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元聖女のギルド経営録 ~借金まみれですが、腕利きの変人たちが揃っています~  作者: ヤソタケル


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第12話 元聖女、発明家と語らう

挿絵(By みてみん)

「いやぁ、みんな元気そうで何よりだねぇ」


 ギルド『雲外蒼天』の入口に立つ大男は、穏やかな笑みを浮かべていた。


 身長は二メートルほど。日に焼けた褐色の肌に、盛り上がった肩と分厚い胸板。袖のない黒い着流しから伸びる腕は丸太のように太く、その下には鍛え抜かれた筋肉が浮かんでいる。


 赤い髪は後頭部で一つにまとめられ、足元には草履を履いていた。着流しの裾には旅の汚れが残り、鋭い目つきも相まって、知らない者が見れば荒くれ者と勘違いしてもおかしくない風貌である。


「おかえりなさい、アパッチくん。ずいぶん久しぶりじゃない?」


 受付カウンターにもたれかかっていたグロリアが、片手を上げた。


「ああ、ただいま、グロリアさん」


「お疲れさまでした、アパッチさん。お怪我はありませんか?」


 書類を整理していたルルティアも顔を上げる。


「大丈夫だよ、ルルちゃん。討伐隊のみんなも無事だったしねぇ」


「それならよかったです」


「アパッチ殿! ご無事の帰還、何よりでござる!」


「アパッチくん、おかえり~!」


 エストとレネットも、大男のそばへ集まってきた。


「やあ、エストくん、レネットちゃん。二人とも相変わらずだねぇ」


 アパッチは包帯だらけのエストを見下ろし、少しだけ目を細めた。


「エストくんは……また派手にやられたみたいだねぇ」


「はっはっは! 今日も実りある修練だったでござる!」


「そうかい。それはよかったねぇ」


「よかったで済ませるのねぇ……」


 グロリアの呟きにも、アパッチは穏やかな笑みを崩さなかった。


「それで、魔物討伐の応援に行ってたんでしょう? ずいぶん長かったじゃない」


「ああ、ダイアウルフの群れだったんだけど、討伐はすぐに終わったんだよ」


「……だったら、今まで何してたのよ?」


「いやぁ、ちょいと夢中になってしまってねぇ」


 アパッチは担いでいた荷物を床へ下ろし、中から一本の杖を取り出した。


「今回の討伐でいい素材が手に入ったものだから、つい製作に熱が入ってしまってね」


「……ああ、そういうことねぇ」


 グロリアの目が、杖に向けられた。


 黒褐色の細長い杖だった。表面には白い骨を組み合わせた装飾が施され、先端には鋭く湾曲した爪がいくつも取り付けられている。その中央に収められた赤い魔力石が、室内の明かりを受けて鈍く光っていた。


「……また妙なものを作ったわねぇ」


「ははは。なかなかいい出来だと思うんだがねぇ」


「ほう! これは新しい魔道具でござるか!」


 エストが興味を示して近づくと、アパッチは杖を横に寝かせ、先端が見やすいように向きを変えた。


「ああ。ダイアウルフの爪と骨を加工して、魔力石と組み合わせてみたんだ」


「なるほど! 魔物の素材を魔術の媒体に利用したのでござるな!」


「そうなんだよ。それから魔力石にも、できるだけ限界までエンチャントを重ねてみてねぇ。いやぁ、これが思いのほか手間取ってしまったんだ」


 アパッチは太い指で魔力石の周囲を示した。


「爪と骨の組み合わせを変えるだけでも、魔力の伝わり方が違ってくるんだよ。今回は火炎魔法用に調整してみたんだが、うまくいけば既存の火炎魔法よりも威力が出ると思うんだ」


