貴族の思惑
駆除隊が除菌作業を終えると、ガルディーニ達はキュクロプスに乗ったまま除菌が施されたヴィハックの死骸の一部を慎重に運び出し、一台の大型トレーラーの後部に積載している荷台に載せていく。おそらく、レディアントに持って帰って、研究しようとしているのだが、すべて持っていくわけではなく、積載量が限られているため、一部だけが載せられた。
また、現場に残された死骸はそのまま打ち捨てられるかに思えたのだが、白衣の二人が今度はランドセル型の焼却用バーナーを背負い、死骸の傍に近寄って行くと、
『焼却、開始!』
男と思わしき掛け声と共にランドセルに繋がれたバーナーから火が吹き、死骸を燃やしていく。その死骸を燃やす火が照明の代わりに夜の大地に光を灯していった。
どうやら集められた死骸を焼却処分するようであり、跡形も残さないつもりだ。燃やされた死骸から火の手が上がり、灰煙がモクモクと上がっていく。
バーナーを背負った二人はそのまま地面に転がり続ける死骸を万遍なく火で焙っていき、隅々まで火が通るとバーナーを消し、
『よし、撤収準備にかかれ!』
と撤収の掛け声が周囲に響き渡る。するとすぐに、焼却班を含めた駆除部隊は彼らがそれぞれ乗っていた車輛に戻っていった。
ただ、バーナーによって焙られたヴィハックの死骸は、火が上がったまま放逐されていた。すべて燃え尽きるまで時間はかかるが、また別の個体のヴィハックが襲撃される可能性もあるため、これ以上の長居は無用なのである。
用意していた装備を車輛に戻し、駆除隊のメンバーが全員運転席に座り、エンジンをかけるとすぐにこの場を去っていった。その彼らについていくようにガルディーニ達もキュクロプスを移動させ始め、この閉鎖区に蠢く化け物を阻み続ける、壁の向こう側にある故郷へと帰路に就くのであった。
そして、誰一人いない廃墟だけが並ぶ閉鎖区のど真ん中に、赤々と燃え続ける山だけが残っていった。その火の山から生まれた煙が天に昇っていく。
元の体以上に黒ズミと化すヴィハックの死骸。
その死骸で築き上げられた山が燃えるその姿は、まるでこの地に住み、死んでいった者達への鎮魂を表す配慮に思えるのだった……。
故郷であるガルヴァス帝国へ帰路に就いていたガルヴァス軍。
その中でガルディーニは、自身が乗る操縦席に通信が入ってきたことを知る。
「?」
ガルディーニはその通信を繋ぐと、操縦席の脇にあるモニターにメリアの顔が映し出された。
『ガルディーニ卿。確か、ヴィハックの死体は〝研究所〟に運び出されるんでしたよね? 自分はあまり知らないのですが……』
「私もそう聞いている。まあ、〝ワクチン〟を作るためにも、あの死体が必要だそうだ」
『……ちょっと、おかしくありません? わざわざ、我が国に持ち込むなんて……』
「ん? 何を言っているんだ、お前?」
トレーラーの荷台に載せられたヴィハックの死骸は皇宮から遠くに離れた土地にある〝研究所〟に運ばれる。ただ、その前に皇宮に持ち帰る手筈になっているそうだ。
だが、そのことを怪しんだメリアは表情を曇らせる。
「この十年、ほとんど奴らのデータを取ることができました。その対策もできているにもかかわらず、研究を続けるってのは、どうも……」
「……奴らの生態には、不自然な点が多い。これまでのことだって、今回出てきた〝リザード〟以外の個体が出現していることを含めて、我が帝国はその生態を解明するために研究を続けないといけないのだ。消毒も済んでいることだし、危険は少ないと考えていいだろう」
「……分かりました。出過ぎたことを申してしまって……」
メリアの疑念はガルディーニの言い分によって上手く丸め込まれてしまう。実際、それに関するデータは既に揃ってはいるものの、未だに解明されていない部分が多く、研究も未だに続いている。
ただ、帝国にこれ以上の数を抱えるのは得策ではなく、逆にこちらに危険が及ぶ可能性もある。それを防ぐためにも、焼却による隠滅を図る必要があった。それだけヴィハックの存在が害悪なのである。もちろん、ガルディーニの言葉には嘘偽りがない。
だが、彼女は未だに共感ができずにいた。
(あの行いは本当に正しいのか……? まるで事実から目を背けさせているような……。何だ、この違和感は……?)
