表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
岡っ引きの源さんは、今日も朝帰り  作者: ねこまんまときみどりのことり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/21

雨咲の助け舟

 京にも江戸と同じように、街の治安を預かる京都町奉行所(東町と西町の2つ)がある。


 雨咲の父は現在隠居し彼女の兄、太玄太玄(たいげん)が家を継いでいた。普段の行いから上司評価が良く、今はその兄が奉行職に再び就いている。

 父は今、吟剣詩舞の普及に携わっている気楽な生活であり、晩年に生まれた雨咲に構うことが増えた。



 家の資金力があり二代に渡る奉行職に父兄が就いたことで、それなりに使える権力がある池田家。


 父親により隠密を付けられている雨咲の言動は、父兄に筒抜けであった。


「父上。いくら青葉殿が小袖に竹光姿をして男に見えようとも、盗賊はお構いなしです。我らの護衛がひっそり付くとしても、3人組の男女と少し距離は取ることになります。迂闊に高価な装飾品を持つことが露見すれば、狙ってくれと言っているようなものです。せめて行商をすると言うなら、目立つことのない相応しい物を売らなければ、違和感は浮き立つことでしょう」


「そうなのだが……。あの子は母親に似て強情なところがあり、言うことを聞かんのじゃ。一応護衛付きで江戸行きを許したが、旅を舐めている気が拭えん。文でも接触して話すでも良いが、お前から助言してくれんかの? 頼むよ」


「はぁ~。大事な娘ならば、その辺の指導もして下さらないと。雨咲は確かに賢いです。体術もそこいらの若い男より(自ら望んだので)仕込んでますし、武器も使えます。ですが頭では世界を知ったつもりであり、反面詳細は何も知らないのです。ですからすぐに、助言できる人員を向かわせます。良いですよね」


「え、すぐ行くのかぁ。わし、嫌われないかな?」


「雨咲の安全と少々の嫌悪。どちらがマシとお考えですか?」


「くっ、勿論安全じゃが。あの子と約束したんだよな~」



 そんなやり取りの裏で、彼女達の旅は見守られることになった。




◇◇◇

 京の旅から5日目のこと。


 怖い男に追われた若い娘(名をれんげと言う)が「助けて下さい」と言って彼女達の背にまわり、青葉が投げ飛ばす救出劇があり、その娘も共に江戸へ向かうことになった。言わずもがな、池田家に仕える隠密の仕込みである。


 娘はお礼にと、旅の決まりや庶民の暮らし、その時期にある祭や行事を説明してくれたり、時には洗濯のこと等の常識的なことも教えてくれた。

 彼女達は着替えを持っていたが、替えがなくなり困りきっていたからだ。


 様子を探っていたれんげは、彼女達の頃合いを見て現れたのだった。


 旅籠で給仕女中に金を払い、彼女たちに頼んで洗濯をして貰うことを教えたり、足袋くらいならば石鹸を使い、川で自ら洗うこと等も話していく。


 れんげはこっそり、雨咲にだけ早期に身分を明かしている。正直言うと彼女(雨咲)は書物と現状が噛み合わず既に疲弊気味だった為、少し安堵していた。「助けてくれて助かったわ。ありがとう」と、ちょっと泣きそうな顔で礼をするくらいに。

 

「書物には、そんなことまで書いていなかったの。町人風に変装しているのに、洗濯のことなんて聞けなくて」

「そんなことは、武家にも公家の書物にもないですよね。町人もピンキリです。裕福な商家の娘ならば、そんなことしませんし。逆に武士でも収入が乏しい家もありますから。固い考えも程ほどになさると良いですよ」


