↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】期限付きの白い結婚のはずが、年下公爵様の成人の日に『期限なんて最初からありません』と言われました  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/24

第16話 叔父様の企み

 ユリアンが成人したことで、オズワルドの後見人としての役目は終わった。


 それと同時に、六年にわたる王宮の監査も、最終的な報告がまとめられることになった。



「ロウゼン商会という取引先は、実在しない商会でした」



 執務室で、ユリアンは淡々と報告書を読み上げた。


 リゼットは、その隣で静かに耳を傾けていた。

 ユリアンが「リゼットにも聞いてほしい」と言って、執務室に呼んだのだ。



「叔父上は、この架空の商会を通じて、公爵家の財産を十年近くにわたって横領していました。その額は、領地の三年分の税収に相当します」


「そんな……」



 リゼットは、思わず口元を押さえた。


 六年前、熱を出したユリアンの看病のあとに、何気なく見つけた不自然な支払い。

 あの小さな違和感が、これほど大きなものだったなんて。



「それだけではありません」



 ユリアンの声が、わずかに低くなった。



「父上と母上の馬車が事故に遭った日。その馬車の車軸に、細工の痕があったことも分かりました」



 リゼットは、息を呑んだ。



「まさか……叔父様が」


「まだ、確かな証拠はありません。ですが、監査官が当時の御者の行方を追っています」



 ユリアンは、報告書を静かに机に置いた。


 その紫色の瞳は、ひどく静かだった。

 怒りも、悲しみも浮かんでいない。ただ、底の見えない冷たさだけが、静かに沈んでいる。



 八年前、紅茶の零れたテーブルの前で見た、あの瞳と同じだった。



「……ユリアン」



 リゼットは、思わずユリアンの手に、自分の手を重ねた。


 ユリアンは、はっとしたように瞬きをした。

 それから、リゼットの手を握り返して、小さく微笑んだ。



「大丈夫です。叔父上には、来月中にこの屋敷を出ていっていただきます。その後のことは、陛下のご判断に委ねます」


「来月……」


「ええ。それまでは、なるべく叔父上には近づかないでください」



 ユリアンの指に、少しだけ力がこもった。



「僕は明日から三日ほど、報告のために王宮へ行かなければなりません。その間、リゼットのことはマーサに頼んでおきますが……くれぐれも、気をつけて」


「はい。分かりました」



 リゼットが頷くと、ユリアンはようやく、ほっとしたように息を吐いた。




 翌朝、ユリアンは名残惜しそうに何度も振り返りながら、王都へと出発していった。


 ユリアンのいない屋敷は、また少しだけ静かになった。



(たった三日なのに)



 リゼットは、自分の胸に手を当てた。


 六年前、ユリアンが王都へ行った十二日間を思い出す。

 あのときも寂しかった。けれど今の寂しさは、あのときとは少し違う気がした。



 その日の昼下がり、リゼットが自室で刺繍をしていると、控えめなノックの音がした。



「マーサさん?」



 扉を開けて、リゼットは凍りついた。


 そこに立っていたのは、オズワルドだった。



「やあ、リゼット嬢。少し、話がしたくてね」



 オズワルドは、以前と変わらない笑みを浮かべていた。

 けれど、その顔はひどくやつれ、目の下には濃い隈が浮かんでいる。



「……叔父様。申し訳ありませんが、ユリアンから、叔父様には近づかないようにと」


「ユリアン、か。ずいぶん親しげに呼ぶようになったものだ」



 オズワルドは、くつくつと喉の奥で笑った。



「すぐに済むよ。君のためを思って、忠告に来たんだ」



 リゼットは、扉を閉めようとした。

 けれど、オズワルドの次の言葉に、その手が止まった。



「君は、甥に利用されているんだよ」


「……何を」


「考えてみたまえ。十二の子どもが、王に頼み込んでまで、君を縛りつける契約を作った。君の働き口を勝手に断り、君の実家との縁も勝手に切った。……それが、愛だと思うかね?」



