着替える幼女
模擬戦終了のあくる日、三人は第二作戦室に集められていた。
「先日の模擬戦、素晴らしい戦果でした」
机を挟んで立ったネローヌは三人へ向け、模擬戦の結果を報告していた。
「特にマツリさん、貴女の働きは特筆に値します」
四人の中で最も撃破数が多く、あの凄まじい攻撃は誰の目にも強烈な印象を残していた。
部隊設立に半信半疑だった少数の幹部も、あれを前にしては口をつぐむことしか出来なかったようだ。
「まあ、当然だな」
褒められて悪い気はせず、マツリは堂々と胸を張る。
「しかし、あれは過剰です」
「えっ?」
マツリが放った土と岩の濁流に呑み込まれた兵士達。
彼らはその殆どが大小さまざまな怪我を負い、暫く床から起き上がれない者までいるという。
後遺症が残るような負傷で無かった事は幸いだが、それでも落ち目の解放軍にとっては痛手だ、
「死者こそ出なかったから良いものの、一歩間違えば大惨事だったんですよ」
「まあ、やり過ぎと言えばそうかもしれないけどさ」
「それに、最後の一撃」
「あー……」
マツリの脳裏には、旗を突き破って飛んでいった士官の顔が浮かぶ。
「投降しかけた所を襲われて、あの方は大層お怒りだそうです」
「わ、悪かったよ」
やり過ぎたと思わないでもなく、マツリは不承不承ながらも頭を下げる。
「罰として――」
ネローヌがマツリへ課した罰、それは……
※
それから数日後の朝、ネローヌの自室には、珍しく意気消沈したマツリの姿があった。
「マツリさん、分かっていますね」
「大丈夫、大人しくしてるって」
厳しい口調で言い含められ、マツリは渋々頷く。
臆面も無く溜息を付くマツリとは対照的に、ネローヌは上機嫌であった。
懲罰と言う名目で、マツリと二人きりの時間を作り出せたのだから。
先日の件で多少は仲良くなれたものの、ネローヌからすればまだまだ物足りない。
普段一緒にいるリルカがいない今は、一気に親しくなる好機である。
表向きの理由としては、物資調達と視察に赴くネローヌの補助。
しかしその実態は、単なる買い物の荷物持ちである。
絶好の機会を前に、ネローヌは朝から晩まで一緒に過ごすつもりであった。
楽しみ過ぎて、昨夜はなかなか寝付けなかった程だ。
今にも踊り出しそうな浮かれ気分でネローヌが準備を進めていたとき。
「まってー!」
部屋の外から、騒々しい呼び声が響いた。
その声は、二人にとって聞き覚えのあるもので。
「あいつ、何で」
マツリが思わず扉を開けると、息を切らしながら駆け寄ってくるリルカと、背後から静かに追走するグロイスの姿が見えた。
「お待たせ、マツリちゃん、ネローヌちゃん!」
「グロイス・ツォレイン、只今到着致しました」
いそいそと入室し、二人は肩で息をしながらネローヌ達へ敬礼する。
グロイスはいつもの軍服姿だが、リルカはしっかり外行きの格好に身を包んでいる。
「貴女達、どうして」
想定外の事態に、ネローヌは珍しく動揺を見せる。
「マツリちゃんがあんなことをしちゃったのは、教育係である私にも責任があります! だから、私も罰を受けることにしました」
リルカの無邪気な微笑みに、言葉以上の含みは感じられない。
ネローヌの思惑とは関係なく、本当にマツリが心配なだけで着いてきたのだろう。
「リルカさんはともかく、何故貴女まで?」
しかし、グロイスまで同行したのは解せない。
無駄を嫌う性格から考えて、わざわざ休日に出掛ける理由が無い筈だが。
「マツリ殿から、借りを返せと言われましたので」
「無駄に真面目な奴だな……」
グレイスは、マツリに助けられた恩を返しに来ていた。
あのときマツリは半分冗談で言っていたのだが、グロイスはそう受け取らなかったようだ。
「ご迷惑でしたか?」
「いや、荷物持ちが増えるのは歓迎だ」
マツリの苦笑いを受け、無表情を崩さなかったグロイスの鉄面皮が少しだけ和らぐ。
「もしや、グロイスさんも……?」
僅かな変化を目ざとく見つけたネローヌが、誰にも聞こえぬように呟く。
グロイスを部隊に加えたのには、戦闘力以外にも理由があった。
任務意外に全く興味を見せないグロイスならば、自分とマツリの障害にならないだろうと。
だが――
「マツリ殿があんな行動を取ったのには、自分にも原因の一端があります。マツリ殿が罰を受けるのなら、自分も同罪です」
「……仕方ありませんわね」
懲罰という理由を付けてしまった手前、ここで無下に断るのは不自然だろう。
二人が増えたとて、今日は最初から最後まで完璧な計画が練られているのだ、何ら問題は無い。。
「ではまず」
気持ちを切り替え、ネローヌはぱん、と手を叩く。
「もう行くのか?」
「いえ、まず行うのは」
「のは?」
きょとんとした顔を向けるリルカへ答える代りに、ネローヌは大仰な動作でクローゼットを開け放った。
箪笥の中には、絢爛な衣装が所狭しと並べられている。
「着替えです」
色とりどりの装束を背に、ネローヌは楽しげに笑みを浮かべていた。
※
喧喧囂囂の着替えが始まって十数分後、マツリは一人鏡の前で立ち尽くしていた。
「……何でこんなことに」
無造作に伸ばされていた黒髪はきちんと整えられ、小さな紅いリボンが飾られている。