「そうね。邸にいるだけでは、知識だけでは、解決できないこともたくさんあるのね。よく分かったわ」



 そんな雨咲はれんげが仲間に加わったことで、考え方を柔軟にしようと行動し始めた。興味本意で「旅籠の相部屋(雑魚寝)を経験してみましょう」と無邪気に望むまでに。だが何度も大部屋に宿泊したことのあるれんげは困惑した。襖や障子で仕切られた大部屋で、誰とも知らぬ他人と眠ることを雨咲の父兄が許す筈もない。れんげが断固として固辞し、雨咲はなくなく断念した。「露見すれば私のクビが物理的に飛びますから、ご勘弁を」と必死に願い土下座で拒絶。「黙ってれば分かりませんわよ」と雨咲に言われても、決して頭を上げないれんげの勝利。軽い約束なんて出来ない。だって護衛はれんげだけではない。どれ程増えたのか、彼女にも分からないのだ。


 彼女達が泊まったのは、上段の間(じょうだんのま)。旅籠の中でも最も格式の高い部屋で、2階の奥の眺めが良く安全な場所。床の間があり、主に武士や身分の高い人が使用する部屋だが、その他は大部屋になるのでやむなしである。


 最初は青葉が男装を装う為に2部屋を使っていた彼女達だが、資金が勿体ないと判断した雨咲は、青葉と葛樹の前でれんげに暴露した。そもそも最初から全部、れんげは知っているのだから。以後は一部屋借りとなった。



 内気な葛樹は、れんげに馴れるまで数日を要したが、親が死んで江戸で働く兄の元に行くと打ち明けられてから打って変わった。

「私から見たら、娘くらいの年なのに。苦労したのねえ。親を看取って偉いわ。うっ、うっ」と、同情が買ったのである。


 この設定は真っ赤な嘘であるが、代々の隠密なので幼い時からいろんなことを仕込まれ、苦労してきたのは確かだ。思わずれんげもホロリとしてしまう。


 それがなくても人身掌握術を学んでいるれんげは、容易に彼女達の懐へ入り込めた筈だった。

 けれど、その後のれんげは…………。

「青葉様、葛樹様、雨咲様、こちらこそいつもありがとうございます」と、偽りではなく心からの笑顔で気持ちを伝え、信用を勝ち取っていくのだった。




◇◇◇

 彼女達は町や旅の途中で、いろんな物売りにあった。


 特に彼女達が注目したのが、飴売であった。理由は全員が、甘いもの好きだったからだ。


 水飴・地黄煎(じおうせん)は、 糯米(もちごめ)や麦芽を原料として煮詰めたもので、主に桶に入れて持ち歩き、量り売りされていた。

 堅飴(かたあめ)は、 砂糖が一般化するにつれて作られるようになった固形の飴。

 飴細工は、道具をかついで街を回り、熱い飴を素早く細工して花や動物などの形に仕上げ、子供たちを喜ばせていた。


 江戸時代の飴の価格は、一般的な駄菓子であれば 1 文 ~ 4 文(現在の価値で約 20 円 ~ 100 円)。砂糖を贅沢に使った高級な有平糖(あるへいとう)や細工飴 は 10 文 ~ 100 文以上で取引されていた。


 ※但し江戸時代の通貨は、時期によって変動していた。比較として。

 金1両(小判1枚)は、銀60(もんめ)、銭10貫文(1文銭を10000枚):慶応年。

 金1両がどれくらいの価値なのか、分かりやすい。


 

 他の屋台としては、かけそば1杯16文、天ぷらそば1杯32文、団子1串4文、握り寿司(おにぎりくらいの大きさ)4~8文、天ぷら1串4~6文、煮物や焼き物の簡単惣菜が1皿が4文、居酒屋屋台の田楽が1本2文等。


 他にも櫛や煙管、盃、墨と筆など、小物や雑貨などを同一の値段で売る、十三文屋、十九文屋、三十八文屋も人気があった。




 ※江戸時代の飴細工は、糯米と麦芽(を発酵させて)から作った水飴を湯煎で約90度まで熱して柔らかくし、手と握りバサミだけで練り上げると、空気が入り白っぽい半透明で美しくなる。食紅や露草の絞り汁や、藍などの自然由来の植物から抽出された色素で赤や青の色付けをし、熱して柔らかくした飴を固まる前のわずか3分ほどの間に、動物や花などの形に仕上げた物が、後に大道芸として広まった。




