3話
「ん? パンが、そこまで固くない」
残り物の野菜で作ったこのスープも、薄味が好きな私にはちょうどいい。これなら、食事に困ることはなさそうね。
もっとも、奴らに呼ばれない限り、この地下室から出ることはできないのだけれど。
「……でも、どうして私は、メイドとして働かされていたのに、地下室に閉じ込められたんだったっけ?」
あ……そうだ。
『ひどい。ミサノが私の大切なものを盗んだわ!』
ある日の朝、アーシャルが大切にしていた首飾りを盗んだと、彼女は私に詰め寄ってきた。身に覚えのない私は、「盗んでいない」「そんなものは見たこともない」と、必死になって否定した。
けれど、誰も私の話を信じてくれなかった。
そう。この公爵家では、アーシャルの言葉を疑う者はいない。
その反対に、私の言葉に耳を傾けてくれる人もいなかった。だから私はいつしか諦めるようになった。
(私の言葉は誰にも届かないんだ)
そして私は「反省のため」と言われて用意された、この地下室に入るしかなかった。
(私は逃げ道を奪われて、彼らにとって都合がいいこと)
⭐︎
薄暗く、カビ臭い地下室に私のため息が響く。
「はぁ~……」
食事を終えた私は再びベッドに寝転んだ。
何もない。ここはとにかく退屈だった。
しばらくぼんやりと天井を眺めていたけれど、やがて、ふと思いついて身体を起こす。
そうだ。癒しの力を使ってみようかな?
アーシャルの傷を治したとき、私はどうやって癒しの力を使ったのだろう。なぜか、そのときの記憶だけが曖昧だった。
(なら、一度ちゃんと確かめておきたいかも)
テーブルに置かれた食器は、明日の朝メイドが回収しに来る。それまではこの地下室へやって来る人はいない。
そう考えた私は、汚れたベッドの脇に腰を下ろし、自分の腕にある小さな傷へ目を向けた。
これくらいなら、試しても大丈夫だろう。
癒しの言葉は。
「ヒール」
前世の記憶。ゲームではお馴染みの回復魔法を口にした瞬間、緑色の光が腕を包み込んだ。
すると、そこにあった小さな傷がまるで最初から存在していなかったかのように、綺麗に消えていく。
(すごい。小説では、緑色の光がピカッ! とか書いてあったけど……こうやって傷を治すんだ)
実際に自分で使ってみると、なんだか面白い。
(他の傷も治してみようかな)
癒しの力が私にあることは、すでにあの人たちにも知られている。だからといって、目立つような大きな傷まで治すのは、なんだか嫌な予感がする。今回、それはやめておいたほうがよさそうだ。
私は小さな傷を探しては、ひとつずつ「ヒール」と唱えていく。またひとつ、小さな傷が消えた。
すごいなぁ。これが私、ミサノが生まれつき持っていた癒しの力。
アーシャルがこの力を欲しがるのも、今なら分かる気がする。……だからといって、殺してまで手に入れたいとは思わないけれど。
でも、彼女は欲しがった。
『きれいな私こそ、癒しの力を使うのがお似合いだと思わない?』
私に癒しの力があると知ったアーシャルは、甘い言葉で私を言いくるめ、いろいろな場所で癒しの力を使わせた。
そして、癒しの力を持つ少女の噂は瞬く間に広がっていった。
半年後。この国の第一王子サーランマ・トルドールの誕生会に招待されることになる。しかも、その招待状は、王子本人がしたためたものだった。
『嘘……信じられない。第一王子サーランマ殿下から、直々にご招待されたわ!』
この招待状をよこした第一王子サーランマは、虚弱体質として知られていた。幼い頃からたびたび高熱を出しては寝込み、周囲の人々もその身体を心配していた。
『ふふっ。地道に進めたのが正解ね』
アーシャルが嬉しそうに笑う。
そして私に、
『ミサノ。あなたの力なら、王子の病気を治せるんじゃない?』
そう言った。けれど、私は首を横に振った。
『原因が分からない病気なんて、私の力でも多分、治せないよ』
そう断った私に、アーシャルはさらに言葉を重ねた。
『いいじゃない。治せなくても。表向きは私がやったことにすればいいの。私がすべて責任を取るわ』
『え? いいの? それなら……やってみようかな』
半ば押し切られるような形で、私は誕生会で第一王子に癒しの力をアーシャルの後ろからかけた。すると。長年、サーランマを苦しめていた病が、嘘のように消え去ったのだ。
『嘘だ、こんな奇跡が起こるとは。ほんとうに感謝する、アーシャル嬢。ありがとう』
けれど、このときの功績が私に与えられることはなかった。人々が称賛したのはアーシャルだった。彼女は第一王子の病を治した聖女と呼ばれ、王城でも社交界でも、その評価は一気に高まっていった。
……その裏で、私は静かに力を奪われ消されていった。
けれど。今の私なら、サーランマ殿下を苦しめていた病の正体も知っている。あれは腹違いの弟である第二王子シシルアが、殿下にかけた呪い。
それに私の癒しの力だって、今から訓練すれば、この国で誰にも負けないほどの力になるかもしれない。
(……誕生会でサーランマ殿下を癒して、そのまま会場にいる人たちに紛れて逃げられるかも?)
王城で、誕生会の日なら人も多い。
公爵家の地下室に閉じ込められている今より、ずっと逃げやすいはず。
この場所から外に出られたら。
今度こそ、私自身の力で未来を変えられるかもしれない。