「おおっ! それは実に興味深いでござる!」


 エストの隣から、レネットも杖を覗き込む。大きな魔女帽子のつばがエストの肩に触れた。


「ねえねえ、アパッチくん。どんな火が出るの~?」


「いやぁ、それは撃ってみてのお楽しみだねぇ」


「……ちょっと待って」


 グロリアがカウンターから身体を起こした。


「アパッチくん、まさかと思うけど……まだ試してないの?」


「うん。昨日ようやく完成したところだからねぇ」


「……先に試しなさいよ」


「いやぁ、だからこれから試そうと思ってね」


「そうじゃないのよ! 実戦で使う前に、安全なところで試射するとか、魔力石が壊れないか確かめるとか、そういう話をしてるの!」


「ああ、なるほどねぇ」


 アパッチは魔力石の収まり具合を確かめながら、感心したような声を漏らした。


「……なるほどって。そういえば、その杖、幸之助さんには見せたの?」


「いやぁ、師匠はギルドの運営で忙しそうでねぇ」


 アパッチは大きな手で頭を掻いた。


「なかなか時間を取ってもらえないんだよ」


「そりゃそうでしょうねぇ。あれだけ大きなギルドを切り盛りしてるんだもの」


「まあ、師匠に見せる前に、自分でもいろいろ試しておきたいんだけどねぇ」


「……そういうところだけ積極的なのよねぇ」


 グロリアは額に手を当てた。


 その傍らで、エストは杖の先端を熱心に観察していた。


「しかしグロリア殿。限界までエンチャントを施した魔力石となれば、その性能は拙者も気になるでござる」


「エストくんまで……。あんた、魔術の専門家なんだから、危なさもわかるでしょう?」


「無論! ゆえに、安全には十分配慮すべきでござるな!」


「だったら……」


「アパッチ殿! 試す際には、ぜひ拙者にも声をかけてほしいでござる!」


「任せておくれ、エストくん」


 グロリアは口を開いたまま、二人を見比べた。


「……もう、勝手にしてちょうだい」


「私も見たいなぁ~。すっごい火が出るのかなぁ~?」


 レネットまで楽しそうに声を弾ませる。


「……アパッチくんはねぇ、料理するときに味見しないタイプだから……」


 グロリアがぼそりと呟いた。


「味見かい? 料理ならちゃんとするよ?」


「そういう話じゃないのよ……」


 グロリアは受付へ向き直った。


「もう……ルルちゃん、何か言ってやってよぉ」


「そうですねぇ。アパッチさん、使うときは周囲に人がいないか、よく確認してくださいね。それから、危ないと思ったら無理をなさらないでください」


「ああ、もちろんだよ、ルルちゃん」


「……それだけ?」


「グロリアさんが、もう十分に注意してくださっていますから」


「丸投げしないでよぉ!」


 ルルティアはにこやかなまま、書類に向き直った。


「いやぁ、早く試してみたいねぇ。うまくいけば、ほかの素材でも応用が利くかもしれないし」


 アパッチは杖を荷物のそばへ置き、ルルティアに声をかけた。


「そうだ、ルルちゃん。何か魔物討伐の仕事はないかねぇ。広い場所なら、こいつを試すのにちょうどいいと思ってね」


「……結局、実戦で試す気なのねぇ」


 グロリアの声にも、アパッチは楽しそうに笑うばかりだった。


 ルルティアは依頼書の束を取り寄せ、何枚かめくったところで手を止めた。


「あ……そういえば、皆さんにご相談したいことがありました」


「なぁに?」


「ソレイユさんが、昨日から戻られていないんです」


「ソレイユちゃんが? 何の仕事だったかしら?」


「ブラックベアの調査依頼です」


 その名前を聞いて、グロリアの眉が上がった。


「ブラックベア? あいつらって、もっと森の奥にいる魔物でしょう? 街の近くまで出てくることなんて、滅多にないじゃない」


「はい。ところが、ホープロードからそう遠くない森で目撃されたそうなんです。それも、通常よりかなり大きな個体が」


 ルルティアは一枚の依頼書をカウンターに広げた。


「目撃された個体の確認と、周辺の状況を調べていただくことになったんです。街からそれほど離れていませんし、本来なら丸一日もかからないお仕事なんですよ」


「それで、まだ帰ってこないわけねぇ」


