第5話 元聖女、仕事を選べない
「さて、それじゃあ仕事を選びましょうか!」
依頼掲示板の前で、グロリアが威勢よく声を上げた。
先ほどまで金欠を嘆いていたとは思えないほど晴れやかな表情だったが、肝心の依頼書にはまだ一枚も手をつけていない。
隣には包帯だらけのエストが立ち、受付カウンターから出てきたルルティアが、二人の前に数枚の依頼書を並べていた。
「できれば今日中にお金になる仕事がいいのよねぇ。報酬が高くて、すぐ終わるやつ」
「拙者は剣の修練にもなる依頼であれば、なおありがたいでござる!」
「……お二人とも、まずは内容を確認してくださいね」
ルルティアが掲示板へ向き直る間、グロリアは隣のエストを眺めていた。
少年は先ほどから負傷した腕をかばい、身体の向きを変えるときも慎重だった。包帯には新しい血の跡があり、少し動かすだけでも痛むらしい。
「そういえばエストくん、そんなに治療費がかさんでるなら、私が治してあげようか? これでも元聖女よ?」
「む? グロリア殿が、でござるか?」
「そ。ちょちょいと治してあげるわよぉ。もちろん、お金なんて取らないから」
エストは驚いたようにグロリアを見たが、すぐに深々と頭を下げた。
「お気遣い、かたじけない! されど、この傷は拙者が望んで挑んだ勝負で負ったもの。治療まで他人任せでは、拙者の気が済まぬのでござる!」
「……変なところで頑固ねぇ。まあ、あんたがそれでいいなら、無理には治さないけど」
「そのお気持ちだけ、ありがたく頂戴するでござる!」
グロリアは呆れながらも、それ以上は勧めなかった。
「それでしたら、なおさらお仕事を頑張らないといけませんね」
ルルティアは二人の話が落ち着いたところで、手にしていた依頼書を差し出した。
「まず、こちらの商隊護衛はいかがでしょう? 報酬も悪くありませんし、道中の危険も比較的少ないそうですよ」
「あら、いいじゃない。何日くらいかかるの?」
「往復で五日ほどですね」
「五日!? そんなに拘束されるの? ちょっと長すぎない?」
「拙者も五日は困るでござるな。その間、マルガレータ殿に挑めぬでござる!」
二人揃って難色を示され、ルルティアは依頼書を掲示板へ戻した。
「では、こちらの魔物討伐はいかがでしょう。近郊で確認された魔物の討伐です。日帰りも可能ですよ」
「魔物討伐ねぇ。危なくない?」
「討伐対象はそれほど強力な魔物ではありませんので、お二人なら問題ないと思いますよ」
「う~ん。でも、怪我したら嫌だしなぁ」
「拙者も遠慮しておくでござる。相手が弱すぎては、剣の修練にならぬゆえ!」
「……エストくん、あんた治療費を稼ぎに来たんでしょう? 弱い相手なら怪我もしなくて、ちょうどいいじゃない」
「それでは修練にならぬでござる!」
グロリアは呆れた顔で少年を見つめた。
「……あんたも大概よねぇ」
ルルティアは二人の返事を聞くと、何も言わずに依頼書を掲示板へ戻した。
次に彼女が取り出したのは、近郊で採れる薬草の採集依頼だった。
「こちらでしたら危険も少ないですし、日帰りできますよ。グロリアさんのご希望にも合うと思いますが」
「あら、薬草採集。いいじゃない」
グロリアは依頼書を受け取り、報酬額を確認した。
「……えぇ、これだけ? ちょっと安すぎない?」
「拙者も、これでは剣を振るう機会がなさそうでござるな!」
「…………」
ルルティアは依頼書を持ったまま、二人の顔を交互に見た。
「……お二人とも、お仕事を探していらっしゃるんですよね?」
「そうよ?」
「無論でござる!」
即答した二人に、ルルティアは少しだけ口元を引き締めた。
「それでしたら、もう少し条件を緩めていただけませんか? これではいつまでたっても決まりませんよ」
「だってぇ、どうせ働くなら条件のいいお仕事がいいじゃない」
「拙者も、せっかくなら剣の修練になる仕事を望むでござる!」
「……そうですか」
ルルティアはにこやかに答えたが、依頼書を掲示板へ戻す手つきは、先ほどより少しだけ強くなっていた。
グロリアはその様子に気づくと、慌てて別の依頼を探し始めた。
「あっ、ルルちゃん。これなんかどうかしら?」
彼女が指さしたのは、掲示板の端に貼られた一枚だった。
「『転移者の暴徒狩り』……ずいぶん物騒な依頼ねぇ」
「転移者が集まって、何か騒ぎを起こしているのでござるか?」
「はい。街の外で略奪行為を繰り返している集団がいるそうです。現地の被害も大きいようで、早急に対応してほしいとのことですね」
ルルティアが依頼書の内容を読み上げると、グロリアは渋い顔をした。
「転移者ねぇ。たまにいるのよね、こっちの世界に来た途端、何をしても許されると思い込む連中が」
「力を持つ者こそ、己を律するべきでござるのになぁ」
「もちろん、転移者の皆さんがそういう方ばかりではありませんよ」
