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燃え盛る幼女

 鬱蒼と茂る森を通り抜け、ボルテレス要塞へ辿り着いたマツリ達。

 だがそこには、予想外の光景が広がっていた。


 「誰もいない……」


 そこには、人っ子一人存在していなかった。

 高い壁に覆われた要塞は、いかにも堅牢そうな威容を誇っている。

 だがそれに反し、周囲を見回る巡回兵の姿は見えず。もう日はとっくに暮れているというのに、室内で明かりが灯っている様子も無い。


 「みんな出払ってるんじゃないですか?」


 ネローヌの陽動によって、要塞の兵士は全て出撃しているのだろう。

 そう楽観し、リルカは周囲を警戒もせずに近付いていく。


 「だからって、見張りすらいないのは――」


 その背を追って、釈然としない顔のマツリが続く。

 周囲を警戒して辺りをきょろきょろと見回すが、やはり敵の反応は無い。

 戦闘らしい戦闘も起こらないまま、二人があっけなく正門へと到着しかけた、そのとき。


 「それは、あんたと戦う為よ!」


 二人の上方から、聞き覚えのある声が降り注いだ。


 「お前は!?」


 閉じられた門の上に仁王立ちしていたのは、いつか戦った紅い髪の少女。

 外見こそ多少変わっているが、生意気そうな声を聞き間違える筈がない。


 「一対一の決闘に、邪魔が入るのは無粋でしょ? 今この砦にいるのは、アタシとあんた達だけよ」


 少女の言葉通り、ここまで騒がしくしていても、砦の中で誰かが反応する気配はやはり無い。


 「な、何で私達がここにいるって」


 想定外の事態に、リルカは目を白黒させる。

 情報の漏洩を危惧し、他の味方にも作戦の詳細は伝えていない。

 自分達がこの要塞にいることは、隊以外誰も知りえない筈だ。


 「さぁ、どうしてかしらね」


 質問をはぐらかし、少女はくつくつと笑う。

 まともに答える気は無いようだが、何らかの手段でマツリ達の動きを掴んだのは確からしい。


 「んなこたぁどうでもいい。目の前に敵が現れたんなら、やる事は一つだろ」


 ずっと背負っていた鉄球を地面に降ろし、マツリは瞬時に戦闘態勢を整える。


 「物分りが良くて助かるわ」


 それに呼応するように、少女の体から戦意が怒濤の迫力で溢れ出し、周囲の空気が目に見えて揺らめく。


 「リルカは戻って、ネローヌ達に伝えろ!」


 「何を!?」


 「ここの兵士がまるごといなくなってるってこたぁ、作戦が失敗したってこったろ!」


 解放軍に釣られて主力が出払っているのなら想定内だが、自分達から放棄したのなら話は別だ。

 要塞の全兵力に襲い掛かられれば、元々長期戦を想定していない解放軍は分が悪い。

 そうなる前に、ネローヌ達を撤退させなければ。


 「わ、分かった!」


 慌てて走り出したリルカの背中を見て、少女は感心したように鼻で笑う。


 「単細胞かと思ったら、意外に頭が回るじゃない」


 逃がせば自軍に不利になると知っていながら、少女はリルカを追う素振りすら見せなかった。

 決闘と宣言した言葉に嘘は無く、その興味はマツリにしか向いていないようだった。


 「まずは名乗っておきましょうか。アタシの名前はシェイリス、シェイリス・ガルロード」


 腰に手を当て、シェイリスは高らかに自分の名を宣言する。


 「……急にどうした」


 突如始まった独演会に、マツリは怪訝そうな反応を取っていた、


 「自分を倒す相手の名前くらい、教えてあげるのは礼儀でしょ? さあ、あんたも名乗りなさい!」


 「生憎、無駄な事はしない主義なんでな。これからいなくなる奴に伝えた所で、意味が無いだろ?」


 嫌らしい笑みを浮かべながら告げられたマツリの皮肉は、マツリが考えた以上に効果てきめんだった。

 シェイリスの顔は怒りで真っ赤に染まり、それどころか、全身が炎を纏って燃え始めた。

 燃え盛る炎によって、シェイリスの立っていた門が延焼していく。


 「その余裕、いつまで保っていられるかしら!」


 月明かりに照らされる姿は、まるで舞台に立つ女優が如く。

 堂々と叫びつつ、シェイリスは燃え立つ門から飛び立った。


