第10話 元聖女、報酬を手にする
野営地の責任者は差し出された依頼書に目を通し、無精髭の残る顎をさする。
「……アンデッドは全部片づけたんだな?」
「ええ。土地の浄化も済んでるわよ。五箇所も回ったんだから、もう十分でしょ」
「そうか。後で現場は確認させてもらうが、依頼は完了ってことでいいだろう」
木箱の上に書類が広げられ、受領印が押される。
「ほら、持っていけ。ご苦労だったな」
「は~い、どうも」
グロリアが書類を法衣の内側へしまう間に、責任者は作業員たちの集まるテントへ戻っていく。
「あ~、やっと帰れるわぁ。もう眠くて眠くて……」
「はっはっは! 拙者はまだまだ動けるでござるよ!」
「でしょうねぇ。あんた、元気すぎるのよ」
「じゃあ、帰ろっか~!」
レネットは二人の間へ入り、両手を差し出す。
「マスター、エストくん、手をつないでね~」
二人がその手を取ると、レネットの足元に淡い琥珀色の光が灯る。
細い光の筋が地面を走り、三人を囲む魔法陣を描いていく。
「それじゃ、行くよ~!」
レネットの声に応じて魔法陣の輝きが増す。鮮やかな橙色の光が三人を包み込み、消えた後には誰も残っていない。
*
ホープロードの外門近く。街道の脇に琥珀色の光が広がり、輝きの中から三人の姿が現れる。
「とうちゃ~く!」
「おお! もう戻ってきたのでござるか!」
「いやぁ、助かったわぁ。普通に歩いて帰ったら、半日はかかるところだったもの」
「えへへ~。近くなら三人でも平気だよ~!」
三人は人の列に加わって城門をくぐる。
朝のホープロードは、すでに賑やかだ。商品を積んだ荷車が通りを行き交い、商人たちは店先へ木箱を運んでいる。焼きたてのパンの香りが漂う一角には、開店前から客の姿もあった。
「あっ、あのお店、おいしそう~!」
レネットは帽子のつばを持ち上げ、焼き菓子の並ぶ店先に釘付けになる。
「レネットちゃ~ん、寄り道は勘弁してぇ。私、ほんっとに眠いのよぉ」
「は~い!」
レネットは慌てて二人に追いつく。
「それにしても、朝から活気のある街でござるな!」
エストの声は、行き交う人々の喧騒にも負けずよく響く。
「私は早くお風呂に入って寝たいわ……。エストくんはどうするの?」
「拙者はまず治療でござるな!」
「……そのあと、またマルちゃんのところ?」
「無論でござる!」
「ほんっと、懲りないわねぇ」
グロリアは隣を歩くエストの包帯だらけの姿に、呆れた笑みを向ける。
やがて、見慣れたギルドの建物が通りの先に見えてきた。
*
「ただいま~!」
勢いよく開かれた扉から、グロリアの声がギルド『雲外蒼天』の共用ホールへ響き渡る。
「お帰りなさ……えぇっ、早っ!?」
受付カウンターの奥で書類を整理していたルルティアが、思わず椅子から腰を浮かせる。淡い桃色の袖が机上の書類をかすめ、リボンを飾ったベレー帽が傾いた。普段は穏やかな青い瞳も、今は驚きで大きく見開かれている。
「おはよう、ルルちゃ~ん!」
「おはようございます、ルルティア殿!」
二人の呑気な挨拶をよそに、ルルティアは壁の時計とグロリアたちを見比べる。
「……グロリアさん。昨日の夜に出発されましたよね?」
「そうよ?」
「現地までは半日ほどかかるはずですけど……」
「ええ、かかったわよぉ。おかげで徹夜よ、徹夜」
ルルティアの目が、すっと細くなる。
「……まさか、お仕事をサボって帰ってきたんじゃ……」
「いやいやいや! ちゃんとやってきたわよ!」
グロリアは慌てて法衣の内側を探り、折り畳んだ依頼書を突き出す。
「ほら! 依頼完了の受領印! これで文句ないでしょ?」
ルルティアは書類を受け取り、印と記載内容を確かめる。
「……確かに、完了していますね。でも、それならどうしてこんなに早く……」
「ルルちゃ~ん!」
グロリアの背後から、大きなとんがり帽子がひょっこり覗く。レネットはそのまま駆け寄り、カウンター越しにルルティアへ抱きついた。
「ひさしぶりなの~!」
「わっ! レネットさん!?」
驚いて広げた両手で、ルルティアは少女の背中をそっと支える。やがて表情が柔らいだ。
「ああ……そういうことでしたか」
「そうなのよ。向こうで偶然再会してねぇ。帰りはレネットちゃんに送ってもらったの」
「それはまた、すごい偶然ですねぇ」
「ね~! すごいよね~!」
ルルティアから離れたレネットは、嬉しそうに笑っている。
「あっ、そうだ! ルルちゃんにもお土産あるよ~!」
レネットはカウンターの脇に鞄を下ろす。帽子のつばを片手で押さえ、しゃがみ込んで荷物を探ると、小さな包みが出てきた。
「はい、ドブロのお菓子~!」
