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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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   マグナス=ハーツバース


 定め無き王。

 いつしか敵国にまで広まった、ルドルフが魔術を使えないという話を揶揄してそう呼ばれる事があった。


 魔術っていうのは、聖女によって与えられたこの世界をどれだけ動かしていいかという許しだ。

 魔術が使えないっていうことは、何もするなと言われているに等しい。

 だが俺たちは、少なくともあの古都での日々を過ごした連中は、どうでもいいと思っていた。

 俺たちの王が語る夢を叶えたい。

 未来を見せてくれた。

 聖女の許しなどどうでもいい。

 俺たちが証明してみせる。

 王の可能性が、運命が、大いなるものであると。


 かつて……まだ新大陸の発見もなく、俺と、ルドルフと、ダリフと、シルティアで、いつものように卓を囲んでいた時だ。

 ダリフは全く酒を飲まなかったし、シルティアは大人しくてあまり多くを語らなかったが、ルドルフが珍しく酔って、楽しそうに夢語りをしていた。けれど酔いも過ぎれば気分が急降下することもある。その時ふと、ルドルフが漏らしたんだ。


「すまないな…………何にも出来ない王様で……、俺は、何かをするべきじゃ……」


 不意に浮かんだ話を打ち消した。

 神父との会話。もう何年も昔の事で、最近は思い出しもしなかったっていうのに。


「そんなことはない」


 違う、と言いたかった。

 お前はあんなにも胸焦がれる夢を語ってくれたじゃないか。

 気性が荒く、ただの乱暴者だった俺に近衛の団長なんてものまでくれた。

 そうだ。


「こいつを見ろ」

 言った。

「こいつを見ろ、ルドルフ」


 右手を翳し、『槍』の魔術を使い、槍を握りこむ。

 ただ得意の武器を生み出したつもりだったソレは、俺が思っていたものとはまるで違って、青の魔術光を表面に纏わりつかせる、黄金の装飾が施された突撃槍だった。


――望みに応じ、力を、


 違う。

 絶対に、違う。


「これは……なんか置物みたいな槍だな。綺麗だけど、お前には似合わないだろ」

 なんか腹立ったので殴る。

「うるせえ黙ってろ」

「痛ったいなあっ。もう……それで? なんなんだよ」


 なんなんだよと言われても、俺自身いきなり出てきた槍に見惚れていた。

 円錐状の槍は、通常の魔術で生み出されるものとはまるで違う。武器は、武器としての形を取って生み出される。多少の装飾は個人個人で違ったりするが、ここまで装飾に寄ったものなんて見たことがない。まるで鉄細工、工芸品みたいだ。

 魔術光は先端から手元へ向けて流れている。槍自体が青を帯びていて、それが黄金の装飾をより映えさせる。


 確かに実戦的とは思えないが、中々に見ごたえのある逸品だった。


「俺は近衛だ。王の槍だ。俺の力は王であるお前のもので、だから俺の魔術はお前の魔術も同然なんだよ」


「………………」


「見てみろよこの槍! お前も言ったろ。俺には似合わねえ! そりゃそうだ。コイツぁ俺の魔術じゃなく、お前が生み出した奴だからだよ! 決めたぞ。俺はこれからずっとこの槍を使う! この槍で、天地がひっくり返るくらいの功績をあげてっ、そいつを証にしてみせる……!」


「……証?」


「あぁそうだよ。こいつは証だっ! お前がっ、俺たちの王が持つ魔術でっ、こいつがお前の定めを証明してくれる! どうだすごいだろお!」


 言ってやっても、ルドルフはやっぱりどこか納得しきらないようだったが、俺が次の言葉を作るより早く肩をすくめ、力無く笑った。


「すごいな、お前は」

「すごいのはお前だ」

「そうか。そうだったな。あぁ、臣下の成果は王のものだ。お前が俺の運命を証明してくれるのなら、俺はお前の王で居るよ」

「応よ。というかこんな時まで密偵使って仕事始めてるんじゃねえよダリフ! シルティアっ、お前は酒飲むとすぐ寝るなあ!? 駄目だぞっ、うっかり口にして怪しい男なんかに連れて行かれないよう気をつけないと駄目だからな!?」

