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【完結】期限付きの白い結婚のはずが、年下公爵様の成人の日に『期限なんて最初からありません』と言われました  作者: フトダマノミコト


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第13話 離縁状

 ユリアンの十八歳の誕生日は、雲ひとつない晴れた朝だった。


 リゼットは、いつもより少しだけ早く目を覚ました。

 窓を開けると、早春の柔らかな風が、ふわりと頬を撫でていく。



(今日で、最後なのね)



 八年前、冬の寒い日にこの屋敷へ来た。

 そして今日、春を待つ穏やかな日に、この屋敷を出ていく。



 リゼットは鏡の前に座り、髪を丁寧に梳かした。


 淡い青色のリボンを結ぼうとして、指が止まる。

 少し迷ってから、やはり結ぶことにした。



(最後くらい、これをつけていてもいいわよね)



 トランクは、もう寝台の脇にまとめてある。

 北の子爵家への馬車は、昼過ぎに来る手筈になっていた。


 机の上には、二つの包みが置いてあった。

 一つは、ユリアンへの誕生日の贈り物。もう一つは、白い封筒に入れた離縁状。



 リゼットは、二つを両手でそっと抱えた。


 離縁状の入った封筒が、ひどく重く感じられた。




 朝食の席は、いつもより華やかだった。


 マーサたちが腕によりをかけた料理が、テーブルいっぱいに並んでいる。

 ユリアンの好きな蜂蜜パンも、山のように積まれていた。



「おはようございます、リゼット」



 先に席についていたユリアンが、立ち上がって微笑んだ。


 いつもと同じ、穏やかな笑顔。

 けれど今朝は、なぜかその笑顔をまっすぐ見ることができなかった。



「おはようございます、公爵様。……お誕生日、おめでとうございます」


「ありがとうございます」



 二人は向かい合って座った。


 いつもと同じように紅茶を飲み、パンをちぎる。

 けれど、リゼットにはほとんど味が分からなかった。



(言わなくちゃ。ちゃんと、笑って)



 食事が終わりに近づいた頃、リゼットは意を決して、膝の上の包みを差し出した。



「公爵様。これ、お誕生日の贈り物です」



 ユリアンが包みを開くと、中から一枚のハンカチが現れた。


 上質な白い絹に、アーデルハイト家の紋章である銀の鷲が刺繍されている。

 その片隅には、小さく紫色の糸で、ユリアンの名前が縫い取られていた。



「……リゼットが、刺繍してくれたんですか」


「はい。あまり、上手ではないけれど」


「とても、綺麗です」



 ユリアンは、宝物に触れるようにハンカチを指先でなぞった。


 その横顔を見て、リゼットの胸がきゅっと締めつけられた。



(大丈夫。言える)



 リゼットは、もう一つの封筒をテーブルの上に置いた。


 そして、ユリアンのほうへ、そっと滑らせた。



「それから、これを」



 ユリアンの指が、ハンカチの上で止まった。


 紫色の瞳が、白い封筒に落とされる。



「……これは?」


「離縁状です」



 声が震えないよう、リゼットは必死に微笑みを作った。



「八年前に交わした契約のとおり、今日で私の役目は終わりです。慰謝料はいりません。ただ、お医者様への借用書の分だけ、精算していただけたら」


「……」


「荷物は、もうまとめてあります。昼過ぎには、迎えの馬車が来ることになっていて」



 言葉が、勝手に口から零れていく。


 止めてしまったら、泣いてしまいそうだった。



「公爵様は、本当に立派になられました。もう、私がいなくても大丈夫です。……これからは、公爵様にふさわしい方と、どうか幸せに」



 そこまで言って、リゼットは深く頭を下げた。



「八年間、本当にありがとうございました」




 しばらくの間、何の音もしなかった。


 リゼットは、頭を下げたまま待った。

 ユリアンが封筒を開け、署名をして、「今までありがとう」と言ってくれるのを。


 そうしたら、笑って顔を上げよう。

 最後まで、ちゃんと笑っていよう。



 かさり、と紙の音がした。


 ユリアンが、封筒から離縁状を取り出したのだろう。



(これで、終わり)



 そう思った、次の瞬間だった。



 びり、と。


 紙を裂く音が、静かな部屋に響いた。



 リゼットは、弾かれたように顔を上げた。


 ユリアンが、離縁状を手にしていた。

 その紙が、真ん中から二つに裂かれている。



「こ、公爵様……?」



 ユリアンは何も言わず、二つになった紙を重ねて、もう一度裂いた。


 そしてもう一度。

 さらにもう一度。



 細かくなった紙片が、はらはらとテーブルの上に落ちていく。


 リゼットは、呆然とそれを見つめることしかできなかった。



「な……何を、なさって……」



 ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。


 ユリアンは、最後の紙片をテーブルに落とすと、ゆっくりとリゼットのほうへ視線を向けた。



 その顔は、穏やかに微笑んでいた。


 いつもと同じ、優しい笑顔。

 それなのに、リゼットの背筋がぞくりと震えた。



「リゼット。その契約、覚えていますか。国王陛下の立会いのもとで交わされたもので、陛下の許可なく条項は変更できない」


「……は、はい。叔父様が、そう」


「ええ。だから、陛下の許可をいただいて、変更しました」



 ユリアンは、テーブルの上で指を組んだ。


 そして、ひどく甘い声で、告げた。



「その契約、僕が十二のときに書き換えておきましたよ」

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