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落ちる幼女 後編

 丈の短い雑草が生え揃った草原で、マツリとネロは対峙する。


 「さぁて、お手並み拝見だ」


 「いけ好かねぇぜ、そのすまし顔はよぉ!」


 先に動いたのは、やはりマツリの方だった。 


 「そう来ると思った、予想通り単純だね」


 「るっせぇ!」


 無防備なネロの体へ向け、マツリは捻りを加えた拳を繰り出す。

 拳の先端がネロの顎に直撃せんとしたとき、少年の瞳が薄く発光し。


 「何、が……!?」


 マツリ自身の拳が、自分の腹を抉っていた。

 全力の一撃を直撃させられ、マツリの瞳が大きく見開かれる。

 マツリの目に映ったのは、信じ難い光景。

 少年の体を覆う膜へ突っ込んだマツリの腕が、空中に出現した穴から現れていた。


 「こっのぉぉっ!」


 痛みに負けじと雄叫びを挙げ、マツリは少年の頭部目掛けて蹴りを繰り出すが。


 「無駄だよ」


 それもまた、少年の体を捉えることは無く。


 「ぐぅっ!?」


 自分の足に背中を蹴り飛ばされ、叩きつけられたマツリの体が地面に大穴を穿つ。


 「君の力がいくら強かろうが、当たらなければ意味が無い」


 大地に倒れ込んだまま蹲るマツリを見て、ネロは宙に浮かんだまま嘲笑する。


 「いちいちうざってぇんだよ!」


 激高したマツリは、瞬時に立ち上がって再び殴りかかる。


 「学習しないねぇ君は」


 凄まじい殺気を前にしても、ネロは鬱陶しげに右手を前に翳すだけで。

 先程までと全く同じやり取りが繰り返され、マツリは自分の拳で吹き飛んでいた。


 「まだやる気かい?」


 「くそっ、マジで痛ぇ……」


 十数回に渡る交錯の後、マツリが放った攻撃は全て自身へ命中していた。

 その衝撃は相当で、地面には大穴が幾つも穿たれている。


 「それだけ打ち込んでも無傷とは、頑丈さだけはあるみたいだね」


 地形すら変える渾身の一撃を喰らっても、マツリの体に目立った損傷は無い。

 服や靴が原型を留めない程に破損していても、マツリの柔らかな肌には傷一つ付いていなかった。


 「母さんから聞いたよ。君の能力は、圧倒的な怪力と耐久力なんだってね。確かに脅威だけど、それだけじゃ僕には勝てないよ」


 「ぺちゃくちゃ喋ってんじゃ、ねぇ!」


 余裕綽々の態度を保つネロへ、マツリは飛び回し蹴りを繰り出す。

 何度も繰り返された、最早数えるのも億劫になるやり取り。


 「だから無駄だと――っ!?」


 が、このときは先程までと違っていた。

 鬱陶し気に展開された光膜は、確かにマツリの右足を捕えており、移動させられた脚はマツリの後頭部を直撃している。

 しかし、ネロの表情は完全に固まっていた。


 「ようやく、捕まえた」


 伸ばされたマツリの右手が、ネロの胴をしかと掴んでいたのだ。


 「……気付いていたのか」


 「お前がオレの攻撃を防ぐとき、必ず目線を動かしていた」


 ネロの体を守る防壁は、如何なる攻撃も通さない鉄壁の盾であり、敵の攻撃をそっくりそのままお返しする必殺の鉾でもあった。

 如何に便利な力とて、完全無欠の存在ではない。

 防壁は体の一部分しか発生させられず、その場所はネロ自身が指定する必要があった。

 故に――


 「故に視界を塞げば、僕の隙を突ける」


 一見無造作に繰り出された回し蹴りは、ネロの視界を覆う囮。

 何度も繰り返された無駄な攻撃も、油断を誘う為の捨て駒に過ぎなかった。


 「そういうことだ、悪く思うなよ」


 マツリは単純に言ってのけたが、生半可な執念で出来る技ではない。

 もし一度でも手を抜いていれば、その時点でネロはマツリの真意に気付いていただろう。

 窮地に陥っても打開策を探し続ける冷静な思考と、自身の攻撃に何度でも耐えうる体があったからこそだ。

 自身の策を破られ、ネロは目の前の幼女に対する評価を変える。

 こいつは、只の阿呆ではないと。 


 「これ程の力を持っているとはね、正直驚いたよ」


 「命乞いか? その手は食わねぇぞ」


 ネロの言葉に耳を貸す様子は微塵も見せず、マツリは容赦なく力を込める。

 骨が砕ける音が響き、少年の顔が苦痛に染まっていく。


 「何故そこまで僕らを嫌う? 君とて、母さんに力を貰った仲間じゃないか」


 「オレは、お前等とは違う。最初からあいつのいいように育てられたお前等には、絶対に分かんねぇさ」


 ネロの説得は、マツリの憎悪を更に引き出す結果しかもたらさなかった。