「ええ。昨日には戻られる予定だったんですけど……」


 ルルティアは依頼書を押さえたまま、困ったように眉を下げている。


 グロリアはそんな彼女を見て、軽く肩をすくめた。


「なぁんだ。あの婆ちゃん、またそのまま森で寝てるんじゃないの?」


「……グロリアさん」


「だってぇ、あの子、ちょっと休憩するつもりで何日も寝てたりするじゃない」


「そうですけど……今回は大型のブラックベアの調査ですから、少し心配で」


「まあ、確かにねぇ。でも、ソレイユちゃんなら簡単にどうこうなるとは思えないけど」


「拙者もそう思うでござる!」


 エストが受付へやってきた。


「ソレイユ殿の腕前は確かでござる。並のブラックベアであれば、後れを取るとは思えぬ!」


「ああ。あの子なら、滅多なことはないだろうねぇ」


 アパッチも口を添えた。


「ソレイユちゃん、またお昼寝してるのかなぁ~?」


 レネットがグロリアの隣から依頼書を覗き込む。


「その可能性が一番高そうなのよねぇ」


 グロリアは苦笑したものの、依頼書に記された場所を確かめると、表情を少し改めた。


「でも、普段いないはずの場所に大型のブラックベアが出たんでしょう? 何かあってからじゃ遅いわね」


「はい。私もそう思いまして……」


「ま、念のため様子を見に行きましょうか。あの子が本当に寝てるだけなら、それでいいんだし」


「ありがとうございます、グロリアさん」


 ルルティアの表情が和らいだ。


「拙者も同行するでござる!」


「私も行く~!」


「ああ。俺も一緒に行こうかねぇ」


 エストとレネットに続き、アパッチも参加を申し出た。


「じゃあ、四人で行きましょうか。ルルちゃん、調査場所の詳しい位置を教えてちょうだい」


「はい。こちらの地図に記してあります」


 ルルティアは依頼書に添えられた地図を取り出した。


 グロリアがそれを受け取ろうとすると、ルルティアが思い出したように口を開いた。


「あ、それからもう一つ。もしブラックベアと遭遇して、討伐できそうでしたら、倒していただいても構いませんよ」


「……え?」


「討伐報酬も別に出るそうですので」


「マジ!?」


 グロリアが勢いよくカウンターへ身を乗り出した。


 丸眼鏡の奥で瞳が輝き、先ほどまでの気だるげな表情は跡形もない。


「ちょっとルルちゃん! そういう大事なことは先に言ってよぉ!」


「え、ええと……」


「討伐報酬が出るなら話は違うわ! どうせ森まで行くんだし、見つけたら倒しちゃえばいいのよね!」


 グロリアは満面の笑みで地図を広げた。


 エストが呆れたように肩を落とし、レネットは口元を押さえて笑っている。アパッチも愉快そうにその様子を眺めていた。


「……グロリア殿、実にわかりやすいでござるなぁ」


「なによぉ! 報酬が増えて嬉しくない人なんていないでしょう!」


 グロリアは地図を畳むと、意気揚々とエストたちへ向き直った。


「よぉし! そうと決まれば、さっさと準備しましょう! ソレイユちゃんを見つけて、ついでに一稼ぎよ!」


「……グロリアさん。ソレイユさんのお迎えが先ですからね?」


 ルルティアが念を押す。


「わかってるわよぉ! もちろん、ソレイユちゃんが最優先!」


 そう言いながらも、グロリアの顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「さ、出発するわよ!」


「承知したでござる!」


「は~い!」


 エストが腰のレイピアを確かめ、レネットは大きな鞄を背負い直した。


 アパッチも荷物をまとめていたが、その手が例の杖へ伸びる。


「それじゃあ、こいつも持っていこうかねぇ」


 アパッチが新作の杖を腰へ提げる。


「……まさか、それも持っていくの?」


「ああ。ブラックベアと鉢合わせしたら、試す機会があるかもしれないからねぇ」


「……ほんっと、懲りないわねぇ」


 グロリアは呆れた顔で地図を広げた。


「ま、いいわ。まずはソレイユちゃんを捜しましょうか」

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