第8話 元聖女、魔術師の意地を知る
「……あら?」
グロリアの得意げな笑顔が引っ込んだ。
風化した獣たちの残骸を越え、切り株の向こうから新たな影が近づいてくる。白骨化したダイアウルフに続き、掘り返された土の山の陰からも人影が現れた。
泥にまみれた衣服、だらりと垂れた片腕。人型のアンデッドまで混じっている。その後ろにも数体が続き、足を引きずりながら二人へ向かっていた。
「おや、まだ残っているでござるな!」
エストは左手の松明を掲げ、右手のレイピアを構え直した。
「そうねぇ……。思ったより散らばってたみたい」
グロリアは片手を上げ、今にも飛び出しそうなエストを制する。
「ちょっと待って……少し休ませて……」
膝に手をつき、深く息を吐いた。
先ほどの神聖魔法でアンデッドウルフの群れを一掃したものの、残った連中まで相手にするには、少々骨が折れそうだった。
エストはグロリアの前方へ移動し、近づいてくるアンデッドたちに剣先を向ける。
「ところでグロリア殿。アンデッドを倒すコツというものはあるのでござるか? 先ほどは急所を貫いても立ち上がってきたでござろう」
「コツぅ?」
グロリアは顔を上げ、エストの手にある細いレイピアを眺めた。
「物理的に倒すなら、鈍器で粉々に砕くほうが安全ね。骨だけの奴なんか特にそうよ。頭を潰したところで動く場合もあるんだから」
「ふむふむ」
「それか魔法で焼き尽くすとか。そっちのほうが手っ取り早いわね。あんた、魔法使わないの?」
「封印してるでござる!」
「なんでやねん」
あまりにも迷いのない返事に、グロリアの顔が引きつった。
エストは胸を張り、包帯に覆われた顔を彼女へ向ける。
「いざというときに魔法に頼ってしまっては、剣の修行にならぬでござるからな!」
「……いや、だからって封印する必要ある?」
「あるでござる! 逃げ道があっては、つい頼りたくなってしまうものでござろう!」
「……ああ、そう」
グロリアはそれ以上言い返さず、エストを見上げたまま口を閉じた。
その間にも、アンデッドたちは着実に距離を詰めている。
人型の一体が掘り返された土の山を越えようとして足を滑らせ、斜面をずるずると滑り落ちた。倒れた身体をぎこちなく起こすと、再び二人へ向かってくる。
「ほかに方法はござらぬか? できれば、このレイピアで対処したいのでござるが」
「……そこまでして剣にこだわるのねぇ」
グロリアは近づいてくるアンデッドを眺め、少し考えてから口を開いた。
「まあ、ないこともないわよ。アンデッドを動かしてる瘴気の核を壊すの。そこを破壊すれば、身体が残ってても動けなくなるわ」
「なるほど! その核を突けばよいのでござるな!」
「そういうこと。ただ、普通は見えないし、見つけるのも難しいのよ。だから、おとなしく鈍器でも――」
「ふむ……」
エストは正面から近づいてくる人型のアンデッドを見据えていた。
泥に汚れた衣服の下から、肋骨が覗いている。しばらくその姿を眺めていたエストは、やがてレイピアの切っ先をわずかに下げた。
「……エストくん?」
「なるほど。そういうことでござるか」
次の瞬間、エストが地面を蹴った。
人型のアンデッドが両腕を伸ばす。その腕が届くより早く、エストは身体を沈めて懐へ入り、胸の裂け目へレイピアを突き込んだ。
細い刃が肋骨の間を通り、身体の奥を貫く。
アンデッドの動きが止まった。
伸ばしかけた腕が力なく垂れ、膝から崩れ落ちる。地面に倒れた身体には細かな亀裂が走り、腐肉も骨も乾いた灰のように崩れていった。
「……え?」
グロリアが目を丸くする。
エストは風化していくアンデッドを見下ろし、レイピアを引き戻した。
「ふむ。これでござるか」
「ちょ、ちょっと、あんた今……」
グロリアが言い終える前に、白骨化したダイアウルフがエストへ近づいてきた。
骨の隙間を風が吹き抜け、顎を開閉しながらぎこちなく歩いてくる。
エストは一度その姿を見ただけで、再び地面を蹴った。
頭蓋骨へ向かうかに見えた切っ先が、途中でわずかに軌道を変える。肋骨の間をすり抜けた刃が、背骨の脇を深く貫いた。
白骨の獣はその場で崩れ、細かな骨片となって地面へ散らばる。
「おお、やはり!」
エストの声が弾んだ。
続いて別のアンデッドへ向かう。
今度は頭部も心臓も狙わない。腐った獣の腹部を突いたかと思えば、次の白骨には肩口から刃を差し込む。
急所とは思えない場所を貫かれたアンデッドたちが、次々と崩れていった。
左手の松明が動くたびに影が揺れ、銀色の切っ先が暗がりに閃く。エストは迫る腕や牙をかわしながら、相手ごとに異なる場所へ迷いなく刺突を繰り出していた。
最後に残った人型のアンデッドが、両腕を伸ばして襲いかかる。
エストはその腕をかわして横へ踏み込み、脇腹からレイピアを突き入れた。
アンデッドは腕を伸ばした姿勢のまま硬直し、やがて膝から崩れ落ちる。風化した肉と骨が地面に散らばる頃には、周囲で動くものはなくなっていた。
エストはレイピアを引き抜き、グロリアへ振り返る。
「できたでござる!」
松明の明かりの中、包帯だらけの剣士が誇らしげに胸を張った。
グロリアは口を半開きにしたまま、しばらくエストを見つめている。
「……あんた、瘴気の核が見えるの?」
「見えるというより、そこにあると分かるのでござるよ!」
「……それ、普通はできないんだけど」
「そうなのでござるか?」
エストは不思議そうに包帯だらけの顔を傾けた。
「ともあれ、これならばレイピアでもアンデッドを倒せるでござる! よい修練になった!」
グロリアは何か言いかけて口を閉じると、額に手を当てて深いため息をついた。




