10.協力?
明けましておめでとうございます。
「こんなところで戦うつもりはない。落ち着かんか」
フードを取って顔を晒したグリフトは両手を挙げることで抵抗しない旨を伝える。
一応腰には刀が装着されているが、手が上に挙げられている以上安心だろう。いくらシュナの師匠で剣の達人と言えど、ここにいる者達が僅かな動きであろうと見逃すとは思えない。
「貴様、何者だ?」
強面の代表が腕を組みながら鋭い眼光をグリフトに向ける。
その辺の一般人なら腰を抜かして失神でもしそうなその眼光を正面から受け止め、それでも顔色を変えずに軽く肩を竦めるグリフト。
「儂のことならそこの娘達がよく知っておる。多分じゃが、儂はこの国ではちょっとした有名人だろうからの」
グリフトの言葉に各国の代表や護衛達が一斉にこちらに視線を向けてくる。
そんな視線を受けて、ダルキ国王が口を開いた。
「この男は数ヶ月前にアインツベルク王国内にて大量殺人を起こした犯人だ。現在アインツベルク国内では指名手配されている」
「なに……っ?」
ダルキ国王の言葉に部屋が緊張に包まれる。各国の護衛達がそれぞれの代表達を守るように前に立ち、剣や魔法の杖を構える。
そんな大量殺人犯が各国の代表が集まっている王城に直接乗り込んで来たのだ。警戒して当然だろう。現にロイドやカナタもダルキ国王やライン王子、そしてハルを庇うように前に立っている。
「警戒するのは分かるが少し落ち着け。さっきも言ったが、ここには争うつもりで来たわけではない」
「……!」
一瞬、ちらりとハルと目が合う。
が、すぐにその視線は他の代表達に移り、そのまま話を続ける。
「儂はお主達の敵ではない。むしろ、お主達に協力するためにここに来た」
「協力……? ふん、寝言は寝てから言うものだぞ、獣人」
強面の代表が眉間に皺を寄せながら机に手を付いてゆっくりと立ち上がる。
「アインツベルクからマヒユ教の大量殺人の話は聞いている。貴様が本当にその犯人なら、協力などという言葉を誰が信じると思う? 貴様がビスト帝国の幹部と思われる黒ずくめの男と消えたという噂も聞いている!」
「信じたくないのなら好きにすれば良いが、信じなければまず間違いなくお主達はこの戦争に負けるぞ?」
「……どういう意味だ?」
「その噂は本当じゃ。実際以前この国から離脱したときはあの小僧の転移魔法で離脱したからの」
恐らくシュナと戦ったときのことを言っているのだろう。シュナからの報告では背の低い黒装束の男の転移魔法で消えたと言っていた。その時にその黒装束の男は雷の魔法も使ったという報告もあったことから、まず間違いなくハルとも因縁のあるアランのことだろう。
やはりあのアルアランコンビはビスト帝国の者だったらしい。この2人は戦争を仕掛けるずっと前、それこそハルがこっちの世界に来る前から大陸にいた。アランの使う転移魔法もロイドやライン王子と同じで一度行ったことのある場所にしか行けないのだとしたら、これから起こるであろう戦争に備えて、大陸の色んな場所を回っていたと考えれば納得もいく。
それに、以前獣人コレクターのファネルや魔道具研究者のミラーはこのアルとアランから、隷属の首輪や体内に埋め込むタイプの体の自由を奪う自爆魔道具を受け取っていた。理由は不明だが、この2人は恐らくアルとアランによって殺されている。つまり、この2人を使って何かしらの実験をしていたとも考えられる。
「つまり儂はビスト帝国の内情も知っておる。あの常軌を逸した兵器の事もじゃ。あの兵器を使って訓練していた獣人兵も目の前で見た。だからこそ断言できる。お主らはこのまま行けば間違いなく敗北する。そして、あやつは降伏を認めない。あやつの目的は、人間の絶滅じゃからの」
「人間の……」
「絶滅……?」
しん──と静まり返る室内。
ハルは薄々気が付いていた。もし、彼らの目的が獣人の迫害をなくすことだとして、それが常識となったこの世界で、迫害の原因を作ったマヒユ教を滅ぼしたところで既にそういう概念が染み付いてしまった世界を変えることなどできるのかと。
