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第十章 自分の道

目を覚ました時。


最初に感じたのは胸の重さだった。


視線を下げる。


ノアが寝台へ突っ伏したまま眠っている。


「……ノア」


肩に触れる。


少女がゆっくり顔を上げた。


まだ眠気の残っていた赤い目が、レオンを見た瞬間に大きく開く。


「レオンさん」


勢いよく身を乗り出しかけ、


途中で止まった。


「傷」


「覚えてたか」


ノアは何度も頷いた。


しばらくして、


目から涙が落ちた。


「生きてるよ」


「はい」


「お前も」


「はい」


ミレイユが治療したらしい。


セドリックは離れた場所で、折れた杖を見ていた。


エリシアは。


川辺にいると聞いた。


レオンは傷を庇いながら歩き、少し時間をかけて川へ向かった。


エリシアは石の上に座っていた。


足音に気づいて振り返る。


何も言わない。


レオンも隣へ座った。


水が流れている。


しばらく、それだけを見ていた。


「レオン」


「うん」


「私」


そこで言葉が止まる。


川面へ落ちた葉が、流れに乗って遠ざかっていく。


「あなたのこと、大事だった」


「知ってる」


「本当に」


「知ってるよ」


その答えに。


エリシアは少しだけ顔を歪めた。


「でも」


膝の上の手を見る。


「大事にすることと、尊重することは、違うんだね」


レオンは返事をしなかった。


「弱いから、追放した」


「うん」


「危ないから、仕事を制限した」


「うん」


「安全な場所へ回した」


「うん」


「村から逃げろって言った」


「うん」


少し長い間。


「ノアちゃんから離れろって言った」


「そうだな」


エリシアの指がゆっくり握られる。


「全部、あなたのためだと思ってた」


「分かってる」


「でも」


彼女は顔を上げた。


「あなたがどうしたいか、一度も聞いてなかった」


レオンは川を見ていた。


「そうだな」


エリシアの頬を涙が伝う。


「ごめんなさい」


「うん」


「許してくれる?」


レオンはしばらく考えた。


「今は無理」


エリシアは泣いたまま、ほんの少し笑った。


「そう言うと思った」


「悪い」


「謝らないで」


また、川の音だけになる。


やがて。


「ねえ」


「何」


「いつか」


エリシアはレオンを見なかった。


「また、友達になれるかな」


レオンもすぐには答えなかった。


六年前。


教会から帰る道。


拳を合わせた少女。


長い時間を共にした仲間。


失ったものは多い。


元に戻ることはない。


「さあな」


「またそれ」


「でも」


今度はエリシアを見る。


「それも俺が決める」


エリシアは一瞬、目を見開いた。


そして。


ゆっくり頷いた。


「うん」


それ以上、何も言わなかった。


ほどなくして。


古代魔族の遺跡の調査から、教会の歴史を揺るがす記録が発見された。


勇者と魔王は、


本来、敵ではない。


世界規模の災厄が起きる時。


人族をまとめる者として勇者が。


魔族をまとめる者として魔王が。


それぞれ現れる。


二人は対立するためではなく、


異なる側から世界を支えるための存在だった。


長く続いた人族と魔族の戦争の中で歴史が書き換えられ、


やがて勇者は魔王を殺すもの、


魔王は人類を滅ぼすもの、


そう教えられるようになった。


大司教から説明を聞いたレオンは、しばらく黙っていた。


「……職業に人生を決めさせすぎなんじゃないですか、この世界」


老人は返す言葉もなく頭を抱えた。


白銀の翼は解散した。


セドリックは王立魔術学院へ入り、古代史を学び直す道を選んだ。


ミレイユは大神殿へ戻り、教典と魔族に関する記録の再調査を始めた。


エリシアは一人の冒険者として活動を続けた。


誰かの人生を決めるのではなく、


まず自分自身の生き方を考えるために。


そして。


リューデンの南門。


レオンは荷物を背負っていた。


左肩から背中へ残った火傷痕は消えない。


腰には新しい剣。


隣にノアが立っている。


「次はどこへ行きますか」


「南」


「何があります?」


「海」


ノアの表情が少し明るくなった。


「海」


「見たことないだろ」


「ありません」


「俺もない」


「では、行きたいです」


「じゃあ決まりだ」


二人で街道へ出る。


しばらく歩いてから、


ノアが手を差し出した。


レオンはそれを見る。


六年前。


別の少女と交わした約束。


あれは壊れた。


だからといって。


誰とも新しい関係を結ばない理由にはならない。


レオンは手を取った。


ノアの指が、少しだけ強く握り返してくる。


「レオンさん」


「何」


「勇者と魔王が、一緒に旅をしていて大丈夫でしょうか」


レオンは前を見たまま答えた。


「知らない」


「知らないんですか」


「ああ」


ノアが少し困った顔をする。


レオンはようやく笑った。


「誰かに決めてもらうつもりだった?」


ノアは考えた後、首を横に振った。


「ありません」


「だったら」


街道は南へ伸びている。


その先は、まだ二人とも知らない。


「自分たちで決めればいい」


ノアが頷いた。


「はい」


勇者だから。


魔王だから。


剣聖だから。


職業不明だから。


そんな言葉で、


誰かの人生すべてを決めることはできない。


善意も。


愛情も。


その人の選択を奪ってよい理由にはならない。


誰と歩くか。


誰を守るか。


何を選び、


その選択の結果をどう受け止めるか。


それを決めるのは、


神でも教会でも、


まして職業でもない。


南から吹く風の中を、


勇者と魔王は並んで歩いていった。


誰かが用意した正しい道ではなく、


まだ名前さえ付いていない、


自分たちで選んだ道を。


                            ――了


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