あの行いとは当然、ヴィハックの死骸の山を焼却したことである。あのまま留まることは確かに危ないが、アルティメスが去っていった辺り、そんな危険には早々立ち会うことはないはずだ。それでも違和感だけが彼女の中で残っていた。
メリアはそのことを頭の中に留め続けているとだんだんそれに駆られていく。その疑念は確実に信憑性が伴っていき、やがて彼女をその謎解きへと進ませていくのだった。
閉鎖区から戻ってきたガルヴァス軍がタイタンウォールを通るとゲートは閉ざされ、また壁の一部として機能される。そして、ようやく事態は終結することに至った。
その後、帝都全域に勧告されていた避難警報は即時解除、シェルターに避難していた市民も無事地上に戻っていった。当然、被害という被害は受けてもいないため、何事もなかったかのようにそれぞれ自分達の居場所へと戻っていく。
そして、避難で張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように市民らはすぐさま眠りにつくのだった。
一方、管理ブロックから、また執務室に戻ったルヴィスは、机の上に表示された空間ディスプレイを見て、ケヴィルと共にこの戦闘の顛末を再確認していた。
「とりあえず、我が軍には犠牲は出なかったようですね。第三者の介入があったとはいえ、これは幸運と見るべきでしょう」
「そうだな。その第三者の姿をこの目で見ることもできた。思わぬ収穫だが、まあ、いいだろう。ただ……」
「ただ?」
「……あの黒いシュナイダーについてはまだ、父上に報告するべきではない。ケヴィル、お前には引き続き調査を続けさせる」
「な、何を仰るのですか!? それは陛下に逆らうことになるのですよ!?」
ルヴィスの突発的な発言にケヴィルは焦り出す。彼のこの行為は、間違いなく彼の父親である皇帝を騙すことに繋がるからだ。そうなれば、彼はおろか、彼の母親を含めた貴族まで仕打ちがもたらされる。
しかし、ルヴィスもそのことを重々承知であり、表情が強張っていた。
「分かっている! だが、こんな不測があって、それに助けられることがあっては、他国にどう言い訳をすればいいのだ!?」
「…………!」
「兄上や姉上なら、まだいい。ただ、コイツの詳細を明らかにさせない限り、不安を撒き散らすことになるんだ。お前にもわかるだろう?」
「……申し訳ありません。引き続き、水面下での調査を行いたいと思います」
「それでいい。それに、知られたくない奴がまだいるからな……」
困った表情をしたまま視線を右に移すルヴィスを見て、ケヴィルはその表情の意味を察する。彼らの敵というのは、何も国外とは限りないからだ。
改めてルヴィスの指示を受けたケヴィルは主に背を向けつつ執務室を後にすると、その主は肺の中にある空気を抜き出し、肩の荷を下ろすように深く椅子に背を預ける。
そして、ルヴィスは机の上に置かれてあるタブレットに目を向けた。
「…………」
その眼の先にあるのは当然、アルティメスだ。姿形だけでも自分達の技術とは明らかに異なることが分かる。さらにはディルオスよりも高い性能、飛行能力など既存の技術を軽く凌駕しており、もし戦うことになっても勝てるかどうか分からない。
いや、間違いなく一方的に潰されるのが瞬時に想像でき、先程のヴィハックとの戦いでも同じ結果に終わることも明らかである。その事を認めたくもないのか、ルヴィスは膝の上に置いてある右の握り拳がさらに強く握られていった。
(こんなふざけた設計ができる国は、アジアでもEUでも考えにくいが……)
ルヴィスはタブレットの画像として映し出されたアルティメスを見ながら、この機体を開発した国を頭の中で整理していく.のだが、どの国にも見当たる要素が何一つないことに歯がゆい気持ちとなる。
軍事力に関してどの国よりも先立っている帝国にとっては、何分興味が深いものである。それと同時に、自分達でも造れるという意味の分からない根拠というより、嫉妬という感情が沸いていた。
(兄上達には悪いが、私があの機体を頂くとしようか……)
詳しく知るためにも配下であるケヴィルに調査を任せているものの、やはりこの手で自分のものにしたいという、いかにも人間らしい欲が感情の深淵から湧き出していた。
「…………」
ルヴィスのとは同じなようで異なる趣を持つ大きな空間を持った部屋に一人の少女が窓際に立っていた。その窓からは光が差し込んでおり、少女はその身を捧げるように光を浴びている。
後ろ姿で顔が分からないが、白く輝く銀色の髪が異様に目立ち、膝まで届くほどの長さが背中を隠している。また、背中を向けながらも肩や下半身から伸びるフリルが髪の色に合わせた銀となっており、袖の隙間に出る肌を除いて銀一色に染まっていた。
その彼女と後ろの机と椅子から遠く離れた大きな扉からまた一人の人間がその部屋に入ってきた。緑のタキシードを着た、水色の短い髪と同じ色の瞳を持った少女だ。その扉を閉めた後、彼女の近くにある机の前まで足を進めた。
