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出ない幼女

 マツリ達が外種と戦っていた頃、帝国のある基地にて。


 「本当にいいのか?」


 野外に設けられた四方数十m程の広い演習場に、異様な男達が集まっていた。

 ごつい者やひょろひょろした者など体つきは様々だが、纏っている雰囲気は一様に剣呑である。

 眼は理性を失ったようにぎらつき、口元はだらしなく緩んでいて、身に付けた服はあちこちが色褪せたぼろ布ばかり。

 中には体に刺青を刻んでいる者までおり、とても規律正しい帝国の正規兵には見えない。


 数十人程度集まったごろつき達の前に立つのは、マツリを改造したあの博士。

 見るからに堅気でない者達を相手にしても、博士に動揺した様子はまるで無い。

 普段通りの冷静な表情で、滔々と男達へ説明を続けている。


 「事前の説明通り、彼女を殺せば君達は無罪放免さ」


 博士の言葉を受け、柄の悪い男達が気勢を上げる。

 彼らは全て、処刑が確定している凶悪な重犯罪者。

 本来なら厳重に拘束されている筈の彼等が集められたのは、博士のある実験に協力してもらう為。

 元々使っていた武器も全て返却され、万全の状態で戦場に立っていた。


 「こんな餓鬼一人殺すだけでいいなんで、帝国も随分優しくなったもんだ」


 「恩赦をくれてぇなら、そう言えばいいのによぉ」


 この『実験』が終われば、彼らには自由が保障されていた。

 今までの罪は全て帳消しになり、犯罪者として追われることも無い。

 予想だにしない幸運が突如降りかかり、彼らは一様に高揚していた。


 「さっさとかかってきなさい、あんた達なんかに構ってる暇は無いの」


 彼らの前に立つのは、かつてマツリと戦いを繰り広げた紅い髪の少女。

 ごろつき達を軽蔑しきった視線で見つめる少女シェイリスは、それまでと大きく姿を変えていた。

 端正な顔の半分は銀の仮面で覆われ、長く伸ばされていた紅い髪も耳に掛かる程度までばっさりと切られている。

 全身を覆う男物の軍服は、肌の露出が多かった以前までの服装とは一線を画していた。


 「小娘が、今に後悔するぜ!」


 「妙な力を持ってようが、これだけ人数がいれば!」


 彼らを含む一般人にも、帝国が誇る優性部隊の噂は伝わっている。

 しかしその実体は帝国軍によって覆い隠されており、訳の分からない手品を操る餓鬼の集団だと認識されていた。

 いくら帝国の秘蔵っ子だろうが、ほんの14、5程度の若造一人に、百戦錬磨の自分達が負ける訳が無い。

 この瞬間まで、彼らはそう確信していた。


 「燃やしてあげる……『紅蓮の眼光』!」


 不意に告げられた宣言と共に、シェイリスの露出した右目が紅に光る。

 その刹那、正面に立っていた男が、燃え盛る火柱に変わっていた。

 

 「な、何をしやがった!?」

 

 突然の事態に驚く男達を置いてきぼりにして、惨劇は更に広がっていく。

 シェイリスが視線を向けるだけで、次々と男達は燃え上がっていた。

 その瞳に捕えられれば、最早逃げ出すことも叶わない。

 緩んでいた演習場の雰囲気は、一瞬で殺伐とした戦場のそれへと変わっていた。


 「くっそぉ!」


 と、無骨な大太刀を構えた男が、背後からシェイリスへ襲い掛かった。

 その動きは粗野だが習熟されており、実戦で鍛えられた技の冴えを伺わせる。


 「やっちまえ!」


 同時に、背後や左右からも男達が殺到した。

 その手に握られた槍や斧が、シェイリスの華奢な体を切り裂かんと迫る。

 しかし、シェイリスはそれらを避けようともしない。


 「それがどうしたの?」 


 ふと溜息を付き、シェイリスがつまらなそうに瞳を細めた瞬間。

 紅い閃光が、その体から溢れ出した。

 それはまるで、空中で手榴弾が炸裂したようで。

 男達が手に持った武器は、瞬時に原型を留めない程溶解していた。

 鋼鉄でさえ溶けはじめる高熱の中で、生身の人間が耐えられる筈も無く。

 男達は、断末魔の叫びを挙げる間も無く絶命した。


 「この程度なの? つまらないわ」


 「ひ、ひぃっ!?」


 事ここに至って、男達はようやく自分達の置かれた立場を認識した。

 自分達は解放される囚人でも、模擬戦に集められた練習台でもない。

 初めて稼働する兵器の威力を図る、ただそれだけを期待された生贄なのだと。

 

