20.咲場春の正義
シュナの刀とアルの大剣がぶつかる。
一撃一撃が鋭いシュナと、一撃一撃が重たいアルの斬撃は太刀筋としては全くの別物ではあるが、まともに喰らえば即死級の一撃であるという点に関していえば大した違いはないだろう。
「てめぇらのとこの白髮のウサギ、綺麗に心臓貫かれてたなぁ!」
「……っ」
「てめぇらの中で唯一厄介なのはあの双子だからなぁ。片方殺っただけでも、戦力は半分だろ」
シュナの僅かな動揺から来る一瞬の隙を見逃さず、アルの大剣がシュナの刀をかち上げる。
これ勝機と体勢を崩したシュナに大剣を振り下ろすアルだったが、それよりも速く、それこそ大剣1本分しかないアルとシュナの間に移動したカイのダガーが、アルの腹部目掛けて横薙ぎに振られる。
そのカイの動きに反応したアルは、上段からの攻撃を止め、迫るカイのダガーを手首を掴むことで停止される。
「舐めんなガキ」
そしてその手首を掴んだまま、近くの家屋にカイを叩きつけた。
「ガハッ……!」
「カイ!」
カイの稼いでくれた僅かな時間で体勢を整え、バックステップでアルから距離を取るシュナ。
(こいつが、話に聞いていたアルか。流石の実力者だ……でも、カイから聞いた話では、カナタ殿はこいつを圧倒していたという。こんなところでも壁を意識させられるとはな)
シュナはスンッと軽く鼻を鳴らす。
(アマネとルルはリリィを連れてちゃんとここから離れたようだな……)
アルの攻撃を受け止めていたとはいえ、自分の真横を通り抜けた魔法がリリィを貫いていった。
視認はできていたのだ。アルの攻撃を一瞬で払い除けて、一步ズレるだけで身を挺してリリィを守ることができたはずなのだ。
「落ち着けよ。冷静さを欠いて倒せる相手じゃねーぞ」
「……!」
いつの間にか横に移動していたカイに、まるで心を読まれたようなタイミングで声を掛けられ、一瞬心臓が跳ねる。
隣に視線を移すと、口元の血を拭いながらも、アルから視線を外さないカイが立っていた。
その眼光は鋭く、しかし異様なほどに冷静さを保っていた。
「……カイ、大丈夫か?」
「あん?」
「いや……今の奴の攻撃だ」
「……ああ、何ともねーよ。さっさとこいつをやって、ハルの援護に行くぞ」
「……そうだな」
シュナは刀を身体の前に構え、対峙するアルを見据える。
改めてアルの全身を見て捉えると、その隙の無さに彼の実力が窺える。カイの言う通り、冷静さを欠いて勝てる相手ではない。
カイの成長に感心しながら刀を握る手に力を入れる。
(……成長?)
自分で言っておきながら、その言葉に違和感を覚えた。
(あのカイが、この状況で冷静?)
仲間想いでツンツンした態度を取ることも多いが、誰よりも情に厚く、すぐに熱くなってしまうのがたまに傷なのがカイという少年だ。
断言してもいい。
普段のカイなら、リリィがやられたこの状況で冷静でいられるはずがない。
果たして、それは本当に成長なのだろうか。
(いや、違う……)
シュナにアイコンタクトを取ったカイが両手にダガーを握り、アルに特攻を仕掛ける。
接近するカイにタイミングを合わせてアルも大剣を振り下ろそうと上段に構えるが、その構えを見た瞬間、カイは接近の速度を3倍近く上昇させる。
瞬きする間にギアをトップに切り替えたカイは反応が遅れたアルの振り上げた大剣に跳び乗ると、そこを踏み台にさらに跳躍する。
「あん?」
跳びはねたカイは片方のダガーを口に咥え、建物の3階の高さにある水道管に掴まると、猫科特有のギョロッとした両目でアルを見下ろす。
「……何がしてぇんだ、てめぇ……っ!」
カイの行動を理解できないアルがカイを見上げると、アルの目の前にはカイから投擲されたダガーが迫っており、反射的にそれを大剣で受け止める。
「……っ!?」
と、同時に、意識が上に向いているアルの懐に、鞘に納めた刀の柄に右手を添えたシュナがもぐり込む。
「フッ……!」
抜刀一閃──。
体勢を低く屈め、横薙ぎに振り切った刀は、ギリギリで回避行動を取ったアルの腹部を切り裂く。
