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漆黒の狩人《イエーガー》アルティメス  作者: 北畑 一矢
第1章
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ロードスの悲劇

 一方、ニルヴァーヌ学園の地下にあるシェルターに避難していた学生達も、市民らと同様にいつも通りの日常を迎えていた。

 混乱は収まり、生徒達は総出で地上に戻れたが、まだまだ成長期にあることも含めて、本日の授業は休止することとなり、それぞれ自分の部屋で体を休めることとなったのである。避難の間、寝る間もなかったのが主な理由だ。

 そして、正午を過ぎ、少しの間だけ体を休めることができた彼らは、学園の広い敷地内の一画に集団で戯れ始め、頭の中に留めていた昨日の出来事を煙のごとく消していくように、まるで休日のような時間を満喫するのだった。

「はあ~、疲れた……」

「昨日の今日だから、今回だけダラけるのを許すわ。ま、こっちもだけど……」

 その休日を満喫しようと、学園の敷地内にある芝生の上に置かれた円形のテーブルにエルマ、イーリィ、カーリャ、ルルの四人が、四方を囲むように椅子に座っている。エルマ達が正しい姿勢で座る中、カーリャだけ両手を力が抜けた状態でぶら下げていた。

「今日が休みになって、ラッキーと言うべきか、それとも不運と言うべきか……」

「ハハ……。イーリィ、真面目なんだから素直に受け止めようよ」

「けどさ……」

「そういうところ。二人も休めるだけ休もうよ」

「うん……」

「…………」

 調子の回らないイーリィに、その隣に座るカーリャが宥めてくる。緊張の糸がまっすぐに立たないことが彼女の調子を狂わしているようで、カーリャからは真面目だと認識されており、カーリャから見れば今のイーリィはまるで空気が抜けて、皴が目立つしぼんだ風船のようだった。

 カーリャが話を振ってくる中、左隣にいるルルは答えるが、その正面に向いているエルマは俯いたままなぜか言葉を発さなかった。それを見て、訝しんだルルがエルマに声をかけてくる。

「……もしかして、昨晩のこと気にしてる?」

「!」

「そうそう……何なのアレ? 何だか変だったけど……」

「そんなんじゃないよ……。ただ、何かが来るって気配がしてきて……それで……」

「「「…………」」」

 イーリィとカーリャも何やら膨らんだ話を持ってくるが、エルマは即座に否定する。だが、気にかかることがあるためか、言葉が何だかたどたどしい。興味を持っていた三人も言葉を失う。

「実はね、あんな感じになったのはこれが初めてじゃないの……」

「「「!」」」

「なんていうか、数年前からかな。初めは気のせいなんじゃないかって思ってたけど……主に閉鎖区の向こうからとんでもないものがやってくるっていうか……」

「とんでもないもの?」

「まさかヴィハック?」

 その言葉にエルマは頷く。これまで起きた避難でも首都に何かが襲い掛かってくるイメージがエルマの中にあったようだ。今回もそのイメージがあったらしく、何かが彼女の頭の中で引っ掛かっていたのである。

「ただ、今回の場合は何か別のものがやって来た感じがしたの。ヴィハックの、悪意・・とかそんなんじゃなくて……」

「「…………」」

 憂鬱な表情をするエルマに、カーリャ達も心配そうな目つきで見つめてくる。ただ、その一方でルルはどこか疑いの目で見つめていた。

「……検査に行ったらどう? 一回見てみた方が」

「ハハ……。気持ちはありがたいけど、実は行ってみたんだけどね。病院に」

「「え!?」」

「どこにも悪いところなんて見られなかったし、逆に幻覚でも見たんじゃないかって、疑われたよ」

「そっか……」

 ルルの配慮はどうやら杞憂だったようで、どこも異常はないとエルマは答える。イーリィ達も納得する中、自身の異変を友人達に話して、肩の荷が下りた彼女だったのだが、未だに心に残っているものがあった。

(何もないとは言い難いけど……何だろう、この違和感・・・……。やっぱり、何かある・・・・……!)