「……閉鎖区で起きた騒動は、鎮圧されました。これでひとまずは安心でしょう」
「……そうですか。何か変わったことは?」
「……何やら我が帝国とは別の何かが介入してきたとか、皇宮内で噂になっているようですが……」
「では、それも含めて、調査を続けてください。何か変わったことがあれば、構わずに……」
「イエッサー!」
少女の指示に、ノーティス・カルディッドは敬礼を行った後、すぐにこの場を去っていった。
「…………」
少女は再び外を見やる。その目の前には避難警報が解除され、再び明かりが灯った街中だ。国がまだ生きている証拠である。しかし、彼女は別のことで頭がいっぱいだった。
(先程感じた〝アレ〟は、一体……? あのヴィハックと呼ばれるものとは違う、もっと、清らかな〝アレ〟は……)
彼女が感じ取ったそれは、先程ノーティスに伝えようとしなかったことであり、少女にしか伝わることのないものだったからだ。
その反応はやがて、銀髪の少女――ガルヴァス帝国第二皇女こと、ルヴィアーナ・カルディッド・ガルヴァスを、避けられぬ運命へと誘うのだった――。
ヴィハックの襲撃から数時間経ち、朝日が昇る中、レディアントは再び多くの人々が行き交い、ザワザワと賑わっていた。だが、一つだけ異なっていたことがあった。
『タイタンウォールより外側にある閉鎖区にて、ヴィハックの襲撃がありました。ですが、軍がこれを撃退。街中に侵入されることもありませんでした。なお――』
街中から伸びる巨大ビルに設置されたテレビ画面からはヴィハックの襲撃があったことをニュースで知らせており、市民らはそれに釘付けであった。襲撃から街を守れたことに安心する者や、幾度と危機が迫っていたことに不安視する者など、市民の間では様々な感情が入り乱れている。これまで通りの生活を続けてはいるものの、昨晩のこともあってか、どこかぎこちなかった。
また、避難警報が解除され、朝日が昇った時はまだ閑古鳥が鳴く状況にあったことも踏まえて、いつ起きるか分からない、そんな不安の隣り合わせが人々に疲弊を与えていた。それでも時は止まらず、いつも通りの一日が始まろうとしていた。
「フアァ~ア……」
大きな欠伸。
所構わず騒ぎ立てる街中とは裏腹に、溜まった疲労が溢れ出すかのごとく一つの口から漏れ出した。昨晩に起きた避難のせいか、疲れが抜き取れていない様子が露わになっている。
その様子を露わにしていたのが、閉鎖区からレディアントに戻ってきたルーヴェであった。身に着けている服も黒いアドヴェンドスーツから街中で見かける私服に変わっている。
そのルーヴェは街中から外れた公園の中心にある噴水の近くに設置されたベンチに腰掛けながらグッタリとしていて、今にも眠りにつきそうだった。もっとも、周囲には誰も立ち寄っていないためか、ダラける姿は見られることはないが。
その疲れの元は主にヴィハックの戦闘によるものだろう。それに加えて、あまり休眠も取れておらず、目尻から涙が出ていた。その眠気を覚まそうと頭を左右に振る。
「眠……。ここに来たのがまずかったか?」
まだ眠気が取れていないのか、瞼が重いルーヴェはボォーとしている。年齢だけでもまだ十代。まだまだ成長期にあり、彼はまだ大人に近づいていないのがよく分かる。ましてや昨晩から一睡もしていないのだ。自身の選択ミスではないかと、ルーヴェは今更後悔し始める。
その時、上着のポケットが振動していることに気づくと、ルーヴェはその中で振動しているスマホを取り出す。その液晶画面に映っているものを見て、そのままスマホを操作した後、自身の耳に傾けた。すると、今彼があまり聞きたくのない声がスマホから響いた。
『おはよう。元気に眠れた?』
「んなわけないだろ。こっちは数時間しか眠れてないんだ……」
『ハハッ、昨日は災難だったね~。もしかして、出撃したでしょ、アルティメスを?』
「……まあ」
ルーヴェが今通話している相手――ラヴェリアがやや皮肉った言動で会話する。そして、彼がアルティメスを動かしたこともその会話で察したようだ。
「ホント、お人よしね。予定が狂ったら、どうするのよ?」
「これくらいは別にいいだろ。今後の行動にも関わってくるし」
「だから、こういうのは控えてって、言ったでしょ? もしものことがあったら……」
「起こらねえし、起こさせねえよ。それだけだ」
『ちょっ……』
そう言い切ると、ルーヴェは通話を切った。その際にラヴェリアが何かを言おうとしたが、特に耳に入ることはないだろう。今の彼は特に機嫌が悪いのだから。そしてまた、欠伸をすると、
「ちょっくら、散歩に出てくるとするか……。このままじゃ、爆睡してしまう……」
ルーヴェは未だに重く感じる体を動かしつつベンチから立つ。さらに背伸びした後、ベンチから離れ、コキコキと首を傾けて骨を鳴らすとそのまま子供達が所狭しに動き回る公園を後にするのだった。




