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落ちる幼女 前篇


 大陸南西部、解放軍の補給路を支えるフリムラーデ戦線では、奇妙な敗戦が相次いでいた。

 まず起こるのは、後方にいるはずの指揮官が突如行方不明になり、全軍の統率が乱れる現象。

 戦闘の真っ只中で統制を失った軍隊ほど、脆いものは無い。

 散り散りになって撤退できればまだ良い方で、退却の指示すら出せずに全滅していくことも多かった。


 「指揮はどうした、本陣からの指示は!?」


 「分かりません、通信魔法にも応答は無く……!」


 今まさに帝国軍の猛攻を受ける砦の中では、未曾有の混乱が巻き起こっていた。

 堅実な戦い方で帝国軍を食い止めていた指揮官からの指示が、忽然と失われたのだ。

 どうにか勝利の目が見え始めた矢先の出来事に、部隊の士気は急減し、今まさに敗北の時を迎えようとしていた。


 「門が破られます!」


 「これまでか……」


 迫り来る帝国兵を目前に、兵士達の心が絶望に染まろうとした、その刹那。

 獣の咆哮を思わせる叫び声と共に、天から巨大な影が落下した。

 黒い塊が地面に衝突し、凄まじい轟音と共に周囲へ衝撃を引き起こす。

 土煙が巻き上げられ、門に殺到していた帝国兵達もあらかたが吹き飛んだ。

 その内の幾人かが門に直撃し、骨の砕ける鈍い音を響かせていた。


 「な、何が起こったのだ」


 嫌になる程響き渡っていた帝国兵の歓声が丸ごと消え、不気味な静寂が辺りを満たす。


 「味方の増援? しかし、これは」


 「お、俺達、助かったのか」


 目を白黒させる兵士達の前で、土煙の中からゆっくりと何者かが起き上がる。


 「やってみると意外に疲れるな、これ」


 体についた土埃を振り払って、ふぅ、と溜息を付いた人物。

 それは、一人の可憐な幼女だった。


                           ※


 ネローヌ達がマツリへ追い付いた頃、砦の危機はひとまず去っていた。


 「よくやってくれました、マツリさん」


 黎明部隊の初任務は、苦戦続きのフリムラーデ戦線への救援。

 ネローヌ達は、帝国が次に攻める予想される砦へ向かっていた。

 だが、部隊が到着する前に、砦は戦場と化していた

 ネローヌは急遽予定を変更し、マツリ一人を救援として送ったのだ。


 「一発ぶちかましただけだ、まだまだ足りねぇよ」


 ネローヌの称賛には答えず、マツリは不機嫌そうに帝国兵の亡骸を見遣る。

 その目線は鋭く、顔は険しいままで

 この程度では、到底気が収まらないようだった。


 「味方が退いていく……」


 と、一斉に逃げ出していく解放軍の兵士達を見て、グレイスがぽつりと呟く。

 どの道指揮官は既にいないのだ、残っていたとしてもまともな働きは出来なかっただろう。

 そうでなくても、目の前でマツリの出鱈目な戦いを目にすれば、巻き込まれたくないと感じるのが普通である。


 「この戦線は、私達に一任されたようです」


 砦に四人だけが残されたことを確認し、ネローヌが宣言する。

 一部を撃破したとはいえ、まだ帝国軍は撤退していない。

 その証拠に、砦の南方からは増援が現れ始めていた。


 「つまり、期待されてるってことですね!」


 「体よく押し付けられたとも言うけどな」


 手を叩いて喜ぶリルカに対し、マツリは冷静に返す。


 「もう、照れちゃって!」


 嬉しそうに頬をつつくリルカを片手でいなしつつ、マツリの視線は迫り来る敵兵を捉えていた。

 先程吹き飛ばされた部隊の3,4倍をゆうに超えた大軍が、小さな砦を呑み込まんと進軍している。

  

 「どちらにせよ、今は戦うのみです」


 ネローヌの言葉で、四人の雰囲気が一気に変わる。

 俄に表情が硬くなり、空気がぴりりと引き締まった。


 「初陣だからって訳でもねぇが……!」


 両掌を胸の前で組み、マツリは気合いを入れ直す。

 この戦い、部隊としては初の実戦である。

 模擬戦で十分過ぎるほどの戦果を示したとはいえ、実戦で活躍できなければ意味は無い。

 それでなくとも、憎き帝国に一矢報いる機会を前に、尻込みするマツリではなかった。


 「それでは、行きましょう」


 「おう!」


 「うん!」


 「ええ」


 砦の正門が低い音を立てて開き、四人が戦場いへと赴く。

 既に帝国兵達は、砦の目前まで迫っていた。


 「まずは挨拶代わりだ!」


 不意にしゃがみ込んだマツリが、凄まじい気合いを発して地面を一気に掬い上げた。

 模擬戦の時よりも更に巨大な大地の波が発生し、怒涛の勢いで帝国兵達へ進んでいく。


 「相変わらず、凄まじい馬鹿力だね」


 「誰がバカだ誰が」


 マツリとリルカが間抜けな取りを交わしている間にも、津波は更にその高さを増して帝国兵達へ迫る。

 目に映る全てを呑み込む奔流が敵兵の目前に迫った、そのとき。


 「させないよ」


 一人の少年が、兵士達の列を庇うように現れていた。

 少年の手から正方形型に発生した光の幕が、波を途中で堰き止めていく。

 川の流れに巨木が差し込まれたように、津波は中央から二つに別たれてしまう。


 「止められた!?」


 放たれた津波は、その威力を大幅に減衰させられていた。

 全体の半数ほどは撃破出来たものの、少年の周りと後方にいた敵兵は無傷のまま残っている。


 「子供…… まさか!」


 立ち塞がった少年の姿を見て、不意にマツリの記憶が呼び起こされる。

 その瞬間、先程まで遥か遠くにいた筈の少年が、音も無くマツリの目前に現れていた。


 「宣言通り、会いに来たよ」


 マツリをじっと睨み付け、宙に浮かんだ少年は冷酷に微笑む。

 彼こそは優性部隊の一員であり、『姿無き奇術師』の異名を持つネロ。

 最近解放軍に起こっていた異変も、彼の仕業である。

 空間を自由に跳躍出来るネロにとって、暗殺など容易い。

 解放軍の動きを止めると同時に、マツリを誘い出す為の作戦であった。

  

 「コイツの相手はオレが!」


 その姿を捉えた瞬間、マツリは少年に飛び掛かっていた。

 二人の影が空中で交錯した刹那、マツリと少年は一瞬で姿を消した。

 両者が再び現れたのは、残された三人や帝国兵からはるか離れた平野の隅。


 「マツリちゃん!」


 「あちらには手出しできません、私達は残りの敵を!」


 加勢に向かおうとするリルカを片手で制し、ネローヌは帝国兵を見据える。

 あの少年が優性部隊であれば、自分達の加勢はかえってマツリの邪魔になる。

 それよりも、今は生き残った帝国兵を処理する方が先だ。


 「り、了解!」


 「敵、来ます」


 気合いを入れて武器を構え直したネローヌ達へ、帝国兵達が押し寄せていた。

 それぞれの戦いが、今まさに始まろうとしていた。

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