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浸かる幼女

 様々な施設が存在する要塞には、広い浴場も設置されている。

 要塞の防衛に外種撃退と続けざまに功績を立てたマツリ達は、浴場を半ば貸し切り状態で使用する許可を得ていた。


 「やっぱりお風呂は気持ちいいねー」


 熱湯で並々と満たされた湯船に肩まで浸かり、リルカは大きく体を伸ばす。


 「迅速に体を浄化するだけなら、湯船に浸かる必要はありません。しかし、この快楽はどうにも抗い難いです……」


 心地いい温もりに身を任せ、グロイスも珍しく表情を和らげていた。


 「マツリさん、体を洗ってあげますね」


 「いや、洗うくらい一人で」


 洗い場では、手に石鹸を持ったネローヌが、ひっくり返した桶に腰を下ろしたマツリへと話し掛けていた。


 「これでも、手先は結構器用なんですよ」


 「だから、別にいい……はぁ」


 返答を待たず体を洗い始めたネローヌに、マツリの口から溜息が漏れる。

 医務室での一件から、ネローヌはあからさまに好意を表すようになった。

 悪意を持った相手ならともかく、完全に善意で近づいてくる者を拒むのは難しい。

 また、ネローヌならリルカのように暴走することも無いと見込んで、マツリは好きなようにさせていた。


 「彼らが現れる前、大陸は平穏に包まれていました。亜人と人間族、種族内部での細かな対立はあったものの、大多数の民衆は穏やかな日々を送れていたそうです」


 外種について説明しながら、ネローヌはマツリの髪を泡立てる。

 心地よさそうに閉じた目を細めたマツリは、大人しくされるがままになっていた。


 「そもそも、あいつらは何なんだ。一体どっから来た?」


 「分かりません、我々が彼らについて把握している事柄は、未だ非常に少ないのです。唯一分かっているのは……目を瞑って下さい、流しますよ」


 「おう」


 桶一杯の水を掛けられ、マツリの長い髪がしっとりと肌に張り付く。

 艶のある黒髪は、数多の戦いを経ても美麗なまま保たれている。

 

 「彼らが、我々にとって非常に危険な存在だという事実だけ」


 「……まあ、見た目があんなんだしな」


 SF映画のモンスターかと見紛うようなグロテスクっぷりが脳裏に過る。

 あの外見から、人類にとって友好的な存在だと判断するのは難しい。

 出現当初は無謀にも話し合いを試みる集団がいくつか存在したようだが、全てが徒労に終わったらしい。 


 「今回は幸いにも一体だけでしたが、全盛期には大地を埋め尽くす程の数が現れたそうです」


 「あれが何十体もいる光景は想像したくねぇな」


 「実際、初期には凄まじい被害が出たと聞きます。一体で並みの兵士数十人分の力を持つ、疲れも恐怖も感じない生命体が、明確な敵意を持って襲い掛かってくるのです。彼らは民間人と軍人を差別しませんし、相手が女子供だろうと関係ない」


