接敵する幼女
翠の光が視界を包み、マツリ達は一瞬で要塞の裏手へ移動を負える。
「なんだ、ありゃ……」
眼前に映る光景に、マツリの困惑したような声が漏れる。
岩と黒土の広がる荒野に、ぽつんと一つそれはいた。
体長は3、40m程、横幅はそれ程広くなく、ひょろ長い体型をしている。
二対の両腕や両足は一見人のような形をしているが、長さの揃わない三本の指など、細部に明らかな違いがある。
四肢の関節は奇妙に螺子繰れていて、どこがどう繋がっているのかまるで把握できない。
人でいえば顔に当たる部分は、抉り取られたように大きく陥没している。
赤、橙、黄、緑……常に変化する虹のような体色は、シャボン玉の表面を思わせる。
記憶にあるどんな生物とも違う、まさしく異形と言うべき姿。
それは根源的な恐怖と嫌悪感を引き起こすものであり、多少のことでは動じないマツリでも、思わず目線を逸らしかけた程であった。
怪物は既に幾度かの戦闘を終えていたようで、その周りには骸になった解放軍兵士の斬階が転がっている。
無造作に死骸を踏み越えつつ、怪物はゆっくりと要塞へと迫っていた。
「あれは外種。突如この世界を蹂躙し、我らを否応なく団結させた災厄です」
あっけに取られたままのマツリへ、グレイスは静かに話し掛ける。
表面上は冷静さを装っていても、その声は僅かに震えていた。
「まさか、本当に現れるなんて」
「外種って、十年前に全滅したはずじゃ!?」
「生き残りがいたのか、あるいは……」
何が何だか分からないマツリと違い、他の皆は明確にあれを認識している。
大小の違いはあれど、三人は外種とやらの出現で明らかな動揺を見せていた。
「とにかく、今はアレを何とかするしかないだろ!}
無知が良い方に作用したのか、マツリは程なくして衝撃から脱していた。
戸惑う三人を置き、先陣を切って走り出すマツリ。
「確かに、考えるのは後ですね」
マツリの何時もと変わらぬ姿を見て、ネローヌ達にも落ち着きが戻る。
それぞれが得物を構え、マツリの後に続いていった。
「鍛冶師のおっちゃん、ちゃんと仕事してくれたみてぇだな」
轟音と共に鉄球を引き釣りながら、マツリの顔には笑顔が浮かぶ。
鎖の各所に取り付けられた持ち手が、しっかりとマツリの小さな手に馴染む。
無骨さは相変わらずだが、武器として扱いやすいように調整されていた。
「ぶっ潰れなぁっ!」
渾身の気合いを込め、マツリは鎖を振りかざす。
遠心力を加えられた鉄球は、凄まじい速度で外種の導体へと叩きつけられていた。
衝撃が体を奔り、外種の体が僅かに脈打つ。
「効いてない……!?」
が、マツリにはまるで手ごたえが無い。
まるで蒟蒻を叩いたかのように、鉄球の衝撃は柔らかく受け止められていた。
外種には、こちらの攻撃が通用しないのか。
それを証明するように、外種は僅かに後退しただけで再び要塞へ前進を始めていた。
「外種に、普通の攻撃は通用しません」
マツリの疑問に答えるように、ネローヌが言葉を繋いだ。
打撃を全て受け止めてしまう外種の体に、物理的な攻撃は殆ど意味を為さない。
また魔法に対する耐性も高く、並の術者では何人いようと歯が立たないそうだ。
「じゃあ、何も手は無いってのか」
物理も魔法も効かないのであれば、こちらが何をやっても無駄だというのか。
「いえ、策はあります」
はっきりと宣言し、ネローヌは杖を天高く掲げる。
その足元には、見たことも無い複雑な魔方陣が描かれていた。
「申し訳ないですが、暫く時間を稼いで頂けますか」
この魔術を行使している間、ネローヌには凄まじい集中力が必要となる。
また自由に移動することも出来ないので、格好の的になってしまう。
「それであいつを倒せるってんなら、いくらでも稼いでやるよ!」
ネローヌの言葉を受け、落胆していたマツリの顔に再び生気が戻る。