純白のドレスを身に纏い、足元に至るまで優美に飾られた姿。
予めネローヌが用意していたドレスや下着は、あつらえたかのようにサイズまでもぴったりだった。
今のマツリは、どう見てもただの可憐な美少女だ。
「マツリちゃん、可愛い!」
「綺麗、です」
「ええ、物凄くお似合いですよ」
マツリを取り囲んだ三人から、口々に賞賛の言葉が出る。
それは誇張でも何でもなく、黙っていればどこかの国のお姫様でも通用しそうな見た目である。
三人もそれぞれ瀟洒な衣装に身を包んでいるが、マツリを前にしては霞んでしまうだろう。
「だぁぁっ! こんなフリフリしたもん着てられっかぁ!」
「大人しくしているのでは?」
「ぐぅっ……」
耐えきれずにドレスを勢いよく脱ぎ捨てようとするマツリだが、ネローヌの一言で静止させられてしまう。
最初に約束した手前、完全に逃げ場を失っていた。
「大体、買い物に行くだけにこんなもんは必要ねぇだろ!」
「いえ、これから私達が赴くのは、由緒正しきエルフの都。当然それなりの礼儀が必要ですわ」
「あそこに行くんだ、久しぶりだねー」
「噂に聞く古都、興味があります」
マツリの頭上を飛び越えて、三人エルフの都へ意識を飛ばす。
「面倒くせぇ……」
ただの買い物ではない気配を感じ取り、マツリは一人うんざりした顔を浮かべていた。
※
着替え終わってから少し後、兵舎脇の小道で。
楽しげに会話する三人の後から、覚束ない足取りでマツリは後を追う。
長いスカートやヒールの高い靴を無理矢理着用させられ、歩きにくくて仕様が無いのだ。
「ったく、何であいつらは何ともないんだ」
と、三人の足が突如止まった。
そこは、兵舎裏手の何もない空き地。
「何やってんだ?」
疑問符を浮かべるマツリの前で、ネローヌは天高く杖を掲げた、
その刹那、大地の色が変わった。
「これは……」
地面を一面翠に染めたのは、ネローヌが展開した魔方陣。
半径数m程だろうか、描かれた複雑な文様は、光りながら常に形を変えている。
「転移の陣です、私の体に掴まって下さい」
言われるがままに、、三人はネローヌの体へしがみ付く。
瞬間、ネローヌの足元で、魔方陣が煌びやかに輝く。
内臓を揺らす浮遊感の後、周囲の風景は一瞬で変化していた。
「ここが、エルフの都……」
マツリ達が飛んできたのは、大きな噴水が設置された広場のような場所。
丁度高台に位置する場所のようで、見下ろせば街の様子が一望できた。
しかし、マツリの目に映った街の景色は、予想とは随分かけ離れたものだった。
あちこちに廃墟の残骸が討ち捨てられており、残っている建物も老朽化が激しい。
マツリの目には、滅びかけた街をどうにか維持しているようにしか見えなかった。
「どうかなされましたか?」
怪訝そうな顔を浮かべていたマツリへ、ネローヌが問い掛ける。
「都って割には、案外寂れてるんだな」
「ちょっと、マツリちゃん!」
あまりに正直過ぎる感想に、リルカは慌てて口を塞ぐ。
「いえ、良いのです」
壊れかけた街に視線を向け、ネローヌは静かに呟く。
「これが、現在私達の置かれている状況なのですから」
ゆっくりと街を見渡すその瞳には、哀みと憂いの色が浮かんでいた。
「私達が子供の頃は、もう少し栄えてたんだけどね」
嘆息しながら街を見遣りつつ、リルカはどこか悲しげに呟く。
「知っていられるのですか?」
「うん、私も昔はここに住んでたんだ」
「確かネローヌと幼馴染なんだっけな、未だに信じられないけど」
いかにも上流階級然としたネローヌと、随分あけすけなリルカが旧友だったとは。
何度想像しようとしても、マツリの脳内では上手く像が浮かばなかった。
「一言余計だよ!」
どこか気の抜けたやり取りが終わった後、一つ咳払いをしてからネローヌは語り出した。
「長きに渡る帝国の圧政によって、我々はじわじわと追い詰められていきました。それに耐えかね放棄した解放軍を待っていたのは、帝国軍による容赦の無い殺戮と蹂躙でした。必死の攻勢によってどうにか取り戻したこの街は、既に破壊し尽された後」
初期に解放軍の本拠地が置かれたこともあり、この街は真っ先に帝国軍の標的となった。
容赦ない苛烈な攻撃が連日繰り返され、その中でネローヌは両親を失うことになる。
「でもね、一旦は逃げ出した街の人達が、また少しづつ戻ってくれてるんだって」
そう言われてみれば、今はまだ残骸ばかりが目に付くものの、おぼろげながら真新しい建物も見え隠れしている。
「私達がここを訪れるのは、そういった方達を励ます意図もあります」
華々しく登場した新部隊の顔として、ネローヌの知名度は高まっていた。
エルフの希望であるネローヌがじきじきに訪れれば、復興に立ち向かう人々の士気も上がる。
ネローヌとて、単にマツリと一緒に居たいだけで今回の件を考案した訳ではない……はず。
「成程な、流石ネローヌだ」
「いえ、そんな……」
マツリの真っ直ぐな称賛の言葉をぶつけられ、ネローヌは頬を赤くして俯く。
珍しいネローヌの狼狽えた様子を見て、リルカは首を傾げていた。
「そ、それでは、行きましょうか」
はっと我に返ったネローヌは、目を瞬かせた後歩き出す。
向かう先は、未だ苦境の只中にあるエルフの都。