出した答えは否だ。
そもそも、人間が獣人を、獣人が人間を忌み嫌っている時点で、共存は不可能。上から強い力で押さえ付けたとしても、必ずどこかからはみ出てしまう。だからこそ、お互いを知る必要があるのだ。
マヒユ教も、ビスト帝国も、人間か獣人かの違いはあれど考えは全く同じ。
殺られる前に殺る。そんな考えを持った者同士が共存できるはずもない。どちらも、相手を知ろうとすらしない。
だからこそ、彼らビスト帝国の狙いはマヒユ教と同じ──
「領土でも、金でも、名誉でもない。これは単なる復讐劇。獣人の平和を望んだたった1人の男の大革命。人間が死に絶え、獣人のみが残った世界で、獣人の獣人による獣人のためだけの世界を作る。これが、あやつの目的じゃ」
人間の絶滅。獣人だけの世界。これが、ビスト帝国の望む未来なのだと、グリフトは言っているのだ。
「……それで、あなたはどうして協力をしようと思ったんですか? マヒユ教徒を殺して回ったあなただ。てっきりその考えには賛成派なのだと思っていたんですけど」
ハルが1歩前に出てロイドの横に並ぶ。
ロイドにはあまり出過ぎるなと目で制されるが、ハルにはどうしても訊きたいことがあった。
そもそも、彼が何故シュナにビスト帝国の存在を教えたのか。彼がマヒユ教徒を殺して回ったことは紛れもない事実であり、それがビスト帝国の命令であろうとなかろうと、自分の意思がなければあそこまでの人数を殺し回ることは難しいはずだ。
つまり彼自身にもマヒユ教徒には恨みがあったはずだ。だからてっきりハルはグリフトとビスト帝国の考えは同じものなのだと思っていた。だからこそ、シュナにビスト帝国のことを教えた理由が思い当たらなかった。
昔ずっと一緒にいたシュナが嘘を吐いてはいなかったと強く押したから一応は信じたものの、その情報が本当だっただけに余計にハルの中で矛盾が大きくなった。
「マヒユ教徒を殺して回った。その事に関して後悔はしておらん。奴等が獣人を迫害していたことに変わりはないからの。儂は全獣人の味方でありたいと、そう思っておる。だがの、それは決して、人間の敵になりたいという訳ではない」
「…………」
「儂は色んな人間を見てきた。マヒユ教徒や獣人コレクターも多く見てきたし……逆に、獣人と共に生きる道を選んだ者も見てきた。人間が全て獣人の敵ではないことは分かっておる。そしてそれは、あやつだってどこかで分かっておるはずなんじゃ」
先程から出ている、彼があやつと呼ぶ人物──。彼が言うその人物は、1人しかいない。
「頼む。どうかあやつを止めて欲しい。このままでは、本気で人間を滅ぼしかねん」
「それは……その男のことを思ってのことですか? それとも、全滅させられる人間のことを思ってのことですか?」
「……なに、そう難しく考える必要はない。儂も、どっかの馬鹿な娘同様、獣人と人間が共に笑い合い、協力しあって暮らしていける、そんな妄想丸出しの世界を死ぬ前に一度でいいから見てみたくなった。ただそれだけのことじゃ」
グリフトの真摯な視線を受け、各国の代表、護衛、そしてハルも、その言葉を信じても良いのではと考え始めた。それに、ビスト帝国の情報をふんだんに持っているであろう彼がこちらの味方に付くのであれば、これほどの戦力はない。
心強い味方が付いたかもしれない。そんな安堵が室内を包んだ。
だからこそ、この部屋にいる誰1人として、その行動に反応ができなかった。
ハルも、ダルキ国王も、最強の冒険者として他国から一目置かれているロイドもカナタも、他の代表や護衛達も、そして──剣を極めたグリフトでさえも。
次の瞬間だった。グリフトがその場に倒れたのは。
そして転移魔法で移動したのか、その背後に立っていたのはグリフトのものと思われる血が付着した短剣を持つライン王子だった。