 エルマが心の中で何かの意を決する中、一人だけ彼女を違う目線で見つめていた。

 そしてそれは、自身の運命を大きく変えるものと遭遇するきっかけになるのを――エルマは知る由もなかった。


 一方で学園の敷地の外に設置された校門の近くにいたルーヴェはただ、校門の先にある校舎を見渡しながら立ち尽くしていた。

(少し気になったから来てみたが、この様子だと、ここに入る・・・・・のはさすがにまずいな……)

 本来なら、この学園に入れるように手筈を整えたはずだったのだが、予想外の事態が起きたため、後回しにされたのである。訝しい表情をするのも無理はなかった。

 その思いを心の中に留めた彼は、そのまま学園に踏み入れることなく立ち去るのだった。



 帝国のシンボルとして扱われるガルヴァス皇宮の中は、金や銀など豪華な装飾で彩られており、一般人にはまず立ち入ることが許されない、まさに強者だけが住む空間である。

 また、外側に取り付けられたガラスを通して空から光が差し込まれており、赤い絨毯が敷かれた通路にその形がくっきりと浮かび上がっていた。

 その壁際に、軍服を着たガルディーニが背中を預けるように立っていた。

「…………」

 彼はその場から動こうともせず、深く何かを考え込んでいる様子であり、その通路を一人で歩くメリアが彼に気が付くと、その近くに足を運んできた。

「どうしたんですか、ガルディーニ卿? 何だか浮かない顔をしているようですが……」

「……メリアか。どうも気になることがあってな……」

「やはり、あの……」

「ああ」

 ガルディーニが気にかけていたことは当然、昨晩の戦場に介入してきた黒いシュナイダー、アルティメスである。たった一機でヴィハックを圧倒するなど、普通ではない。それを見せられて、動揺することも、意識することもままならなかったのだ。

「あんな性能を発揮させるシュナイダーが我々(・・)以外にあったとはな……」

「はい。あれはまるで、あの方々・・・・みたいでした」

「【タイタンナイツ】か」

 ガルディーニの言葉にメリアは頷く。戦場でヴィハックを圧倒する姿を見て、その彼らと被ったのだろう。そのタイタンナイツと呼ばれる者達もまた、アルティメスと匹敵するほどの強さを持つということでもあった。

 だが、それとは関係のないことが彼女の口から語られた。

「それについて、一つ気になることがあったんです」

「? 何だ?」

「あのシュナイダーは、どうやら先に確認された・・・・・・・ものらしいと……。何でも、ルヴィス殿下が掴んだ情報だそうですが……なぜ我々に伝えてくれなかったんでしょうか?」

「…………」

 ガルディーニ達に余計な情報を回して、混乱させたくなかったということをガルディーニは第一に考える。しかし、先程の戦いにて、救援を断ってアルティメスに行かせた辺り、あの機体に秘められた性能を既に把握していたのことが容易に想像できた。

「理由はどうであれ、ただ一つだけ言えることは、我々がヴィハックを圧倒する〝力〟をまた目にしたということだ……。もっとも、あの二国が造り上げたものとは考えにくいが」

「……ならば、アレはどこから来たのでしょうか? 単独飛行を行えるなど、少なくとも我が国を……」

「言うな! 帝国にとってはよろしくない言葉だ。慎め」

「……申し訳ありません」

 メリアの本音を遮ったガルディーニだったが、本音が本音だけにあまり口にさせたくなかったようだ。軍事力に置いて他国を凌駕する帝国にとって、何よりプライドがそれを許さないからだ。ルヴィスがいかに冷静だったとしても、素直に受け入れるはずがないことを彼は熟知していた。

