白の騎士
空を表す青が広がる中、一機の輸送機が大空のど真ん中を滑るように進んでいた。完全に一人旅のような優越感があり、周囲には飛んでいる鳥すら見当たらない。
さらには機体の側面に、とある国のシンボルが描かれており、その国の所有物であることを意味していた。この輸送機を所有している国は、三国の中で最も力を象徴するあの国――そう、ガルヴァス帝国しかあり得ない。
そのガルヴァス帝国が所有する輸送機の中には、目的地へと輸送される物資が大量に積まれている。その中には本国にて開発された武器を運ぶトレーラーの姿も確認できる。
しかし、その中で異様に横長に広がる複数台のトレーラーがあり、その長さは軽く十メートルはある。その一つの荷台の中に、白い何かが仰向けとなっていた。
その何かからは手や足など、人体を構成する部位が所々見られ、明らかに人に近いものであることが窺える。いや、間違いなく人だ。しかも、かなりの大きさであることは、考えられるのは一つしかない。それを表すかのように人でありながら、人とは違う形をしていた。
それらを載せた輸送機がゆったりと空を通り、まっすぐ進むとその下に大きく広がる都市、レディアントを捉える。そのレディアントの中心に位置し、目立つように大きく構えたガルヴァス皇宮が見えると、輸送機はその場所に近づくにつれ、高度を下げていった。
輸送機は高度を下げたまま、皇宮の敷地内にある長い滑走路まで突き進むとそれに沿って、下部に展開させたタイヤを滑走路に下ろしていった。タイヤが滑走路に触れ、機体ごと着地すると速度を緩めていき、そのまま皇宮へと続く誘導路まで進んでいった。
その誘導路を通り、輸送機が皇宮が見える位置にある格納庫の前で停止すると、その格納庫の中から階段が取り付けられたタラップ車や数台のトレーラーが出向き、輸送機に乗る人物達の迎えとその中に積んでいる物資の受け取りの準備を行う。
すると、機体の側面にある開かれた扉の奥から人が現れ、迎えるために連結された階段をゆっくりと降りていく。また、輸送機の後方で解放されたハッチから物資を受け取ったトレーラーが移動し、格納庫へと進んでいった。
「いや~、ようやく着いたよ、ホントに」
「主任、さっさと前に行ってください。後がつかえているので」
「ハイハイ。もう少し喜べばいいのに……」
皇宮に降り立つとすぐに悪ふざけをするような振る舞いをする眼鏡をかけた一人の青年、キール・アスガータを、後ろにいる青髪の青年、ラット・グラジルがそれを咎める。彼が冷淡な感情を露わにするのを見て、キールはもう少し感情を豊かにしろと口を尖らせた。
だが、それをまた後ろにいる金髪の青年が声をかけてきた。
「お二人共、まずは会わなければならない人がいるのではありませんか? そういうやり取りは後で取っていてください」
「……そうですね」
「じゃあ、さっさと行きましょうか。僕の研究成果と共に。フフフ……」
その薄気味の悪い笑みを浮かべるキールを見て、ラットはまた、ため息を吐くのだった。
皇宮の上階に位置するルヴィスの執務室を出入りする扉の前にケヴィルが立ち、右手で扉にコンコンと軽くノックする。
「!」
「ルヴィス殿下。タイタンナイツを含めた三名を連れてきました」
「そうか。入れ」
「はい」
ルヴィスが執務室に入ることを許可するとケヴィルは扉を開き、彼が言う三人を引き連れてルヴィスの前に現れる。そのまま彼が座る机の前まで赴いた。やけに物静かな空気が周囲を包み込む。
ケヴィルはすぐさまルヴィスの左隣に移動し、三人と向かい合うように立ち位置を変えた。三人はルヴィスの前に立ったまま、皇族に礼儀を示すように姿勢を正し、右の手のひらを左胸に押し付ける。
「お前達、今一度名を名乗れ」
「ガルヴァス帝国名門、アルヴォイド家長男にして皇帝専属騎士【タイタンナイツ】、レギル・アルヴォイド。ルヴィス・ラウ・ガルヴァス殿下、お久しぶりでございます」
「帝国軍、シュナイダー開発部主任、キール・アスガータ」
「同じく副主任、ラット・グラジル」
「以下三名、ラビアンよりただいま戻りました」
ルヴィス達の前で名乗った三人は、それぞれ皇帝の専属騎士、そしてシュナイダーの開発部の担当を務めていることを改めて答えた後、帝都レヴィアントより南下した領土である【ラビアン】から戻ってきたことを伝えてきた。
