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巡る幼女

 ネローヌの案内で、四人はエルフィンクの街を回っていく。

 魔杖を扱う魔導具店や、巨大なハープが目を引く楽器店、儀式に使う薬品を集めた怪しげな店など、エルフの街らしい商店ばかり。

 その中でネローヌは、店の者や通り掛かった住人と常に談笑していた。

 「つ、疲れた……」


 全ての店を回り終え、マツリはふらつきながら沿道のベンチに腰を下ろす。


 「珍しいですね、マツリちゃんが弱音を吐くなんて」


 「ずっと猫被ってりゃ誰だって疲弊するっての」


 「見事な演技でした」


 「褒められても嬉しくねぇ」


 ネローヌの要請によって、マツリは普通の少女めいた演技に悪戦苦闘していた。

 慣れないですます口調を必死で使い、ときには可愛らしい演技までこなしていた。

 成果はそれなりにあったようで、行く先々でマツリは好意的な反応を受けていた。

 それを見ていたネローヌの表情が怪しいものになっていたのは、他の誰も気づいていなかったが。


 「ごめんなさいマツリさん、その……普段のマツリさんは少し衝撃が強過ぎるので……」


 「まあ、自分が変なのは自覚してるけどな」


 様々な人種が共存するこの世界においても、マツリのような少女はそういないだろう。

 見た目と中身にこれ程差がある人間もかなり珍しい。

 それが分かっているからこそ、マツリはネローヌの頼みを断らなかったのだ。


 「最後に、寄りたい場所があるんです」


 数分の休憩を終え、ネローヌが何処か申し訳なさそうに告げる。


 「ここまで来たら、一蓮托生だろ?」


 最早開き直ったマツリは、あっけらかんとした笑みを浮かべていた。


                        ※


 人気の少ない細い路地を幾つか曲り、街外れの寂れた地域を暫く歩いて、その場所にようやく辿り着いた。 

 目立った建物は無く、苔むした地面が広がる中に巨大な石板が立っている。

 高さ幅ともに相当な大きさを持った石板には、エルフ族に伝わる古代文字で何事かが刻まれていた。


 「ここは……」


 一歩足を踏み入れた瞬間、グロイスは大きく目を見開いた。

 事前に何も知らずとも、死者と縁深い冥族には感じ入るものがあったらしい。


 「もしかして……墓地。か?」


 躊躇いがちなマツリの問いに、リルカは何かを湛えるような表情で頷く。

 リルカにとっても、ここは特別な場所だった。


 「お父様、お母様、お久しぶりです。今日は、私の友人達を連れて参りました」


 石板の前でしゃがみ込んだネローヌは、片手を触れながら、穏やかな口調で語り掛ける。


 「帝国との戦いで、沢山の人が死んじゃってね」


 「墓石も墓地も、足りなくなってしまったんです」


 連日続く戦闘は苛烈を極め、落ち着いて埋葬など出来る状況ではなかった。

 そもそも、まともな形で遺体が残ること自体珍しかったという。


 この石板は、帝国との戦いで死んでいった者達への祈りを捧げる為に建立されたもの。

 それは決して、過去の話だけではない。


 「もし私が命を落とせば、同様にここへ祀られるでしょう」


 祈りを捧げるように、ネローヌは巨大な墓石を見上げる。

 その顔は、今にも張り裂けそうな決意に満ちていた。


 「じゃあ、オレも付き合ってやるよ」


 「マツリさん……!?」


 「ここじゃ根無し草の身だからな、まともな墓にありつけるだけでありがてぇ」


 頭を掻きながら、ぶっきらぼうに告げるマツリ。

 雲の隙間から差し込む夕日に照らされて、その頬は赤く染まっている。


 「私も、私も一緒に入る!」


 「でしたら、自分も一緒に……」


 そんなマツリに釣られたのか、二人も後へ続く。

 

