11.敵はすぐ隣に
「貴様、何をしている!?」
強面の代表が何が起きたのかが分からないといった表情で倒れたグリフトを見下ろしているライン王子を糾弾する。
「安心してください、殺してはいません。刃先に麻痺の魔法を付与して、一時的に動きを封じただけです」
「そうではない! 何故そのような事をする必要があったのかを聞いているのだ!」
鋭い視線を受けて、ライン王子は一瞬だけ言おうかどうか喉を詰まらせる。
だが、この部屋にいる誰もがグリフトに心を開きかけた瞬間の出来事だっただけに、理由も無しにライン王子がこのような行動に出たとは考えづらい。それが分かっているからこそ、全員がライン王子に注目していた。
「……読心魔法でこの男の心の声を聞きました。その内容は、ダルキ国王を殺す機会を窺うものでした。つまり……彼が口にしていた言葉は、全て出鱈目です」
ライン王子の言葉で部屋に動揺が走る。
それが本当なら、先程まで心を許しかけていたライン王子以外の全員が、彼に騙されていたということになる。
「そういえば、アインツベルクの第一王子は読心魔法に長けていたのう。以前商談の際にしてやられたのを思い出したわい」
以前ライン王子と商談をしたことのあるらしいお爺さんの代表が、顎髭を弄りながら思い出したように呟く。
ライン王子の読心魔法ならハルも実際に対象にされたことがあるため、その精度は疑う余地もない。そんなライン王子が言っているのだから、まず間違いなくグリフトはダルキ国王を殺害する機会を窺っていたのだろう。
「……ふむ、とりあえずその者の麻痺が解けぬうちに簡単に治療した後、地下の牢に入れておくことにする。悪いがこの件に関してはアインツベルクに任せてもらえないか? 進展があれば必ず報告することは約束する」
実際にたった今命を狙われていたダルキ国王がそう提案する。
「いいのかアインツベルク。お前の息子によるとこの者はお前の首を狙っていたのだぞ?」
「構わん。敵だろうと味方だろうと、ビスト帝国の内情を知る者が向こうから来てくれたのだ。簡単には殺しはしない。この者は情報の塊だ」
強面さんも見た目に似合わずダルキ国王を心配しているらしい。このままグリフトを生かしておいて万が一という状況を危惧しているのだろう。
だが、ダルキ国王の言っている事も確かで、ライン王子の読心魔法がある限り、尋問なりで嘘を吐くことはできない。ビスト帝国の情報を引き出すにはもってこいの人物だろう。
「まあアインツベルクなら任せられるじゃろ。だが状況が状況じゃ。情報の共有は忘れるな」
「ああ、約束する」
この中でも最年長であるお爺さん代表が言うのであればと、他の国の代表達もそれに賛成していく。
突然の事態で一時はどうなる事かと思ったが、災い転じて福となるのか、逆に敵の情報が手に入るチャンスが巡ってきた。大陸会談も途中段階ではあったものの、今はグリフトの処理が必要なため、一時中断となるだろう。
「アインツベルクの息子、この城に張られた結界はお前さんがやったんじゃろ? とりあえず会談は中止にするようだし、解除してくれ」
お爺さんが先頭になって会談をしていた部屋から出ようとライン王子に申し出る。
ライン王子もそれに何も疑問も感じずに頷いて、懐に忍ばせていた結界を張る魔道具に手を伸ばす。
──しかし、ずっと黙っていたハルがその手を掴んで止めた。
「……? ハルちゃん?」
「待った。ずっと気になってたんだけど、グリフトさんってどうやってこの部屋に入ってきたの?」
ハルの純粋な問いに、強面さんが呆れたように返答する。
「何を言っている眼帯の小娘。我々の目の前に転移魔法で現れるのを貴様も見ていただろう」
その言葉に、ロイドとライン王子がハルの言いたいことを理解した。
他の国の護衛の中にも同じようにハルの意図することを理解した者が数名いたが、その者達も皆例外無く魔法使いの者達だった。
「でも、転移魔法って一度行ったことのある場所にしか転移できないんですよ? グリフトさんは転移魔法が使えないはずですから、代わりに転移魔法を使った人はこの部屋に入ったことがあるってことになりますよ?」
「……!」
そう、転移魔法は一度行ったことのある場所にしか転移することができない。それは自分の記憶にある場所の座標を明確にイメージする必要があるからだ。つまり、物心付く前に行ったことのある場所などには転移することができない。あくまで明確にイメージすることができる記憶が残っている場所にしか移動できないのだ。
