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第九章 選ぶ者

最初に動いたのはセドリックだった。


空中に複数の炎槍が形成される。


レオンはノアの腕を掴み、横へ走った。


炎が地面へ落ち、土が舞い上がる。


「ノア。あの岩まで」


「でも」


「行け」


ノアは一瞬ためらった後、走った。


セドリックの杖がそちらへ向く。


レオンはその前へ一気に入った。


透明な魔障壁が立ち上がる。


剣を振るう。


一撃。


壁に亀裂が走る。


二撃目を入れようとしたところで、横から銀の刃が来た。


受ける。


エリシア。


「行かせない」


「どけ」


剣が重なる。


純粋な剣術だけなら、今でもエリシアが上だった。


右からの斬撃。


レオンは半歩下がる。


次の突き。


剣の腹で流す。


切り返し。


受ける。


エリシアの目がわずかに開いた。


「……読んでるの」


「何年見てきたと思ってる」


六年。


前に立てなかった分だけ。


彼女の背中を見てきた。


エリシアの足が踏み込む。


今までにない軌道の剣。


頬を浅く裂かれる。


「新しい技か」


「あなたがいなくなってから覚えた」


二人はまた間合いを詰める。


「私だって」


エリシアの呼吸が乱れ始める。


「あなたをずっと見てた」


「嘘だ」


「本当よ」


「だったら」


レオンの剣が、彼女の刃を押し返す。


「俺が何をしたいか、一度くらい見ただろ」


エリシアの動きがわずかに遅れる。


「私はあなたを守りたかった」


「だから、それが嫌だったんだ」


「どうして」


「俺はお前の子供じゃない」


エリシアの表情が崩れた。


レオンは剣を止めない。


「俺が危ないことを選んでも」


もう一度。


「俺が間違ってても」


刃と刃が擦れる。


「それを選ぶのは俺だ」


「死んだら!」


エリシアの声が初めて大きくなった。


「死んだら、選ぶこともできないでしょう!」


「だからって!」


レオンも剣を押し込む。


「全部お前が決めるな!」


二人の剣が止まった。


鍔迫り合い。


ほんのわずかな距離。


エリシアの青い目には涙が浮いていた。


その時。


光がレオンの腕に絡みついた。


「聖縛」


ミレイユ。


光の鎖が腕と脚を拘束する。


「ごめんなさい」


セドリックが、岩陰のノアへ杖を向けていた。


巨大な術式が形成される。


「やめろ」


レオンが鎖を引く。


動かない。


「魔王討滅術式――」


ノアは動けなかった。


恐怖に身体を強張らせ、こちらを見ている。


「白天槍」


光が放たれた。


レオンは全身へ力を入れた。


光の鎖が軋む。


「――っ!」


一つが切れた。


次。


完全に砕く。


走る。


間に合わない。


ノアを横へ突き飛ばした。


光槍が、代わりにレオンの背中に突き刺さった。


身体が宙へ持ち上がり、そのまま地面へ落ちる。


声が出なかった。


「レオンさん?」


ノアが起き上がる。


数歩。


ゆっくり近づく。


「レオンさん」


レオンの身体に触れた手が、血で赤く染まる。


ノアはその手を見たまま、動かなくなった。


「……嫌」


小さな声。


周囲の空気が変わった。


空を覆う雲とは違う暗さが山の上へ広がり、木々が一斉に静まる。


遠くで動いていた魔物たちが、同じ方向へ頭を下げる。


ノアの黒髪が、風もないのに浮かび上がった。


赤い瞳が光を宿す。


【魔王・完全覚醒】


セドリックが杖を向ける。


しかし。


ノアが一度そちらを見ただけで、杖が中央から折れた。


ミレイユの結界も崩れる。


エリシアは剣を握ったまま、動くことができなかった。


圧倒的だった。


今のノアなら。


三人を殺すことは難しくない。


ノアの魔力がさらに膨らむ。


「ノア……」


レオンの声。


かすかだった。


少女が振り返る。


「レオンさん」


「殺すな」


ノアの唇が震える。


「でも」


「お前が選べ」


「……」


「魔王だからじゃない」


息をするたび胸が痛む。


「俺が言ったからでもない」


ノアの目を見た。


「お前が、どうしたいかだ」


長い沈黙。


ノアはエリシアたちを見た。


怒りが消えたわけではない。


手は震えている。


それでも。


やがて彼女は拳を開いた。


魔力が少しずつ静まっていく。


レオンの前へ立つ。


両腕を広げた。


「私は」


声は震えていた。


「レオンさんと旅をしたいです」


三人を見つめる。


「だから、誰も殺しません」


エリシアの手から剣が落ちた。


少女は魔王だった。


世界を滅ぼすものだと、幼い頃から教えられてきた存在。


その少女が、


世界から与えられた役割ではなく、


自分の意思で殺さないことを選んだ。


エリシアは、その場へ膝をついた。


「……私」


声が途切れる。


「また」


彼女は顔を伏せた。


「また、相手に選ばせなかった」


誰も答えなかった。


その沈黙の中で。


戦いは終わった。


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