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そして捧げる月の夜に――  作者: あわき尊継
第三章(下)

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 周囲に瓦礫が積みあがっていた。

 かつては城塞都市として、そして血生臭さを払拭するべく商業を発展させ、やがて遷都によって居座ることになった先王らによって近代的な要塞化が進められ、平穏を得てからは膨大な奴隷による労働力を生かし国の中心地として発展してきたティレールという都市。かつてと、先王の時代に増設された隠し通路は都市の各所へ繋がっており、宰相の放った密偵たちが今日までこの国の裏側で暗躍を続ける礎となってきた。

 もしかすると宰相ですら全貌は把握できていないのかもしれない。それは、ティアの『魔郷』を用いて自領の各所まで地下通路を広げていたラインコット男爵のものより、ずっと複雑で扱いづらいのだろうと思う。


 近隣の建物を崩し、道を塞ぐようにしているのは王都守備隊による手だ。

 相手がそうしたようにこちらも『槍』の術者で吹き飛ばしてしまえばいいが、対面の確認が出来ない内に近寄れば手痛い反撃を受けることもあった。

 守備隊は真っ向から迎え撃ってくることもあるが、時折ゲリラ戦を仕掛けてもきて、思うように前へは進めない。


 防衛線の突破は比較的簡単に出来たが、俺たちが抜け切り、橋頭堡を確保しようとした途端に守勢が強まったせいで前へ出る以外の手を封じられた。

 今はかろうじて後方との連絡をつけ、徐々に増援が見込める状態になっているが、それは酷く細く不安定だ。左右からの挟撃、建物などに隠れての不意打ち、今のような瓦礫を積み上げての進路妨害、とにかく相手によほど機動力のある工作員がいるのだろう。これ以上の前進は危険と動きを止めれば遠距離から攻撃とも妨害ともつかないような石礫が延々と続けられる。


 安易に『盾』で囲ってしまうのは危険だ。

 石礫程度なら『槍』や『剣』で十分対処出来る。そんなものの為に視界を塞ぐ愚を犯す訳にはいかないだろう。


 皆上手くやってくれている。

 俺が進む、止まる、下がるの大方針を定めるだけで、端々の警戒や手段は各部隊とで連携し、意見を出し合って最適解を導き出し、実行してくれる。

 精々が進むの中身、いかな意図で、先に何を見据えているかを伝えるだけだ。


 指示が終わってしまえば、俺の周りは静かになる。

 くり子をはじめ、負傷して戦闘には加わるのが難しいヨハンなどが、詳細な方法や利点欠点などを報告しに来てくれる。

 護衛は常にウィルホードとセイラがついている。共に一軍の実力者で、敵の奇襲へも落ち着いた対処を見せていた。


 瓦礫の山へ近付くことは避け、近隣の高所から身を隠せる位置へ陣取った俺たちは、じっと後方の戦線が押し上げられてくるのを待つことにした。


 動きたくなる気持ちはある。

 せめて後方へ戦力を分け、援護できればと。

 だが手薄になったここを叩かれ敗走などになってしまえば、押し上げた後方戦力は行き場を無くして敵中で立ち往生してしまう。

 ただ待つこと。

 味方はきっちり仕事をすると信じよう。

 俺たちもまた、役割を全うする。


 足元に石が転がる。

 視線を向けた。


「っ!」

「ウィルホード、構わない」

 警戒を高めた護衛を制し、今度はしっかり届いてきた石を受け止める。


 瓦礫の山となった建物の影、年端も行かない少年が身を隠しつつもこちらを睨みつけていた。


 途端に、幾つもの可能性が浮かぶ。

 あぁ、彼はきっと、俺が許せないんだ。

 故郷か、あるいは育った都市がこんな有り様に変えられて。

 もしかすると誰かの仇か、彼なりに正義を判断し、俺を悪だと断じにきたのだろうか。


 一般人の避難はされているようだったが、家々を調べて回ったのでもないだろう。意固地に残る者が居なかったとは思わない。そして守備隊は、誰の指示であるかは不明だが、守るべき町を破壊してでもこちらの妨害に利用しようとしている。