「いっくぜぇぇ!」
獣のような雄叫びを挙げ、マツリは凄まじい勢いで外種へと突貫していった。
「援護します」
「わ、私も!」
「おらおら、こっち向きやがれ!」
挑発的な言葉を叫びつつ、マツリは鉄球を何度も外種の体へ衝突させる。
拳や脚も交え、マツリは連続で外種へ攻撃を繰り出した。
と、体の周囲を動き回る存在に苛立ったのか、外種はマツリ達へ向け鬱陶しげに手をかざす。
「危ねっ……!?」
その瞬間、空間を黒い球体が抉り取っていた。
「あれが外種の攻撃です、喰らえば一たまりもありません」
あくまで冷静なグレイスの言葉で、マツリの背中に冷や汗が流れる。
抉られた地面には綺麗な半円状の跡が刻まれており、その中には塵一つ残されていない。
「あ、あんなのどうやって避けるの!?」
「動き回ってりゃ当たんねぇだろ、多分」
「そんな適当に!」
いい加減なマツリの答えに、リルカが素っ頓狂な声を出した、そのとき。
「次弾、来ます」
外種の不気味な手が、再びゆらりとかざされた。
グレイスの宣告に反応し、マツリ達は瞬時にその場から飛び退く。
瞬間置いて、そこは黒い球体に覆われていた。
「オレが突っ込む、グレイスはあいつから目を離すな!」
「承知しました」
どうやら、グレイスは外種の攻撃を察知出来るようだ。
マツリは瞬時に判断を下し、再び外種の前へ立ち塞がった。
今はとにかく、ネローヌから注意を逸らさなければ。
「わ、私もいるってばぁ!」
一人で突撃したマツリに続き、リルカも前へ出る。
正直物凄く怖いが、ここで引く選択肢はリルカの中に無い。
マツリ達が外種の注意を引き付けていた頃、ネローヌは呪文の詠唱をほぼ終えていた。
「天と地と、風と水と……この世界に生まれた、全ての命あるもの達の力を」
一つ一つの詞を紡ぐ度に、魔方陣はその姿を変えていく。
気が付けば、その直径はゆうに数十mを越えていた。
「数えきれない犠牲を乗り越え造り出された人類の英知。我が願いに応え、ここに顕現せん!」
魔方陣を構成する文様の一つ一つが輝き、虹のような輝きを出現させる。
鮮やかに輝く光は、一直線に外種へと向かっていった。
「これは…… ネローヌか!?」
その光景は、マツリ達の目にもはっきりと映っていた。
閃光を浴びた外種は、苦しそうに呻きながら体を悶えさせている。
と、あれ程鮮やかだった体の色が、見る間にモノクロへと変わっていった。
「特殊な魔術式によって、外種の体祖式を変化させました。今なら、マツリさんの攻撃も通用する筈です!」
何十回と繰り返された戦いにおいて、人類がようやく到達した対外種用魔術。
大陸中の力を結集させて造り出されたこの術は、たった一つ外種に対抗出来る手段であった。
「散々苦労させられたんだ、覚悟してもらうぜ!」
ようやく攻撃の機会を迎え、マツリは歓喜の叫びを挙げる。
「マツリちゃん、すっごく悪い顔になってるよ……」
呆れるリルカを置いて、鎖を持ったマツリは外種へと邁進していた。
「マツリさん、危ない!」
だが、外種もただではやられない。
痛々しげに体を震わせながら、再びマツリへと片手をかざす。
「同じ手が何度も通用するかぁっての!」
十数回の交錯を経て、マツリは完全に外種の動作を見切っていた。
黒い球体は、大きく跳躍したマツリの体とは見当違いの咆哮に出現している。
「と、ど、め、だぁぁぁっ!」
空中で一回転しつつ、マツリは渾身の力で鎖を振った。
瞬間、何十トンもの爆薬が炸裂したかの如き轟音が響き渡り、鉄球が外種の頭部に炸裂する。
鎖を引き戻しつつ、マツリの顔にはやり切った笑顔が浮かぶ。
今度は、確実に手応えがあった。
どす黒い体液を撒き散らして、外種の巨体が大地に倒れ込む。
地面に響いた鳴動は、戦いの終わりを告げる号砲のようだった。




