ある将軍のぼやき
江戸幕府は、深刻な問題を抱えていた。
金山の採掘量の減少、※米価格の暴落、火災による寺社再建・修復、避難民や貧困層の民への生活の支援、巨額な人件費である。
※幕府への税は主に米の現物納付。 貨幣経済は拡大したが、農業技術の向上により米の生産性が高まったことで米の価格は下落。 一部の武士階級では、貧困により統治者としての責務を十分に務めることができなくなり、支配される側の農工商民との力関係に徐々に変化が現れるようになった。
江戸は他に地域に比べても火災や大火も多かった。特に11月から5月にかけて多く見られた。 この時期特有の乾燥した空気、強い季節風、暖房のための火気使用という、火災を発生させやすい状況下にあったことが、江戸の町に火災を多発させたことに繋がっていたと言う。
「あ~あ。国を支える金山は底を尽きかけてるし、火事は多いし、地方では役人の横領も十分に管理できないし、米の生産量が上がって価格は落ちてしまうし。いろいろ問題が盛りだくさんだ。
何処かで、報酬を欲しがらなくて、それでいてある程度力(権力や戦う力)があって、余の仕事を理解して、民の為に動いてくれる者はいないかなぁ。後始末くらいはこっちでやるんだけどな」
なんて感じでぼやいていると、将軍の側用人である田之倉利兵衛慈が、将軍へコソリと告げた。
「殿よ。北町奉行の近江儀三郎より、面白い者達の話を聞いております。南町奉行の片切進之介は旗本の出ではありますが、曾祖父は彦根藩(30万石)の前当主の井伊亮次郎。祖父は1万石ではありますが、庵野家の前当主であります。庵野家では嫡男に男児が生まれず、亮次郎が片切進之介を後継に推しているそうです。
儀三郎と違い、片切は野心が強くよく動きます。儀三郎は裏に回り直接悪人へ制裁を加えますが、片切は表から堂々と罰することが多いらしいです。
儀三郎の家は元々裏を仕切るのが本業で、儀三郎本人もそれが得意な武道派です。有力な老中候補ですが、彼は片切の方を推しております。
その片切も、異母弟やもう隠居している父親まで使い、事件解決に邁進しております。周囲には、弟の清次郎が与力であることを伏せて出張扱いにし、同心として浅賀清次郎と名を変えさせて証拠固めをさせています。清次郎も手駒の岡っ引き等を抱えて日々走り回り、更にめ組や呉服屋の親子等、次々に協力者を増やしている状態です。
そして以前お耳に入れたお菊を迎えに、伊折将勝の腰元や護衛も江戸入りしました。その者らを味方に引き入れれば、あの辺りはもっと治安が良くなることでしょう。面白い人材が揃って御座いまするぞ」
田之倉が笑いながら将軍の発言に言葉を添えると、「その者らの協力があれば、確かに……」と真剣な表情で考え込むのだった。
以前に小笠原和道の件で、将軍の関わりを仄めかしている為、何となく免疫もついたことだろう(と、勝手に思っていた)。
出来るだけ低賃金で、治安回復を目指す将軍雅紀。田之倉は楽しげに彼を見ていた。
(雅紀様、頑張りなさいませ。爺も力は惜しみませんぞ)
※幕府の老中とは、徳川家の実務全般を担う(番頭さんのような)役職。その為、身内枠となる譜代大名の中でも比較的有力な家が老中を出しやすかった。 彼らの中で、政治力があって実績を積んだ者が出世して老中になっていた。
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徳川雅紀と言う将軍はいません。
漫才師の錦鯉さんが大好きなので……。
雅紀と書いて、ルビでもまさのりにしました。




