第7話 元聖女、亡骸を祓う
松明の明かりが、開墾途中の荒れた土地を照らしている。
伐採された木々の切り株があちこちに残り、掘り返された土の脇には、取り除かれた岩や石が無造作に積み上げられていた。荷車の轍は途中で途切れ、その先には切り落とされた枝が散乱している。
人の手が入っていることは確かだが、農地と呼ぶにはまだ程遠い有様だった。
「うへぇ、臭いわねぇ……」
グロリアは顔をしかめ、鼻先を手で覆った。
湿った土の匂いに混じって、腐った肉の臭気が漂ってくる。風が吹くたびにその臭いは強まり、暗がりのどこかからは、何かが地面を擦るような音も聞こえていた。
隣を歩いていたエストが足を止め、腰のレイピアを抜く。
「さて、どうするでござる?」
左手に松明、右手にレイピアを構え、エストは周囲の暗がりへ身体を向けた。包帯に覆われた顔から表情を読み取ることはできないが、その剣先は揺らぐことなく、闇の奥へ向けられている。
「そうねぇ。とりあえず、この辺りのアンデッドを片づけましょうか。そのあと何箇所か浄化すれば終わりかしらね」
グロリアは松明を地面に置き、煙草に火をつけると、法衣の胸元から金色のロザリオを取り出した。
そのとき、エストが構える先で草が揺れた。
何かが土を引きずるような音に続き、低く濁った唸り声が響いてくる。
松明の明かりの中へ、ゆっくりと一匹の獣が姿を現した。
大型犬ほどの身体には腐肉がこびりつき、片側の頬は崩れ落ちて歯がむき出しになっている。片方の前脚を引きずりながら、二人へ近づいてきた。
その後ろからも、同じような獣たちが次々と現れる。
「ダイアウルフねぇ」
グロリアが煙を吐き出す。
周辺の森に生息する魔物だが、目の前にいる連中に生前の俊敏さはない。腐りかけた四肢をぎこちなく動かし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
腹を裂かれたもの、身体の一部が白骨化したもの、肉が落ちて完全に骨だけになったもの。討伐後に解体されたらしく、脚や胴の一部を欠いた個体も混じっていた。
「なかなかの数でござるな」
エストがレイピアの切っ先をわずかに持ち上げる。
「そうね。じゃあ、頑張れエストくん!」
「承知したでござる!」
エストが地面を蹴った。
左手の松明が大きく揺れ、先頭の一体が頭を持ち上げるより早く、レイピアの切っ先がその額を貫く。
引き抜いた刃は間髪入れず隣の獣へ向かい、胸部を深々と突き刺した。
別の一体が腐敗した前脚を振り上げる。しかし、その爪が振り下ろされる頃には、エストの姿はすでにそこにはない。
松明の炎が群れの中を駆け抜け、銀色の切っ先が次々と閃く。
頭部を貫かれた獣が崩れ落ち、その背後にいた個体も胸を突き抜かれて倒れた。骨だけの獣が大きく口を開くものの、牙を届かせる暇もなく、頭蓋骨に鋭い一撃を受ける。
エストの足は止まらない。
緩慢な動きの獣たちは満足に反撃することもできず、折り重なるように地面へ倒れていった。
最後の一体を突き倒すと、エストは群れの向こうで足を止める。
「どんなもんでござるか!」
得意げにグロリアへ振り返るその背後には、地面に倒れ伏したアンデッドウルフたち。
「う~ん、すごい」
グロリアは素直に感心した様子で、エストと倒れた獣たちを見比べた。
そのとき、地面から乾いた音が響く。
額を貫かれた一体が、ゆっくりと頭を持ち上げていた。
開いた穴から腐肉が垂れ下がり、折れ曲がった前脚が土を掻く。やがて獣は身体を起こし、再び歩き始めた。
別の一体も骨を鳴らしながら立ち上がる。胸部を深く貫かれた個体まで、何事もなかったように動き出していた。
「なんと!」
エストが驚きの声を上げる。
「これだからアンデッドって厄介なのよねぇ」
グロリアは煙草を地面に落として踏み消すと、エストへ笑いかけた。
「というわけだから、お姉さんに任せなさい」
金色のロザリオを胸元に抱き、そのまま静かに目を閉じる。
アンデッドウルフたちは、じりじりと彼女へ距離を詰めてきた。
腐敗した前脚が土を踏み、剥き出しの骨が擦れ合う。先頭の一体が頭を持ち上げ、歯をむき出しにしても、グロリアは目を開かない。
エストはレイピアを構え直し、近づいてくる獣たちを警戒していた。
やがて、グロリアの唇が静かに動く。
「女神ティアよ――」
胸元に抱いていたロザリオを、頭上へ掲げた。
その瞬間、グロリアの身体が金色の光に包まれる。
柔らかな輝きが彼女の輪郭を覆い、瞬く間に強さを増していった。光はグロリアを中心に球状に広がり、周囲の地面や切り株を次々と照らし出す。
光に触れたアンデッドウルフが動きを止めた。
腐肉の表面に細かな亀裂が走り、乾いた土のように崩れ落ちていく。露出した骨も次々と砕け、細かな欠片となって風に舞う。
身体を起こしかけていた一体がそのまま崩れ、その後ろの白骨の獣も、足元からぼろぼろと風化していった。
金色の光が広がるにつれ、アンデッドウルフたちは次々と姿を失っていく。
エストがレイピアで幾度も突き倒した獣たちは、今度こそ立ち上がることなく、土と灰の中へ消えていった。
やがて輝きが薄れ、開拓地に夜の暗さが戻る。
先ほどまで獣たちが蠢いていた場所には、崩れた骨の欠片と、乾いた灰のようなものが散らばるばかり。
グロリアは掲げていたロザリオを下ろし、いつもの得意げな笑顔を浮かべた。
「ざっとこんなものよ」
片目をつむってみせるその顔には、いつもの得意げな笑みが浮かんでいた。