「ちなみに、その情報はどこから来た?」

「ケヴィル侯爵があのシュナイダーの情報をかき集めていると噂があって、それで……」

「……なら、我々も独自に動くとするか。できれば、あれを動かすアドヴェンダーの正体も掴んでおきたい。お前の所にもその情報をかき集めるように伝えろ」

「分かりました。すぐに探らせます」

 ガルディーニは調査の対象であるシュナイダーを含めて、その力を十分に発揮させるアドヴェンダーを視野に入れる。シュナイダーの性能を引き出すには、やはりアドヴェンダーの実力に左右されるため、それを一ミリたりとも見逃すわけにはいかないからだ。

 だが、普通ではない相手を探るには彼ら二人の、自らの地位を十分に活用する他ならなかった。まさに身分の高さを持つ者ならではだ。

 ガルディーニの思案を耳に入れたメリアが、その場から離れて姿が見えなくなるとガルディーニも寄りかかっていた背中を壁から離れ、後ろを向いて彼女とは逆の方向に歩き出した。

(殿下が裏で何をしているのか、我々の知るどころではないが、不測の事態が起きている今、殿下にばかり、いいカッコにさせるわけにはいかん……)

 本来、ガルディーニは正攻法で行こうと考えていたのだが、おそらく追い払われることを想定して、あえて言葉を飲み込んだ。ルヴィスが先に情報を掴んでいたことから、おそらく別の理由で誤魔化す気だろう。特に身分の違いを生かして、それを阻むこともその一つだと分かり切っていた。

 貴族が国を治める皇族に従うことは当然ではある。ただ、自分達の言葉を聞き入れさせることも少なからずあるのだが、大抵は突っ撥ねられることもあり、不満を抱くことも少なくはなかった。これだけでも、帝国は実は一枚岩ではないことがよく分かる。

 実際、皇宮内でも化かしあいが今でも続いており、その中に一部の貴族から入れ知恵を取り入れる者も少なくない。いかに強力な国家であろうと、必ず歪みという綻びが目の見えないところにあり、その奥底に眠る様々な思惑がこの城を中心に入り乱れていたのである。

(この世は所詮、弱肉強食……。強い者が生き残り、弱い者が消えるのは当然だ。しかし……!)

 たとえ身分が低くとも貴族としてのプライドがある彼は、皇族の言うことを聞いて動くだけの人形でいることや黙っていることなど論外であった。それなら、自分達だけで探った方が得策である。もっとも、他の貴族共に気取られることも恐れてだが。

 しかし、彼には覚悟があった。それは貴族としてのプライドというよりも、軍人としての責務が優先された強い覚悟だ。その意志がガルディーニの表情に表れていた。

「絶対に守ってみせる……! あの方・・・のためにも……!」

 それは、甘やかされて育ってきた坊ちゃんという子供らしさや野心ではない。そもそも、そんなものなど微塵も存在せず、とっくに捨てている。帝国を、自身が忠誠を誓った〝あの方〟――皇族を命をとして死守するという決して揺らぐことのない決意が彼の頭の中にあり、自身を今まで支え続けていた。もちろん、これからも変わらない。

「もうあんな悲劇(・・)は、たくさんだからな……!」

 その悲劇とは、もちろん【ロードスの悲劇】。彼を含めたガルヴァス人、いやこの世界に生きるすべての人々が経験した〝地獄〟である。

 身分も関係なく不平等な死を与える時代を生き、それを肌で感じ取っていた彼は、これ以上の辛さを感じるのを嫌い、貴族でありながら軍属という立場を手に入れ、軍人として戦場に立つことを選んだのである。

 貴族という高い身分を持つ彼なら強さを証明することを目的としているように思える。だが、彼らに襲い掛かる二つ(・・)の脅威は、まるで自分達が弱者であることを嫌という程、突きつけていた。

 その一つであるヴィハックは兵器を持ち込まない限り、勝つことはできない。ただただ、どちらかが滅ぶまで続くのは間違いないだろう。

 そしてもう一つは、強さ関係なしに人の命を無差別に奪い続ける〝悪魔〟だ。もっとも、その〝存在〟は人でも動物でもなく、かといって目に見えず・・・・・、人を殺し続けるのである。その恐ろしさに人々は今でも恐怖を感じており、生きるのにも必死となっていた。