 地につけていたハルバードを浮かし、静かに揺らしながら歩を進める。

 二人は何も言わず、少し離れて周囲を警戒してくれていた。

 背後の足音に目をやれば、ちょうどくり子が報告に戻ってきた所だった。

 少し待っていてくれ。そう目で伝えて、少年の元へ向かう。


 こちらを見て、怖気付いたように一歩下がった少年は、けれど勇気を振り絞って前へ出た。

 一応、囮である可能性もあったが、奇襲の気配はない。ジンが言っていた通り、瓦礫の山はこの先で防衛線を引きなおす為の時間稼ぎ目的だったのだろう。


「少年」


 呼び掛けに、赤い髪の少年が表情を険しくする。

 ふわりと足元が揺れるけれど魔術は発現しない。まだ使えないのだろう。


「っ、父さんの仇……! 絶対っ、お前なんか認めるもんか!!」

「そうか……俺が、そうするのを見たのか」

「見た」


 そう、か。


 ここへ至るまで、多くの守備隊を切り捨ててきた。

 一人一人は覚えていない。そんな暇も余裕も無かった。

 近衛兵団の精強さと比べられ、弱兵と罵られることもあった王都守備隊だが、日々鍛錬に励んでいたことが伺える真っ直ぐな剣筋の者は意外なほど多かった。

 あぁ、彼らは――


「お前の父は強かった」

「当然だっ! 守備隊のっ、分隊長なんだぞ!!」

「ならば問おう」


 矛先を向ける。


「真っ向から戦い抜き、果てた父を知りながら、仇を謳うお前は身を隠しての投石か」

「っっ!!」


「俺を殺したければ正道で来い……! 逃げも隠れもしない! いつだろうとお前の挑戦を受けよう! そして、決して負けることは無い」


「お、おれ……っ、だっ、だって! 負けるもんか!!」


「名を聞こう。俺の名はハイリア。貴様は何者だ」 

「俺は…………ヒース」


 ヒース。

 その名を聞いた時、胸に去来した感情をどう表せばいいだろうか。

 だが、今はいい。


「ヒース=ブリンガム。王都守備隊、アベル=ブリンガムの息子」

「覚えておこう」


 矛を降ろす。

 皆へ余計な心配を掛けた。下がって、大人しく待っているべきだろう。


「甘いんじゃないか、隊長殿よ」

 ヨハンが、振り返った先に立っていた。

 彼は俺の背後、少年を睨みつけ、サーベルを握っていた。

「アンタはこれから、もっと多くの恨みを買うことになる。一つ一つに同じ対応をしていく気か。こいつだけは特別扱いか」

「……どうしろと」

「始末するべきだ。こいつは明確に敵意を示してきた。危険だ。ただ恨みを持つだけ持って、酒をかっくらって終わらせられる奴も居れば、実際に敵意を形として向けなきゃ気がすまない奴も居る。こいつはきっと、いずれ隊長殿を殺しに来るぞ。その時傷付くのが隊長殿とは限らない……」


 …………。

 ……。


 覚悟が足りなかったのだろうか。

 あぁ、多分、そうなのだろう。

 神父と戦い、皆へ告げた言葉で、もう固まっているのだと思っていたが、まだまだ足りなかった。

 俺はもう後戻りの出来ない血塗られた道に立っている。なのに少年へ真っ直ぐさを強要し、受け止める自分の姿を飾り立てようとしたのだろうか。


 始末するべき。


 そう。いつの時代も、恨みを残した者は、いずれ恨みに飲み込まれる。

 覚悟の足りなさが後の破綻を招く。恨みは絶やすべきだ。


「アンタがやり辛いんなら、俺が変わってもいい。別に、アンタの手を汚すことはないんだ」

「構わない。言っただろう。お前たちを背負わせてくれと。だから、いい」


 柄を握りこむ。

 前言を容易く翻す愚かさより、いずれ傷付く皆を思えば、その覚悟を固めるにはちょうどいい。


 俺は怯えてしりもちをつく少年へ歩み寄り、手を返し、建物の奥から駆け込んできた、彼の姉と思しき者ごと――



「駄目です!!!」



 手を、とてもやわらかい何かが包み込んだ。


「駄目です! ハイリア様! それは絶対にやっちゃいけない!」


「くり子……」


「はい! そうですっ、私です!」


 彼女は俺の手を精一杯の力で抱き締めていて、くっと瞑った瞼と、唇が、震えていた。


「危険は少ない方がいいんです。だけど、無くしちゃいけないものだってあります。いつか後悔することになるのかもしれませんっ、だけど、私はハイリア様のやさしい手が大好きです! 私が痛くならないよう気を使って、くしゃくしゃってされるのが好きです。でもここでこの男の子を殺せば、きっとハイリア様は二度と私を頭を撫でてくれなくなるじゃないですかっ!」


