第22話 断罪の夜会
それから十日後、王宮の大広間で開かれた夜会の場を借りて、臨時の審問が行われることになった。
国中の主だった貴族が集められ、ただならぬ空気が広間を満たしている。
玉座には国王が座り、その左右には監査官や騎士たちが控えていた。
リゼットは、ユリアンの隣に立っていた。
夜空色のドレスに、淡い青色のリボン。
秋の夜会と同じ装いだった。
「大丈夫ですか、リゼット」
ユリアンが、そっと手を握ってくれる。
リゼットは、小さく頷いた。
「ええ。ユリアンが、隣にいてくれますから」
ユリアンは、少しだけ目を見開いた。
それから、繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。
最初に引き出されたのは、オズワルドだった。
十日の間に、オズワルドは見る影もなくやつれていた。
整えられていた口髭は伸び放題になり、仕立てのいい上着は皺だらけになっている。
監査官が、罪状を一つずつ読み上げていった。
架空の商会を通じた、十年近くにわたる公爵家の財産の横領。
前アーデルハイト公爵夫妻の馬車への細工。
そして、公爵夫人の誘拐と、重婚の強要の首謀。
読み上げられるたびに、広間のざわめきが大きくなっていく。
「オズワルド・アーデルハイト」
国王の声が、広間に響き渡った。
「そなたは、兄を殺め、幼い甥から家を奪おうとした。その罪は、あまりにも重い。……アーデルハイトの名を剥奪し、北の塔にて終身の幽閉を命じる」
オズワルドは、何も言わなかった。
ただ、膝から崩れ落ち、床に額を擦りつけた。
騎士たちに両脇を抱えられ、引きずられるように広間から連れ出されていく。
ユリアンは、その背中を、最後まで静かに見送っていた。
リゼットは、繋いだ手をそっと握り返した。
ユリアンの指先が、ほんの少しだけ震えていた。
次に引き出されたのは、ベルナール家の者たちだった。
カトリーヌとクラリス。
そして、二人の後ろに、うなだれた父の姿があった。
「ベルナール伯爵夫人カトリーヌ。そなたは、オズワルドと共謀し、アーデルハイト公爵夫人を偽りの手紙で誘い出し、監禁し、他家へ売り渡そうとした」
「ち、違います、陛下! 私は、ただ娘の幸せを思って……!」
「娘の幸せを思う母が、六十を過ぎた男の四番目の妻に娘を売るのか」
国王の冷ややかな声に、カトリーヌは言葉を失った。
「それだけではない。グラウバー伯爵から受け取るはずだった支度金の一部を、オズワルドに渡す約束もしていたと聞く。八年前の縁談の折にも、公爵家からの支度金を、すべて自分の宝石と衣装に使い込んでいたそうだな」
広間の貴族たちが、ひそひそと囁き合う。
カトリーヌの顔が、みるみる青ざめていった。
「クラリス・ベルナール」
名を呼ばれ、クラリスがびくりと肩を震わせた。
「そなたは、姉を監禁した部屋の扉の前で、姉を嘲り、公爵夫人の座を奪うと公言した。ベルナール家の使用人たちが、揃ってそう証言しておる」
「そ、それは……お姉様が、ずるいから……!」
クラリスは、涙を浮かべて周囲を見回した。
けれど、誰一人として、彼女に同情の目を向ける者はいなかった。
秋の夜会で、クラリスと一緒にリゼットを笑っていた令嬢たちでさえ、気まずそうに目を逸らしている。
「ベルナール伯爵家は、爵位を剥奪とする。カトリーヌとクラリスは、平民として、王都から遠く離れた修道院にて奉仕の生活を送ること」
国王の宣告に、クラリスが悲鳴を上げた。
「いや! いやよ、修道院なんて! 私は公爵夫人になるはずだったのに! どうして、お姉様ばっかり……!」
騎士たちに腕を掴まれながら、クラリスは最後までリゼットを睨みつけていた。
リゼットは、その視線から目を逸らさなかった。
(もう、あなたに奪われるものは、何もないわ)
不思議と、恐ろしくはなかった。
隣に、ユリアンがいてくれるから。
グラウバー伯爵も、この件の共犯として多額の罰金を科せられた。
さらに、過去の三人の妻たちに関しても、王宮の調査が入ることになった。
伯爵は、真っ青な顔で震えながら連れ出されていった。
最後に、父が前に進み出た。
ベルナール伯爵――いや、今はもう、ただの男だった。
「……陛下。私は、妻と娘のしたことを、何も知りませんでした」
父は、うなだれたまま言った。
「けれど、知らなかったことは、言い訳にはなりません。私は八年前、娘を売るように嫁がせたときも、何もしませんでした。あの朝も、窓から娘が連れていかれるのを見ていながら……何も、しなかった」
父の声が、かすれた。
そして、ゆっくりと顔を上げて、リゼットを見た。
八年ぶりに、まっすぐに。
「リゼット。……すまなかった」
リゼットは、父の顔を見つめた。
ずいぶん、老けていた。
髪は白くなり、目元には深い皺が刻まれている。
「お前は、母さんに似てきた。だから、見ていられなかった。……情けない父親で、本当に、すまない」
リゼットは、しばらく何も言わなかった。
母が亡くなった日の、父の泣き顔。
自分を見なくなった父の背中。
売られるように嫁いだ朝、閉ざされたままだった執務室の扉。
「……お父様」
リゼットは、静かに言った。
「私は、もうベルナールの娘ではありません。アーデルハイト公爵夫人です」
父の肩が、小さく揺れた。
「ですから、お父様に謝っていただく必要はありません。……どうか、お元気で」
それは、別れの言葉だった。
父は、何かを言おうとして、唇を震わせた。
けれど結局、深く頭を下げただけだった。
騎士に促され、父は広間を去っていった。
その背中を見送りながら、リゼットは不思議なほど穏やかな気持ちでいた。
もう、あの家に心を残しているものは、何もなかった。
審問が終わり、貴族たちが広間を後にし始めた頃、国王がふとリゼットに声をかけた。
「アーデルハイト公爵夫人。少し、よいか」
リゼットは、ユリアンと共に玉座の前へ進み出た。
国王は、穏やかな目でリゼットを見下ろしていた。
「六年前、そなたの夫が、十二の身で余に願い出たことは、もう聞いておるか」
「……はい、陛下」
「そのとき、余は一つ条件をつけた。六年後、そなたがどうしてもこの者の元を去りたいと望んだなら、その心を力で縛ってはならぬ、と」
リゼットは、思わず隣のユリアンを見上げた。
ユリアンは、まっすぐに前を向いていた。
その横顔が、ほんのわずかに強張っている。
(ユリアン……そんな約束まで、していたの)
何もかも計画して、逃げ道をすべて塞いで。
それでも最後の一つだけは、リゼットのために残しておいてくれた。
「さて、公爵夫人。そなたは、どうしたい」
国王の問いに、広間に残っていた人々の視線が集まった。
ユリアンの手が、わずかに震えた。
リゼットは、繋いだ手を、しっかりと握り返した。
そして、国王を見上げて、微笑んだ。
「陛下。その答えは、夫に、直接伝えたいと思います」
国王は、一瞬目を丸くした。
それから、声を上げて笑った。
「はは……そうか、そうか。それがよかろう」
国王は、満足そうに頷いた。
隣で、ユリアンが小さく息を吐くのが聞こえた。