「お前はたまにお父さんみたいになるな。お前こそ早く相手を見付けろ、いい父親になれる」


 この時はまだ、知らなかった。

 ルドルフが本物の王ではないことを。

 全て終わって、全てを否定して、覚悟を決めた時になって、ようやくオラントの奴が明かしやがった。


 だからじゃない。

 絶対に、だからなんかじゃない。


 俺の王はルドルフ以外に居ない。


 あいつは間違い無くホルノスの王だった。


 足りなかったのはあいつじゃなく、あいつの力であるべき俺たちだ。


 そうであって……欲しかった。


    ※   ※   ※


 思えば王城へ足を踏み入れたのなんてどれだけぶりだったか。

 たまにルリカの様子を見に行ったり、ダリフの動向を探ったりはしていたが、それも断られてしまったり、そもそも戻る暇もない程あちこちの戦線を渡り歩いていたのもある。


 避けていたという自覚は、まあそれなりにある。

 ルドルフが死んだからじゃない。

 アイツが生きている間もやっぱり、近寄りづらくて戦いを言い訳にしたこともある。

 だからダリフが俺を遠ざけるような手を打ってきた時も、仕方ないよなと納得しちまう自分が居た。


 新大陸での一件以来、ルドルフは変わっちまった。

 夢を語ることはなくなり、ずっとシルティアを手に掛けた事を後悔し、新大陸なんてものに夢を見たことを後悔し、古都を出たことを後悔し、俺たちに語った夢を誰よりも否定した。違うぞと、そう言った者は皆手打ちにされた。俺やオラントは罪悪感から、ダリフも……多分同じような理由で強くは言えず、強権を振るうルドルフへ従った。

 王とはこういうものだと、自分を騙して、始まってしまった非道な奴隷売買を冷めた目で見続けた。

 一時は成長もあったんだ。

 以前のルドルフを弱王と呼び蔑んでいた北方の領主たちも、苛烈な脅しの前に屈した。

 敵対を続けていた島国とも通商条約を結べるまでになり、流れ込む安価な労働力は確実に民の生活を豊かにした。差別という行為が効率良い団結を産み、不満を解消するのだと知ると、積極的に利用する者が現れ、俺も敢えては口出しが出来ずに黙り込んだ。

 この流れを決めたのは俺だ。

 王を変えてしまったもの、俺が……。

 だから例え誰が否定しようとも、俺だけはルドルフの槍で居ようと思った。

 どんな命令にも従った。奴隷として扱われるフーリア人へ同情しながらも、立ち塞がるのなら尽くを殺しつくした。命じられるのなら、その屍を踏み潰し、晒し者にすることだってやっただろう。違うと思いながらも、俺のせいでああなっているのだと考えてしまうと、今のルドルフへ違うと言ってしまうことがどれほどの裏切りかと、胸の内から割けんばかりの感情が溢れ出した。


 けれど、ルドルフが病に倒れた時、俺はようやく間違いに気付いた。

 アイツは、俺たちの王は、自分を止めて欲しかったんじゃないかと。

 自分の中からどうしようもなく消えてくれないフーリア人への怒りを、誰かに止めて欲しかったんじゃないか。


 そいつはあまりにも遅かった。

 俺がようやく決意して、全てをぶちまけようとした時には……もうルドルフの心は擦り切れていた。

 こちらの大陸へ押し寄せてきたフーリア人らの大軍が次々に国を落としていく中、その最前線で援軍として戦い続けていた俺は、王の世継ぎを巡るいざこざにも口を出せず、戻った時にはもうルリカが生まれていた。


 ルドルフは間違い無くシルティアを愛していた。

 例え王という立場が偽りのごっこ遊びの延長線上だったとしても、アイツが確かな感情を抱いていたから、俺は素直に身を引けたんだ。


 世継ぎが居なければホルノスが続かないということは分かってる。

 それでも何か、もっとアイツの心に寄り添ってやる方法はなかったのか。


 生まれたルリカを愛せず、言葉すら掛けず、弱っていくルドルフへ掛ける言葉を俺は持てなかった。


 ルリカもまた、愛情を知らないまま育ち、手当たり次第に敵意を向けるようなガキになっちまった。

 もっと傍に居られたら。そうは思っても、間違ってきた俺に何が出来るんだと躊躇った。戦況は目まぐるしく変化するから、次第に考える暇すら無くなって、戦いばかりの日々を安穏と過ごしていた。長く離れていたせいでもうホルノスの中央はダリフの手で仕切られていて、俺はどちらかというと疎まれていたしな……。


 変えなくちゃいけない。


 俺がホルノスの今を作った。


 このくそったれで馬鹿みたいな国を、せめて綺麗に掃除して、それで……?


