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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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   マグナス=ハーツバース


 互いに『槍』の紋章を浮かび上がらせ、膨大な青の魔術光を撒き散らしながら歩み寄っていく。

 手にしているのは証の槍。対し、ダリフが握るのはグレイブという、長い矛の側面に打撃用の突起がある武器だ。


 庭園は静かで、戦いの喧騒は遠い。

 中央奥には石造りの台座があり、その根元から地下の王墓へと繋がっている。

 左右には幹の太い、古都の周辺でよく見かけた木々が連なっていて、四角く区切られた芝生の外側を細い水路が通っている。


 前に会ったのはいつだったか。

 また白髪が増えてきたようだった。

 顔付きは精悍というより擦り切れたような印象で、相変わらずの辛気臭い黒の長衣を纏っている。

 戦うには不向きなひらひらとした服装だ。第一、コイツがまともに戦った所なんて俺は見た覚えがない。

 周囲を探る。

 密偵はいる。

 コイツが昔から育ててきた女共は、今も遠巻きにこの様子を伺っている。

 止められているのか、裏切った連中が防いでいるのか、ここからは分からない。

 シルティアがここまでの敵を掃除しておいたと言っていたが、それにしても数が少なかった。

 大半の兵が出ている中、隠し通路からの奇襲とはいえ無防備過ぎる。


「キサマだけは」


 ダリフが言う。


「この手で始末してやりたいと思っていた」


 荒地の向こうから聞こえてくる遠吠えじみた声だった。


「そうかい。奇遇だな、俺もだよ」


 元からソリは合わなかった。

 いがみ合ってばっかりだったし、酒を酌み交わせもしなかった。

 ルドルフが居てこそ俺たちは共に在れた。アイツはもう、居ないんだ。


「――――――っ」


 眉一つ、震わせはしなかった。


 息を吐く。

 もう二歩。

 目を見た。

 もう一歩。

 その目に映る己自身へ向けて、矛を振り下ろす。


    ※   ※   ※


 打ち鳴らした槍の衝撃を腰で受け、肘と膝で流す。

 流し方は足の向きで。

 続く流れは肘の動きと腰から続く上体の捻り。

 勢いは足運びで与える。

 その先と今は直感と像で捉える。


 何も難しいことじゃない。

 ちょっと戦い慣れた人間なら適当にやってりゃ出来ること。


「っ!!」


 弾いたグレイブに引き摺られて一歩を下がったダリフへ踏み込もうとすれば、無理な体勢から槍を回しての打ち上げがくる。


 腰を落とし、ただ構えのままに受けた。


 石畳へ叩き付けられるグレイブと、今度はつんのめるようにして姿勢を崩すダリフを見る。


「打ち負けると分かったら次に考えるのはどうやって打ち負けるかだ。がむしゃらにやって勝てるほど甘くないぞ」

「っ!」

 単純な腕力ですら、あんな細腕じゃ俺には叶わない。

 片足を失って、神父にやられた傷さえ癒えていなくたって、戦いの年季が違い過ぎる。

 届かせようと思うならもっと必死にやってみろ。

「なァおい!」


 振り払う。


 多少の腕があれば、『槍』同士なら受け止めることは可能だった。

 だがダリフは衝撃を真っ向から受け、支えきれず、身体ごと吹き飛ぶ。

 武器を手放さなかったことは褒めてやろう。おかげで身体は吹き飛ぶことでの力の拡散を失って、術中に留められたことで腹の中はさぞ派手に軋んでいることだろう。


「俺たちは間違えたんだ……っ」


 だから、


「いつまで過去にしがみ付いてやがる! もう俺たちは邪魔なんだよっ! この先何がどうなったってなァ……っ、あいつらの足を引っ張るようなことをやってちゃいけねえだろうが!!」