 「みんな、可笑しいですよ。まるで自分から死にたがってるみたい」


 いつの間にかネローヌは、瞳を潤ませながら笑っていた。

 笑いあう四人の顔を、橙色の陽光が照らしていた。


                             ※


 墓参りを終えたマツリ達が戻って来た頃、既に日はすっかり傾いていた。

 ネローヌが持つ杖に灯る僅かな明かりを頼りに、四人は街を進んでいく。


 「こんな場所に泊まっていいの!?」


 束の間歩いて辿り着いたのは、煉瓦造りの家々が目立つ住宅街。

 今日の宿だと案内された建物を見て、リルカから驚きの声が上がる。

 高い塀に囲まれたその邸宅は、横幅だけで周辺の家の数倍もあり。曲面の目立つ風雅な外観は、判で押したような他の家と一線を画している。

 文句なしの大豪邸を、リルカは瞳を見開きつつ眺めていた。


 「泊まるも何も、ここは我がドルスヴェイン家の別荘ですよ」


 「うっへぇ、流石お嬢様」


 肩をすくめるマツリや呆けたままのリルカを置いて、ネローヌは門を開け屋内へと入っていく。

 古びた扉の前でネローヌが何事か呪文を唱えると、扉は自然に開いていた。


 「中は結構……寂れてるな」


 室内に入ったマツリは、思わず顔をしかめていた。

 古い木材の湿気た匂いに包まれた室内にはあちこちに埃が積もっており、長い間放置されていたことが伺える。 

 色褪せた年季のある家具達を、ネローヌは感慨深げに見つめていた。


 「もう、マツリちゃん」


 「いいのです、ここには暫く来れませんでしたから」


 窘めるリルカをやんわり静止して、ネローヌは奥へと進んでいく。


 「まずは、軽く掃除と行きましょう」


 部屋の奥から取り出した箒や雑巾を、ネローヌはてきぱきとマツリ達に配っていく。


 「オレ達がすんのかよ!?」


 「まあ、他にはいないよね……」


 「清掃任務、了解しました」


 三者三様の反応を見せつつ、マツリ達は別荘の掃除に取り掛かる。

 ネローヌが箪笥から調達した前掛けを着用し、四人は十年近く積もりに積もった汚れと格闘していく。

 どうにか掃除が終わったのは、ゆうに一時間は経った頃だった。


 「やっと終わったぁ~」


 リルカはだらしなく床に倒れ込む。

 流石にそこまではしなかったが、他の三人もそれなりに疲れているようだった。


 「では、夕食にしましょう」


 緩んだ空気を切り替えるように、ネローヌはぱん、と手を打つ。


 「丁度良い、こき使われて腹が減ってたんだ」


 食事と聞いて、マツリは目の色を変える。

 今日は簡易的な朝食を取っただけで、まともな食べ物にありつけていなかった。


 「ちょっと待ってください、食材はどこから?」


 そこで、当然の疑問が浮かべたグレイスが怪訝そうに首を傾げた。

 長く放置されていたこの家に、まともな食材が残っているとは思えない。

 店で調達しようにも、ここからでは数十分掛かるはずだ。


 「心配いりません、実は――」


 その疑問に。ネローヌが明るく返答しようとしたとき。


 「何だ、何の騒ぎだ?」


 マツリ達の耳に、群衆のがやがやとした話し声が聞こえ始めた。

 それは通りすがりなどでは無く、明らかに家のすぐ近くから響いてくる。


 「どうやら、あちらの準備も済んだようですね」


 その声達を聴き、ネローヌはおもむろんい前掛けを脱ぎ捨てると、急ぎ足で屋外へと向かった。


 「皆さま、よくぞ集まって下さいました」


 扉を開けるのとほぼ同時に、ネローヌは群衆へ呼び掛ける。

 家の外には、広い庭を埋め尽くさんばかりのエルフ族が集まっていた。


 「うわぁ、凄い人気」


 集まったエルフの人々は、その殆どがネローヌへ羨望と信頼の眼差しを向けている。

 群衆の中には、昼間マツリ達が出会った人達もいた。


 「まずは、未だドルスヴェインを慕って下さる皆様に感謝を」


 ネローヌの掲げた杖が輝き、空に眩い光の球が幾つも浮かんでいく。

 様々な色に彩られた球達は星のように瞬きながら、空に絢爛な模様を描いていた。


 「綺麗……です」


 鮮やかな光の芸術を前に、グレイスは子供のように目を輝かせていた。

 

 「新しい仲間達を得て、私は更に強くなりました。アレアス・ドルスヴェインの娘、ネローヌ・ドルスヴェインは今ここに宣言します。必ずや帝国を討ち果たし、再びこの都に繁栄をもたらさんことを!」


 ネローヌの演説を受け、群衆達から一斉に歓声が上がる。

 その後、ネローヌ邸は即席の立食パーティ会場に変わっていた。


 「成程、心配しなくていいというのは……」


 集まった群衆は、それぞれが持ち寄った食材で思い思いに食事を楽しんでいる。

 いつの間に呼んだのか、厨房には数人の料理人が集まり、忙しそうに腕を振るっていた。

 先程家中の掃除を行ったのは、彼らを招くため。


 「マツリさん、美味しいですか?」


 「まあ、それなりにな」


 そっけない言葉の割に、マツリは凄まじい勢いで料理を掻き込んでいる。

 味気ない兵舎の食堂に慣れていたマツリにとって、ここの料理は久方ぶりに前の世界を思い出す味だった。

 

 「本当は、もっと静かな夜の筈だったんですけどね」


 ネローヌが事前に立てた計画では、マツリと二人で過ごす予定だった。

 マツリには話していないが、最高級の宿に部屋を取っていたのに。


 「どうせなら、楽しいものにしようと思いまして」


 予定外の乱入者に、ネローヌは少しだけ計画を変更した。 

 どうせ騒がしい食事になるのなら、いっそ四人だけでなく街の皆も招こうと。

 街を回っているときに、それとなく皆を誘っていた。

 これ程の人数が集まるのは、ネローヌにとっても予想外だったが。


 「確かに、みんな楽しそうだよね」


 賑やかに談笑する群衆たちを見て、リルカの顔にも笑顔が浮かぶ。


 「この笑顔を守る為に、私は戦っているのです」


 自らが護るべき民衆達の姿を前に、ネローヌは新たな決意を固める。


 「生憎、オレにそんなお題目はねぇ」


 マツリにとって、戦う理由は一つだ。

 帝国を倒し、失ったものを取り戻す。

 ネローヌのように、名も知らぬ他者の幸福を願う気持ちなど持ち合わせていない。


 「マツリさん」


 「でもまあ……手伝うくらいは、な」


 しかし、寄り道くらいは出来る。

 帝国を倒す邪魔にならないのなら、考えてやってもいいだろう。


 「もぅ、素直じゃないんだから」


 「るっせぇ」


 楽しげに頬をつつくリルカと、顔を紅くしてそっぽを向くマツリ。

 そんな微笑ましい様子を、ネローヌの優しげな視線が見つめていた。

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