 なぜなら、分かっていても防ぎようのないものであると同時に、あらゆる生物・・・・・・を死に至らしめる、文字通り、見えない悪魔・・・・・・であった。



 夕暮れに晒される街中にいたルーヴェは、大きな建物の出入り口付近に、ある注意喚起を促す貼り紙を見つめていた。

「…………」

 その張り紙には〝予防接種〟といった注射器から透明な液体が飛び出るという、軽い演出が一枚の絵として描かれた呼びかけである。それを見て、ルーヴェは目を細めた。

(……あれから十年か。だけど、俺にとっては……)

 ルーヴェは改めて十年という時代の変化を感じ取っていた。ただ、彼はその十年のほんの少しだけ理解できていなかった。

 なぜなら、彼は最初の五年だけ、彼はその時代を生きてはいなかった(・・・・・・・・・)のだから……。


 ギャリア大戦が勃発した当時、その真っ只中で出没したヴィハックを排除しようとガルヴァス帝国は、タイタンウォールで隔離させたロードスに大型ミサイルを投下させて殲滅を図った。

 その目論見は成功したかに見えたが、着弾点に巨大なクレーターが、周囲には建物だった廃墟だけが広がる、まさに戦後のような大地が形成されてしまう。

 ただ、ロードスを隔離させたおかげで強烈な反応によって発生した放射能も周囲に広まることはなかったものの、ロードスに住んでいた市民らはかつての大地を見ることも戻ることもできなくなり、帝都を含めた壁より南下している大地に留まることを余儀なくされた。

 のちに、ロードスの名は消え、〝閉鎖区〟として呼ばれるようになったのである。

 当然、領土の一部を失ったダメージは大きく、帝国は状況の整理をすべく即時、他国との休戦協定に入った。ヴィハックの襲撃により予想以上の被害と度重なる疲弊に、両者は戦い続ける余裕すらなかったのである。

 ところがその数日後、帝国を中心に避難を続けていた国民が突如亡くなる事態が起こり始めた。警備を務めていた警官だけでなく、警官と共に動いていた軍人達も命を落とし、やがて世界中がパニックに陥り始めたのである。

 自覚症状がないまま突然苦しみだし、指を動かすどころか息すらできなくなるなど、普通ではないこの症状は、天然痘やインフルエンザといった疫病に近く、それが続いた後にいきなり命を落とすといった、この突発性の病気は命に関わるものであることを悟るには、時間はかからなかった。

 すぐさま医師達が対応し、その症状で亡くなった人々の身体を調べてみると、そこから採取した血液に奇妙な細菌が発見された。その細菌を詳しく分析してもどこの記録にもなく、すぐに新種のウイルスだと判断され、同時にこのパンデミックを引き起こしている元凶であることも判明した。

 この事態を重く見た各国の首脳陣は緊急対策会議を実施、今後も広がり続けるであろう最悪のパンデミックに頭を悩ませる。その中でウイルスの感染を、混乱の拡大を防ぐための措置として感染者の即時隔離を行うことを決定、同時に世界中の名医をかき集めて、パンデミックの調査、および対抗策を練り上げるチームを結成、即時に作業を進めさせるよう手配した。

 ところが、その場にかき集められたのがたった数十名しかなく、そのほとんどが新種のウイルスにやられてしまっていたこともあり、状況は最悪のものへと進んでいた。それでも医師達は状況を打開すべく、ウイルスに対抗するためのワクチンの製造を行い、寝る間も惜しまずに作業が進められた。