 「君は知ってるかい、この空の先に何があるか」


 意識を朦朧とさせつつも、ネロは喋り続ける。


 「いくらオレが馬鹿だって、宇宙くらいは知ってるっての」


 不機嫌そうに答えたマツリに、ネロは意外そうな顔を向け、微かに微笑んだ。

 マツリは知らなかっただろうが、この世界で宇宙を知っているのは、高等な教育を受けた一握りの人間だけだ。


 「知っているのなら話が早い」


 「……まさか、お前!?」


 ネロの行動を察したマツリが、驚愕しつつ叫ぶ。


 「僕らの脅威となるのなら、今ここで確実に葬らせてもらう!」


 次の瞬間、マツリが離脱するよりも早く、ネロの周囲に特大の光膜が展開された。

 空間そのものを削り取る光の渦が消えたそこに、二人の姿は欠片も残されていなかった。


                         ※


 「其は万物の葬送、其は深遠なる悪夢。冥界の幻影よ、我が敵を永久なる眠りへ誘いたまえ」


 おもむろに鎌をもたげたグレイスの周りから、深く濃い黒霧が出現する。

 たちまち周囲全てが闇に包まれ、呑み込まれた兵士達が折り重なって倒れていく。

 生気を吸収された兵士達は、もう二度と目覚めない眠りへと落ちていった。


 「さあ、弾けなさい……!」


 ネローヌが手をかざせば、宙に描かれた魔方陣が脈動を始める。

 無数の光球が空間を縦横無尽に駆け巡り、兵士達の只中で次々と炸裂していった。

 空間そのものを揺らす衝撃の前には堅牢な鎧であっても意味を為さず、立ち塞がる者達は次々と骸に変わっていく。


 「私だって、私だってぇー!」


 二人が巻き起こした混乱を味方に付け、リルカもまた戦場を駆け抜ける。

 逆手に持った双剣を軽快に振り回し、一人また一人と帝国兵を葬っていた。


 戦闘開始から十数分も経たない間で、敵の数は数十人までに減っていた。

 最初の攻撃で相当な打撃を被ったところで、既に勝負はあらかた付いていたのだろう。


 「……退いていく?」 


 気が付けば、残った敵兵は逸散していた。

 ネローヌ達に目もくれず、武器も放り投げて撤退していく帝国兵達。


 「か、勝ったの……?」


 その姿を見て、リルカが肩で息をしながら呟く。


 「ええ、私達の勝利です」


 結果から見れば、ネローヌの大勝。

 黎明部隊は、初陣で見事な勝利を挙げたのだ。


 「やった、やったよマツリちゃん!」 


 歓喜の叫びをあげつつ、リルカは最大の功労者を探す。

 だが、そこにマツリの姿は無かった。


 「マツリちゃん、どこなの?」


 「もしや、あの敵に……」


 戦闘終了から小一時間が経っても、マツリの消息は不明なままであった。

 三人が周辺をくまなく探したものの、幼女の姿は影も形も無い。

 不安げに視線を彷徨わせるリルカの横で、グロイスが青褪めた顔をネローヌへ向ける。


 「まだ分かりません、他の隊を呼んで捜索を――」


 そんな二人を安心させるように、ネローヌが毅然とした態度で答えようとした、その瞬間。 

  

 「落ちてくる!?」


 天空を斜めに突っ切って、燃えるように紅く光る物体が落下した。

 それは、ネローヌ達のすぐ傍に着弾し。


 「危ないっ!」


 一瞬眩い光が瞬き、衝撃波と土煙が巻き上げられる。

 咄嗟に伏せたネローヌ達の上方を、吹き飛ばされた岩石や武器が通過していった。 


 「何が、あったの」


 目の前には、半径十数mの大穴が開いていた。

 焼け焦げたような匂いが充満する中、リルカは何かに導かれるように穴の中心へと足を進める。

 と、視界の先、円錐状に広がった大穴の中心に、一つの小さな動く影があった。


 「これでも死なねぇのか」


 それは、呆然と座り込むマツリ。

 ネロの能力によって転移させられ、今まさに宇宙空間から落下してきたのだ。

 凄まじい摩擦熱の中にあっても、やはりマツリには傷一つ付いていない。

 同様に転移したネロは、既に摩擦熱で燃え尽きてしまったというのに。


 「ま、マツリちゃん!? マツリちゃん、大丈夫!?」


 探し人の姿を見つけ、慌てて駆け寄るリルカ。

 その姿が目に入っていないのか、マツリの口には乾いた笑みが浮かぶ。


 「こりゃ、傑作だな……」


 「マツリちゃん?」


 戦いが終わった静寂の中に、マツリの笑い声だけが響く。

 それはどこか痛々しく、心の深い部分に触れる声だった。

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