ガルヴァス帝国は帝都レヴィアントの他に、南下した大陸の【ルビアン】、北上した【ロードス】がある。それぞれ、皇族の一人がその大地を治める権利を持っており、ロードスとルビアンにはルヴィスとも異なる皇族の一人が治めていた。もっとも、そのロードスは今や閉鎖区と呼ばれるようになったため、ロードスを治めていた皇族の一人は部下を引き連れ、同じルビアンにいるそうだ。
通例に近い言葉を聞いてルヴィスは涼しい顔をしたまま、「よく帰ってきたな」と答えるとレギルの右側にいるキールがルヴィスの前に出てきた。
「そりゃあ、僕が開発したシュナイダーとアルヴォイド卿の実力があってこそ、ですよ。おかげで、ルビアンに残っていたヴィハックを掃討できたのですから!」
「そうか……。では向こうにいる兄上は何と?」
「〝弟をよろしく〟と言っていました。何しろ、閉鎖区の方が一番危なっかしいと仰っていましたから、その手伝いに向かってくれと……」
「つまり、世話を任されたというわけか……」
「そのように解釈してよろしいかと……」
ルヴィスの前に立っている青年、レギル・アルヴォイドは彼が先に言った通り、皇帝の専属騎士である。皇帝より認められた実力を持つ彼は、本来なら皇族の足元にも及ばない身分であるにもかかわらず、それに近い地位を築いていた。
そもそもガルヴァス帝国では多数の貴族を控えており、そのいくつかは皇帝一族の護衛を任務としているのもある。
アルヴォイド家もその一つであり、帝国でも名高い貴族としても有名であり、中でも実力が高い騎士を多数輩出してきた貴族の名門中の名門。当然、皇帝の子息である皇族の護衛も務めている。
見た目だけでもルヴィスより年齢はあまり変わらないが、騎士に選出されるだけあってその実力はあると言っても過言ではないだろう。
皇帝騎士という名誉は、帝国にとって輝かしい地位であり、ガルヴァス皇族にも近づくことができる唯一無二の身分だ。他の貴族達も逆らうことが難しく、仮に逆らうとしても皇帝直々に認められたその実力の前では形無しである。
「……ところでだが、お前達がやって来たということは、まだ兄上は……」
「はい。まだ後始末をつけている最中かと……落ち着いてから来る予定と申しておりました」
「なら、姉上はどうなんだ? 聞いてはいないのか?」
ルヴィスは兄の現状について尋ねると、今度はラットが答えてきた。騒ぎが落ち着けば戻ってくることを知ると同じルビアンに留まっている姉についても尋ねてみた。すると、レギルが口を開いた。
「一応、我々から伝えましたが……こういう言葉を預からせていただきました」
「?」
「〝愚弟を任せる〟と」
「…………」
レギルの嘘偽りのない言葉にルヴィスは何やら苦い表情となり、思わず左手で顔を掴むように抱えた。ケヴィルは心配そうな様子で「殿下、大丈夫ですか?」と言いつつ視線をルヴィスへ向けた。
一方、レギルの表情はルヴィスに対する同情からか、苦笑いを浮かべており、言葉が見つからないためか、無言のままだ。
疲れを表すようなため息を深く吐くと、ルヴィスは改めてレギルの顔を見た。
「お目付け役、という訳か……。……わかった。では貴公は、本日からこの私の専属騎士に任命する、でいいな?」
「この身に代えて、殿下をお守り致します!」
「いいだろう……下がれ」
「イエッサー!」
レギルは力強い瞳と共に敬礼を示し、執務室を後にする。それにキールとラットもついていき、揃って執務室から消えていった。
レギルの気配がなくなるとルヴィスは肩に力が入っていたのか、椅子の背もたれに背中を打ち付け、またも疲れた様子でため息をついた。
「兄上からか……。また心配をかけてしまったようだ……」
「いえ、殿下は立派にやっています。ただ、今回は状況が今までとは違いますから……」
「そうだな……まあ、奴らの好き勝手にはさせたくないのは兄上も同じではあるからな」
ケヴィルのフォローにルヴィスは思わず顔が緩む。その後、引き締めるように目を鋭くさせた。
奴らとはもちろん、ヴィハックである。当時と比べ、勢いは弱く見られるようになってきたが、数はまだまだあると思われ、依然として油断はできないのが現状である。
実際、レギルが向かっていたルビアンでも存在が確認されており、被害も少なくない。しかし、そこに駐留している軍隊が駆除に当たっており、少しずつ数を減らしていた。おそらく、そこに留まるヴィハックがすべて駆除されるのも時間の問題だろう。
それが終われば、後は閉鎖区を自身の祖国の領土に戻すことに専念できるようだ。それまでは自分がこのレヴィアントを守らなければならない。その使命感にルヴィスは一層気を引き締める。