 今の奴隷制度を終わらせるとハイリアは言った。

 俺が作った今を、どうにもならない馬鹿げたことの始末を自分がやってみせると。


 打撃する。


 崩れ落ちかかった身体が浮かび上がり、握り手から指が浮いたのを感じ、巻き込み、飛ばす。

「っっっ――!」

 左手が残った。

 指を完全にバラしたつもりだったが、尚もしがみついていく事自体には感心する。

 叩き付けてくる。

 打ち上げた。


「もう諦めろ……俺たちの描いた夢は絵空事だった。叶う筈のない夢ばかり追いかけて、地に足をつけていることも忘れたせいでこのザマだ……っ! 想いだけじゃ、力だけじゃ足りないんだよ! もっと慎重に、現実と向かい合って、立ち向かっていかなくちゃならなかった!! 俺たちは畑の耕し方もろくに知らない癖に取れ高ばっかり追いかけてたんだよッ!」


 突いて来た矛先の左、突起にこちらの柄を合わせて受け止める。つんのめる。その間に足を寄せ、グレイブの柄を握りとって引き寄せる。


「なあダリフッ!!」


 ここまで近寄って、ようやくはっきり顔が見えた。


「……なんつう顔してやがんだよ」

「キサマもな」

「っ!!」


 殴り飛ばした。

 それでも武器だけは離さず、だからほんの少しだけ空いた距離で、ダリフは顔を抑えて肩を揺らした。


「――――っは、はははは」


 グレイブを地に刺し、それでようやく身体を支えながら、底光りする目がこちらを射抜く。

 震える口から、声が滴り落ちる。


「ルドルフは死んだ。そんなことはキサマ以上に知っている。弱っていくアイツの姿をキサマとは比べ物にならない程長く、近くで見続けてきたんだ……。なあ知ってるか? アイツが夢を騙り始めたのはな、シルティアの気を引く為だったんだよ」


 咳き込み、息を整え、尚も、


「シルティアは野心の強い女だった。聖女セイラムの血縁者という家に生まれ、隠れ里でいつか自分こそが第二の聖女として世界に名を馳せるのだと教え込まれてきた。ところが権力闘争の旗印として利用され、考えの足りないあの女はまんまと騙され屍の山を築いたそうだ。結局過ぎた信仰を疎ましく思った権力者に身を売られ、紆余曲折を経て古都へやってきた。あいつは自分があんな何も無い場所に留め置かれるのが我慢できなかった。それでも一度手酷く裏切られたからな、外へ出ればどうなるかくらいは学んでいた。永遠の牢獄で、どうにもならない使命感とやらに駆られながら、ただ日々を過ごす毎日……さぞ地獄だったろうさ。そんな奴を元気付けようと、アイツは馬鹿みたいな夢を騙るようになり、それが周囲へと広がっていった…………」


 ホルノスが戴く本来の王、ダリフ=フォン=クレインハルトは言う。


「始めは戯言と誰もが思った。だが不思議とアイツの言葉には人を惹き付ける何かがあった。叶えてみたい。そうであってほしいと、内心で馬鹿にしていた俺でさえ思ってしまった。それでも、誰もが共通して知っていた。その夢は叶えられない。ここは永遠に止まったまま、やがてくる終わりまで不変のままだろうと」


 ところが俺が現れて全てを変えた。

 そんなことは散々思い知った。

 だがダリフは敢えて触れず、息を吐く。


「ルドルフは死んだ」


 確かめるように、繰り返す。


「何も持たないただの小僧だったアイツを誰もが王と認めた。オラントも、シルティアも、その場限りと思った配役を本物であるかのように振舞った」


「お前もそうだったろう。お前が、誰よりもアイツを信じ、忠誠を捧げていた」


「………………そうだ。俺もまたアイツの中に王を見た。『王冠』であることさえ出来なかった俺とは違い、『騎士』を戴き、巨大な王国を築き上げた。俺が……、俺は、アイツの騙った…………夢に、憧れた。いつか自分がそうなった時、そうでありたいと願った、幼い日の理想を口に出来るアイツこそ……本物の王だと思った。俺じゃあない」


「そいつを追いかけた結果がコレだ。間違いを認めず突き進んで、周りを巻き込んで永遠に消えない恨みを生んだ。もう改めるべき時だ。……そんな時はもうとっくに過ぎちまってるが、今からでもやるしかないんだよ」


裏切り者め(''''')