 ちなみに、今も拡大するこのウイルスの症状は一定のパターンがあり、こう纏められた。

 ステージⅠ……急な苦しみと共に、高熱や頭痛を訴える。

 ステージⅡ……鼻や口など粘膜から出血し、ひどい時にはさらに目からも出血する。

 ステージⅢ……体内で圧力がかかり、体から首筋にかけて血管が赤黒く浮き出る。

 そして、ステージⅢを過ぎれば、死亡に至る。その致死率は100パーセントであり、その新種のウイルスは間違いなく命を食らい尽くす、悪魔であった。

 ワクチンの製造が進められる中、未だに被害は後を絶たず、病院内は戦争による負傷者はおろか、先の症状を訴えるたくさんの人々で溢れた。

 安静させるベッドはどこも満杯であり、緊急措置として毛布などが敷かれた廊下で横になるなど、駆けつけてくる患者は急増し、一向に医師達の対応が追い付くことはなかった。

 その上、対処法すらわからない医師達は、今も苦しむ患者に何とか鎮痛剤や解熱薬など軽い処方を施すが、それが気休めであること、それしかできないことに心を痛め、違う意味で苦しんでいった。

 これが精一杯の処方であり、症状を軽くできればと医師達はそう願っていたのだが、一向に進展もなく、その脅威は猛スピードで広まっていき、治療に当たっていた医師達や、治療を担当する人の手をも奪っていった。

 その合間にウイルスの解析を終えたのだが、そのウイルスは、一度身体の中に入り込み、細胞と定着したウイルスが増殖、瞬く間に身体全体の臓器にダメージを与え続け、やがて死に追い込む致死性に、かなりの感染力と、どの薬品にも耐性を持ったものだと判明された。

 さらにこのウイルスは人間以外にも感染し、犬や猫などの動物や大地に生えた植物までにも影響を及ぼしていた。その中で動物の死滅、および植物の腐敗といった被害も各地で確認され、廃棄や収穫減少による食糧不足にまで発展し、国民への配給も困難となっていた。

 ちなみにそのウイルスは人から人へと感染することはないのだが、いつどこで感染したのか分からず、判別する方法すら見当たらなかった。加えて発症しても、どの薬が有効なのか分からず対処も難航し、打つ手を考える時間すら惜しくなっていた。

 時間と並行したまま、この凶悪な殺人ウイルスによって犠牲者を増やしていく一方で、この地球に存在する生命が滅亡するタイムリミットが刻々と近づいていた。


 数ヵ月後が経ち、犠牲者の数を数えること、生きることすら考えられなくなっていたその時、ガルヴァス帝国がようやくウイルスに対抗できるワクチンの開発に成功させたことを報告した。

 それを各国が疑う中で帝国は最初に自国の感染者に投与した結果、症状が少しずつ良くなっていき、次第に身体を動かすほどに復調させていったのである。

 それと並行して、動物や植物にも試したところ、同様の効果が現れ始め、その結果に医師達は久々に大喜びした。それは、初めて人類に希望が灯った瞬間である。

 各国がその結果を知るとすぐにワクチンの量産を薦め、ペースを考えることもせず製造を進めていった。最初は生産できる数が少なかったが、次第にワクチンが量産されるとすぐに苦しむ患者達を救うために世界中の国々へと届けられていった。

 ただ、ワクチンが全世界に提供できるようになった頃には、ギャリア大戦による戦死者、ウイルスの感染で死亡した人々を含めて、既に人類の総人口が四分の一も消失する結果となった。

 老若男女問わず、身分関係なく命が消えていったことは、何とも痛々しく、どれだけの死体の山が築かれたのか、誰も考えたくはなかった。

 その後、ワクチンで命を繋いだ各国は、状況を整理した後、自国に蔓延するウイルスの除去に乗り出す。これによりワクチンの効力によって食べ物や飲み水の汚染も少なくなり、騒動は一旦収束の目処がついた。

 ワクチンを摂取することで命を取り留めるようになったものの、あくまで死を遠ざけるだけであり、一向に事態が収束されたわけではない。国を正常に戻すまでには、途方もない時間をさらに費やす必要があり、加えて多くの人手も必要とされた。