 俺自身病を持つようになって、どんどんと心が沈んでいくのを感じた。

 ルドルフと同じ苦しみを味わっているのだと自分を慰めては嘲笑い、どうすればいいのかと悩み続けた。

 昔のように相談できる奴は居ない。ダリフは俺が王都へ近付くことさえ嫌ったし、シルティアは……、オラントも気が付けば中央から離れ、ウィンダーベル家の内部でごたごたとやっていることが増えた。影からの支援は続いたらしいが、関わるつもりがないんだろうと、流石の俺にも分かった。

 それでも用件だけはあったから、時折屋敷へは顔を出した。

 ハイリアとはその頃からだ。

 魔術を教えろと言うので相手をしてやった。

 やりすぎてしばらく出入り禁止になった。

 妹が居ると聞いていたが、俺は粗暴だからな、オラントが嫌がって会わせなかったし、そう長居もしなかった。立場や関係も考えればあまり繋がりを知らせて回るのは面白くなかったのもある。

 ただまあ、不思議とハイリアの相手をしたり、オラントの悪巧みを聞いている間は、昔を思い出して安堵していた。

 伴侶を取れと言われたが、ルドルフが望まぬ相手と結ばされた事実を思えば、俺が望む誰かを探して幸福を得るなんざ考えたくも無かった。権力から遠い人間だったおかげで、政略結婚の話もまるでなかったしな。


 だが、それで……に続く言葉を得た。

 育っていく子どもたちを見る。

 この真っ直ぐで懸命なガキに、将来くそったれた国を受け継がせることだけはしちゃあいけねえんだと思えた。


 全てを洗い流す。

 まっさらな国にして、そいつをガキどもに受け渡す。

 罪は全部俺たちが生み出したもんだ。だから全て俺たちが背負って、一緒に消えていくべきものなんだ。



 血溜まりの道を行く。



 皆と夢見た場所を、今や味方の血で染め上げて俺は進んでいる。


 神父の戦いで得た負傷はでかい。

 医者は真っ青になって、どうして今生きていて、動けているのかと問うてきた。


 まだやるべきことがあるからだよ。


 頼むと言われた。

 もっと、もっと大きな言葉を貰った。

 だから行く。

 ハイリアの行く先を切り開く。


「では団長、俺たちはここで」

「あァ…………世話になったな」

 同行していた連中と分かれ道で言葉少なに別れる。

 奴らは表との渡りを付け、俺は更に奥へ向かう。


 本当に世話になった。


 思い、こんな時でも上手い言葉が浮かばない自分を嗤う。


「団長!」


 声に振り返る。

 まだ行ってなかったのか、思い、笑みが浮かぶ自分はなんなんだろうな。


「アンタがどう思おうとっ、俺たちはアンタに出会えて、アンタと一緒に戦えて良かったって思ってるんですぜ!」


 本当に馬鹿な連中だ。

 世話ないぜ、本当によ。


「いいからとっとと行きやがれ! 俺ァ宰相をぶっ倒す! お前ら城門を抑えてアイツらちゃんと引き入れてやるんだぞ分かってんのかあ!?」

「ほんと無茶ばっかり言いますよねえクソ団長!」

「そうだそうだ!」

 やれるかやれないかじゃない。

 やるかやらないかだ。

 やると決めたらどんな手を使ってでも達成する。

 失敗したらしこたま悔しがって、今度こそはと立ち上がる。

 ずっとそうやってきた。

 中央で出来なかった分、こいつらには理想ばっかり押し付けた。

 今まで付いてきてくれた馬鹿共に俺が言えるのは一つだけだ。


「成し遂げろ。てめえら近衛だぞ」


 敵が来る。

 迎え撃つ態勢を整えながら馬鹿みたいに腕を振り上げ、声を張り上げてくる。


「「「あァ、やってやるよ団長!」」」


 駆けていく。

 棒切れの足を突き、魔術でなんとか姿勢を維持しながら、連中の陽動によって開いた隙間を縫って宰相の元へ向かう。

 こんな時、ダリフの居る場所なんざ決まってる。

 玉座の間だ。

 あの陰気でクソ真面目な野郎は、俺を迎え撃つべくそこに居る。

 いい加減問わなくちゃならない。

 お前はどういうつもりなんだと。


 階段で遭遇した守備隊を蹴散らし、援護する密偵を隠し通路ごと叩き潰し、上へ、上へと向かう。


 あと少し。

 あと少しで終わる。

 だから血なんて吐いてるんじゃねえよ。

 まだやることがあんだからよ……!


