9話
「何をですか?」
その問いが気になって聞き返すと、彼女は頬を染めて微笑んだ。
「知らない? いまから半年後に第一王子サーランマ・トルドール殿下の誕生会が開かれるの。その殿下の顔よ」
殿下の顔? そういえば食事のパンを包んでいた新聞には、どれも殿下の誕生会の記事と肖像画が載っていた。
(小説の表紙にも描かれていた。たしか、白銀の髪に琥珀色の目、確かに整った顔立ちだった……)
あ、もしかして、あの新聞も意図的だったのだろうか。私にサーランマ殿下の顔を覚えなさいとか、そんな意味を込めて。
(私は忘れられないよ。前回のときの、私をさけずんだあの冷たい目を……)
ほんの一瞬、前の記憶が蘇り手が震えたが、私は手を強く握り震える手を押さえた。
「すみません。詳しくは知りません」
「あら、そうなの? サーランマ殿下は私たちより二つ年上で、とても素敵な方だと聞いているわ」
アーシャルがいうには令嬢たちのお茶会でも、その話題で持ち切りらしい。それは無理もない、今回の誕生会は殿下の婚約者を決める場だから。
(彼の、幼い頃からの婚約者だった令嬢が怪我をして婚約を辞退したと、新聞に書いてあった。この話は前と同じ)
「はぁ……早くサーランマ・トルドール殿下にお会いしたいわ」
頬をそめて微笑むアーシャルを見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。彼女は笑顔のはずなのに、なぜか違和感が胸に残った。
(それもそうか。殿下に恋をした彼女は、彼の病気を自分が治したくなる。前から羨ましいと思っていた私の力を奪った)
『ありがとうミサノ。あなたの力、私が大切に使うわね』
彼女は自分の幸せのためなら手段を選ばない。でも今回はそんな事はさせないけど。
「どうしたの? ミサノさんは食べないの?」
「あ、いただきます。ん~、すごく美味しいです」
「ふふ、よかった。まだたくさんあるから食べてね」
微笑む彼女は私と同じ、十五歳とは思えない。
(それに怖い。まだその時期じゃないから、彼女は魔女の粉は手に入れていない。でも、なんだか食べるのをためらってしまう)
⭐︎
アーシャルと、午後のお茶会は続いていた。
彼女は紅茶を一口飲むと、ふうっと息を吐いた。そして、何かを思い出したように話し始める。
「この前の令嬢たちとのお茶会でね、私がしている慈善活動が他の令嬢たちに知られてしまったみたいなの」
アーシャルは困ったように笑う。
「それだけじゃなくて、怪我を治しているのも私だって噂になっているらしいの。本当はミサノさんのおかげなのに、ごめんなさいね」
「……いいえ」
そうなるのも当然じゃないかな。
毎回、メイド姿の私が癒やしの力を使っているなんて、誰も思わない。それに、いつも私が力を使うときアーシャルが前に立っている。
可憐な笑顔で人々の視線を引きつけている間に、傷は癒やされる。
(これも彼女の計算だ)
私を連れ回し、
『ミサノさん、お願いね』
と微笑むだけでいい。
前回の私は気付かなかった。
アーシャルと友達だから。
アーシャルが優しくしてくれるから。
アーシャルを信じていたから。
家族が亡くなったと聞かされ、ひとりぼっちで寂しかったから。だから力を使い続け、最後には騙され、力を奪われる。
〈ミサノお嬢様、そろそろ一時間が経ちます〉
ギギの言葉で、お茶会が始まってからずいぶん時間が経ったことに気づく。そろそろお開きだろうか、そう思ったとき、こちらへ近づいてくる足音が聞こえた。