本来なら胴が真っ二つになっていたところだが、バックステップを取ったアルの腹部を裂くにとどまったようだ。だが、これほどの出血量で生きていられる生物は存在しない。
「やったぞカイ。ナイス陽動だ──カイ?」
しかし、見上げた先にいるカイは、未だに両目を見開き、倒れ伏したアルを凝視していた。
自分に向けられている訳でもないのに、視線を逸らせばその瞬間に首元へ噛みつかれそうな、そんな錯覚に陥る。
そして、やはりかと確信する。
彼は冷静とは真逆の感情を昂らせていた。
その異様なまでの威圧感と集中力は、何かが彼の中で切れている、何よりの証拠だった。
「シュナ!! まだだ!!」
そんなカイから焦りの声が飛ぶ。
シュナの目の前で臓物を撒き散らしながら倒れているアルの手が、横に落ちている大剣を握っていた。
シュナがそれに気づいたときは既に、刀を持つ右腕が斬り落とされていた。
× × ×
「下策だな、咲場春」
「…………」
「貴様とタイマンをした時の結果なら、アランカの街で既に出たはずだ。1対1で貴様に勝ち目はない。それなら、たとえ1人減り力が半減していたとしても、幻覚魔法の使える黒髪のウサギを残しておくべきだった」
先程リリィを連れて逃げろとアマネとルルに指示したことを言っているのだろう。
ハルはアランの感情の乗っていない冷たい視線を受けながら、無言で次の矢をクロスボウにセットする。
「無駄だ。貴様の放つ矢では、俺を超えられる魔法は放てない」
左目を紅く輝かせ、ハルはゆっくりとアランを見据える。
「……確かに左目の眼帯は気にはなっていたが、まさか魔眼か?」
「よく喋るな。そんなに私の戦意を削ぎたいの?」
「…………」
クロスボウを構えながら、懐から例の魔道具を取り出す。
「下手に私を攻撃してうっかりコレを壊したりしたら元も子もないもんね。だから、どう考えても私を殺せるタイミングだったのに私じゃなくリリィを狙ったんでしょ。私達の戦意を削ぐために」
「その通りだ。貴様がさっさとその魔道具を渡していれば、あのウサギのガキも死なずに済んだ。貴様があのガキを殺したんだよ」
「……そこまでして、この魔道具を手に入れたい理由は何なの?」
素朴な疑問だ。この魔道具は人間を獣人にすることのできる恐らくこの世に存在する唯一の魔道具だ。しかし、その姿は現代の獣人とは遠くかけ離れている。それはまた別の生体と見られてもおかしくない程に。
「単純だ。それが最も効率良く、平等だからだ」
「平等?」
「この世界の天秤は傾きすぎている。人間の貴様には分からないかもしれないが、獣人として生を受けただけでこの世界は地獄と化す。我らのボスは人間が滅べばそれが解消されると思っているが、それじゃ足りないんだよ。人間にも同じ痛みを知ってもらう必要がある。その魔道具を使って、俺達は人類獣人化計画を成功させる」
アランの言葉を頭の中で反芻させるハル。
そして、ゆっく大きく息を吐く。
結局、誰もがこの世界に不満を持っているのだ。
ただ、各々が各々の正義を持ち、その正義は全くの別方向を向いているから、争わざるを得ない。
「正義と正義のぶつかり合い……か」
「互いの正義がぶつかり合うのが戦争だ。そこに悪など無く、悪が無いからこそ、戦争は何千年経ってもなくならない」
同感だ。
もっと分かりやすく、正義と悪が目に見えて別れていたらどれ程楽だっただろうか。
でも──、
「だからこそ、自分の正義を見失ったら駄目なんだ」
咲場春は誰よりも自分勝手で我儘な少女だ。
自分がこれと信じた道をひたすら突き進む。それが彼女のたまに欠点にもなり得る美点だ。
「あんたらの目指す人類獣人化計画とやらが、今の獣人の形になるならワンチャン肩入れしてたかもしれないけど、残念ながらその計画は私の好みじゃないんだよなぁ」
「そうか。なら、貴様の正義を聞こうか」
その問いに、ハルは清々しいほど真っ直ぐな瞳で答える。
初めから、その想いはたったの一度だって揺るがない。
「愚問も愚問、大愚問だぞオイ。人間のフォルムにケモミミ、ケモ尻尾──、これが正義でなくて何が正義だ、このすっとこどっこい」