「雨咲お嬢様。隠密活動で協力を得ている店や商家、民間の家などで、台所や部屋を借りられます。お代の方もいらないそうです」


「そう言う訳にはいかないわよ。宿泊料金を長屋代に当てるわ。その後に屋台を損料屋(そんりょうや)から借りないとね」


「まずは屋台で売る物を決めてから、屋台をかりましょう。許可を取るにも、売り物がないと始められませんよ」


「そうね。まずはそこからよね」



 それから雨咲、青葉、葛樹、れんげは、借りた長屋の茶の間で集まり、意見を出しあった。


 結果として。

 失敗したら食べる前提で、飴売をすることに決まった。




 ※江戸時代には、屋台を専門に貸し出す損料屋と呼ばれるレンタル業が存在した。屋台のレンタル代(損料)は、屋台の種類や大きさによって異なり、1日あたり数十文~百文程度(現代の価値で約1,000円~2,500円)が相場だった。

 幕府は株仲間と呼ばれる同業者組合の独占権を重視しており、新規に屋台を開くには既存の組合から株を譲り受けるか、特別に許可(願株)を得る必要があった。その上で、営業を公認してもらうための冥加金(みょうがきん)と呼ばれる税金や手数料を納めるシステムが作られていた。



 雨咲達が今いるのは、お菊の住む日本橋近くの品川だ。まずは宿場町や花見で栄えているここで開始し、上達したら日本橋を目指すことにした。



 手先の器用なれんげは、たいていのことを熟すことができた。彼女は雨咲に許可を得て2、3日不在にした後、技術を習得して戻って来た。

 その後は長屋で試行錯誤を開始した。材料を集め発酵させた水飴を使い、飴細工作りを練習していく。


 れんげは熱心に教えるが、青葉と雨咲は失敗続きで撃沈。青葉は「あちっ、熱い、無理だ、ゴメン!」と放棄。雨咲は熱いお湯に手を付けて飴を溶かす時も、騒いだりせず一生懸命だったが、飴の細工が綺麗に出来なかった。不器用なのだ。手が真っ赤で大変なことになり(キャー、殿様と坊っちゃんに殺される!)、れんげからストップをかけられた。「理論では分かってるのに。悔しいわ」と、珍しく心から撃沈した瞬間だった。


 そんな時に葛樹が実力を発揮した。

「れんげちゃん、おばちゃん頑張るからね」

 そう言うなり、次々とシュルルンと蝶や鳥、兎など、多くの動物達を続けて成功させた。

 

「才能がありますわ、葛樹様。いえ、師匠と呼ばせて下さい!」

「まあ、嬉しいわ。細工は私と貴女がいれば良いわね。一緒に頑張りましょう」

「はい、師匠♪」



 まるで娘のように抱き寄せて楽しそうに喜ぶ葛樹に、青葉と雨咲も微笑みを浮かべた。れんも嬉しげに頬を染める。もう戸惑わない。


 結局青葉は客寄せの呼び込みと屋台運び、雨咲は目を引く演舞とお会計、葛樹とれんげは飴細工を担当することになった。


 屋台は損料屋に依頼し、丁度良い大きさのものを確保できた。れんげは江戸に住む隠密仲間を通じて、既存の屋台組合から株を購入することに成功し、幕府に冥加金(みょうがきん)を支払うことで開業に漕ぎ着けた。呼び込みも人の目を引き、開業後すぐに人気店となった。



 美しい少女と、少し年はいっているが綺麗な女性が2人、見た目は良いが弱そうな良家の武士風の男が1人。


「何だか、訳がありそうな組み合わせだ。ククッ、また儲けられそうな予感がするぜ!」




 悪者の目が、彼女達に向いていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