 ダリフ。


 結局一度も酒に付き合っちゃくれなかったがよ。

 俺は、



「そこで止まってください」



 足元へ突き刺さった矢へ視線を向ける。

 不覚を感じるほどに繊細で、俺の出鼻を挫く絶妙な縫い止める攻撃。


 一瞬、その立ち姿に昔の姿を幻視する。


 会うのは久しぶりだ。

 結局ウィンダーベル家へ顔を出しても、お前は俺と会いたがらなかったから、遠目にガキどもと一緒に居るのを目にした程度。


「…………久しぶりだな、シルティア=フィン=ウィンダーベル」


 老いても尚、お前は美しい。

 そして、よく彼女をここまで引き戻してくれたと、オラントに感謝する。


 あの日。

 ルドルフが変わってしまったあの日、確かにアイツはシルティアを殺そうとした。事実、俺たちが駆け付けた時には呼吸も止まっていた。だが僅かに鼓動があると気付いたオラントが彼女の命を繋ぎ留めてくれた。荒事ばかりの生き方だったからな、そんなことを言っていた男こそが、目の前で起きた奇跡を信じられないとばかりに見ていたさ。


 しかし目を覚ましたシルティアは心を病んでおり、殺されそうになった記憶はあるのだろう、ルドルフを遠巻きに見るだけでも恐怖し泣き叫んだ。


 会わせる訳にはいかない。


 かろうじて自分を繋ぎ留めているルドルフにあの時の彼女を見せていれば、決定的に壊れてしまうだろうことは誰にでも想像がついた。

 だから密かにオラントへ預け、あらゆる手を尽くして治療を続けてきた。

 定期的に顔を出し、様子を見ることは俺にとっても習慣となった。

 それはルドルフが死んだ後でさえも続いた。


 頭を抑え、白髪交じりの髪をくしゃりとする。


 呼吸を整えるのも一苦労だ。


「どうした。お前も昔話に混ざりたいのか? なら一緒にその扉を潜ればいい。あの陰気野郎はどうせ護衛をたんまり引き連れてやがるんだ。俺がちょいと片付けるからそれまで待ってて――」


「私はダリフと関係を持っていました」


 …………なんだよ、そりゃ。


「肉体関係があった、という意味です。王妃としてあそこに居た私が、本来の王である彼と関係を持っていたことがそれほど不思議ですか?」


 ふざけんなよ。


「っっっだったら……! ルドルフはどうなるんだよ!! あァ!? アイツはお前を想って……それで……!」

「彼に想われていることは知っていました。事がどんどん大きくなり、ダリフと接することも出来なくなって、いずれそうなるのかと考えた日もあります。ですが、私が愛したのは、世界の全てを怖れ、弱く、それ故に周囲を攻撃するしか手段を持てなかった彼なのです」

「だからどうしたっ!? あぁそれならそれでいいさ……! ルドルフは死んだ! アイツを歪ませたのは俺だ。お前じゃない。そして今日ケジメをつける。その事になにも変更なんてないんだよっ」


 俺はどれだけアイツを苦しめて、それに気付かずに居たのか……。

 偽りの王。定め無き王。それでもルドルフは夢を語っていたからと言い訳して、その言葉さえ俺はアイツから奪い取っちまったってのに。


「ルドルフは夢を持たない王でした」


 シルティアは静かに、降り始めた粉雪のような声で言う。



「彼がしていたのは、本人さえ荒唐無稽と思い、ただの気晴らしと称していた嘘を騙ること。そこに周囲を想う気持ちはあったでしょう。優しくて、真っ直ぐな子だったから……。けれどいつでも自分の言葉に意味が無いと考えて、もしかしたら皆を更に苦しめているだけなんじゃないかと打ち明けることもありました。そんな彼をダリフが、ずっと、もっと幼かった頃に、王様の役割を与え、他の皆にも同じような役割を与え、自分はそっと身を引いて影になった。


