5話
あまりの恐怖に、頭の中で火サスのあの効果音が流れた。
(……本当にこの小説、恋愛ものだった?)
そんな疑問が、ふと頭をよぎる。
〈ミサノお嬢様、ご主人様にお嬢様の事をお伝えしてきます〉
この黒猫の言う「ご主人様」とは、私の両親のこと。私が知る小説の中では、ストーリアの名すら出てこなかった男爵。
(小説のミサノも、前の私も会えていないし、前世で両親がいなかったから……)
会えたら、頭を撫でてくれないかな?
「私、両親に会いたいわ。それと、何か書くものが欲しい」
〈かしこまりました。こちらへ戻るときには、いろいろアイテムを持って帰ってきます〉
そう言った黒猫は、入口をじっと見つめる。
そして、申し訳なさそうに口を開いた。
〈本当なら、ミサノお嬢様もお連れしたいのですが……使い魔四番目の、ぼくの力では難しいです。地下室の入口の扉の鍵は、魔道具になっています〉
「魔道具?」
〈はい。それだけではありません。地下室のある屋敷の建物周囲にも、いくつか人を監視する魔道具が設置されています。それに、外には剣を持つ数人の人間がいます〉
黒猫の言葉にひゅっと喉が鳴る。
私は驚くしかなかった。
おかしい。記憶に残っている前回とは警備体制がかなり違う。
なぜなの?
(そこまでして、私を逃がしたくない?)
〈感知魔法を使えない今、お一人で大胆な行動を取るのは、お控えたほうがよろしいかと思います〉
「……そうね」
私はまだ、魔法を十分に使いこなせない。
黒猫の言葉に、素直に頷いた。
「わかった。教えてくれてありがとう。……あなたは大丈夫なの?」
〈ぼくは使い魔ですので。危なくなったら、ご主人様の魔力の中に隠れることができます〉
黒猫はそう答え、
〈では、行ってきます〉
と告げ、淡い光に包まれたかと思うと姿がふっと消える。私はしばらく、その場に立ったまま黒猫の言葉を考えていた。
「魔道具の扉。監視用の魔道具。それに、外を警備する人……」
これは計画なしに、動くわけにはいかない。
いろいろ考えているうちに、眠れなくなるかもしれないと思っていたが。ふかふかになったベッドへ横になると、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝。コンコン、と扉を叩く音で目が覚めた。
「おはようございます」
昨夜の食器を片付けに来たメイドは、挨拶だけを残すと、昨夜と同じ朝食が載ったトレーをテーブルへ置いた。
そして、空になった皿を回収すると、そのまま部屋を出ていく。
(……よく見ると、メイドが持っていた鍵の先端に、赤い石がついていた)
あれが、魔道具の鍵かぁ。
黒猫はまだ戻ってこないだろうし、とりあえず食事にしよう。
私は昨日と同じ、パンに巻かれていた新聞紙を剥がした。
「今日はパンをスープに浸して食べてみよう」
硬いパンを手に取りながら、小さく呟く。
しばらくスープに浸していると、パンは見違えるほど柔らかくなる。
その代わり、スープはほとんどパンに吸い取られていた。
「どれだけ固いんだよ! ……お、でも、これはこれで美味しいから、いっか」
朝食をぺろりと平らげた私は、パンに包まれていた昨夜の新聞と、今朝の新聞を並べて読み比べた。
どちらの新聞にも第一王子の肖像画が載っている。誕生会の話題や、王子の病状についての記事が大きく取り上げられていた。
「熱に浮かされて、目眩も起こしている……。病状はかなり深刻なのね」
(それだけ呪いが強い)
くしゃくしゃな新聞を、伸ばしながら読みながら、私は小さく息を吐く。
「先に治せればいいのだけど……」
ほかの記事にも目を通していく。
すると、辺境地に住むストーリア男爵が、近々、新しく発見されたダンジョンの探査と、カシャの森へ魔物討伐に向かうという記事が目に入った。
魔巣窟の森に隣接する領地を治める男爵夫妻なら、きっとダンジョン探査を成功させ、魔法を駆使して魔物を倒すのだろう。
(相当手慣れなら、私にも癒し以外の魔法が使えるかも)
手に入れた新聞を隅々まで読みながら、私は癒やしの力を得る前の、アーシャルの行動を思い返していく。
彼女は領地の人々、または王都にある養護施設を訪れ、子どもたちの治療までしていた。
それだけではない。
戦争で傷ついた騎士たちが入院する騎士病棟。貴族たちが利用する王都の総合病院。彼女は、私を連れてそこにも足を運んだ。
(もしかして……名前が知れ渡ったら、王子の目に留まりそうな場所を狙って訪れていた?)
彼女の行動には妙に筋が通っている。偶然、王子の目に留まったのではない。最初から、そうなるよう行動していたのだ。
(ハハッ……アーシャル、なかなか賢いわね)