 指先が震えた。

 武器を取りこぼしそうになる。


 あぁ、多分、そうなんだろう。

 少年の血で汚れた手を、彼女に触れさせることを俺は厭うだろう。


「大丈夫ですよ。私たちは頑張ります。危険があったって、なんとか出来るくらい凄くなるんです。どれだけ無理だと思っても絶対に届くんだって、そう教えてくれたんですから」


 ゆっくり、彼女の力が抜けていく。

 取り残された俺は、俺の手は、冷たい空気に晒されて、取りこぼさないよう固く柄を握っていて、それを自分の力でゆっくりと解いていく。


 息を、大きくついた。


「………………あぁ、まあ、その……悪かったって」

 すぐ近くでヨハンがバツが悪そうに言って、ふと続くアンナの声を聞いたような気がした。

 きっと彼女が居れば、ヨハンもあそこまで苛烈なことは言わなかったのだろう。

 俺も、くり子が居なければ、一生後悔し続ける選択をしてしまっていた。


 なんだか随分と緊張していたように思える。

 力が抜けた。


 武器を置き、ぽん、と手ごろな高さにある頭を撫でる。

 くりくりの、栗色の、とても手に滑らかな髪を、くしゃりとする。


 あぁ確かに。

 この感触を失うのはちょっと惜しい。


 俺は姉に抱かれながらもこちらを睨みつけ、けれど怯えている少年と向き合った。


「ここはもうじき前線になる。奥にまだ何人か居るんだろう? 出来るだけ早く避難するんだ」

「ハイリア様――!!」


 セイラの声を受けて、即座に意識が切り替わる。


 身を離すくり子、武器を握る、ヨハンが動き出そうとして顔をしかめ、瓦礫の山の向こうから顔を出した『弓』がこちらを狙っていることを悟る。

 初手は、俺を狙った建物の破壊。逃げられる。外側に居る俺は難なく崩落から逃れられるだろう。そして、弟の身を必死に掻き抱く姉の姿を見て、


「彼らを守れ! 内部に残されている者を誘導し、安全な場所まで避難させる! ヨハン!」

「っっっっ――応よ!!」


 三人の『剣』の使い手が、崩落する建物へ飛び込んでいく。

 崩れ始めた瓦礫をハルバードで叩き出し、出口を堅守する。敵が、『剣』の術者が三人向かってくる。少年へ向けて言った。


「姉を連れて外へ出ろ! 父の仇を討つんだろう!!」


    ※   ※   ※


   ヒース=ブリンガム


 その表情を見ていた。

 怖ろしいほど真っ直ぐで、揺れ動いて、苦悩して、歯を食いしばって、そうして()に立ち向かう男が居た。


 その背中を見ている。

 戦う姿は華々しくて、力強く、雄々しい。


 父が殺される姿を見た。

 けれどなんとか姿が見える距離で、相手のことなんてなにも見えていなかった。

 こういう男に敗れたんだと、思い知らされた。


 ハイリア。

 男の名前を永遠に刻み込んだ。


 俺が、姉さんが止めるのも無視して父さんの姿を見に行った。

 本当はもっと前に逃げてなきゃいけないのに、こっそり家に残って戦いを見ようとしていた。

 同じように戦いを見たいっていう友達と、無人になった建物の中に潜んでいたら、姉さんに見付かった。

 けどもう戦いがそこまで迫っていたから、本当は建物の中に篭っていなくちゃいけなかったのに。


「前線を押し上げろ! 敵を近づけさせるな!」


 声を張り、降りかかる矢を払い、物陰から飛び出してきた『剣』の術者を腕の一振りで切り伏せて、更に叫ぶ。


「っ!? いや、そうか……っ、作戦中止! 建物周辺を放棄し左舷へ回る! 敵前線が崩れたぞ! 前へ出ろ!」


 何かに気付いたハイリアが味方を引き連れて離れていく。


 なぜか、手が伸びた。


 もう行ってしまう。

 届かない。

 そして同時に思う。


 こんな男に、父さんは強かったと言わせたんだ。


 本当は覚えているのかどうかも分からない。