「あら、ありがとうございます。後でいただきますね」
「えへへ~!」
ルルティアは包みを机の端へ置き、グロリアとエストに向き直る。
「それで、お仕事はいかがでした?」
「ん~、普通だったわねぇ。思ってたより数は多かったけど、問題なく片づけたわよ」
「拙者にとっては初めての経験でござった! やはり知識として知っているのと、実際に戦ってみるのとでは大違いでござるな! はっはっは!」
エストは包帯だらけの身体で、得意げに胸を張る。
「そうですか。お二人ともご無事で何よりです」
「でしょでしょ? だからね、ルルちゃ~ん」
グロリアが待ちきれずカウンターへ身を乗り出す。
「報酬、報酬! お金ちょうだ~い!」
長い袖をまくって差し出した両手は、すぐにでも報酬を受け取る構え。ついさっきまでの眠そうな顔はどこへやら、目が輝いている。
「もう……帰って早々それですか」
「だってぇ、徹夜で頑張ったのよ? 早くちょうだいな」
「はいはい。わかりました」
ルルティアは小さく笑い、カウンターの奥の金庫へ向かう。
「今回の報酬は金貨六枚です。お二人で三枚ずつ、ということでよろしいですね?」
「もちろん!」
「拙者も異存ござらぬ!」
「それでは、こちらに受領の署名をお願いします」
受領書に二人の署名がそろい、金貨が三枚ずつ手渡される。
「うふふふ……金貨三枚。いいわねぇ、実にいいわねぇ」
グロリアの手のひらには、金貨が三枚。指先で一枚ずつ確かめるたびに、口元が緩んでいく。
「頑張った甲斐があったわぁ」
金貨を大事そうに法衣の内側へしまい込み、グロリアは上機嫌で顔を上げる。
「それじゃ、私、徹夜だったからもう帰るわねぇ。お風呂に入って、ゆ~っくり寝ることにするわ」
入口へ向かう足取りは、徹夜明けとは思えないほど軽い。
「グロリアさん」
背後から穏やかな声がかかる。
「……な、なぁに? ルルちゃん」
振り返れば、カウンターの外へ出たルルティアがすぐ後ろにいる。その小さな手が、グロリアの肩へそっと添えられた。
「今から、そのお金を持ってカジノへ行くつもりでしょう?」
「えっ!?」
グロリアの笑顔がぴたりと凍りつく。
「や、やだなぁ、ルルちゃん。私、徹夜してるんだよ? そんな元気……」
「ありますよね?」
ルルティアはにこにこと笑っている。
グロリアも引きつった笑みを返しながら、じり、と入口へ片足をずらす。
そして一気に駆け出そうとするが――前へ進めない。
「……あれ?」
笑顔が消える。肩に添えられた小さな手は、びくともしない。
「グロリアさん?」
「い、いやぁぁ! 離してぇ! 昨日あんだけ飲み込んだんだもん! 今日は絶対に出るんだからぁ!」
「ギャンブルに絶対なんてないんですよ?」
「あるの! 今日はあるのぉ!」
顔を真っ赤にして暴れるグロリアを、ルルティアは笑顔のまま、ずるずるとカウンターの奥へ引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待って! エストくん! 助けてぇ!」
「すまぬ、グロリア殿! 拙者はこれから治療を受けねばならぬのでな!」
「そんなぁ!?」
「では、これにて失礼! ルルティア殿、レネット殿、また後ほど!」
エストは軽く手を振り、さっさとギルドを後にする。
レネットは二人の様子を眺めながら、のんびりと笑っている。
「マスター、いってらっしゃ~い!」
「レネットちゃん!? どこにも行かないわよ! 連れていかれるの!」
「それに、ギルドマスターのお仕事もたまっていますからねぇ」
ルルティアはグロリアを引きずりながら、奥の廊下へ進む。
「今日は逃がしませんよぉ」
「ひぃぃぃ!」
涙目になったグロリアが、咄嗟にカウンターの縁へしがみつく。
「やだぁ! 離してぇ! 私のお金ぇぇ!」
「はいはい。お仕事が終わってからにしましょうね」
ルルティアは笑顔を崩さず、カウンターに食い込んだグロリアの指を一本ずつ引き剥がしていく。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
最後の指が外れ、グロリアの身体はずるずると廊下の奥へ。黒い法衣の裾を床に引きずったまま、ギルドマスター室へ消えていく。
ぱたり。扉が閉まった。
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第10話をもちまして、ひとまず一区切りとなります。
次回は3~4日後の更新を予定しています。
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