 とても、楽しかった。

 嘘でも、自分たちが何かを成しているのだと思えた。


 それでもあの古都に居た人々は自分たちの立場を知っていた。

 決してあそこを出てはいけない。

 私たちの多くは権力闘争に敗れ、あるいは表に存在することが害となると判断された者で、その未来は途絶していなければならない。

 外を求めれば必ず闘争が起きる。一人出れば、連鎖的に別の場所からも飛び火する。たった一人の脱走者も許されない檻。どれだけ仲良く振舞おうとも、全員が全員を監視し、そして、永遠に続けていく。それがあの古都。


 私たちは誰も外を求めていなかった。

 空想に身を委ねて居られれば良かった。


 でもある日変わってしまった。


 アナタが来て、変わっていった。


 皆、外を意識するようになった。

 外から来たアナタが楽しそうにルドルフの夢への道筋を語るほどに、望まずには居られなくなっていった。

 それはダリフも、私も……ルドルフも、そうだったと思う」



「そうか」


 意外と容易く声が出た。


 『弓』を構えるシルティアへ向かい合う。

 随分、鋭い雰囲気も持つようになったんだと思い知る。

 オラントの影響か。一度はあんなことになったってのに、再び子を授かって、強くなったんだろうか。


 俺はそっと息を吐いた。


 それでいい。


「お前はダリフの答えを知っているんだな」


「…………おそらく。ですから」

「この事実を置き去りにすれば永遠に俺が奴を理解することは無いと、そう思った。違うか」

「はい……」


 見ればシルティアの背後には幾人かの守備隊や密偵たちが倒れ伏している。

 俺がここまでラクに進んでこれたのにも、彼女が先に暴れていたからだと分かった。


「そいじゃあさっさと玉座の間へ」

「いえ」

 ん?

「そこに彼は居ません。そこは、別の人が……待っているから」


 こちらへ、と示すシルティアへ従う。

 嘘は無いだろう。時間稼ぎというには晒したモノが大きすぎる。

 なら誰が、という思考は置いていく。確かに、いずれここへやってくる奴が居る。


「そこまでの道は確保しています。足は……大丈夫ですか」

「いまさらだな。もう死にそうだよ」

 冗談だからそう悲しそうにするなよ、冗談じゃないけどよ。

 どっちかというと残った目がどんどん怪しくなってきてるほうが問題だ。

 適当に捉えた像と勘でなんとかしてるが、見えなくなっちまったらどうにもならない。


「そういえば、酒を持ってくるんだったな」


 どうせなら最後に酌み交わすのも悪くない。

 やっと、そう思えるくらいにはなってきた。

 だが少し先を行くシルティアが固い表情を俯かせ、言った。


「彼は一度、酒盃に毒を混ぜられ、命を落としかかっています……親族は皆死に、まだ幼く、酒を苦手としていた為に少量しか含んでいなかったことで生き永らえ、あの古都へ逃げ込んできたのです」


「ふん……」


 余計にたたきつけたくなった。

 毒なんざ混ぜねえよ。

 信じろと、押し付けることも許されないほど遠い関係だったのかよ。


「この先です」


 立ち止まり、振り向いたシルティアが片手で示す。

 とても悲しげに俺を見て、顔を伏せる。


「一つ問う」


 お前には答える義務があるだろう?


「お前は今、オラントを愛しているか? ハイリアを、アリエスを愛しているか?」


 シルティアはそっと目を閉じ、その頬がゆっくりをほころびかけるのを感じて、俺は目を瞑った。

 きっと彼女は今、幸せそうに微笑んでいる。


 なんというか、拙いだろ?

 そいつはもう、そいつらのもんだ。


「はい。私の、大切な家族です……ようやく…………そう言えることが、出来ました……っ」


 傍らを抜けていく。

 『騎士』の紋章を浮かび上がらせて、王城の最奥、王墓へ繋がる庭園へと踏み込んでいった。


 たった一人の王、ルドルフの眠る場所で、ダリフは俺を待ち構えていた。


「来たか」

「あぁ、テメエを殺しに来たぜ」


 言葉よりも先に、想いよりも先に、武器を手に、叩き付ける。

 話なんてものよりも、まずはぶん殴らなくちゃ気がすまねえんだよ……!





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