「ライン王子、この部屋にビスト帝国の者と思われる人が入ったことは?」
ハルのこの問いに対する答えは当然NOだ。
となると当然謎が深まってくるのだが、ここで意外な人物が声を上げた。
「それに関してはおおよその予測はついている」
そう答えたのはこの城の主であるダルキ国王だった。
「え、父さ──国王、心当たりがあるのですか?」
「ああ。何ヵ月か前だが、ここより辺境の地でファネル=レッセフェールとその両親が何者かに殺害されたという情報が入ったことがあった」
その情報に関してはハルも聞いていた。獣人コレクターであり、違法に獣人を奴隷として買っていた元貴族の一人娘だ。ハルがルルとリリィの件で彼女の屋敷にカイと共に突撃し、その違法行為の数々が明るみになったことで国王自らレッセフェール家の貴族としての地位の剥奪と、国の追放を言い渡した。
そんなファネルとその両親が、辺境の地で惨たらしい斬殺死体として発見されたとだいぶ前に王都から送られてきた手紙に書いてあった記憶がある。
「……! そうか、そういえばその時にファネルを殺ったのって……」
「うむ、アルとアランと名乗る黒装束の2人組が一番怪しいと睨んでいる」
それに関してはハルも同じ結論だった。
「そして、レッセフェール家の当主であったファネルの父親は、何度かこの城にもこの部屋にも足を運んだことがある」
「つまり、転移魔法を使えるアランがその当主の記憶を覗いたと、そう言いたいんですね」
「そんな事ができるんですか?」
国王の言葉を代弁したライン王子にハルが首を傾げる。
「僕だったら読心魔法の応用で可能だし、他にも記憶を覗く魔法はないこともないね」
と、アインツベルク側だけでそんな話を繰り広げていると、黙って話を聞かされていた強面さんが一歩前に出る。
「おい、それはつまり、向こうはいつでもこの城に転移できるという意味ではないのか!?」
「それだけじゃないと思われます。先程、皆さんの国でも貴族の何人かが何者かに殺害されている事件が起こっていると仰っていたと記憶しています」
「……!」
そう、先程は戦力確保のためにそれらの事件で理不尽に容疑者にされている獣人達の確保が狙いではと話していたが、狙いはそれだけではないのかもしれない。もしかしたらもう既に、ここにいる各国の長が住む城にならいつでも転移可能、なんて可能性だって十分にあるのだ。
ライン王子の言葉に他の国の長達も固唾を飲む。
しんっ──と一同が静まり返る。
そして、部屋にいる全員が未だに麻痺の魔法で動きが封じられているグリフトに視線が集まる。
「……なるほどの。尚更この者を殺すことはできないようじゃの」
「アインツベルク、貴国の尋問班は優秀なのか? 何ならうちの尋問班を貸しても構わん。事態は一刻を争いかねん。城に転移できるということは、国の内側にいきなり謎の兵器を持った獣人兵が現れる可能性があるということだ。住民を避難させる暇すらないかもしれんぞ」
明らかに焦りを見せる長達。当たり前といえば当たり前なのだが、こうなってくるともう四の五の言っていられない。それぞれ王城には自分達の家族だって住んでいるのだろう。今、こうしている間にも先程のグリフトのように王城内にビスト帝国の獣人兵が転移していないとも限らない。
「尋問は任せてもらって構わない。多少手荒になっても、彼には知っていることを全て吐いてもらうつもりだ。うちには読心魔法もある」
「まあそうじゃな。こういう時の読心魔法は一番役に立つ。ここは当初の通りアインツベルクに任せるのが一番じゃろ。だが、ワシらはどうする? こうなってくるともう安全な場所などどこにもないぞ?」
「皆は家族や国民が心配だろう。どこにいても同じというのなら、自分の家にいるのが一番だ。まずはすぐにでも自国の防御を固め、敵がどこに転移しても対処できるように備えるべきだ。固定概念は捨てよう。敵はすぐ隣にいるやもしれん。各国の健闘を祈る」
ダルキ国王のその言葉で大陸会談はとりあえずは締め括られた。
当初は数日間アインツベルク王国に留まるはずだった各国の長達も、状況が状況なだけにその日の内に帰路に着いた。
グリフトに関しては簡易的な治療のみを施され、手錠と足枷を付けて地下の牢に幽閉された。
「…………」
「ハルちゃん? どうかした?」
「……いえ」
そしてハルは、連れていかれるグリフトの視線を思い出しながら、密かにとある覚悟を決めた。




