マツリは一気に帝国兵へ接近した。


 「ちょ、ちょっと待って、この人は」


 今にも殴りかからんとするマツリをどうにか押し留め、リルカは顔を白黒させながら、帝国兵の一人が持つ旗を指差した。

 それは、帝国の紋章が描かれた真紅の旗。


 その旗を捉えた瞬間、グレイスの顔色が瞬時に変わる。

 大陸の慣習では、目立つ赤色の旗は非戦闘員が持つ物と決められていた。


 「どうやら、本当に敵ではないようですね」


 ネローヌも交えて詳しく話を聞けば、彼らは帝国本土からの使者であり、解放軍のフレイス前線基地へ向かっている所だったらしい。


 「帝国の使者が、今更何の用なんだ?」


 「さぁ…… ネローヌちゃんが、今通信魔法で本陣と話してるらしいけど」


 リルカが怪訝そうな顔を向けた先では、ネローヌが今まさに上層部と通信の最中だった。


 「本当ですか!?」


 その最中、ネローヌは普段から考えられない程動揺していた。

 普段の冷静さからは想像も出来ない慌てぶりは、遠目で見ていたマツリにも事態の深刻さを伺わせていた。


 「そんな、でも……ええ、分かりました。一旦基地に戻って……」


 通信を終えたネローヌは、明らかに落胆した様子でマツリ達の元へ戻って来た。


 「どうしたのネローヌちゃん、一体何が――」


 気遣わしげに話し掛けるリルカへ、ネローヌは今にも泣き出しそうな顔で口を開く。 


 「……帝国軍との間に、停戦協定が結ばれたそうです」


 消え入りそうなか細い声で告げられたのは、信じ難い宣告だった。

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