 オズワルドは、声を潜めた。



「あれは、執着だ。君を自分の手の中に閉じ込めておきたいだけさ。兄上もそうだった。欲しいものは、何が何でも手に入れる。アーデルハイトの血だよ」


「……ユリアンは、そんな人ではありません」


「本当にそう言い切れるかね? 君に何の相談もなく、君の人生を勝手に決めているのに」



 リゼットは、唇を噛んだ。


 言い返したかった。

 けれど、オズワルドの言葉の一部が、確かに事実だったことも否定できなかった。



「それに、君に知らせが届いていないようだから、教えてあげよう」



 オズワルドは、懐から一通の手紙を取り出した。


 ベルナール家の封蝋が押されていた。



「君の父上が、病に倒れたそうだ。もう長くないかもしれない、とね。ベルナール家から甥のもとへ知らせが届いていたが、甥はそれを君に隠していた」


「……え」


「君の実家と縁を切らせるためだろうね。父親の死に目にも、会わせないつもりなのさ」



 リゼットは、震える手で手紙を受け取った。


 見覚えのある、継母の筆跡だった。

 父が病に倒れたこと。うわ言でリゼットの名を呼んでいること。一目でいいから会いに来てほしいこと。



(お父様が……)



 父のことは、もう何年も考えないようにしていた。


 自分を見なくなった父。

 売られるように嫁いだ日、執務室から出てこなかった父。


 それでも。

 母が亡くなった日の、父の泣き顔を、リゼットは今も覚えていた。



「明日の朝、ベルナール家から迎えの馬車が来るそうだ。行くかどうかは、君が決めるといい」



 オズワルドは、それだけ言うと、あっさりと踵を返した。



「……ああ、甥には言わないほうがいいだろうね。また、勝手に断られてしまうから」




 オズワルドが去ったあと、リゼットは長いこと手紙を見つめていた。


 ユリアンに確かめたかった。

 けれど、ユリアンは王宮にいる。戻ってくるのは、二日後だ。



(もし、本当にお父様が危ないのなら)



 二日も待っていられないかもしれない。


 マーサに相談しようか。

 けれど、そうすればきっと止められる。ユリアンから、叔父には近づくなと言われていたのだから。



(少しだけ。お父様の顔を見たら、すぐに戻ってくればいい)



 リゼットは、机の上に便箋を広げた。


 ユリアンへの置き手紙を書く。

 父が病に倒れたこと。一目会ったら、すぐに戻ること。



 ――逃げるわけではありません。必ず、帰ってきます。



 最後にそう書き添えて、リゼットはペンを置いた。


 窓の外は、いつの間にか夕暮れに染まっていた。




 その夜、東棟のオズワルドの部屋には、二つの人影があった。



「……本当に、あの子は来るのでしょうね」



 扇で口元を隠しながら、カトリーヌが言った。


 その隣には、薄桃色のドレスを着たクラリスが、不機嫌そうに座っている。



「来るさ。あの娘は、情に脆い。父親が危ないと聞けば、必ず来る」



 オズワルドは、グラスの酒を一気に煽った。



「ベルナール家に着いたら、すぐにグラウバー伯爵のもとへ送り届けろ。伯爵には、白い結婚のまま離縁された女だと話してある。婚姻の届けさえ先に出してしまえば、あの若造にも手は出せん」


「その代わり、約束は守っていただきますわよ。公爵家の財産の一部を」


「ああ。あの娘さえいなくなれば、甥は腑抜けになる。その隙に、もう一度家を取り戻してみせるさ」



 クラリスが、楽しそうにくすくすと笑った。



「お姉様、可哀想。せっかく公爵様に大事にされていたのに、今度はおじいさんの四番目の奥方だなんて」


「お前は、空いた公爵夫人の席に座ればいい」


「ええ、もちろん」



 グラスが、かちりと鳴った。


 窓の外では、春の夜の雲が、静かに月を隠していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。