 「そりゃ、否応なく団結もするか」


 「主義主張の違いを擦り合わせている時間も余裕も無く、過程では随分血生臭い手段も使われたと聞いています。しかし、大陸全体が滅びるよりはマシだったでしょうね」


 外種による蹂躙の果てに、大陸全体の約半数が死亡。

 各国は行政機能を保つことすら難しい状態にまで困窮し、このままでは滅亡を待つだけにまで追い詰められていた。


 苦境に喘ぐ大陸へ彗星の如く現れたのが、後に初代皇帝となるジルバール・ザグレス。

 純粋な人間族でありながら亜人にも匹敵する戦闘力を誇り、戦術指揮においても高い才覚を誇ったジルバール。

 彼の勢力は混乱の中で力を増し、やがて大陸全体に影響力を及ぼすまでに成長していた。

 ジルバールとその同盟者達を中心として、未曾有の危機に対抗する為に誕生したのが、『及び帝国による連合政府』。

 帝国が誕生した当初は皆、あくまで一時的な統合だと考えていた。

 外種に対抗する為の手段であり、時期が過ぎればまた元に戻ると。


 「結果的に、それは大きな間違いでした」


 しかし、ジルバールの思惑は違った。

 議会の設立や共通した法律の制定など、手続きは極めて穏便に行われた。

 原始的な部族社会の中にいた大多数の亜人族にとって、人間族の進歩的な政治体型は面妖な魔術を見ているようだったという。

 強引な進め方に当然不満は噴出したが、外種撃退の為という大義名分の前に葬り去られる。

 亜人達が気が付いたとき、事態は手遅れを遥かに通り過ぎていた。

 議会の殆どはジルバールに近しい者達で占められ、行政機関の長も人間族が就任。

 それでも、大多数の民衆は楽観視していた、数はこちらの方が少ないとはいえ、個人の戦闘力で大きく勝る亜人達を迫害などしないだろうと。

 楽観は、連合の名前がジルバール帝国に変わった瞬間に脆くも崩れ去った。

 あくまで合法的に大陸全土の実権を得た帝国は、亜人達に対する弾圧を始める。


 やがて、圧政に耐えかねた亜人達は自由を求め蜂起した。

 いや、せざるを得なかった。

 真綿で首を締められるようにじわじわと活力を削られていけば、永遠に人間族の奴隷として扱われてしまう。

 この反乱は、亜人族に残された最後の希望なのだ。


 「この大陸に住まう者達の総力を結集した戦いによって、見事外種は全滅した。……筈なのですが」


 ネローヌが先程使用した魔術も、外種との戦いで生み出されたもの。

 結果的にいえば、外種との戦いで大陸の技術水準は数段向上していた。

 それが今回の戦乱を更に激しいものとしているのは、ある意味皮肉であろう。


 「また現れちまった、と」


 外種がそもそもどこからやってきたのか、どうして現れたのかもはっきりしていない。

 何が何だか分からないままに現れ、何が何だか分からないままに去っていった災厄。

 明確に口に出すことは避けていたが、誰もがこうなることを心のどこかで予想していたのかもしれない。


 「一応上層部に報告はしましたが、果たしてどうなるか……」


 不安げに呟きながら、ネローヌは肩を落とす。

 あれが特殊な事例であればいいが、そうでなければ事態は深刻だ。

 もし外種達の侵攻が再び始まったのなら、十年前の悪夢が繰り返されてしまう。


 「もう一回団結しようにも、この状態だしなぁ。っと、前は洗わなくていいぞ」


 「そ、それくらい分かっていますよ」


 前面に回りかけた所で機先を制され、ネローヌは立ち上がる途中で固まっていた。


 「外種ってのは、誰かが操ったり出来ないのか?」


 「無理ですね」


 目に映るものを片っ端から攻撃する外種を、特定の意図で誘導するのは難しい。

 そもそも、あれに個人や勢力の区別が付くかどうかも定かではない。 


 「つまり、帝国の差し金説も無しか。じゃあ、偶然?」


 「まだ分かりません、十年も姿を消していた存在が、なぜ今になって再び――」


 「マツリちゃん、一緒に入ろっ!」


 と、湯船から出て来たリルカが、体を洗い終えたマツリを引っ掴んだ。


 「うひゃあっ!? い、いきなり掴むな!


 突然背後から手を回されて、マツリは目を見開いて声を挙げる。

 リルカに胴体をがっちり拘束され、マツリは硬直した顔のまま湯船に連行されていった。


 「ちゃんと百数えるんだよー」


 マツリを自身の隣に座らせ、リルカは嬉しそうに微笑む。


 「わぁってるよ」


 不機嫌そうに頬を膨らませたマツリは、ふてくされつつもしっかり湯に浸かっている。


 「ずるいですよ、私がお風呂に入れてあげようと思っていたのに」


 と、ネローヌが頬を膨らませながらマツリの隣へ座ってきた。


 「じゃあ、もう一回やる?」


 「勘弁してくれ……」


 オレは玩具じゃないんだぞ、とマツリは溜息を付いていた。


 湯船に浸かりながら時は流れ、そろそろ頭がぼうっとし始めた頃。


 「しっかし、二人ともおっきいよねぇ」


 感嘆の溜息を付きながら、リルカは湯船に浮く二人の胸をまじまじと見つめていた。

 リルカも平均以上はあるが、二人はそれ以上だ。

 綿菓子のように柔らかそうなネローヌのそれと、張りのある果実のようなグレイスのそれ。

 リルカは双方を見つめながら、心底羨望の眼差しを向けている。


 「えっ」


 「軍人には不必要というか、むしろ不利ですが……」


 胸の大小に関心は無いのか、グレイスは困惑したように眉を下がらせていた。


 「ねぇマツリちゃん!」


 「オレに振るんじゃねぇよ」


 振り返ったリルカは、どこか嬉しそうにマツリの胸部を見つめる。

 そそり立つ壁のように垂直で、一見背中と間違えてしまいそうな平たさだった。


 「ったく、下らねぇ……」


 「もし揉みたいのなら、揉んでもいいんですよ?」


 掌から零れ落ちそうなほど豊満な胸部を持ち上げ、ネローヌは蠱惑的に微笑んだ。


 「誰が揉むかっ!」


 普通の相手なら一瞬で陥落しかねない誘いを一蹴し、マツリはくわっと顔を険しくする。

 

 「やっぱり、みんなと入るお風呂って楽しいねー」


 「そう、ですね」


 ほんわかしたやり取りを見て、リルカは満足そうに笑みを浮かべる。

 のんびりとした四人の声が、広い浴室に反響していた。

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