 逃げ惑う男達へ、シェイリスは無造作に両手を翳す。 

 無造作に放たれた幾つもの火球は、見る間に演習場を紅に染めていった。


 「其は万物を停止させる、『氷の檻』!」


 瞬間、男の声が周囲に響き渡り、演習場に突如巨大な氷塊が出現する。 

 ゆうに数mを超える透明な結晶は、シェイリスをその中で完全に封じていた。


 「か、勝った……!」


 たった一人生き残った男が、杖を握りしめながら泣き叫ぶ。

 逃げ惑う者達の影に隠れ、彼は一人呪文の詠唱を続けていたのだ。

 機を伺い、自信の持てる最大の攻撃で少女を仕留める為に。

 

 「おいあんた、俺が勝ったぞ! 早く自由の身に――」


 歓喜に沸く男の言葉が、唐突に響いた破裂音で中断される。

 唖然とする背後で、氷解に大きな罅が入った。


 「ま、まさか。あり得ない、氷雪系最強の呪文だぞ!」


 男は顔を青褪めさせ、体をみっともない程がくがくと震わせている。

 最早背後の光景を確かめる勇気は残されておらず、振り返ることすら出来ない。


 力に溺れ身を崩したが、男は元々帝国でも有数の魔術師だった。

 裏の依頼を受けて、要人の暗殺に関わったことさえある。

 『氷の檻』は男の最も得意とする呪文であり、今までこれを破った相手は存在しない。

 どんな剛力を誇る荒くれ者でも、一瞬で体の全てを凍結させる氷解にはどうしようもない。


 「まずムカつくのは、あたしをこの程度の術で止められると思ったこと」


 男の背後から、低く鈍い少女の声が響く。

 彼女を動きを少しだけ止めていた氷は、もうとっくに焼失していた。


 「それより、もっと許せないのは――」


 空中に浮いた少女の体から炎が吹き出し、荒れ狂う業火が周囲で渦巻く。


 「ママから貰った服が、あんたのせいで濡れちゃったじゃない!」


 自分勝手な理屈を述べ、シェイリスは文字通り烈火の如く怒り狂う。

 大事な服は自身の高熱で瞬時に塵になっていたが、それすら認識出来ない程シェイリスは激高していた。

 

 「さぁ、覚悟し――て、どこに行ったのよ!」


 意気揚々と気勢を挙げたシェイリスだったが、既に男の姿は消えていた。

 自身が巻き起こした炎の余波で、男はとっくに灰燼と化していたのだ。


 「なぁんだ、つまんないの」


 吹き出る炎を治め、シェイリスはゆっくりと地面に着地する。

 その体は、まだ燻り続ける紅い焔に覆われていた。


 「どうだい、新しい力を得た気分は?」


 手を叩きながら近付いた博士は、満足そうな笑みを浮かべてシェイリスへ問い掛ける。


 「もう最っ高よ! ありがとう、ママ」


 シェイリスは自身が得た新たな力に歓喜していた。

 これなら、憎きあの幼女にも――


 「喜んでいる所に言い辛いんだが、悪い報告があってね」


 「もしかして、また?」


 言い辛そうに顔をしかめた博士をみて、シェイリスも内容を察する。

 恐らく、ネロがいなくなった時のように。


 「今度はララミィらしい。まだ正確には分からないが、恐らく……」


 金髪の少女、ララミィ・リパルスは、『土塊の傀儡遣い』と呼ばれていた。

 優秀な魔術師であり、殆ど無限に存在する土から強力な下僕を作り出すことが出来る。

 無数の人形達は、帝国の精鋭部隊にも匹敵すると恐れられていた。

 ララミィを倒せる存在が、解放軍にそう何人もいるとは思えない。

 であれば、導き出される答えは一つだ。


 「何人、何人家族を殺せば!」


 大切な『家族』の喪失を知り、肩を震わせてシェイリスは憤怒する。

 その眼に浮かんだ涙は、自身の熱で瞬時に蒸発していた。


 「君が抱いた怒りは、戦場で解放するといい。丁度司令部から、渓谷攻めを依頼されていたんだ」


 「そこに、あいつがいるのね」


 瞳を拭ったシェイリスの問いに、博士は無言で頷く。

 

 「今度こそ、絶対に……!」


 堅い決意を秘め、きっと虚空を睨み付けるシェイリス。

 怒りに燃える『娘』の姿を、博士は感情の籠らない視線で見つめていた。

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