 出鱈目に切り払われた攻撃を受け止める。

 弾かれて、姿勢を崩すのはダリフだ。

 貫く攻撃も、打ち上げから切り伏せる攻撃も、足元を刈り取る攻撃も通じない。

 どれもこれもお粗末だ。


「ルドルフの語った夢に憧れたんなら……っ!! こんなことになっちまってる今をどうにかしねえ方がッ、裏切りだっていい加減気付きやがれェ!!!」


 叩き付けた証の槍がグレイブを地へ沈める。

「っっっっっ!!」

 手を離さないから、引き摺られた肩が外れちまうんだよ。

 やられ方の選択も持てないから分かり易い結末しか目指せない。


 ダリフは、今や膝をついて、こちらに頭を垂れるように沈んでいる奴は、荒く呼吸を繰り返し、上手く起き上がれもせず咳き込む。


「っ……! もういい……! あァ……、何か話せば変わるんじゃねえかと思った俺が間違いだったよ! 時間の無駄だ。テメエはさっさと死ね。俺たちの居なくなった未来を、アイツ等は絶対に良くしてくれる」


 神父との戦いに負け、もう前線に立ち続ける事も出来なくなった俺は、寝返った密偵の見つけたハイリアの元へ向かった。

 なんで……だったんだろうな。

 死ぬ死ぬと思いつつ、もしかすると俺はまだまだ生きているつもりだったのかもしれねえ。

 だがとうとう負けて、どうにもならなくなって、縋りにいったのかも、しれねえよな。


    ※   ※   ※


 「すまねえな……」


 滞在していた都市から少し離れた丘の上で、ハイリアと、ルリカと、再会した。

 少し、雰囲気が変わったかとも思った。


 ハイリアは俺の泣き言とも取れる話を受けて、そいつをしっかりと握り締めて、差し出してきた。


「何を言うかと思えば」


 手の平から光が広がっていくように俺には見えた。


「後の時代になって、過去の全てが間違いであったように語られた時代には、俺も心当たりがある」


「間違いそのものなんだ、仕方ねえさ」


「否定はしない。奴隷貿易は間違い無く歴史の汚点だ。人身を物同然に売り買いする行為を俺は憎む。労働力を売るか、肉体そのものを売るかが問題なんじゃない。人を金で買えるという考えそのものが間違いだからだ。自分と違う人間を見て、金で買っていいと、好きに扱えるという考えが間違いだからだ。正義ですらない、あたり前の事実だろう」

「あァ……。そうだ。だから――」

「だが問おう」


 もう一本の腕を差し出し、共に握って上へ向ける。


「右の道へ進めば赤子を救える。左の道へ進めば老人を救える。どちらが正しい?」


 言葉に詰まった。

 だが、迷う必要もなかった。


「右だ。右へ進め。次の世代を阻むようなことがあっちゃいけねえ」


「だがその赤子はいずれ大悪人となり、無数の屍を築き上げる。老人が救われていれば、彼は終生懸けた研究によって数え切れないほどの人々を救っただろう」


「っ、そんなの過ぎてみなけりゃ分からねえだろ。どうなるかも知らずに選ばされれば、幾らでも答えを変えていける」


「そうだ。結末を知るからこそ、赤子を助けるのは愚かと知り、老人を助けるべきだったと語れる」


 手を開く。

 そこへ、ちょうど落ちてきた木の葉を掴み取り、ハイリアはその葉を見詰めた。


 決意するように、息を吸う。



「ありがとう。今俺たちが過去を間違いだったと言えるのは、お前たちの生きた時代があったからだ」



 言葉を失った。


「本当はどちらも助けたい。それでもどうすることも出来なくて、片方を切り捨て、片方を助けた。生きていくことなんて選択の連続だ。すべてに完璧な正解を得るなんてことは出来ない。言ったとおり、起きた結果を認めることなんて出来ないさ。それでも、後悔を得る為に、間違いだったと嘆き続ける為に生きてきたのではないと俺は思う。お前たちは必死に生きて、考えて、進んできた。俺たちもこの先、幾つもの選択をしていく。お前たちという時代を振り返り、必死に生きて、考えて、進んでいくさ。例えそれが先の時代で、愚かと呼ばれる事になろうとも、学んでいくことだけは絶対に忘れない」