「兄上達の前で恥ずかしい真似などできるわけにはいかないからな。私は私のするべきことをするまでだ」
「そうですね。……ですが、あのシュナイダーの件も気を配らなければなりませんし……。自分も手伝います」
「それは心強いが……お前、調査はどうした? あれから何も来ていないが……」
「す、すいません! まだ、何も……!」
「なら、早急に情報を集めろ! 何か掴んだら、すぐ私に伝えるんだ! いいな!」
「イ、イエッサー!」
主の思いに応えようとその近くにいたケヴィルは自身に課せられた任務を頭の隅から引きずり出し、すぐに任務へと全うしようと丁寧に扉を閉めて執務室を後にした。
執務室にただ一人となるとルヴィスは、再び肩の荷を下ろし始めた。
「フゥッ――。……本当に何者なんだ、奴は……!」
彼の頭の中にあったのは、ケヴィルに指摘された、彼らが追っているアルティメス、ただ一つだ。祖国が開発されたものではないと分かっていても、敵であるかも怪しく、かといっても、味方であるかも分からないのだ。それを確かめるために、ケヴィルが動いているのだが、なぜか頭から離れずにいた。
執務室を去っていったレギルは、格納庫に戻るキール達と離れ、光を受け入れる窓がある廊下を歩いていた。その時、彼は二人の男女を目にし、思わず足を止める。その男女とは、ルヴィス達と同じくアルティメスを調査していたガルディーニとメリアである。
二人もレギルを目にしたらしく、両者は無言のまま、カツカツと歩きながら相対するかのごとく近づいてきた。
「貴公が本国から来た騎士か?」
「ええ……その通りです、ガルヴァーニ卿。それにメリア卿もお久しぶりです」
「そうだな……。確か、騎士任命式以来……だったか」
「あの時は、お互いの顔を知る程度でしたが……」
「今では皇帝専属騎士、か……」
ガルヴァーニはレギルの思わぬ出世に呆れたように呟いた。
三人は騎士任命式と呼ばれる騎士の称号を与える式が行われた時に知り合っていた。もっとも、その時の騎士の称号を頂いたのはレギルであった。
ただ、彼の実力が高かったため、知らずのうちにメキメキと地位を上げていき、まだ十代という若さで皇帝専属騎士の称号を受け取ったのだ。
ガルヴァーニとメリアは、レギルとは年齢の差があったためか昔は自分達の方が高い地位を得ていたのだが、今では知らずの内にその地位が逆転されていたことに、いつの間にかどす黒い何かが彼らを縛り付けていた。
今この場で顔を合わせても、レギルが若者らしいにこやかな表情をしているのに対し、ガルディーニ達は何故か嫉妬やら羨望やらと複雑な感情を抱いていた。
「何だか、暗い表情をしていますが……やはりアレですか?」
「アレとは?」
「アレですよ。あの黒いシュナイダーが現れた、という話」
「そちらにも伝わっていたのか……」
レギルの問いにメリアが反応する。その問いとは当然、閉鎖区で起きた出来事であった。
ガルディーニはアレが昨晩現れたという事実がまだ広まっていないにもかかわらず、遠くに離れた都市まで広まっていることに苦虫を噛み潰すような表情を浮かべ、右手を顔の右半分を覆った。
「その情報はどこから……?」
「実はと言うと、自分がいたルビアンでも見かけたことがありまして、一緒に行動していた皇女殿下もそれに驚いたそうですよ」
「それって、ヴェルジュ皇女殿下が?」
「はい。かなり驚いていたそうですよ? アレがほとんどのヴィハックを潰していったそうです」
「…………!」
レギルの言葉を聞いて、ガルディーニ達は自分達が掴んだ情報がルビアンで起きていたことだと察した。そして、既にレギルやヴェルジュ達にも目撃していたことに小さな驚きを見せた。
「かなり悔しかったんだと思います。何しろ自分達の優位性を覆しかねないことですから。久しぶりですよ、自分が無力であることを思い起こされるとは……!」
「確かに、このままコケにされたままでは終われんからな」
「ええ。もしかしたら、あなた方の協力も必要になります。アレと対峙するには、手が足りないと思っていますから……」
「……そうか」
「では、自分はこれで」
レギルが自分達を必要とされていることに不思議とガルヴァーニは気分が上がっていた。レギルは二人を横切り、そのまま歩いていくとその場に残された二人も彼が歩いていた道を巻き戻すように進んでいった。