 「今度こそ、完全に焼き尽くしてあげる!」


 完全に炎と化した両足を使い、シェイリスは噴射する火炎で空中を自在に飛ぶ。

 戦闘機の如く高速で飛行しながら、炎の化身と化した少女は地上へ向け巨大な火球を放ち続ける。


 「当たるかよ!」


 「ちょこまかとっ!」


 マツリは火球を避けつつ鉄球を振り回すが、動きを止めず飛び回る少女を捉えきれない。

 そのまま数分程膠着状況が続いた頃。


 「そうか、当てるんじゃなくて……」


 何の成果も無く戻って来た鉄球を見て、マツリの表情が変わった。


 「これなら、どうだ!」


 渾身の力を込め、マツリは今までと違う軌道で鉄球を投擲する。

 鉄球が飛翔していく先は、少女とは見当違いの方向だった。


 「何度やっても同じよ!」


 遥か先へ飛んでいった鉄球を見遣り、シェイリスは楽しげに微笑む。


 「かかったな!」


 「嘘っ!?」 


 だがその余裕は、長く続かない。

 気が付けば、引き寄せられた鉄球の鎖がシェイリスの全身へ巻き付いていた。


 「捕まえたぞっ!」


 マツリの凄まじい膂力で引き寄せられ、シェイリスは一気に墜落する、

 鉄球の重さも相まって、その速度は眼にも止まらぬ程だった。


 「……この程度っ」


 しかし、黙って地面に叩き付けられるシェイリスでは無い。

 気合い一発、シェイリスの全身から炎が吹き出し、鎖が瞬時に溶解する。

 巻き付いていた鎖の拘束は解け、鉄球のみが地面に衝突した。


 「せっかく整備してもらったのに、何すんだよ!」


 無残な姿に変わり果てた鎖と鉄球を見て、激高するマツリ。

 ようやく見出した得物を台無しにされたのだ、怒らない方がおかしい。


 「知らないわよ、あんなもんを武器にする方が悪いでしょ!」


 「やっぱり、てめぇは許さねぇ!」


 売り言葉に買い言葉の応酬を繰り返しながら、マツリとシェイリスは何度も交錯する。

 巻き上がる炎が木材を燃やし、振われる拳が城壁を抉る。

 数分もしない内に、要塞は見るも無残な姿へ変わっていた。


 「このままじゃ埒が明かないわね」


 兵舎をまた一つ灰に変えたシェイリスが、憎々しげに呟やく。 

 空を飛び回るシェイリスを捉えられないマツリと、マツリの異常な耐久力の前に傷一つ付けられずにいるシェイリス。

 一見互角だが、よく見れば明らかな違いがあった。

 汗一つかいていないマツリの側に疲れは見えないが、シェイリスは明らかに消耗していた。

 常に炎を燃焼させ続けるのには、それ相応の負担が生じる。

 このまま膠着状態が続けば、先に倒れるのはシェイリスの方だろう。


 「だったら、素直に降参するか?」


 「冗談じゃない」


 マツリの挑発を受け、少女の雰囲気が変わる。

 何かを察して表情を変えたマツリの前で、少女は脚だけでなく、両腕も炎へと変化させていく。


 「アタシの勝利を信じてくれたママや、先に逝った仲間の為!」


 変化は胴体に及び、やがて全身が激しく燃え上がっていく。 

 数秒も経たずに、シェイリスの体は完全な焔へと変わっていた。


 「そして、この戦いの先にある平和を掴む為に!」


 一つの大きな火柱となったシェイリスは、更に火勢を増していく。


 「あたしは、負けられないんだからぁぁ!」


 砦全体をも包み込まんとする巨大な炎の塊が周囲へ広がり、炎の渦がマツリへと向かう。


 「こっちだって、こんな所で止まってらんないんだよぉっ!」


 迫り来る紅の壁に対し、マツリは拳を振りかざして正面から迎え撃った。

 だがその拳は炎をすり抜け、逆にマツリの全身が火炎に包まれていた。


 「がぁあっ!?」


 皮膚を焼く痛みが神経を侵し、マツリは悲鳴を上げる。

 例え表面的には無傷に見えるとはいえ、痛みを感じない訳ではないのだ。


 「このくらい、大気圏突入にくりゃべりゃぁ!」


 あまりに激しい痛みによって、舌が上手く回らない。

 それでも自分を奮い立たせ、マツリは炎へ立ち向かっていく。


 「無駄よ、あんたがいくら馬鹿力だって、あたしには傷一つ付けらんないんだから!」


 悪意を持って纏わり付く炎に何度も体を灼かれ、纏っていた服もぼろぼろに燃え尽きていく。