「そりゃそうよ。うちにだっていたじゃない、転移者」
グロリアは依頼書から顔を上げると、掲示板の上に掲げられたギルド名へ目を向けた。
「そもそも、雲外蒼天って名前を考えたのも、あの人だったのよねぇ」
ギルド創設時に集まった五人のうち、一人は別世界からの転移者だった。その人物が故郷の言葉から選び、提案したのが現在のギルド名である。
「『雲の外には青空が広がっている』という意味でしたよね。素敵な言葉ですよねぇ」
「そうねぇ。名前だけなら、どこに出しても恥ずかしくない立派なギルドだわ」
「名前だけ、なんですか?」
「……そこは聞き流してよぉ」
ルルティアが小さく笑う横で、エストは掲示板の看板を見上げていた。
「拙者もよい名だと思うでござる! どれほど厚い雲に覆われようとも、その先には青空がある。実に前向きでござるな!」
「あんたにはぴったりの言葉かもしれないわねぇ」
グロリアはそう言って笑ったが、改めて依頼書へ目を落とすと、すぐに表情を曇らせた。
「でも、この依頼は少し遠いわね。報酬も悪くないけど、何日かかるか分からないし」
「そうですね。今すぐ収入が必要なお二人には、あまり向いていないかもしれません」
ルルティアは転移者の依頼書を掲示板へ戻し、残っていた依頼を確かめた。
何枚かめくったところで、その手が止まる。
「……あら、そうでした」
「なぁに? いいお仕事でもあった?」
「はい。元聖女のグロリアさんに、ぴったりのお仕事がありますよ」
「……なんか引っかかる言い方ねぇ」
ルルティアは穏やかな顔のまま、依頼書を二人へ差し出した。
「城壁の外にある農地予定地で、アンデッドが確認されたそうです。開墾作業が進められず困っているので、討伐してほしいとのことですね」
「アンデッドぉ? えぇ~、やだぁ」
グロリアは露骨に顔をしかめた。
「あいつら汚いし、臭いのよねぇ。服に臭いがついたら、なかなか取れないんだから。もうちょっとマシなのないの?」
「グロリアさん、先ほどからそればかりですよ」
「だって本当なんだものぉ。ルルちゃんも一度あの臭いを嗅いでみれば分かるわよ」
「遠慮しておきますね」
一方、エストは依頼書に興味を示していた。
「アンデッドでござるか! 拙者、まだ戦ったことがないのでござるよ!」
「……あんた、戦ったことないのにそんな嬉しそうにしてるの?」
「未知の相手と剣を交えるのも、また修練でござる!」
「……あんたはいいわよねぇ。そんなに包帯巻いてたら、多少汚れても分からないでしょうし」
「はっはっは! さすがに臭いまでは防げぬでござるよ!」
「笑ってる場合じゃないでしょうに……」
グロリアがぶつぶつ文句を続けていると、ルルティアが依頼書の報酬欄を指で示した。
「ちなみに、報酬はこちらになります」
ルルティアが指で示した欄には、金貨六枚と記されていた。
「……あら?」
グロリアの顔つきが変わった。
「結構いいじゃない。エストくんと半分こしても金貨三枚よ?」
「はい。開墾作業が止まっているので、早急に対応してほしいそうです。場所もそれほど遠くありませんよ」
「ふぅん……まあ、アンデッドなら私も対処できるしねぇ」
グロリアは改めて依頼書を手に取り、討伐と土地の浄化という依頼内容を確かめた。
「……仕方ないわね。これにしましょうか」
「拙者も賛成でござる! 腕が鳴るでござるな!」
二人の返事を聞いたルルティアは、ようやくほっとしたような顔をした。
「それでは、こちらの依頼でよろしいですね?」
「ええ、まあ……これならいいわよ」
「承知したでござる!」
「わかりました。それでは、依頼の受領手続きをしておきますので、お二人は現地へ向かってくださいね」
「……えっ?」
グロリアが顔を上げた。
「今から?」
「はい。ここからでしたら半日ほどで到着できるはずですし、ちょうど夜になりますね」
「いやいやいや! ちょっと待ってよ、ルルちゃん!」
グロリアは慌てて依頼書を指さした。
「夜って、アンデッドが元気になる時間でしょう!? 瘴気も濃くなるんだから、明日の朝からにしましょうよぉ!」
「でも、グロリアさんとエストさんなら大丈夫でしょう?」
ルルティアはごく当たり前のことのように答えた。
「うむ! 拙者に異存はござらん!」
「ちょっとエストくん! あんたは黙ってて!」
グロリアが抗議する横で、エストはすでに出発する気満々だった。腰のレイピアを確かめながら、嬉しそうに笑っている。
「だいたいねぇ、今日はもうお昼過ぎなのよ? せめて準備くらいさせてくれてもいいじゃない!」
「もちろん、必要な準備はしていただいて構いませんよ」
「じゃあ明日の朝に――」
「グロリアさん」
「……な、なによぉ」
ルルティアは依頼書を手にしたまま、穏やかな声で尋ねた。
「お金、欲しいんですよね?」
「…………はい」