 もしかすると嘘なのかもしれない。

 でも、だったら、俺がその名を永遠にしてやろうと思った。


「ハイリア!!!」


 呼びかけに男は止まる。

 視線だけで息の根を止められそうで、震えた姉さんの手を俺は握った。


「絶対お前に追いついてやる……! 約束っ、忘れるなよ!!」


 そうして彼は俺へ向き合って、堂々と言い放った。


「追って来い!!」


 後はもう、振り返らなかった。

 人に埋もれ、姿が見えなくなって、やがて後ろから続いてきた人たちによって声すら聞こえなくなるその時まで、じっと、男の背中を追い続けていた。


 入れ替わりでやってきた王都守備隊の人が、安堵の表情を浮かべて俺たちへ手を差し伸べる。。

「よかった……! 君たち怪我はないか!?」

「奴らこんな子どもにまで武器を向けて……!」

 誤解を解きたかったけど、話を聞いてくれそうにもなくて、信じてもらえる程の力が無い自分を実感した。


 姉さんの手を握る。

 奥から顔を出した皆が、不安そうにこちらを伺っている。


「よし! ここから逃げよう! 皆っ、行くぞ!」


    ※   ※   ※


   ハイリア


 こちらの侵攻速度を操られている。

 王城を仰ぎ見る所にまで達して、俺たちはそう結論付けた。

 ひたすら後方との連絡を圧迫し、不用意な突出を封じてきているんだ。


 ジンの報告にもあった。ビジットはこの反乱のかなり初期から守備隊の指揮に加わっていた節があると。

 『王冠』の魔術はいまだ健在。だが元より要塞としての機能を持つ王都内では、積極的にこちらを阻んではこなかった。

 これは手を緩めているのではなく、ティレールの機能を前提として訓練してきた王都守備隊の動きを、『王冠』の力によって鈍らせてしまうことを嫌ったのだろうと考えている。既に作り上げられている防衛策を十分に知らないビジットでは、守備隊との連携にも乱れが生じる。こちらの侵攻に対して迂回路を取ろうとしたら、ビジットの生み出した壁で塞がれていたでは話にならない。

 実際、市街戦に入ってからの守備隊は巧みに陣を築き、こちらを妨害し、時に痛手を浴びせてきた。

 最も苛烈な戦闘をしているだろう、俺たちと後方本隊との連絡部を近衛兵団が守っている以上、守備隊の相手をするのは俺たちだ。


 敵防陣は見事なもので、この都市の地形を良く理解し、練り上げたものだ。

 『弓』の最大射程よりも距離を置き、周囲警戒のしやすい広場にこちらも陣取る。


 また、同じ停滞を得る。


 だが待とう。


 時折ちょっかいを掛けてくるが決定的な動きには出てこない。

 あの陣から出てきてくれればまだやりようもあるが、彼らは動かないだろう。

 そして後方が追いついてくれば、あの程度の数は圧倒できる。


 無言のままにらみ合う両軍だったが、こちらの方が遥かに疲弊している。

 警戒は怠れないが、休息も取らせなければ後で致命的な状態に陥りかねない。


 いい。

 構わない。


 王城を仰ぐ。


 ここだ。

 この地点にまで達すれば、守備隊は王城内から兵の大半を吐き出し、城前面で陣を形成する。

 撤退しやすく、崩れたらすぐにでも城壁の中へ避難も出来る。

 戦線は限界まで伸びていて、宰相お抱えの密偵も広範囲に散らばざるを得ない。連絡にも相当な時間が掛かり、連携も不確かになりやすい。

 そうマグナスが言っていた。

 そうだ。ここで、彼らを引き付けていれば。


 大地が揺れた。

 自然と口端が広がった。


 轟音を立てて王城の一角、物見の塔が崩壊していく。


「遅いぞマグナス」


 隠し通路を突破した近衛兵団団長マグナス=ハーツバースが、少数精鋭で以って、宰相の首元へ喰らいついたのだ。





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