 「こうなったら……!」


 埒が明かないと悟ったのか、マツリは不意に向きを変え、何処かへと走り出した。


 「勝てないと分かって逃げるつもり? けど、そう簡単に許さないんだから!」


 シェイリスの言葉には答えずに、マツリは一目散に何処かへと駆けていく。

 通って来た森を抜け、マツリはひたすらに走り続ける。


 やがて二人が辿り着いたのは、切り立った岩肌の近くにある小さな洞穴だった。

 何かへ導かれるように、マツリは自分から穴の中へ入っていく。


 「自分から袋小路に入ってくれるなんて、手間が省けたわ。丁度いい、ここで燃やし尽くす!」


 続いて洞窟の中に入ったシェイリスは、更に激しく炎を燃やした。

 壁を伝わってうねる火炎が、洞窟全てを焼き尽くしていく。


 「これを待っていた!」


 その瞬間、マツリは突如振り返った。

 迫り来る火炎の中を通り抜け、シェイリスが知覚するよりも先に洞窟の外へ脱出する。


 「何を!?」


 シェイリスが気付いたとき、既に勝負は終わっていた。


 「お前は、そこで埋まってろ」


 マツリは冷徹に言い放つと、地面へ渾身の力で拳を振り下ろした。

 次の瞬間、大地の崩れる轟音と共に土砂崩れが発生し、洞窟の入り口が塞がれていく。

 シェイリスの体が完全に土塊に埋まるまで、そう時間は掛からなかった。


 「こんなもの、すぐに吹き飛ばして……!」


 体全体が炎へ変わっているシェイリスにとって、土塊が落下しても影響はない。

 無駄な足掻きと笑い飛ばし、暗闇の中で気力を込める。

 だがその気合いに反して、洞窟の中では何の反応も起こらない。


 「どうして、何で燃えてくれないの!?」


 うず高く積まれた岩石を見つめるマツリへ、シェイリスのくぐもった声が届く。


 「炎が燃えるには、必要なものがある」


 「燃料が無くたって、アタシには関係ない筈なのに……!?」


 シェイリスが炎を巻き起こすのに、油や木材などは必要としない。

 燃やしているのは、シェイリス自身の生命力なのだから。

 しかし、現にこうして炎は止まっていた。


 「何だ、酸素も知らないのか」


 苦しげに呻くシェイリスへ、呆れたようにマツリが呟く。

 如何に激しい火力を持っていようと、酸素が無ければ炎は燃えようがない。

 現代人であるマツリには常識でも、シェイリスにとっては全く未知の知識だった。

 もしシェイリスが日本に生まれていたら、もしネロのように博士から教えを受けていたら、結果は変わっていたかもしれない。


 「さん……? なにそれ、訳、分かんない……」


 僅かに残っていた酸素も、シェイリスの呼吸によって消えていく。

 やがて叫びは薄れ、その声は完全に聞こえなくなっていた。


 「休んでる場合じゃねぇ、よな」

 

 感傷に浸っている暇は無い、遠い戦場では、今まさにネローヌ達が戦っているのだ。

 顔を叩いて気合いを入れ直し、マツリはすぐさま走り出す。

 その小さな背中は、夜の闇に紛れすぐに見えなくなっていた。 


                      ※


 マツリが去った後も、シェイリスは一人土砂に埋まっていた。


 「あたしは、こんな所で終わるの……」


 最早炎を出す気力も残っておらず、闇に覆われた視界の中では自分の姿さえ見えない。

 

 「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!」


 仇も討てず、裏切り者相手に負けるなんて。   

 あいつを倒して、ママに褒めて貰うはずだったのに。

 溢れんばかりの無念は、虚しく土砂に覆われていく。


 「あたしなんてどうなったっていい、どうなってもいいから。あいつを、あいつを倒す力を……!」


 激しい怒りと憎悪が、シェイリスの体を満たす。

 次第に薄れゆく意識の中で、純粋な強い感情だけが濃縮されていく。


 「力を……もっと力を……!」


 ――少女が最後に聞いたのは、何かが弾ける音だった。

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