「お前は…………俺たちを……」


「お前たちの罪を、俺に受け継がせて欲しい。進んだ先で、ようやく起きた事への判断を知れた。俺たちも学ぼう。お前たちの時代があったからこそ今があるんだと、その事実を決して忘れぬまま、よりよい選択はどちらにあると、考えていこう。そしてお前たちの間違いがあったからこそ選べる選択肢で以って、良かったと思える明日を作れるよう、学ぶことを止めはしない。やがて俺たちを受け継いでくれる誰かが現れるその時まで」


 綺麗に、何もかもを消して、ただ消えていくしかないと思っていた。

 途方も無い間違いを犯した俺たちが出来る最後の事だと。

 永遠に刻まれる歴史の汚点を抱えたまま、その罪を自分たちだけのものにしていかなければならないと。


「選び、知って、学び、それを受け継いでいく。途絶えさせてはいけない。恥を得たのなら、恥を知るべきだ。自分たちは違うのだと逃げるのではなく、そこから進んだ途上に立っているのだと」


 ハイリアはそっと息を抜き、笑った。

 今までの雰囲気すら包み込んで、まるで歳相応の子どもみたいに。


「結果はともかくとして……俺はな、マグナス、お前たちのこと、結構好きなんだよ」


    ※   ※   ※


 「ハイリア=ロード=ウィンダーベル」


 ダリフの口から聞こえた名に、底知れない不安を覚える。

 何故、こいつが今こんな所でその名を呼ぶ……?


「ウィンダーベル家の名を失ったものの、今やホルノス国王の信認を得て、フーリア人差別の急先鋒たるイルベール教団のピエール神父を討ち、この王城へ向けて進む反乱軍の先槍を務めている男」


 ははは、と乾いた声が漏れる。


「マグナス。お前は俺がルドルフへの忠誠か、対抗意識でこんなことをしていると思っていたようだがな」

「違うってのか。ルリカを自分が望む形の王にしようと、あれこれ手を回していたそうじゃねえか」

「…………アレには無理だ」


 支えのグレイブを払い、矛先を突きつける。


「ルドルフの残した娘だぞ。ホルノスを受け継ぐのはルリカしか居ねえだろっ」

「お前も結局はアレを傀儡とし、民に主権を譲り渡そうとしていただろう」

「てめえみたいに見限ってた訳じゃない。政治を回すのはそいつが得意な奴に任せればいい。王には王にしか出来ない役割がある。今は若いが、いずれそいつを任せたいと思ってるよ」

「王に足る器じゃないと、考えているだろう?」

「違う。たった一人にすべてを押し付けて、押し潰す様な政治の在り方が間違っているって話だ。近くでルドルフを見てたんなら分かるだろ……!」


「背負う覚悟無しに国など支えられないさっ!!!」


 思わぬ声に硬直する。

 突き出されたグレイブをいなし損ね、衝撃に後退を強いられる。


「民なぞすぐに堕落する……! 遊戯に、金に、色に、情に、この世のあらゆる愉しみと苦しみの前に政治など放り出し、権力闘争に明け暮れる! 議論とはなんだ!? よりよい策を共に探ることだ! 取引によって決められるべきことでは断じてない……!! 有象無象に政治を差し出せば途端に熱など薄れていく。己が人生全てを捧げッ、過ちは命で支払う覚悟ある者だけが、この世にたった一人、王だけが国を背負う価値がある!! 民があって国があるなどというのは世迷言に他ならないッ! 王があって、国が出来、その支配へ下ることで民は安息を得る! 何かを導く覚悟もなく、安穏とした日々を求めるだけの者にお前は俺たちの作り上げた国を渡していいと本気で思っているのか!?」


 続く突起での打撃に姿勢を崩され、指先の感覚が消えていることに気付く。

 痛みはもうない。

 地を踏んでいる感覚も、息を吸っているのか、吐いているのかも分からない。


 まだ、


 まだ終わってもいねえっていうのに……!!