 それでも人類は諦めることはなかった。総人口が激減した中でも諦めずに状況を跳ね返した結果が、人類を含めた、この地球の命を繋いだのである。

 それから数日後、世界各国の首脳陣はあらゆる生物や植物を死に至らせるこのウイルスを、【デッドレイウイルス】、命を救ったワクチンを【LKワクチン】と名付けられた。

 さらにそのデッドレイウイルスが発生したその日を【ロードスの悲劇】とも呼ばれるようになり、人類の未来にも大きく影響を及ぼしたこの事件は歴史に、世界中の人々の記憶に深く刻まれることとなった。


 ウイルスの汚染が除去され、世界は仮にも平穏を取り戻すことになったのだが、デッドレイウイルスは未だに根絶されたわけではなく、現在もウイルスの感染が確認されていた。ウイルスの勢いが地球全体にまで広がっていたため、突然死亡するケースも決して少なくはなかった。

 また、新たにワクチンを開発するには現在も開発されている施設も少なく、数も限られていることから国民には定期的にウイルスの検査とワクチンの予防接種を行う必要があった。

 もちろん、ウイルスの脅威に震えていた人類は特に反対することもなく、その提案を受け入れた。

 ワクチンの培養が進めれば、各地のウイルス汚染も浄化できる。かなりの時間を要することとなるものの、ようやく平和が取り戻しつつあると誰もがそう思っていた——はずだった。


 デッドレイウイルスによって世界中がパニックになっていた頃、ある異変が起きていた。

 ウイルスの感染で亡くなった人々の遺体が忽然と消え、それを管理していた者もなぜか姿を消していたのである。後に残っていたのは置いてあったものすべてが荒らされ、地面に沁み込んだ血痕、そして人ではあり得ない、空間に刻まれた傷痕が残った空間であった。

 同時に、各国で滅びたはずのヴィハックの存在が街中で確認されるようになっていた。

 滅ぼしたはずだと思っていた各国が一心に帝国を追及する中、帝国は国の再建を行うため、自国の軍事力を持って改めてヴィハックの排除を実行させようとした。しかし、軍籍を持つ者のほとんどがウイルスに感染したせいで部隊の再編、兵器開発の遅延など、かなり足を引っ張られることになり、出動することすらままならなかったのである。

 その遅れを取り戻そうと躍起になった皇帝は、国を再建させるために使用されていた【シュナイダー】を軍事兵器として再利用することを決定させる。

 当然のごとく一部の開発者が抗議を立てるが、皇帝はそれらを却下、強硬姿勢を崩そうともしなかった。加えて領土を取り戻すための手段なら、と有無を言わせないその発言に誰にも文句を言えず、開発者は、新たなる軍事兵器を開発することとなった。

 そして、軍事兵器として生まれ変わった・・・・・・・シュナイダーが開発され、装いも新たにヴィハックの殲滅に入ることとなったのである。

 ようやく軍として機能され始めたのは、ロードスの悲劇から五年が経った時であり、初めてシュナイダーが投入され始めたのもその時であった。

 ヴィハックが世界中に潜伏している可能性を考えていた皇帝は、餞別と称したシュナイダーの開発データを各国に提供することで、一気にヴィハックの数を減らそうと各国を利用し始める。

 その企みは、各国の首脳に疑われたもののすぐさま製造が行われ、殲滅に入ったことで予想以上の功を制し、同時に力を入れ始めた。その後、両国の間で不可侵条約を締結させ、ようやく国同士による戦争を中止させることに成功した。

 ヴィハックの駆除に専念するようになったガルヴァス軍は、兵器として生まれ変わったシュナイダーの戦果は非常に良いものであり、軍事力を誇る帝国にとってはまさに朗報であった。

 ヴィハックの駆除も順調に進み始めたかに思えたが、思った以上に数が多いことや戦場に立つ経験の差もあってか、被害が出ることも少なくない。

 その理由に関しては別の要因も含まれており、現場にいる者達から見ればそれは、まさに常識の外れたものである。軍もそれに苦しめられており、ズルズルと鼬ごっこが続いていった。

 そして、さらに五年が経ち、現在では既に住民達にとって、ロードスの悲劇は過去のものとなっていった――。


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