「ルリカは教団と通じていた!」


 目が霞む。


「心の弱いガキだとは思っていたが、分別すら持てぬほど愚かだったとはな……!」


 身体の一部が溶け落ちたように感じる。

 外と、自分との境界が崩れる。

 もう、


「アレの名前に勢い付いた阿呆共がこぞって教団を引き入れ利権を掌握していった! 最早王足りうるかどうかですらなくっ、ただの売国奴に成り果てたガキ一人切り捨てるのに何の躊躇がある!?」


「本気でそう思ってるのかよ……!」


 声が出た。

 槍を握る。

 握る感触だけが残っていた。

 これこそがお前の力だと言った。


 あぁ、もう自分すら分からなくなっている俺を、お前が支えてくれてるのか……?


 青い風を見る。

 流れの先、壁の向こうに、その姿を見る。


「あぁ……たった一つ、アレにも功績があった」


 降りかかる攻撃を弾いた。

 だがすぐさま次がきて、弾ききれず、競り合いになる。


「フーリア人の処刑を認可する書状、それによって発生した戦いで、俺は目にしたよ。血ではない。その者の持つ本質こそが王の資質を示す。いまだ力の足りぬ少年だったが、段階を踏んで育てていけば必ずや成長すると思えた。どれほどの苦難を前にしても屈さず、困難を前に思考し、打開する道を探せる力持つ者。人々を導く者としてあれほど相応しい者は居ない。わざわざこの目で見に行って良かったよ。オラントの不安を煽り、ウィンダーベル家からも解放された。最早障害はなにもない。望む声は俺が手を回さずとも湧いてくる! ッ!?」


 だからやられ方を考えろって言ったろ。


「……それでルリカの代わりにハイリアを次の王に、てことか」


 なるほどその噂の出所は、打ち倒されるお前自身だった訳だ。


 そうか。

 ようやく分かった。


「ルリカは……ようやく転び方を覚えたんだ。お前のソレは早とちりが過ぎるだろ」


 お前は転び方を知らなかったんだな。

 相手を睨みつけることも出来ずにきて、次に転ばされることを怖れて、慎重に慎重に進んできた。


 だから認めることが出来なかった。

 過ちを帳消しにするくらいの成功で以って、過去を誤魔化そうとした。


 それだけじゃないことだけは、お前と打ち合ったことで理解したつもりだ。

 それでも、もう十分だろう?


 証の槍を回す。

 矛先を定め、もう武器を弾くのでもない、この立会いが始まってから初めて放つ攻撃('')で。


「こいつもまた……間違いなのかも知れねえな。それでも――受け継いでくれるってんなら、安心して逝けそうだ」


 風が吹き抜ける。

 『騎士』の紋章を掲げ、騎馬の嘶きを残響に、生涯忠誠を捧げた王の行く末へ向けて、


 いや、今目の前に居る友へ向けて。



「ようやくお前と酌み交わせたな。俺からの返杯だ。心して受け取れ」



 貫き、打ち砕いた。


 だからよ、もうそんな泣きそうな顔で生きていかなくていいんだよ、お前は。



    ※   ※   ※


   ダリフ=フォン=クレインハルト


 思えば、触れたことさえ初めてだった。

 教団を引き入れた愚か者との件で倒れたルリカを抱え、寝所へ運ぶ。

 ルドルフの遺児をあの場で誰かに任せようとは思えなかった。

 卓抜した思慮深さを持ちながら、子ども故に短絡でもある未成熟で不安定な子を、その熱を感じる。


 怖かった、怖かったと繰り返す姿を見る。

 震え、怯え、小さな身体を更に小さく丸めて震えている。


 その姿が、後悔を抱えて死んでいったルドルフを思い起こさせた。

 違うと、どれほど言っても納得させることは出来なかった。

 お前は正しかった。

 俺たちは間違えてなどいない。

 この先に必ずや黄金の国へ続く道がある。


 やはり俺の声では、言葉では、届かないのだと思い知らされた。

 いつだって、ルドルフを変えていったのは――


 掴まれた袖を振りほどけず、途方に暮れて寝姿を眺める。


 怖かった。

 あぁ。

 怖かった。

 分かるさ。


 僅かに含んだ酒が喉を溶かし、肺腑を焼かれた感覚は今も消えない。

 権力の前にはいつだってそういう輩が現れる。


 怖かった。


 あぁ。


 怖かった。


 そうか。





 そうだな。






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